兵法者ハンベエの物語

市橋千九郎

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十 やっぱり二人は名コンビ

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 人懐っこく声を掛けられて、ボーンは、
「はて? どこかでお会いしましたか?」
 思わず年寄りめいた口調の返事をしてしまった。
(いきなり、斬り掛かるつもりはないみたいだが、何なんだコイツは?何だか調子狂うぞ。)
 ほっとしたが、ボーンはペースを乱されて平常心ではいられない。
「いやいや、顔を会わすのは今が初めてだ。」
 ハンベエは砕けた調子で話し掛ける。
「だが、貴公中々の腕前と見た。そこで・・・・・・ちょっと頼みがあるんだが。」
「はあ?」
 なんだコイツ、やけに馴れ馴れしいぞ、何考えているんだ。ボーンは目を白黒させんばかりだ。
「実は貴公は知らないかも知れないが、俺は明日、ベルガン配下のガブレエルという奴と決闘する事になってる。そいつ一人なら、どうって事も無く、簡単に斬って捨てるんだけど。・・・・・・ベルガンって野郎、腹黒いって評判じゃないか。何が起こるか分からない。その上、俺の相棒のロキが、その決闘を見物したいって言ってるんだが、ロキの保護までは手が回りそうにない。無理な頼みだと思うが、その決闘の間ロキの側にいてくれないか?」
 ハンベエはボーンにしゃべるイトマを与えず、一気に言った。
 ボーンはポカンとしていたが、
「何の話かさっぱり分からん。」
 と言った。
 そこへ、突然足早に歩き始めたハンベエに、やっとロキが追い付いて来た。
「ハンベエ、急にどおしたんだよお? その人誰?」
 ロキは言った。ちょっと息が乱れている。
「この人は・・・・・・えーと・・・・・・貴公、名は何だ。」
「拙者の名はボーン・クラッシュだ。ボーンと呼ばれている。」
 ボーンはつられて正直に名乗ってしまった。
(しまった。名を教える必要なんてないんだ。しかも、拙者なんて言ってしまったぞ。沈着冷静なこの俺がなんてザマだ。本当に調子狂うぜ。)
「ボーン・・・・・・さん、ハンベエの知り合いの人?」
 ロキはボーンの顔をまじまじと見つめた。無邪気な瞳である。
「そうだ、たった今知り合って意気投合したところだ。で、せっかくだから、明日の決闘にご招待しているところだ。」
(どういうふうに考えたら、意気投合してる事になるんだ?)
 ボーンの困惑は深まるばかりだ。・・・・・・お気の毒に。
「今知り合ったばかり? 何だか、そのおじさん迷惑そうな顔してるみたいにも見えるけど?」
(少年!良くわかってるじゃないか。いきなり、わけの分からん頼みごとをされて迷惑してるよ。言ってみれば、酔っぱらいに絡まれてるみたいな気分だ。)
 ボーンはロキのセリフにうんうんと肯きたくなったほどである。
「それは気のせいだ。ボーンはさるエラァイ人に命じられて、ロキと俺の身辺を見守ってくれてる頼もしいおじさんなんだ。」
 ハンベエの言い回しに、勘のいいロキは、ピンと来るものがあったらしく、
「ええー、オイラ達を見守ってくれてるなんて本当?、そのさる偉い方に感謝しなくちゃ。」
 ロキはハンベエに合わせて、さも感激したように言った。
「その頼もしいおじさんがロキの身が危ないっていうのに助けてくれないなんて事はあり得ない。その事は我が愛刀『ヨシミツ』にかけても断言する。」
(ハイハイ、要は、お前の正体はバレてるぞ、この小僧の身に何かあったら、お前だって困るだろう。・・・・・・そう言いたいわけね。でもって、頼みを引き受けなければダンビラ振り回すぞって事ね。)
 ボーンはハンベエやロキの言い草にそう思った。さっきからのやり取りに混乱して、若干やけくそ気味になって来たボーンは、いい加減解放してもらいたくなって、
「何だか分からないけど、明日その小僧の護衛をすればいいのか?」
 と言った。
「その通り、貴公中々話が分かるじゃないか。」
 とハンベエが言えば、
「おじさん、迷惑かもしれないけど、引き受けてくれないかなあ。何せハンベエは血の気が多くて、断ったりしたら、この場で刀を振り回して暴れ出しかねない奴なんだよ。その上、暴れ出したら、そこら中血の海になりかねないって危なすぎる奴なんだ。」
 とロキも調子に乗って脅しをかける。
「何だか変な疫病神に取り憑かれたような気がするが、分かったよ。引き受けるよ。でも今から、用事が有るんだ。」
「なら、明日の朝七時前に『キチン亭』の前に来てくれ。朝飯位は奢る。」
「分かった。七時に『キチン亭』の前だな。それじゃあな。」
 こうして、ボーンは口約束とはいえ、ロキの護衛を引き受けるハメになってしまった。ありえねえ!
「待ってるからねえ、絶対来てよお。」
 ボーンは一刻も早く、この場から立ち去ろうと足速に歩き出した。本当は一目散に駆け出したいのを堪えてるようにも見えた。
 ボーンの姿が見えなくなるまで、黙って見送っていたハンベエとロキであったが、姿が見えなくなると互いに顔を見合わせ、ニンマリと笑った。
「というわけで、敵の見張りに身を任せる事になったが、怖くはないか。」
「冒険小説の主人公みたいでワクワクするよ。」
 息もぴったりの二人であった。

