3 / 47
3. 4月28日 キャンベル伯爵家のお茶会
しおりを挟む
わたしアリー・ホームズは、結婚式をドタキャンされたかわいそうな令嬢として、不名誉なことに時の人となった。
お茶会やパーティーの招待状がわたしのもとに、それはもうたくさん届いた。暖炉の薪を当分買わなくてもいいくらいに。
好奇の目に晒されるなんて想像しただけでぞっとしてしまう。わたしは社交の場が得意ではないのだ。
機知に富んだお喋りなんて、頭の回転が速くて口が回る同級生にこそできる芸当で、寄宿学校でぱっとしなかったわたしには無理だ。
デビュタントをしたばかりのころに出たパーティーで、その洗礼を受けた。
誰だか知らないご婦人がしとやかな笑みを浮かべながら「まあ、そのドレスは最新のクチュールかしら?とってもお似合いだわ」と、声をかけてきた。
もちろんわたしが着ていたのは、流行遅れのいつものドレスだ。
「ダサいドレスでパーティーに来るな、とっとと帰れ」の意味である。
あまりに突然のことで、わたしはぶるぶるとすくみ上がるばかりだった。シャペロンを頼んだ叔母には呆れられた。
それ以来、大勢の着飾った上流階級の集まりにはできるかぎり行かないという方法で、平和に過ごしてきた。
マーガレットフィル記念女学院の同級生からお茶会の誘いが届いたのは、四月も終わりかけの日だった。
ライラックが美しい中庭が隣接するコンサバトリーで、昔を懐かしんで語り合おうという趣旨の手紙だった。ライラックの花言葉は、「友情」や「思い出」だ。きっと、素晴らしい午後のひとときを過ごせるだろう。
退屈していたわたしは、久しぶりに外に出てみようという気分になった。
そのお茶会のメンバーは、元ルームメイトとわたしを入れた三人だった。
四区の貴族の屋敷街にあるキャンベル家のタウンハウスを訪れたわたしは、呼び鈴を鳴らして訪問カードを渡す。
執事がコンサバトリーまで案内してくれる。
ガラス張りのその部屋から、ライラックが咲き誇る紫色の中庭が見える。蝶々がライラックの花の合間を飛ぶ様は、まるで優雅な散歩だ。
ホームズ家のコンサバトリーは、兄さんとわたしが学校から持って帰ってきた魔法植物であふれていて、まるで景観美というものがない。
同じ貴族でもこうも違うものか。経済的に余裕がある家はさすがだ。
「アリー、久しぶりね。ごきげんいかが?」
招待状をくれたカミラ・キャンベルが椅子から立ち上がった。カミラは記憶よりずっと洗練されていた。
「ご招待ありがとう。素晴らしい中庭ね、カミラ。結婚式のときはごめんなさい。せっかく参列してくれる予定だったのに」
「わたくしたち、アリーの登場を心待ちにしていたのよ。あんなことになったあなたのことを心配していたわ。そうよね、ルーシー?」
「アリー、元気そうね。あなたのご家族からお手紙をもらったときは驚いた。結婚式当日の早朝に、それも魔法電報なんだもの。
だから今日はこうしてヴァンメジスト州の実家から空飛ぶ馬車を飛ばして、あなたの顔を見に来たってわけ」
ルーシー・リッチフィールドの実家は王都から東へ二時間以上行った場所にある。
ルーシーは溌剌とした印象は変わらないが、ずっと大人っぽくなっていた。
「ルーシーのご実家は王都からだと遠いから、夜が明けてすぐ魔法電報を送ったの。
連絡が間に合わずにあなたが出かけてしまっては大変だと思ったのよ。やっとこうして会えたわね」
「さあ、お座りになって。わたくしが紅茶を淹れるわ」
カミラは上機嫌で言った。
二人とも、それぞれの生活をうまくやっているようだ。
カミラは婚活中らしい。学生時代はとにかくガリ勉で、一番の成績を取ることに命をかけているといっても過言ではなかった。唯一の趣味は水泳で、夏の間は避暑地で社交もせずひたすら泳いでいる少女だった。
少女時代を知るわたしには、カミラが淑女のように着飾る姿がしっくりこない。
