青少年の純然たる恋と興味

御堂どーな

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7章 しるし

最終話

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 いままでの人生はずっと、目立たないことばかりを考えていた。
 同性を好きになってしまうことがコンプレックスで、『普通になるのが無理なら、変だと気づかれないようにしていよう』――そんなふうに思っていた。
 だから、明確に『本番』があるものに向かって何かをやるという経験なんてなかったし、それが、大好きな友達に囲まれてできるなんて、思いもしなかった。

 2番手のバンドが終わり、機材の入れ替えを始める。
 野球部とバスケ部の1、2年生で構成されたバンドで、かなり体力があるはずだけど、みんな汗びっしょりだった。

 アンプにケーブルを繋いで、ボリュームや歪みのつまみを回しながら、音を調整していく。
 前日リハで一応数値は決めていたけど、合っているのか自信が無い。

「達紀、ちょっと設定手伝ってもらっていい?」

 家で使っているミニアンプは、ボリューム調整しか使わないけど、ライブ用のアンプは10こもある。
 何を上げ、何を下げるかによって、音色も違うし、お客さんの聴き取りやすさも変わってくる。

 適当に和音を鳴らしながら尋ねる。

「どう?」
「ちょっとリバーブ下げようか。もう1回弾いて?」
「うん。……あ、さっきより良さそう」
「もうちょっと主張したいね。基也、あおのゲイン上げていい?」
「鳴らして。こっちも調整するから」

 入れ替えの間に、人がどんどん集まってきている。
 ……と、後方の壁に寄りかかるようにして立っている男性を見つけた。
 タカハマ楽器の篠原さんだ。

「あーっ! しのはらさーん!」

 チャボが気づいて手を振る。
 篠崎さんも、穏やかな表情で、小さく手を振り替えしてくれた。
 その横に、見慣れたイカツいひとが並んだ。
 スタジオ・ミストのリョーマさんだ。
 進学校の生徒に混じると異物そのもので、怖がっている人もいつつ、一部の男子生徒は、熱狂的な憧れの視線で彼を見ている。

 アンプの調整が終わり、アーサーもシンバルを付け替え終えたので、軽く合わせて音を出してみた。
 バスドラムとベースの重低音が、体を突き抜ける。
 さすがライブ仕様。
 自分のアンプから出している音を聴き逃さないようにしないと、あっという間にズレるだろうなと思った。

 お客さんに曲がバレない程度に何フレーズかを試し弾きして、合わせていく。
 ドキドキするけど、緊張じゃない。これは、高揚感だ。

「あおちゃーん!」

 呼ばれて顔を上げると、合宿所で出会ったみのりさんたちが、パンフレットを片手に手を振っていた。
 連絡先こそ交換しなかったものの、学校名は伝えてあったから、調べて来てくれたのだろう。
 そしてその横から、すすっと3人が入ってきた。

「祐司……」

 なんで始まる前から泣きそうになっちゃうんだろう。
 俺を変えてくれたひとたちがみんな来てくれたことが、うれしかった。

 ギターをステージ上のスタンドに置き、一旦降りる。
 チャボは廊下に出て、大声で「もうすぐはじまりまーす!」と叫んでいる。
 アーサーは客席の整理をしていて、既に満員のお客さんをうまいこと詰めている。
 基也が朝からずっとスマホにかかりきりだったのは、バイト先のライブハウス関係者がたくさん来るからだったようで、あいさつ回り。

 ……というわけで、準備室の中では、俺と達紀のふたりきりだった。
 ちょこんと手を繋ぎ、なんとなくぷらぷらさせてみる。

「たくさん来てくれてうれしいね」
「うん。びっくりしてる。こういうの、人生で縁が無かったから」
「あおは変わったよ」

 校舎裏で、はじめて達紀のギターを触らせてもらった日のことを思い出す。
 作りかけのオリジナルソング。
 失恋直後に聴いて思いがけず泣いたという恥ずかしいエピソード付きの曲だけど、何百回かも分からないほど練習しながら、ずっと思っていたことがあった。

