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十五 向かうところ敵有り
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時刻は丁度午後四時になろうとしていた。
ロキとハンベエは王宮にやって来ていた。
前回と同じ、門衛が二人して立っている。お務めご苦労様な事である。
「こんにちは、王女様に面会に来たんだけど。取り次いで貰えませんか。」
ロキはそう言いながら、一枚の書状を出して、門衛に見せた。
門衛は黙って、王宮内に入って行った。
しばらくすると、戻って来て、
「庭に案内しろとの仰せだ。ついて来い。」
そう言って、二人を王宮内に招き入れた。
「くれぐれも、王女様に無礼の無いようにな。特に、そちらのハンベエ殿、王宮内でだけは、暴れてくれるなよ。」
門衛は若干不安そうに声を落として言った。下っ端役人の小心な様子が滲み出ている。
「心得た。安心なされよ。」
ハンベエは先日の倨傲不遜な態度もどこへやら、意外に素直な、そして、物静かな様子で答えた。門衛は緊張した雰囲気であったが、ハンベエの穏やかな佇まいに、おやっ、という表情をし、幾分安堵した様子である。
二人は王宮内の庭園に案内された。広々とした庭園は庭師によって良く手入れがされ、花壇には様々な花が咲いていた。(筆者はお花の知識は全くないので、読者諸君の想像力に頼ります。自分の好きな『お花畑』を頭に描いて下さい。そう言えば、昔、漫画で竜宮城を描くのに『絵にも書けない美しさ』って、背景真っ白にした人がいましたな。)
庭園に二人を導くと、門衛は黙って自分の仕事に戻って行った。
ほどなく、王女エレナがやって来た。白いドレスを着ていた。柔らかで、優雅な、それでいて、決して遅くない歩みでロキ達の方にやって来た。
エレナは柔和な笑みを浮かべて、二人の前に立つと、
「ロキさん、良くいらしてくれましたね。元気そうで何よりです。心配してたんですよ。・・・・・・ハンベエさんは今日もロキさんの護衛ですか?」
「王女様、こんにちは。オイラ達も王女様の事心配してたんだよお。迷惑かとも思ったけど、お会いしたくて来てしまったよお。ハンベエも護衛じゃなくて、姫さまの身を案じて来たんだよお。」
畏まってた前回に比べ、ロキの口調はややぞんざいになっていた。いやまあ、フレンドリィという事にしておくかな。
「そうですの。驚きですね。ハンベエさんまで私の身を案じてくれるなんて。あっ、皮肉ではありませんよ。」
「王女は腕が立つから、それほどは心配していないが、・・・・・・まあ、会いたくて来たのかな。」
「あら、そんなセリフも言ったりするんですね。意外ですね。でも、会いに来ていただいてうれしいですよ。そういえば今日、ハンベエさんの活躍を耳にしましたわ。余計な心配でしたね。」
エレナはハンベエの眼を真っ直ぐに見つめて言った。穏やかで、眩しいほど美しい瞳だ。知性を感じさせる眼とは、今のエレナの瞳をいうのだろう。大抵の男は、その瞳に射られただけで、まばゆさに眼を反らしてしまいそうである。
ハンベエはエレナの瞳を見つめ返した、いつものとぼけた無愛想な表情であるが、穏やかな瞳である。
「心配してくれて、ありがとう。この間は強がって見せたけど、結構成り行き任せの命知らずな行動だったかもしれなかったよ。」
「ハンベエは、今日はどういうわけか、変に謙遜してるけど、大活躍だったんだよ。王女様、聞きたい?」
ロキが口を挟んだ。
「ええ、聞きたいわ。」
三人は誰からともなく、ベンチに腰をかけた。
そして、ここから先は、ロキの独壇場だった。フナジマ広場への下見から、ボーンとのやり取り、ベルガン達との闘いや、今日の決闘まで、身振り手振りを交えながら、講釈師よろしく、エレナに語った。
エレナは時には笑みを浮かべ、時には目を丸くしてロキの話に聞き入った。
ハンベエはロキの話に一つ一つ豊かな表情を浮かべるエレナを、今更ながら、美しい姫だと思っていた。
「では、宰相配下の秘密警察の人とも仲良くなったのですか。」
「うん、でも、王女様に届いた手紙の中身については何一つ言ってないよ。」
「約束を守ってくれて、ありがとう。でも、秘密警察の人の追及を躱すのは大変だったでしょう?」
「ううん、見てないから、知らないって言っただけだよお。簡単だったよお。まあ、傍にハンベエがいるから、ボーンさんも尋問するわけにも行かなかったんだろうけど。」