そうなのだ。カミラはおしゃれに気を使う同級生に向かって「鏡を見たところでニキビは治らないわよ。そんなことしている時間があるなら、スペルの暗唱でもしたら」と、高らかに告げていたのだ。
ちなみに、わたしも被害にあった一人である。
あれは新入生のときだった。一年目は寮の大部屋を使っていたので、個人スペースにお気に入りの恋愛小説を置いていた。
それがカミラに見つかって、みんなの前で思いきり恥をかかされたのだ。
「こんな小説を読む時間、アリーにはないでしょ?こんなもの読んでるから、いつだって頭の中がお花畑なのよ。その頭の中をどうにかしないと、今に落第するわよ」
もちろん言い返せず、ただ恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまったのだった。
ああ、思い出したくない過去の汚点だ。
わたしはビスケットをつまみ、いくらか落ち着きを取り戻したところで、失礼のない言葉を探してカミラに言った。
「ねえ、カミラ。あなたはとても雰囲気が変わったのね。あのころより、ずっときれいになったわ」
「ええ、そうでしょう。最新の流行を取り入れているのよ。殿方に見初められるには、まずは服装が大事なことなの」
カミラはわたしたち二人にドレスがよく見えるように、わざわざ座りなおした。涼しげな生地を使い、紫という初夏には少々重たい色でも軽やかに見せることに成功している。
「これは《ムッシュ・ゲラーニ》の新作よ。二人はご存知ないかもしれないけど、ファッション界の帝王と言われていて、常に注目の的なの。
彼の生み出すファッションは、革新的でありながら淑女らしさを体現していると評判よ。ほら、ここなんてカッティングがきれいでしょう?」
《ムッシュ・ゲラーニ》は、わたしでも知っているくらい、世界に名をとどろかせる一流デザイナーだ。
雑誌から抜け出したように洗練された格好でパーティーに行けば、わたしのつまらない人生は変わるのだろうかと、これまでに何度考えたものか。
だけどわたしは社交が苦手で、どんくさいアリー・ホームズ。ファッション界の帝王の力を借りても、それは難しいだろう。
「ええ、首周りが特に洗練されているかんじがするわよ」
ルーシーがほめると、カミラは当然とばかりにほほ笑む。
「私もドレスは最新作しか着ないことにしたの。今日は《EP》の最新作よ。
カミラのドレスとは違って国産のデザイナーブランドだけど、生産数が少ないから他の令嬢とかぶりにくくて使いやすいの」
ルーシーは暗にカミラの量産されたドレスとは違うと告げている。
ルーシーのドレスはシンプルでありながらも個性的なオレンジ色のドレスで、彼女の黒髪を一層輝かせている。
二人とも笑っているが、目が怖い。そうだ、この二人は学生時代から成績やスポーツで常に張り合い、最後にはいつも出来の悪いわたしに辛らつな言葉を投げかけるのだった。
どちらともなく二人はほほ笑むと、紅茶を飲みながら静観していたわたしを一瞥した。
すごく嫌な予感。
「アリーのドレスは、とてもクラシカルね」
「あなたをみていると、昔を思い出して懐かしくなるわ」
カミラは紅茶を一口飲んで、カップをそっと置いた。それまでの自慢げな顔が一転し、苦々しい顔に変わったのを、わたしは見逃さなかった。
「わたくしから言わせると、どの殿方もだめね。いくらわたくしが高嶺の花だからって、果敢にダンスに申し込んでくださらないと」
「先日パーティーに参加したけど、若い男の人たちは恥ずかしがって、踊っているのは若いとは言えない年齢の男性ばかりだった」
ルーシーがカミラに同意した。
「本当に若い方はだめよね。ただ見た目が魅力的なだけで、中身は空っぽなんだもの。
わたくしは先週のパーティーで、ある殿方と会話をしたの。わたくしは有意義な話をしようと、最近の経済対策について意見を交わそうとしたのよ。それなのに、その方ったらなにひとつ答えられなかったの。
ねえ、信じられる?