「達紀さ、いっこ聞きたいことがあって」
「ん? なあに?」
「『青少年の純然たる夢と未来』ってさ、あれ、サッカー辞めてギターを始めた人の歌でしょ?」
「うわ、ついにバレた」

 達紀は恥ずかしそうに、でもなんだかちょっと嬉しそうにしながら、頬を掻いた。

――本気だって思ってたからこそ
  傷ついたけれど
  人生は一度きりだと分かってるから
  僕は踏み出す
  やり直せないあの日が
  新しい僕の背中を押した

 怪我という絶望を乗り越えて新しい夢を見つけた達紀が、等身大で作った歌。
 俺はそれを、達紀に教わったコードを奏でて支える。

「歌詞をかみしめて弾いてほしいな」
「分かった」

 みんなが戻ってきた。
 ステージ下で円陣を組む。
 達紀が気合いの入った笑顔で言った。

「きょうが本番。だけど、きょうがゴールじゃない。きょうが5人の本当のスタート。間違えても変になっても、絶対最後まで楽しくやりきること。楽しくやることが、きょうの成功だから。オーケー?」

 肩を組む5人が、それぞれに、頼もしい返事をする。
 俺は、緊張と興奮が入り交じった不思議な感覚で、みんなに言った。

「あのね、みんな、混ぜてくれてありがとう。最初は足手まといにならないようにばっかり考えてたけど、きょうは本当に、頑張ってお客さんのために弾くよ」

「よっしゃ! あおちゃんも気合入ったな!」

 もう一度しっかり肩を組み直す。
 達紀が、大声を張った。

「今年、お客さんの心をかっさらうのはー?」
「マートムだあっ!」

 背中を叩き合い、ステージへ駆け上がる。
 女子の「キャーッ!」という悲鳴と、腕を振り上げて盛り上がる男子。
 熱狂の中チャボがマイクを握り、合図を送ると、アーサーがスティックを上に掲げて、4カウントした。

 初めて達紀の手に触れた『G』のコードを、全力疾走でかき鳴らならす。
 イントロをバックにチャボが声を張り上げた。

「おすおーすマートムです! みんな来てくれてありがと! それじゃー1発目はオリジナル曲、聴いてください!【青少年の純然たる恋と興味】」

 は!?
 曲名が違うけど!?

 頭は大混乱のまま、体に染みついたコードをひたすら弾く。
 会場はいきなりぶち上げで、盛り上がっている。
 達紀も基也もアーサーも平然としていて、あれ、元々知ってた……!?

 よく分かんないけど、楽しい。
 ちょっと笑っちゃいながら、なんでか分からないけど、泣き笑いしそうになりながら、夢中で弾く。
 みんな楽しそうだ。この5人でこの景色が見られていることが、本当にうれしい。

 そんなことを考えながら、最後のサビへ。
 と、チャボが突然くるりとこちらへ振り向き、大きく腕を振って、達紀を指さした。
 達紀がコーラス用のマイクに口を近づけ、サビのフレーズをチャボと交互に歌う。

「人生は一度きりだと分かってるから お前は踏み出した」
「やり直せないあの日が 恋をする僕の背中を押した」

 歓声だか悲鳴だか分からない「キャーッ!」という声で、会場内が埋め尽くされる。
 これじゃ、ラストの達紀のリフが埋もれちゃう……!

 俺はとっさに、達紀の弾くメロディをそっくりそのまま弾いた。
 ぴったりと合うユニゾン。ふたりのギターが重なり、音圧を増す。
 ステージ左を見ると、キラキラとスポットライトを浴びる達紀がこちらへ振り向いて、口パクでこう言った。

『あお、だいすき』

 こんな、はちゃめちゃに他人を巻き込んだサプライズ。
 俺の王子様しかしてくれない。
 胸がいっぱいになりそうにながら、力強くうなずいた。

 まだ1曲目。達紀と歩んでゆく人生の、1曲目なんだ。



(了)
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