「ハンベエさんって、本当にお強いのですね。剣は自分で覚えたのですか?」
「いや、お師匠様に教わった。」
「師がおいででしたの。」
「ハンベエのお師匠様はフデンって言うんだって、きっと伝説のフデン将軍と同じ人じゃないかなあ。・・・・・・とオイラは思うんだよ。」
「伝説のフデン将軍の弟子・・・・・・なのですか?・・・・・・それでは、お強いのも当然ですね。」
「・・・・・・俺のお師匠様のフデンとその将軍とが同一人物かどうかは知らないが、将軍フデンとは有名人なんだな。」
「それはもう、各地を渡り歩いて、武勇伝をいっぱい作った伝説上の将軍ですから。当節、フデン将軍の名前を知らない人の方が少ないくらいですわ。童歌にもなってるくらいですし。」
「童歌?、どんな歌なのかな?」
ハンベエはエレナに尋ねた。お土産の品物を早く見せてくれとせがむ、子供の目になっていた。
ハブもマムシもそこをどけ、フデン様のお通りだ
過ぐる昔のワクランバ、斬りも斬ったり、一千人
・・・・・・
エレナは優しい声音で歌った。
ハンベエはいつの間にか目を閉じて聞き入っていた。慌て目を開き、自分がほんの一瞬でも無防備になってしまった事に驚き、多少焦った。回りに注意を払うと、そこにエレナの目があった。まずいものを見られたかのように、少しバツの悪そうな表情になってしまった。
エレナはそのハンベエの様子を興味深げに見ていたが、口元を押さえ、ちょっと困った様に笑いながら、
「あらあら、私とした事が、いい気になって童歌など歌ってしまいましたわ。側女中にでも見られたら、はしたないって笑われますわ。ロキさん、ハンベエさん、今のは内緒ですよ。」
と言った。
「分かったよ。王女様、誰にも言わないよ。ハンベエが聞き惚れてた事もね。」
ロキはエレナとハンベエを交互に見て、ニンマリして言った。大人をからかってはいかんなあ、少年。
ハンベエはロキに冷やかされたが、今度は狼狽した風ではなく、ニヤリと笑った。
「俺とした事が不覚の至りだな。・・・・・・ところで王女、その後、例の殺し屋が身辺を付け狙ってる様子とかあるかな?」
「いえ、特に変わった事は有りません。どこの誰とも分からない話ですし、命を狙われる理由も分からないのですから、調べようもありませんわ。」
「正体不明の殺し屋ドルフか、困った話だな。」
ハンベエはエレナの目を見つめながら、ぼやくように言った。
「そうですね。いっそのこと、私もハンベエさんに護衛して貰おうかしら。」
どこまで本心か分からない様子でエレナは言った。
「それは悪くないと思うよお。何たってハンベエは闘神の生まれ代わりなんだから、ハンベエ、どうする?」
ロキの言葉にハンベエはちょっと考えこんだが、
「さてな、俺もロキの大事な王女を守ってやりたいとは思うが、俺が近くにいると、反って余計な災難に巻き込むような気もするしな。今目の前に、その殺し屋がいると言うなら、話は簡単なんだがな。」
と言った。
「そんなに都合良く物事は行かないよお。」
ロキがやれやれと肩を縮めて見せた。
が、しかし、ロキはそう言ったが、どうやら、このハンベエという若者は次々と騒動に出くわす運命に生まれついているらしい。それとも、師の示した道を突き進むため、好戦的な心構えをするハンベエが騒動を引き付けるのか。・・・・・・
事件は、その直後に起こった。
女官のシンバがエレナを探してやって来た。
「王女様、此処においででしたか、探しましたよ。」
シンバはベンチに腰掛けているエレナ達に歩み寄りながら言った。
ハンベエは、シンバを見て前回見た時とは微妙に印象が違う事に気付き、警戒心が沸き起こった。
微妙であるが、シンバの顔は若干上気しており、以前は生彩を欠いていた顔色に血が通っているように見える。そして、目が、これも僅かであるが、焦点が定まらぬ如く泳いでいるのである。
エレナはそれを感じたかどうか、・・・・・・立ち上がってシンバに尋ねた。
「どうしました、シンバ?」
「王女様に会わせたい者がおりまして。」
「私に会わせたい者?」
「はい、あちらに」
シンバが手のひらで示した方向から、ローブを身に纏った若い女がふわふわという感じで歩いて来た。そして、エレナ達の十メートルほど手前で立ち止まると、片膝をついてエレナに会釈した。
ハンベエ達が市場で出会った女占い師イザベラであった。