 明くる日、つまりハンベエとロキがゲッソリナについて二日目の朝、昨日と同じくハンベエが早朝の鍛練をしている頃、ゴロデリア王国宰相ラシャレーは、王宮の執務室で、例の『声』から報告を受けていた。
 丁度、ハンベエ達とボーンのやり取りが報告し終えられたところである。
「お話したような流れで、私の部下がハンベエとガブレエルの決闘について行く事になったのですな。」
「使える奴に見張らせろ、っと言ったはずじゃが。」
「なかなかどうして、今回行かせたボーンというのは、部隊の中でも一、二の優秀な奴でしてな。ハンベエという男が規格外なだけだと思いますな。」
「で、おまえは、そのボーンにハンベエの決闘の手助けを命じたわけだな。」
「そうですな。ロキはハンベエがベルガン達に殺された後に、さらってくればいいわけですからな。」
「万一、ハンベエが勝ったら、いかがいたすのだ?」
「その時は、ロキを攫うのは中止ですな。ボーンの手には負えないという事になりますからな。」
「それでいいと思うのか? 仮にも敵の手助けをする事になるのじゃぞ。」
「私等の世界では、誰が敵で誰が味方かなどという事はそう簡単には決め付けられませんな。ハンベエ達はまだ敵と決まったわけではないですな。」
「五人も殺されておるのにか?」
「あんな雑魚どもの事は忘れてしまうのがいいですな。仇をとっても、連中が生き返るわけでもないですな。ハンベエを片付けるのにかかる被害の方が恐ろしいですな。それにベルガンは何かと評判の悪い持て余し者、地位をかさに着て色々不正の噂もありますな。ハンベエが片付けてくれるなら、願ってもない事だと思いますな。宰相もベルガンが消えても困る事はないと思いますな。」
「確かに、ベルガンのような奴が消えたところで王国の痛手にもならんがの・・・・・・ベルガンはわしも気にいらん奴であるが、一応町の治安管理者じゃ。それが素性も知れぬ流れ者に討たれたでは王国の威信はどうなるのかの?・・・・・・まっ、ベルガンの方は大勢で行くじゃろう。ハンベエが助かる見込みはないじゃろうから、考えても仕方ないかのう。」
「それはそうと、昨日はシンバの他に『キチン亭』のハンベエ達を訪ねた者がいたようですな。」
「何者じゃ?」
「若い貴族風の男とかで、幅広の帽子で顔を隠していたので、それ以上の事は分からんようですな。」
「王女の方は?」
「特に何の動きもないようですな、昨日は一日中、自分の部屋に閉じ籠もっていたらしいですな。」
 どうやら、ハンベエ達を訪ねた貴族風の男がエレナであったとまではバレていないようである。
「今日の報告はこんなところですな。」
「ご苦労であった。」
「今日の決闘の結果が楽しみですな。」
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