《魔法及び産業技術における経済的発展推進政策》について、何も知らないのよ。
あなたのおつむには一体何がはいっているのかしらって言ってやったわ」
要するに、学生時代カミラはスポーツと勉強に打ち込んできたので、男性の前での振る舞い方がわからないようだ。
「わたくしは本音を言うと、連日のパーティーに少し飽きてしまったわ。くだらない殿方ばかりなんだもの。
だから家業の助言をするようになったの。これがすごく楽しいのよ。
父には、こんなに優秀なのだから男に産まれていれば次期当主だったろうに、と言われたわ」
「私たちマーガレットフィルの卒業生の宿命ね。なぜ男に生まれなかったんだろうって言われるのよ」
ルーシーがしんみりと口にした。カミラは深く頷いている。
そんな言葉、わたしは一度もかけられたことがないけど。まあ、彼女たちはそれほど優秀だということだろう。
ルーシーが口を開いた。ルーカス・リッチフィールドという、ルーシーの名前を男名にしたようなペンネームで小説を発表したそうだ。
ついに新進気鋭の小説家の仲間入りを果たしたそうで、流行の雑誌で連載が決まったらしい。
「寮の部屋でずっと書いていたものね。雑誌社から手紙が来ていないか、何度も郵便受けを一緒に確認したわね。あの日々の努力が、ついに実ったのね」
わたしはしみじみと言った。
「ルーシー、わたくしたちはあなたを誇りに思うわ」
カミラもルーシーを祝福する。
「ありがとう、二人とも。いずれ時代が私たちに追いつくころには、本名で作品を発表してみたいわ。でもまずは一歩前進できた。いい気分よ」
いずれは書斎として小さなフラットを借りて、小説家としてひとり立ちしたいそうだ。
「七区にかんじのいい部屋を見つけたの。アリーのご実家も七区よね?」
「そうよ。ここ四区とはかなり雰囲気が違うわ。大きな商会や銀行、病院が近くにあって利便性は高いわね」
「いいわね。そうだ。雑誌が発売されたら、毎月あなたたちに贈るわね。
あーあ、私が書いたって公言できないなんて悔しい」
「それで、アリーは婚約破棄した気分はどう?」
カミラが唐突に話題をふってきた。ルーシーの近況報告という名の自慢話に飽きたのだろう。
「結婚前夜に花婿に逃げられたって本当なの?」
二人とも獲物を見るような目つきで、わたしの様子を窺っている。
「隠さなくていいのよ。私と同じように自立するって手段もあるのよ」
ルーシーが笑って追い討ちをかけてくる。
さっきまでの感動的な雰囲気はどこにいってしまったのだ。ゴシップを振りまかれたり、小説のネタにされたりするのは、なんとしても避けたい。
だけど、わたしには気の効いた返しが思いつかないのだ。
そうだった。のんびりしているわたしには社交の場が得意ではなかったし、頭の回転の早い同級生には苦手意識があったのだ。
「待ってよ、二人とも。落ち着きましょう。婚約破棄はしていないし、されてもいないわ」
結婚式には出られないと言われただけだ。
二人とも疑わしいという目をしている。
「結婚前夜に花婿に逃げられてもいないわ。婚約者は、騎士団の招集に応じただけよ。それがちょうど結婚式の日だったというだけで」
まあ、それが問題なのだが。
わたしだって婚約破棄されたのかどうかもよくわからない。
待って、わたしフラれたの?
