婚約破棄された貧乏令嬢は、今日こそモテたい!

ともり

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38. 12月22日 ホームズ家のコンサバトリー(温室)

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 騎士団の授与式から一ヶ月が経ち、芸術シーズンが到来した王都パールモルネはすっかり華やいでいる。一ヶ月も経てば大体のものごとは忘れ去られるものだが、ヘンリーのうわさは一層華やかになるばかりで、わたしの心は荒んでいった。
うわさの真偽を確かめたくても、肝心のヘンリーには授与式以来一度も会えていない。


 わたしにとっては不運なことに、博物館でヘンリーの展示が常設され、彼の冒険をベースにした劇も上演されたばかりなので、王国にとっても本人にとっても、ヘンリーの話題が人々のうさわになることがいいことなのは明らかだった。
わたしはルーシーやカミラと一緒にその冒険劇を観にいったばかりだ。


 舞台の夢心地のまま、わたしはコンサバトリー温室の籐の椅子に背中を預けていた。


 一度だけヘンリーから短い手紙が届いた。博物館の展示のイベントや新居探しでばたばたしているらしい。ヘンリーと一緒に住む予定の二人の家。わたしの胸は期待に膨れる。だけどそんなときめきもすぐに萎んでしまう。
わたしだって結婚式や新生活の準備で忙しいのだ。相談したいことが山のようにある。ヘンリーは多忙で、わたしたちはすれ違う一方だ。


 わたしは籐のテーブルの上に置かれた新聞紙を苦々しく手に取った。社交欄のページに載っている風刺漫画には、今度はヘンリーが社交界の冒険に乗り出したという見出しが書かれ、女性に言い寄られているヘンリーの絵が描かれていた。金髪美女や赤毛のグラマーがヘンリーを取り囲んでいる。思わず新聞を持つ手が震えてしまった。
ああ、これが以前《EP》の店でドレスを買ったときにうわさされていた赤毛のグラマーか。あまりに自分と違いすぎる。


 わたしは新聞を机に放り出すと、深く息を吐いた。日記を膝の上に置き、一心不乱にペンを走らせた。こういうときは日記に不満をぶちまけるにかぎる。


 ふと顔を上げると、執事がわたしを呼びに部屋に入ってきたところだった。
「お嬢様、お客様がお見えになられています」

ヘンリーね!わたしは嬉しさと怒りが交じり合った奇妙な感情のまま、「どなた?」と尋ねた。

「レディ・キャンベルとレディ・リッチフィールドです」

ああ、カミラとルーシーね。わたしは失望が顔を覆う代わりに困惑の表情を浮かべた。
「めずらしいのね。約束してなかったはずなのに、どうしたのかしら?」

「留守だと伝えますか?」

「いえ、いいの。このコンサバトリー温室に通してほしいわ。わたしが紅茶を淹れるから、二人分のカップを持ってくるようマーサに伝えてね」

ほどなく二人が部屋に入ってきた。

「会えて嬉しいわ。今日は二人ともどうしたの?」

「いきなりごめんなさいね。ルーシーのフラットに寄ったついでに、あなたの顔を見たくなったの」と、カミラが答えた。

「どうしてるかと気になってね。ああ、それ今朝の新聞よね」
ルーシーは新聞紙を差してわざとらしくほほ笑んだ。

しまったと、思ったときにはすでに遅かった。カミラも訳知り風の笑みを浮かべている。どうしてわたしは二人をここに通す前に新聞を片付けておかなかったの?

カミラは籐の椅子に腰掛けると言った。
「アリー、そんなゴシップに気を揉む必要なんてないのよ」

「そうよ、美女にちょっかいだされるなんて今にはじまったことじゃないもの」

ルーシーの発言にわたしは頭を抱えたくなった。今にはじまったことじゃないって一体どういうことだ?

ルーシーはさらに追い討ちをかけるように付け加えた。
「まあ、あの燃えるようにゴージャスな髪はなかなかすごかったけど」

わたしはたまらず尋ねた。
「どこで見たの?」

「一昨日招待されたパーティーで見かけたの」

わたしは得たばかりの情報を処理するために頭をフル回転させていた。だから、カミラの質問に見事に動揺してしまった。

「ヘンリーにプロポーズされたんではなくて?今さらそんなことをどうして気にするのよ」

「そういえば婚約指輪はしていないのね」
小説のネタを手に入れようと、ルーシーの目がらんらんとしている。

わたしはルーシーに指摘されてやっと、婚約指輪をもらっていない事実に気づいた。
「今となってはプロポーズさえ幻だったのかという気さえしているわ」
わたしはふんと鼻を鳴らした。

「どういうこと?」
ルーシーは鼻にしわが寄っている。

「冬の離宮から戻って、ヘンリーとは騎士団の授与式の一回しか顔を合わせてないの。パーティーのあとは短い手紙が一通来ただけよ」

「普通は手紙を出すものよ。ヘンリーって餌をやらないタイプなのかしら。わたくしなら、そんな殿方はこちらから願い下げね」
カミラは辛辣だ。

「アリーから手紙を書けばいいじゃない。まあ、何かに夢中なあまり返事を書く時間があるのかは知らないけど」
ルーシーも負けずに辛辣だ。

わたしは家にこもってヘンリーからの連絡を待つしかないのだろうか?


