婚約破棄された貧乏令嬢は、今日こそモテたい!

ともり

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37. 11月20日 王宮

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 王宮に足を踏み入れるのは、これで三度目だ。一度目はわたしのデビュタントで、二度目は先月ヘンリーに招待されたディナーだった。そろそろ慣れてもよさそうなのに、緊張でホームズ家の玄関ホールを歩き回っては執事に怪訝な顔をされている。


 わたしはこの日のために用意した晩餐会用のドレスを着て、王宮へ向かった。
首元のルビーが、わたしの呼吸に合わせて上下する。薄く透ける生地が二の腕を優しく包み込み、薄い黄色が赤く染まっていくドレスのデザインは、さながら女神のようだ。


 従者の手を借りて空飛ぶ馬車を降り、荘厳な城の正面玄関の中へと足を踏み入れる。わたしは控え室に通され、そこでヘンリーを待つ。騎士団の授与式は団員しか見ることができないけれど、ヘンリーの姿はさぞ絵になるだろう。
ヘンリーがフィンチシブ海から戻ってきて以来、こんなに会っていなかったのは初めてだ。もう一ヶ月近く会っていない。ヘンリーのことを考えると、頬が内側から熱くなってきて目が潤んでくる。


 部屋の外が騒がしい。ばたばたと足音が忙しなく聞こえてくる。そろそろ授与式が終わったころね。窓の外はすでに星がきらめきはじめている。
わたしはヘンリーに尋ねたいことがある。赤毛の女性はヘンリーの何なの?だけどはっきりと口にするのは怖い。

 ノックの音がして、授与式を終えたヘンリーが入室した。濃紺のビロードのマントを羽織り、頭にはマントとおそろいの帽子を被っている。右肩には淡い水色のリボンのたすきがかけられ、左胸には騎士団の紋章が刻まれている。
 

 息をするのも忘れ、わたしはただヘンリーの姿を見つめていた。ヘンリーってこんなにかっこよかったかしら?騎士団の衣装が似合っているから?それとも久しぶりに会ったから?きっとどっちもだろう。


 帽子とマントを脱ぎながら「いやあ、疲れたよ」と言って、ヘンリーは挨拶もそこそこに近くの椅子に腰を下ろした。

わたしはヘンリーの近くの椅子に腰を降ろすと、「授与式はうまくいったの?」と尋ねた。

「へまはせずに済んだよ。僕は前に出て、騎士団のトップである国王陛下から勲章を授けられたんだけど、緊張しっぱなしだったよ」

ヘンリーはこめかみを押さえている。わたしは宮殿の部屋つきメイドに薬草を用意してもらうようにお願いした。

「さぞ素敵だったでしょうね」
国王陛下の前にひざまずくヘンリーを想像してみる。

「どうだろう。周りを見る余裕がなかったからな」
ヘンリーは弱々しく言った。

わたしは笑った。
「素敵だと言ったのは、あなたのことよ」

メイドから薬草を受け取ると、わたしはシルクの手袋を外し、苦々しい匂いの薬草をヘンリーのこめかみに当て、短くスペルを唱えた。ヘンリーの顔色に温かみが戻ってきた。

「ああ、ありがとう。だいぶ頭がすっきりした。さすがアリーだね」

「いいのよ。ここのスタッフに薬草を用意してもらったの。お礼は彼女に言ってくれればいいわ」

ヘンリーに聞きたいことがあるのに、今はどうもタイミングではない。パーティーが終わるまでには聞けるかしら。


***

 晩餐会が終わり、ほっとしたのもつかの間、わたしは朝日のように輝かしいのドレスからライラック色のドレスに着替えた。パーティーのはじまりだ。

ヘンリーとわたしは、王宮の赤いカーペットの敷かれた大階段を通ってボールルームへと移動してきた。扉の向こうから魔法音楽の調べがかすかに聞こえてくる。

「さあ、行こうか。準備はいい?」

わたしはひとつ呼吸をすると答えた。
「ええ、いいわ」

「それじゃあ僕の手を取って」

わたしはスポットライトの明るさに目眩を覚えながら、ヘンリーに導かれてダンスフロアへ歩いていった。


 国王と王妃の踊りに続いて、色とりどりのドレスがボールルームを彩る。わたしが歩き出そうと足を踏み出した瞬間、視界が揺らいだ。スカートのすそにつまづきそうになったと気がついたときには、ヘンリーがわたしの腕を支えていた。

「危なかったわ、ありがとう」

「なんてことないよ。ダンスの準備はいい?」

ヘンリーの手が背中に直接触れただけで、目が潤み、背中から全身がぴりぴりと痺れる。ステップに合わせて、ライラック色のシフォンが幾重にも重なったドレスが揺れる。今夜はプリンセスにでもなった気分だ。

ヘンリーの口が僅かに動いた。ヘンリーの息が耳にかかってうまく聞き取れない。

「え?今なんて?」

「そのドレス、似合ってるね」

「ありがとう。ヘンリーも素敵よ」

「そういえば僕たち、一緒に踊るのは初めてだよね。
ご感想は?もう二度と一緒に踊らないなんて言われないように、これでも精一杯リードしてるつもりなんだけど」

「そうね、かなりうまくやってくれてると思うわ。その証拠にわたしはまだあなたの足を踏んでないもの」

実際、ヘンリーはなかなかのダンスの名手だった。わたしを緊張から解き放ち、つかの間のロマンチックなひと時を楽しむ余裕まで生み出したのだ。ヘンリーのリードに頭がくらくらとする。

わたしは繋がれた指先に力を込めてささやいた。
「これがファーストダンスなのね。ずっと忘れないわ」

ヘンリーは一瞬言葉を失って、そっとささやき返してきた。
「ああ、僕もだ」


 わたしの心にはいまだ不安がくすぶったままだ。情熱的な赤毛の女性は誰なのか、聞けないでいる。またすぐ会って聞けるわよね?
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