「騎士団が帰ってきたらまた結婚式をするってわけ?」
「式の前夜に婚約破棄されたご令嬢がいるという噂が流れててあなたのことだと思ってたけど、もう一人いるのかしら」
そういえば、ヘンリーも家族の誰も帰ってきたらどうするのか話していなかった。なんで気がつかなかったの。わたしはフラれたんだ。
お茶会やパーティーの招待状がわたしのもとに、それはもうたくさん届いた。暖炉の薪を当分買わなくてもいいくらいに。
好奇の目に晒されるなんて想像しただけでぞっとしてしまう。わたしは社交の場が得意ではないのだ。
機知に富んだお喋りなんて、頭の回転が速くて口が回る同級生にこそできる芸当で、寄宿学校でぱっとしなかったわたしには無理だ。
デビュタントをしたばかりのころに出たパーティーで、その洗礼を受けた。
誰だか知らないご婦人がしとやかな笑みを浮かべながら「まあ、そのドレスは最新のクチュールかしら?とってもお似合いだわ」と、声をかけてきた。
もちろんわたしが着ていたのは、流行遅れのいつものドレスだ。
「ダサいドレスでパーティーに来るな、とっとと帰れ」の意味である。
あまりに突然のことで、わたしはぶるぶるとすくみ上がるばかりだった。シャペロンを頼んだ叔母には呆れられた。
それ以来、大勢の着飾った上流階級の集まりにはできるかぎり行かないという方法で、平和に過ごしてきた。
マーガレットフィル記念女学院の同級生からお茶会の誘いが届いたのは、四月も終わりかけの日だった。
ライラックが美しい中庭が隣接するコンサバトリーで、昔を懐かしんで語り合おうという趣旨の手紙だった。ライラックの花言葉は、「友情」や「思い出」だ。きっと、素晴らしい午後のひとときを過ごせるだろう。
退屈していたわたしは、久しぶりに外に出てみようという気分になった。
そのお茶会のメンバーは、元ルームメイトとわたしを入れた三人だった。
四区の貴族の屋敷街にあるキャンベル家のタウンハウスを訪れたわたしは、呼び鈴を鳴らして訪問カードを渡す。
執事がコンサバトリーまで案内してくれる。
ガラス張りのその部屋から、ライラックが咲き誇る紫色の中庭が見える。蝶々がライラックの花の合間を飛ぶ様は、まるで優雅な散歩だ。
ホームズ家のコンサバトリーは、兄さんとわたしが学校から持って帰ってきた魔法植物であふれていて、まるで景観美というものがない。
同じ貴族でもこうも違うものか。経済的に余裕がある家はさすがだ。
「アリー、久しぶりね。ごきげんいかが?」
招待状をくれたカミラ・キャンベルが椅子から立ち上がった。カミラは記憶よりずっと洗練されていた。
「ご招待ありがとう。素晴らしい中庭ね、カミラ。結婚式のときはごめんなさい。せっかく参列してくれる予定だったのに」
「わたくしたち、アリーの登場を心待ちにしていたのよ。あんなことになったあなたのことを心配していたわ。そうよね、ルーシー?」
「アリー、元気そうね。あなたのご家族からお手紙をもらったときは驚いた。結婚式当日の早朝に、それも魔法電報なんだもの。
だから今日はこうしてヴァンメジスト州の実家から空飛ぶ馬車を飛ばして、あなたの顔を見に来たってわけ」
ルーシー・リッチフィールドの実家は王都から東へ二時間以上行った場所にある。
ルーシーは溌剌とした印象は変わらないが、ずっと大人っぽくなっていた。
「ルーシーのご実家は王都からだと遠いから、夜が明けてすぐ魔法電報を送ったの。
連絡が間に合わずにあなたが出かけてしまっては大変だと思ったのよ。やっとこうして会えたわね」
「さあ、お座りになって。わたくしが紅茶を淹れるわ」
カミラは上機嫌で言った。
二人とも、それぞれの生活をうまくやっているようだ。
カミラは婚活中らしい。学生時代はとにかくガリ勉で、一番の成績を取ることに命をかけているといっても過言ではなかった。唯一の趣味は水泳で、夏の間は避暑地で社交もせずひたすら泳いでいる少女だった。
少女時代を知るわたしには、カミラが淑女のように着飾る姿がしっくりこない。
