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「妙ではありませんか?」

 ライールが言った。

「ユリエルが木箱に薬物を仕込んで使用したとするなら、物証となる木箱をそのままにして放置するなんて……
 どんな人間でも、犯罪に使用した物なら処分しようとするのが、一般的な考え方というものです」

 シェーンが飲み物を飲んでから、

「太陽によって産まれる影に、悪は蔓延はびこる……
 後ろめたいから隠すのですから、当然の行動ですね」

「もっと言うなら、誰かが無知なる人間を利用して、おとしめようとしているのではと」
「しかし、単純に王冠だけを持ち出すことに集中していて、木箱を忘れていたという可能性もあるんじゃないかな? 何せ、聖女と王冠を隠さなければならないのだし……」

「その可能性もあります。が、やはり引っ掛かりますよ……
 報告書には、ユリエルが誘拐の実行犯で、計画や準備をしたのは、仲間であるレックとジャナスだろうと書かれてあるのです。それなら、尚更なおさらおかしいのですよ」

「――今もなお雲隠れしているほどの連中なのに、足が付きそうな箱を、そのまま残すわけがない?」

 ライールが口角をあげた。

「確かにおかしいですな。それほどの用意周到さなのに、箱の処分を忘れてしまうなんて」
「それで私が考えてた結論が、誰かがユリエルを罠にめたのではないか、というものです」

「…………」
「シェーン大司教は、ユリエルと一緒にいたという女の子のことをご存じですか?」
「女の子……?」

 明らかに知らないような顔をしていたから、ライールが話を続けた。

「これは、私の相方の勘――もとい洞察ですが、聖女は小さな女の子になっている可能性が高いのです」
「それは…… なんとも面妖じゃな?」
「そうでもありません。原因はハッキリしています」
「ほう?」

「王冠です。アレが魔導具で、バルバランターレンの血を引く彼女が、魔導具の……
 いえ、『王冠の呪い』を使えたとしたら、どうでしょう? 確かおとぎ話か何かに、子供になった話がありましたよね?」

「あるにはあるが…… しかし、本当に?」

「可能性はあります。あの王冠が正真正銘、バルバランターレンとつながりのある遺物だとしたら、勇者伝説に出てくる魔導具の可能性も高いでしょう。
 伝説がただの伝説ではないことが、近年の遺物発見や魔導具の研究で証明されています。
 そして何かが原因で、子孫である彼女が子供になってしまった…… 現に、身元不明の女の子を保護していると、報告書には書いてあるのです」

「ふむ…… 女の子か……」
「シェーン大司教は、アリス様の子供時代のお姿をご覧になったことはありますか? 昔、見たことがあるとか」

「グレイ君に紹介してもらったことはあるが……」
「では一度、その女の子に会って確認して貰えませんか? 面会の理由がパッと思いつかないので恐縮ですが……」

「女の子を保護しているという事実について、全く覚えがないからのう。私も確認をしに行きたいと思ったよ」

「ありがとうございます」
「それはそうと」
「はい?」
「朝食、食べないのかね?」

 ライールが自分の皿とシェーンの皿を見比べる。
 シェーンの皿は真っ白だが、ライールの方は彩りを保ったままだった。

「失敬、話しに夢中になってしまって……」
「ほっほっほっ、ゆっくり食べてくだされ。そのあいだ、私はグレイさんを連れ出す口実でも考えておきますよ」

「えっ? グレイさんを?」
「彼にとって、アリスさんは実の娘も同然ですからな。保護下の子供がアリスさんかどうか、判断可能な適任者は彼しかおりますまい」

「それは助かります。ぜひ、お願いします」

 ライールはそう言ってから、やっと朝食を口に運んだ。
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