(はて、妙なところで・・・・・・)
ハンベエは小首をかしげ、ロキは不安そうにエレナを見守っている。ロキは元々イザベラに警戒心を持っているので、今、イザベラがここに現れた事を非常に奇怪に感じてる様子だ。
イザベラもハンベエ達に気が付き、若干驚いた様子であるが、そ知らぬ顔をしている。
「あの人が?」
「はい、占い師です。」
シンバがそう言ってイザベラの方を向くと、イザベラは口を開いて何か唱えた。
ハンベエにもロキにもエレナにも何も聞こえなかったが、確かにイザベラはシンバに向かって何かを唱えたように見えた。口を細く開き、息吹きを吹き出すような仕草だった。
次の瞬間、シンバは振り返って、エレナに襲い掛かっていた。いつの間にか手に短剣を抜いている。それを両の手で逆手に振りかぶって、エレナの胸を目がけて体ごと振り下ろして来たのだ。そのシンバの顔は目は吊り上がり、狂的な熱を帯びて、正常な人間のものでは無かった。
だが、ハンベエの睨んでいた通り、エレナには相当の心得が有ったのだろう。左側に円を描くように身を捌いて、シンバの斜め後ろに躱すと、シンバの首筋に手ガタナを撃ち込んだ。
ほとんど同時か、それより早く、ハンベエはエレナの向こう側、イザベラに立ちはだかる形で飛び出し、宙を駈けながら、ヨシミツを抜き放っていた。
キンッ、金属音とともにヨシミツに叩き落とされた黒い鉄芯が、ハンベエの足元の地面に突き刺さっていた。
イザベラがエレナ目がけて投げ放った物であった。
イザベラはチッと舌打ちをして、さらに二本ハンベエ目がけて投げつけると身を翻して庭の植木の影に逃げ込んだ。
ハンベエはその鉄芯も叩き落とし、同時に、懐中の棒手裏剣を身を翻すイザベラに投げ付けた。そして、イザベラの姿が植木の影に隠れた瞬間にはハンベエもイザベラを追って駆け出していた。
一方、シンバはエレナの手ガタナの一撃で気絶していた。エレナはシンバの体を抱きかかえるようにして、ベンチに横たえると、その手から短剣を奪い、ポイッとうちやった。それから、ハンベエが叩き落とした鉄芯を一本手に取って見つめた。それは二十センチほどの先の尖った串状のものだった。
「先に毒が塗られてますね。ハンベエさんのお陰で命拾いしたようですね。」
エレナは一カケラの取り乱した風情も見せず、呟くように言った。
ロキとハンベエは王宮にやって来ていた。
前回と同じ、門衛が二人して立っている。お務めご苦労様な事である。
「こんにちは、王女様に面会に来たんだけど。取り次いで貰えませんか。」
ロキはそう言いながら、一枚の書状を出して、門衛に見せた。
門衛は黙って、王宮内に入って行った。
しばらくすると、戻って来て、
「庭に案内しろとの仰せだ。ついて来い。」
そう言って、二人を王宮内に招き入れた。
「くれぐれも、王女様に無礼の無いようにな。特に、そちらのハンベエ殿、王宮内でだけは、暴れてくれるなよ。」
門衛は若干不安そうに声を落として言った。下っ端役人の小心な様子が滲み出ている。
「心得た。安心なされよ。」
ハンベエは先日の倨傲不遜な態度もどこへやら、意外に素直な、そして、物静かな様子で答えた。門衛は緊張した雰囲気であったが、ハンベエの穏やかな佇まいに、おやっ、という表情をし、幾分安堵した様子である。
二人は王宮内の庭園に案内された。広々とした庭園は庭師によって良く手入れがされ、花壇には様々な花が咲いていた。(筆者はお花の知識は全くないので、読者諸君の想像力に頼ります。自分の好きな『お花畑』を頭に描いて下さい。そう言えば、昔、漫画で竜宮城を描くのに『絵にも書けない美しさ』って、背景真っ白にした人がいましたな。)
庭園に二人を導くと、門衛は黙って自分の仕事に戻って行った。
ほどなく、王女エレナがやって来た。白いドレスを着ていた。柔らかで、優雅な、それでいて、決して遅くない歩みでロキ達の方にやって来た。
エレナは柔和な笑みを浮かべて、二人の前に立つと、
「ロキさん、良くいらしてくれましたね。元気そうで何よりです。心配してたんですよ。・・・・・・ハンベエさんは今日もロキさんの護衛ですか?」
「王女様、こんにちは。オイラ達も王女様の事心配してたんだよお。迷惑かとも思ったけど、お会いしたくて来てしまったよお。ハンベエも護衛じゃなくて、姫さまの身を案じて来たんだよお。」
畏まってた前回に比べ、ロキの口調はややぞんざいになっていた。いやまあ、フレンドリィという事にしておくかな。
「そうですの。驚きですね。ハンベエさんまで私の身を案じてくれるなんて。あっ、皮肉ではありませんよ。」
「王女は腕が立つから、それほどは心配していないが、・・・・・・まあ、会いたくて来たのかな。」
「あら、そんなセリフも言ったりするんですね。意外ですね。でも、会いに来ていただいてうれしいですよ。そういえば今日、ハンベエさんの活躍を耳にしましたわ。余計な心配でしたね。」
エレナはハンベエの眼を真っ直ぐに見つめて言った。穏やかで、眩しいほど美しい瞳だ。知性を感じさせる眼とは、今のエレナの瞳をいうのだろう。大抵の男は、その瞳に射られただけで、まばゆさに眼を反らしてしまいそうである。
ハンベエはエレナの瞳を見つめ返した、いつものとぼけた無愛想な表情であるが、穏やかな瞳である。
「心配してくれて、ありがとう。この間は強がって見せたけど、結構成り行き任せの命知らずな行動だったかもしれなかったよ。」
「ハンベエは、今日はどういうわけか、変に謙遜してるけど、大活躍だったんだよ。王女様、聞きたい?」
ロキが口を挟んだ。
「ええ、聞きたいわ。」
三人は誰からともなく、ベンチに腰をかけた。
そして、ここから先は、ロキの独壇場だった。フナジマ広場への下見から、ボーンとのやり取り、ベルガン達との闘いや、今日の決闘まで、身振り手振りを交えながら、講釈師よろしく、エレナに語った。
エレナは時には笑みを浮かべ、時には目を丸くしてロキの話に聞き入った。
ハンベエはロキの話に一つ一つ豊かな表情を浮かべるエレナを、今更ながら、美しい姫だと思っていた。
「では、宰相配下の秘密警察の人とも仲良くなったのですか。」
「うん、でも、王女様に届いた手紙の中身については何一つ言ってないよ。」
「約束を守ってくれて、ありがとう。でも、秘密警察の人の追及を躱すのは大変だったでしょう?」
「ううん、見てないから、知らないって言っただけだよお。簡単だったよお。まあ、傍にハンベエがいるから、ボーンさんも尋問するわけにも行かなかったんだろうけど。」
「ハンベエさんって、本当にお強いのですね。剣は自分で覚えたのですか?」
「いや、お師匠様に教わった。」
「師がおいででしたの。」
「ハンベエのお師匠様はフデンって言うんだって、きっと伝説のフデン将軍と同じ人じゃないかなあ。・・・・・・とオイラは思うんだよ。」
「伝説のフデン将軍の弟子・・・・・・なのですか?・・・・・・それでは、お強いのも当然ですね。」
「・・・・・・俺のお師匠様のフデンとその将軍とが同一人物かどうかは知らないが、将軍フデンとは有名人なんだな。」
「それはもう、各地を渡り歩いて、武勇伝をいっぱい作った伝説上の将軍ですから。当節、フデン将軍の名前を知らない人の方が少ないくらいですわ。童歌にもなってるくらいですし。」
「童歌?、どんな歌なのかな?」
ハンベエはエレナに尋ねた。お土産の品物を早く見せてくれとせがむ、子供の目になっていた。
ハブもマムシもそこをどけ、フデン様のお通りだ
過ぐる昔のワクランバ、斬りも斬ったり、一千人
・・・・・・
エレナは優しい声音で歌った。
ハンベエはいつの間にか目を閉じて聞き入っていた。慌て目を開き、自分がほんの一瞬でも無防備になってしまった事に驚き、多少焦った。回りに注意を払うと、そこにエレナの目があった。まずいものを見られたかのように、少しバツの悪そうな表情になってしまった。
エレナはそのハンベエの様子を興味深げに見ていたが、口元を押さえ、ちょっと困った様に笑いながら、
「あらあら、私とした事が、いい気になって童歌など歌ってしまいましたわ。側女中にでも見られたら、はしたないって笑われますわ。ロキさん、ハンベエさん、今のは内緒ですよ。」
と言った。
「分かったよ。王女様、誰にも言わないよ。ハンベエが聞き惚れてた事もね。」
ロキはエレナとハンベエを交互に見て、ニンマリして言った。大人をからかってはいかんなあ、少年。
ハンベエはロキに冷やかされたが、今度は狼狽した風ではなく、ニヤリと笑った。
「俺とした事が不覚の至りだな。・・・・・・ところで王女、その後、例の殺し屋が身辺を付け狙ってる様子とかあるかな?」
「いえ、特に変わった事は有りません。どこの誰とも分からない話ですし、命を狙われる理由も分からないのですから、調べようもありませんわ。」
「正体不明の殺し屋ドルフか、困った話だな。」
ハンベエはエレナの目を見つめながら、ぼやくように言った。
「そうですね。いっそのこと、私もハンベエさんに護衛して貰おうかしら。」
どこまで本心か分からない様子でエレナは言った。
「それは悪くないと思うよお。何たってハンベエは闘神の生まれ代わりなんだから、ハンベエ、どうする?」
ロキの言葉にハンベエはちょっと考えこんだが、
「さてな、俺もロキの大事な王女を守ってやりたいとは思うが、俺が近くにいると、反って余計な災難に巻き込むような気もするしな。今目の前に、その殺し屋がいると言うなら、話は簡単なんだがな。」
と言った。
「そんなに都合良く物事は行かないよお。」
ロキがやれやれと肩を縮めて見せた。
が、しかし、ロキはそう言ったが、どうやら、このハンベエという若者は次々と騒動に出くわす運命に生まれついているらしい。それとも、師の示した道を突き進むため、好戦的な心構えをするハンベエが騒動を引き付けるのか。・・・・・・
事件は、その直後に起こった。
女官のシンバがエレナを探してやって来た。
「王女様、此処においででしたか、探しましたよ。」
シンバはベンチに腰掛けているエレナ達に歩み寄りながら言った。
ハンベエは、シンバを見て前回見た時とは微妙に印象が違う事に気付き、警戒心が沸き起こった。
微妙であるが、シンバの顔は若干上気しており、以前は生彩を欠いていた顔色に血が通っているように見える。そして、目が、これも僅かであるが、焦点が定まらぬ如く泳いでいるのである。
エレナはそれを感じたかどうか、・・・・・・立ち上がってシンバに尋ねた。
「どうしました、シンバ?」
「王女様に会わせたい者がおりまして。」
「私に会わせたい者?」
「はい、あちらに」
シンバが手のひらで示した方向から、ローブを身に纏った若い女がふわふわという感じで歩いて来た。そして、エレナ達の十メートルほど手前で立ち止まると、片膝をついてエレナに会釈した。
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(はて、妙なところで・・・・・・)
ハンベエは小首をかしげ、ロキは不安そうにエレナを見守っている。ロキは元々イザベラに警戒心を持っているので、今、イザベラがここに現れた事を非常に奇怪に感じてる様子だ。
イザベラもハンベエ達に気が付き、若干驚いた様子であるが、そ知らぬ顔をしている。
「あの人が?」
「はい、占い師です。」
シンバがそう言ってイザベラの方を向くと、イザベラは口を開いて何か唱えた。
ハンベエにもロキにもエレナにも何も聞こえなかったが、確かにイザベラはシンバに向かって何かを唱えたように見えた。口を細く開き、息吹きを吹き出すような仕草だった。
次の瞬間、シンバは振り返って、エレナに襲い掛かっていた。いつの間にか手に短剣を抜いている。それを両の手で逆手に振りかぶって、エレナの胸を目がけて体ごと振り下ろして来たのだ。そのシンバの顔は目は吊り上がり、狂的な熱を帯びて、正常な人間のものでは無かった。
だが、ハンベエの睨んでいた通り、エレナには相当の心得が有ったのだろう。左側に円を描くように身を捌いて、シンバの斜め後ろに躱すと、シンバの首筋に手ガタナを撃ち込んだ。
ほとんど同時か、それより早く、ハンベエはエレナの向こう側、イザベラに立ちはだかる形で飛び出し、宙を駈けながら、ヨシミツを抜き放っていた。
キンッ、金属音とともにヨシミツに叩き落とされた黒い鉄芯が、ハンベエの足元の地面に突き刺さっていた。
イザベラがエレナ目がけて投げ放った物であった。
イザベラはチッと舌打ちをして、さらに二本ハンベエ目がけて投げつけると身を翻して庭の植木の影に逃げ込んだ。
ハンベエはその鉄芯も叩き落とし、同時に、懐中の棒手裏剣を身を翻すイザベラに投げ付けた。そして、イザベラの姿が植木の影に隠れた瞬間にはハンベエもイザベラを追って駆け出していた。
一方、シンバはエレナの手ガタナの一撃で気絶していた。エレナはシンバの体を抱きかかえるようにして、ベンチに横たえると、その手から短剣を奪い、ポイッとうちやった。それから、ハンベエが叩き落とした鉄芯を一本手に取って見つめた。それは二十センチほどの先の尖った串状のものだった。
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