そうなのだ。カミラはおしゃれに気を使う同級生に向かって「鏡を見たところでニキビは治らないわよ。そんなことしている時間があるなら、スペルの暗唱でもしたら」と、高らかに告げていたのだ。
ちなみに、わたしも被害にあった一人である。
あれは新入生のときだった。一年目は寮の大部屋を使っていたので、個人スペースにお気に入りの恋愛小説を置いていた。
それがカミラに見つかって、みんなの前で思いきり恥をかかされたのだ。
「こんな小説を読む時間、アリーにはないでしょ?こんなもの読んでるから、いつだって頭の中がお花畑なのよ。その頭の中をどうにかしないと、今に落第するわよ」
もちろん言い返せず、ただ恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまったのだった。
ああ、思い出したくない過去の汚点だ。
わたしはビスケットをつまみ、いくらか落ち着きを取り戻したところで、失礼のない言葉を探してカミラに言った。
「ねえ、カミラ。あなたはとても雰囲気が変わったのね。あのころより、ずっときれいになったわ」
「ええ、そうでしょう。最新の流行を取り入れているのよ。殿方に見初められるには、まずは服装が大事なことなの」
カミラはわたしたち二人にドレスがよく見えるように、わざわざ座りなおした。涼しげな生地を使い、紫という初夏には少々重たい色でも軽やかに見せることに成功している。
「これは《ムッシュ・ゲラーニ》の新作よ。二人はご存知ないかもしれないけど、ファッション界の帝王と言われていて、常に注目の的なの。
彼の生み出すファッションは、革新的でありながら淑女らしさを体現していると評判よ。ほら、ここなんてカッティングがきれいでしょう?」
《ムッシュ・ゲラーニ》は、わたしでも知っているくらい、世界に名をとどろかせる一流デザイナーだ。
雑誌から抜け出したように洗練された格好でパーティーに行けば、わたしのつまらない人生は変わるのだろうかと、これまでに何度考えたものか。
だけどわたしは社交が苦手で、どんくさいアリー・ホームズ。ファッション界の帝王の力を借りても、それは難しいだろう。
「ええ、首周りが特に洗練されているかんじがするわよ」
ルーシーがほめると、カミラは当然とばかりにほほ笑む。
「私もドレスは最新作しか着ないことにしたの。今日は《EP》の最新作よ。
カミラのドレスとは違って国産のデザイナーブランドだけど、生産数が少ないから他の令嬢とかぶりにくくて使いやすいの」
ルーシーは暗にカミラの量産されたドレスとは違うと告げている。
ルーシーのドレスはシンプルでありながらも個性的なオレンジ色のドレスで、彼女の黒髪を一層輝かせている。
二人とも笑っているが、目が怖い。そうだ、この二人は学生時代から成績やスポーツで常に張り合い、最後にはいつも出来の悪いわたしに辛らつな言葉を投げかけるのだった。
どちらともなく二人はほほ笑むと、紅茶を飲みながら静観していたわたしを一瞥した。
すごく嫌な予感。
「アリーのドレスは、とてもクラシカルね」
「あなたをみていると、昔を思い出して懐かしくなるわ」
カミラは紅茶を一口飲んで、カップをそっと置いた。それまでの自慢げな顔が一転し、苦々しい顔に変わったのを、わたしは見逃さなかった。
「わたくしから言わせると、どの殿方もだめね。いくらわたくしが高嶺の花だからって、果敢にダンスに申し込んでくださらないと」
「先日パーティーに参加したけど、若い男の人たちは恥ずかしがって、踊っているのは若いとは言えない年齢の男性ばかりだった」
ルーシーがカミラに同意した。
「本当に若い方はだめよね。ただ見た目が魅力的なだけで、中身は空っぽなんだもの。
わたくしは先週のパーティーで、ある殿方と会話をしたの。わたくしは有意義な話をしようと、最近の経済対策について意見を交わそうとしたのよ。それなのに、その方ったらなにひとつ答えられなかったの。
ねえ、信じられる?