 その晩、わたしは不服ながらもヘンリーに手紙を出した。だけど、いくら待っても返事は来なかった。
 

***

 しばらくしてヘンリーが興奮した様子でホームズ家のタウンハウスにやってきて、家を見つけたと言ってきた。
ヘンリーをコンサバトリー温室に通し、わたしは不機嫌を隠そうともせず言った。
「手紙もくれないのね」

「忙しくて忘れてしまっていたよ。ごめん」

どうやらヘンリーは家探しと本の執筆に夢中だったようだ。わたしにどんな素晴らしい新居になるかを話して聞かせようとしている。

「機嫌が悪そうだけど、どうしたの?」

「どうした?見当がつかないというわけね。自分がしたことを正しく認識した方がいいわよ。あるいはしなかったことを」

「どうしたんだよ、アリー。僕が手紙の返事をしなかったことを怒ってるの?」

「それもひとつよ。あなたが冬の離宮から王都に帰ってきた途端、帰還パーティーでしか会おうとしなかったこともね」
わたしはコンサバトリー温室のごみ箱にくしゃくしゃに捨てられた昨日の新聞をちらりと見た。ヘンリーのパーティーでの冒険が風刺漫画になって載っていた。

「悪かったよ。でも忙しかったんだ。アリーにだって前もって伝えておいたはずだよ」

「ええ、聞いたわ。だけどこんなに長い間、しかも手紙も出せないほど忙しいとは聞いていなかった。それも、結婚が決まった途端にね。
それに一番の問題は、忙しいと言いながらあなたがしていたことよ。毎晩のようにパーティーに出て、女性に言い寄られていたって聞いたわ。新聞の社交欄には連日あなたと美女の風刺が載ってるわよ。金髪に赤毛、ブルネットまで。
わたしが今日までどんな想いだったかわかる?」

ヘンリーはため息をついた。
「アリー、パーティーくらい行くよ。殿下に誘われて断るわけにはいかないし、博物館の展示や舞台の宣伝でもあるんだ。それくらいアリーにだってわかるよね」

わたしはヘンリーの言い方にかちんときた。
「わたしを馬鹿にしてるの?パーティーに出ることと、そこで会った美女と消えることは別の話だわ」

「少し落ち着いてよ。僕は馬鹿になんてしてないよ。消えるって何の話か、僕の方が聞きたいくらいだよ」

「パーティーであなたをめぐって令嬢の間でスペルの放ち合いが起きたと聞いたわ。情熱的な赤毛の美女があなたの腕をつかんで一緒に去っていったことも。
それに、かわいらしい令嬢がパーティーであなたに会ったら、転んだふりをして抱きつくって宣言してたわよ」


 ヘンリーは気まずそうに、わたしから顔をそらした。やっぱりうわさは本当だったんだ。わたしは幸せが手からこぼれ落ちていく感覚を味わった。

ヘンリーはようやく口を開いた。
「うわさは、ただのうわさだよ」

「令嬢たちがあなたを取り合ったのも?」

「まさか僕を取り合っていたとは思わなかったけど、会場ではスペルが飛び交っていたよ。令嬢から抱きつかれた記憶はないよ」

「じゃあ、美女と消えたっていうのは?」
わたしは視界が曇っているせいで、ヘンリーの顔が歪んで見える。ヘンリーの言い分を聞いてほっとしたからか、一番知りたいことを聞くのが怖いからなのかは自分でもわからない。

「その言い方だと語弊があるけど、アリーが考えているようなことはしていないよ。赤毛の女性が僕の腕を取って会場の外に出してくれたんだ。その意味ではアリーが言った通りだ。だけど、そのあとはその人にお礼を言って、僕はすぐに帰ったんだ」

「本当かしら?どうやって信じたらいいの?」
ついにわたしの目から涙が落ちた。

「本当だよ。僕はその人の名前だって知らないんだから。ちなみにもちろん僕は一人で帰った」
ヘンリーはハンカチを取り出すと、そっとわたしに差し出した。

「アリー、さっきも言ったけど、ただのうわさだ。そこに真実はないよ。大体、僕がこんなに頑張ってるのは早く新居を完成させたいからだよ。アリーと僕が暮らす家だよ。それがもうすぐ実現するところまで来てるんだ。それなのにどうしてそんなくだらないことを僕はしないといけないんだ?」

そんなことはわたしが聞きたい。
わたしはヘンリーの目を見た。その瞳には、やましいところはないように見えた。ため息をついて、わたしは答えた。
「ええ、そうかもしれないわね」

「ちょうど探していた条件に合う家を見つけたんだ。まだ改装は終わってないけど、完成したら一緒に見に行こう」

「そうね」
わたしは一抹の不安を残しつつも、わくわくしはじめている。
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