《魔法及び産業技術における経済的発展推進政策》について、何も知らないのよ。
あなたのおつむには一体何がはいっているのかしらって言ってやったわ」
要するに、学生時代カミラはスポーツと勉強に打ち込んできたので、男性の前での振る舞い方がわからないようだ。
「わたくしは本音を言うと、連日のパーティーに少し飽きてしまったわ。くだらない殿方ばかりなんだもの。
だから家業の助言をするようになったの。これがすごく楽しいのよ。
父には、こんなに優秀なのだから男に産まれていれば次期当主だったろうに、と言われたわ」
「私たちマーガレットフィルの卒業生の宿命ね。なぜ男に生まれなかったんだろうって言われるのよ」
ルーシーがしんみりと口にした。カミラは深く頷いている。
そんな言葉、わたしは一度もかけられたことがないけど。まあ、彼女たちはそれほど優秀だということだろう。
ルーシーが口を開いた。ルーカス・リッチフィールドという、ルーシーの名前を男名にしたようなペンネームで小説を発表したそうだ。
ついに新進気鋭の小説家の仲間入りを果たしたそうで、流行の雑誌で連載が決まったらしい。
「寮の部屋でずっと書いていたものね。雑誌社から手紙が来ていないか、何度も郵便受けを一緒に確認したわね。あの日々の努力が、ついに実ったのね」
わたしはしみじみと言った。
「ルーシー、わたくしたちはあなたを誇りに思うわ」
カミラもルーシーを祝福する。
「ありがとう、二人とも。いずれ時代が私たちに追いつくころには、本名で作品を発表してみたいわ。でもまずは一歩前進できた。いい気分よ」
いずれは書斎として小さなフラットを借りて、小説家としてひとり立ちしたいそうだ。
「七区にかんじのいい部屋を見つけたの。アリーのご実家も七区よね?」
「そうよ。ここ四区とはかなり雰囲気が違うわ。大きな商会や銀行、病院が近くにあって利便性は高いわね」
「いいわね。そうだ。雑誌が発売されたら、毎月あなたたちに贈るわね。
あーあ、私が書いたって公言できないなんて悔しい」
「それで、アリーは婚約破棄した気分はどう?」
カミラが唐突に話題をふってきた。ルーシーの近況報告という名の自慢話に飽きたのだろう。
「結婚前夜に花婿に逃げられたって本当なの?」
二人とも獲物を見るような目つきで、わたしの様子を窺っている。
「隠さなくていいのよ。私と同じように自立するって手段もあるのよ」
ルーシーが笑って追い討ちをかけてくる。
さっきまでの感動的な雰囲気はどこにいってしまったのだ。ゴシップを振りまかれたり、小説のネタにされたりするのは、なんとしても避けたい。
だけど、わたしには気の効いた返しが思いつかないのだ。
そうだった。のんびりしているわたしには社交の場が得意ではなかったし、頭の回転の早い同級生には苦手意識があったのだ。
「待ってよ、二人とも。落ち着きましょう。婚約破棄はしていないし、されてもいないわ」
結婚式には出られないと言われただけだ。
二人とも疑わしいという目をしている。
「結婚前夜に花婿に逃げられてもいないわ。婚約者は、騎士団の招集に応じただけよ。それがちょうど結婚式の日だったというだけで」
まあ、それが問題なのだが。
わたしだって婚約破棄されたのかどうかもよくわからない。
待って、わたしフラれたの?
「騎士団が帰ってきたらまた結婚式をするってわけ?」
「式の前夜に婚約破棄されたご令嬢がいるという噂が流れててあなたのことだと思ってたけど、もう一人いるのかしら」
そういえば、ヘンリーも家族の誰も帰ってきたらどうするのか話していなかった。なんで気がつかなかったの。わたしはフラれたんだ。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
王子よ、貴方が責任取りなさい
天冨 七緒
恋愛
聖女候補であり、王子の婚約者候補でもあった私。
八年間、国のために聖女としての務めを果たす準備をしてきた。
だが王子は突然こう宣言した。
「今代の聖女はソミール嬢。優秀な彼女には補佐すら必要ない」
聖女が決まれば、候補者は補佐として王宮に上がる。
補佐不要とは、聖女候補全員を“無能”と断じたも同然だった。
貴族社会で私たちは侮辱の対象となり、立場を失っていく。
聖女に選ばれた平民の少女ソミールは、悪意こそないものの、
他者の手柄を“善意で”奪ってしまう無自覚な加害者だった。
王子は彼女を盲信し、貴族出身の候補者たちを悪と決めつけた。
そして国は混乱し始める。
王子が卒業した聖女候補に助力を求めても、誰一人応じない。
社交界の悪意から逃げるように辺境に来た私のもとにまで、王子が現れた。
「聖女の補佐をしてくれないか……」
私は静かに告げる。
「今代の聖女は補佐を必要としないのでしょう? 王子様。責任は、ご自身でお取りください」
勘違い王子と平民聖女の暴走に巻き込まれた、
聖女候補たちの“静かなざまぁ”の物語。
幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか
ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。
翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。
笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる