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十四 情知らずの決闘屋
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その日の正午、王宮内の王女の部屋にラシャレーが訪れていた。
「昼時に失礼します。エレナ姫には御機嫌麗しく、何よりでございます。」
「ラシャレー宰相も健やかそうで何よりです。国王陛下がラシャレー殿の半分でも元気であれば良いのですが・・・・・・」
「姫君は最近バブル国王陛下のお見舞いに、お出でられてないとの事。陛下が寂しがっておられますぞ。」
「確かに、同じ王宮内に居ながら、父の見舞いを渋る私は不孝な娘であります。されど、兄も弟も遠く戦陣にある中、私一人が父を煩雑に見舞えば、ただでさえ、流言飛びかう昨今・・・・・・中々思うとおりに参りませぬ。」
「そのようなお気遣いは無用の事と存じますがな? 跡取りのゴルゾーラ殿下は立派に国王陛下の代理として軍務を指揮しておられますでな。事有れかしの輩が何を騒ごうと王国は安泰ですよ。それはそうと、ハンベエという男と憲兵隊長ベルガンの決闘騒ぎをご存知ですかな。」
「・・・・・・知りませんわ。そのような事が起こっているのですか?」
「おや、ハンベエという男は姫君のところへバンケルク将軍からの手紙を届けた男と聞いていますが、ご存知ないですかな?」
「手紙を届けてくれたのはロキという少年ですわ。ハンベエはその護衛とか。変な事に巻き込まれなければ良いと案じておりましたが・・・・・・で、そのハンベエとベルガンが決闘騒ぎになっているのですか。」
「いや、騒ぎはもう済んでます。驚いた事にハンベエという男、ベルガン一派三十七人をたった一人で斬り倒してしまったと聞いています。しかし、元々、事の起こりは王宮を訪れたハンベエの態度があまりに不遜だったために兵士達が激昂した事に端を発したと聞いておりますがな。姫君にはご存知無かったですか?」
「存じませんわ。町の治安担当者が殺されるとは穏やかでない事ですね。それでハンベエはどうなるのですか。」
「厳正なる調査の結果、処分が行われるでしょう。しかしながら、元々、決闘を申し込んだのはベルガンの側、しかも、決闘の際に卑怯な振る舞いがあったやに聞いています。案外、ハンベエはお構い無しという事になるかも知れませんよ。」
「そうですか。いずれにせよ、王国内の事。正しい措置が採られるものと信じていますわ。」
「それは御懸念には及びません。正義に従った措置が採られるでしょう。・・・・・・ところで、そもそもの発端になったバンケルク将軍からの手紙、何の手紙だったのですか?」
「・・・・・・別に何でもない、季節の挨拶でしたわ。私がバンケルク将軍の剣の弟子である事は宰相もご存知でしょう。」
「解せませんなあ。ただの挨拶状に人払い、金貨十枚。」
「私、ロキという小さな勇者と直接話がしてみたかったの。そして、話してみて、ロキ少年がひどく好きになりましたの。金貨十枚はロキさんへの私の気持ちですわ。多かったかしら?・・・・・・ハンベエという男がどうなろうとあまり興味ありませんが、ロキさんに危険が及ばないように願いたいですわ。神よ、心正しき者をお守り下さい。」
「そうですか。・・・・・・それだけの事に金貨十枚も・・・・・・」
ラシャレーは皮肉っぽく口元を歪めたが、それ以上は追及せず、王女の下を辞した。
いずれが狐、いずれが狸やら。
さてその頃、ハンベエはと言うと、実は決闘していた。何処で聞きつけたのか、フナジマ広場での決闘が一夜の内に大評判になり、名を挙げようという輩が引きも切らず、押し掛けて来ては決闘を申し込む。槍だ薙刀だ鎖鎌だと、煩わしい事夥しいが、元より千人斬りを目指して斬って斬って斬りまくる所存のハンベエ、断るはずなどさらに無く、片っ端から引き受けて、その日の数が十一試合。
場所を探すのも面倒だとて、『キチン亭』の近くにある原っぱに挑戦者を一まとめに集め、ついでに王宮の役人にもボーンを通じて抜かり無く届けをした上で、次々と立ち合った。
役人、野次馬その他の見物人の見守る中で、負けたら終わりの真剣勝負、一試合でも冷や汗バケツにこぼれようものを、ハンベエ十一試合受けて涼しい顔。
さて、その試合であるが、七試合で終わった。
というと、七試合目でハンベエが負けてしまったのかと心配されるかも知れないが、心配ご無用。
ハンベエは対する相手、対する相手、一太刀も合わせる事なく斬って捨ててしまった。
さすがに、名を挙げる事に夢中で己の腕のほどに覚えがあった連中も、その有様に、覚えを忘れ果てて尻込みをした。残りの挑戦者達は渋るハンベエに決闘の約定の解約を申し出て、逃げ帰ってしまった。
ところで、この場には当然、ロキが同行していたが、驚くなかれ、約定破るなら違約金を出せと食い詰め浪人を含む棄権組から金をふんだくったのだから、たまらない。ちょっとばかり名の挙がったヒヨッ子を軽く殺して名を挙げようと、甘い夢見て一物上げたじゃなかった・・・・・・刀担いで来た連中は、殺されたり、金取られたりと散々であった。
で、巻き上げた金はどうしたかと言うと、見物人の中から気の利いた奴を選んで、そいつに渡して決闘で死んだ輩の始末を頼んだ。今回は事後の手当もバッチリであった。
こうして無縁仏が七人増えたのであった。試合開始から終了まで、たった一時間半であった。
ハンベエとロキは『キチン亭』に戻って一息入れていた。見張り役のボーンも一緒である。
「ハンベエ、今日も沢山人を殺しちゃったね。」
昨日はハンベエの鬼神のような強さに、憧憬と言うか崇敬と言うか、兎に角好意的眼差しを送っていたロキも、余りに次々人が死ぬので、些か困惑気味の様子で、いつもの明朗闊達な口調が消えていた。
一方、ボーンも、とんだ疫病神に関わってしまったと後悔しているのか、冴えない表情である。
独りハンベエのみは、いつもどおりのヌーボーとした風情で座っている。
(漸く五十人か。・・・・・・いや、早くも五十人というべきか。)
ハンベエは別に人を殺した事に滅入るふうでもなく、今日の一試合一試合を反芻していた。全く大根切るよにチョキチョキと、といった感想しか湧かなかった。ただ疑問に思うのは、試合の相手達が、あの程度のお粗末な腕前でハンベエに挑戦してきた事であった。
(全く、昨日の決闘の話を少しでも聞いていれば、この俺に挑戦しようなどとは、思えぬほどの奴ばかりだった。自分の強さが解らないのか?・・・・・・それに今日だとて、七人目が斬られるまで、相手になるかどうか解らないのか?)
ハンベエは、無愛想に口を結んで考えていた。
そして、さらに人間全般の能力といったものに考えは広がっていった。
(ひょっとしたら、人間は自分より強い人間の事は解らないのだろうか?)
今日挑戦してきた連中の身のこなし、目の配り方を見て、決闘を行う前から、既にハンベエには必勝の自信があった。
試合はただハンベエの感じたものを裏付けただけであった。思えば、山を降りて以来、人を斬るのに不安を覚えたのは、最初に斬った追い剥ぎのみであった。それとても、人を全く斬った事が無かったため、上手く斬れるかどうか、山でフデンに授けられた剣の技が思い通りに振るえるかどうか、体が動くかどうかの不安であった。
山で修行していた時のハンベエの相手はフデン一人のみであった。その間、ハンベエは一度たりともフデンに勝てそうな気がした事が無かった。強くなれば強くなるほど、フデンは遥かなる高みの頂きにいるように思え、いくら登っても、たどり着く事が出来そうな気がしなかった。
師から免許皆伝を許される事になったが、その頃になっても、ハンベエはフデンの強さの底が全く解らなかったのである。仮にフデンに真剣勝負を挑まれる事があったとしたら、
(恥も外聞もなく、この俺は逃げ出しただろう。)
と、ハンベエは思うのである。
然るに、山を降りてみれば、出会う人間、出会う人間、全く手強そうな者はおらず、まして、今日に到っては、その弱っちい輩が次から次へとやって来て、自信満々の様子で喧嘩を売って来たのである。片腹痛いを通り越して、馬鹿馬鹿しくて涙も出ない気持ちである。
全く、井の中の蛙大海を知らず、どころか、渡る世間は雑魚ばかり、という具合である。
(いや、一人手強そうな奴がいたな。・・・・・・エレナ王女。・・・・・・いや、しかし、それとても、どうも俺の敵になれるとも思えんな。・・・・・・)
このまま、天狗になって良いものだろうか? お師匠様は、千人斬った後に悟るところあらばと言われた。・・・・・・迷ってはならぬ。
ハンベエは思いを広げる事を止めた。『修羅三界を彷徨いて、斬って斬って斬りまくる』のみだ。まず、お師匠様の示された道を突き進むのみだ。そうせねば、解らぬ事が絶対あるのだ。
「ハンベエ、明日も決闘の申込みあるかなあ?」
「さあな?」
ハンベエは小首を捻った。
「申込みあったら、やっぱり受けるの?。」
「受ける事になるだろうな。」
「いい加減、飽きない?。」
「ふっ、雑魚の相手ばかりだからな。」
「それよか、今から、王女様に会いに行かない?。」
「ん?」
「オイラ、王女様の事が心配なんだよ。」
「ロキの話だと、エレナ王女に簡単に会えるみたいに考えているようだが、友達のように簡単に考えてるのか?」
隣の幼なじみでも見舞うようなロキの口振りに、少々呆れ気味にボーンが口を挟んだ。
「気軽に会いに行って何が悪いのお、つまらない事気にしてたら、人と人とは仲良くなれないものだよお。王女様だって、実は不安で寂しい思いをしているかも知れないじゃないか。」
「しかし、迷惑な場合だってあるかもしれないと思うけどな。第一、市井の人間がほいほい王宮に出入りすると、王宮の秩序が乱れる。」
ボーンはロキの意見には賛成しかねるというふうに言った。
「王宮の秩序って何? シンバっておばさんも身分がどうのって言ってたけど。」
「ほらみろ、迷惑に思う人間もいるんだよ。」
「オイラ、シンバは好きじゃないから、その人がどお思おうと、どおでもいいんだよお。人間は自分の気持ちに素直に従うのが一番大事なんだよお、会いたい人に会いに行くのを遠慮するなんて、くそくらえだよお。ボーンさんももっと前向きに生きた方がいいよ。」
ロキはちょっと笑いながら言った。
「ロキはまだ子供だな。世の中、そんな自由にはならないんだぜ。」
とボーンは言った。
ハンベエはロキとボーンのやりとりを何気ない風情で聞いていたが、含み笑いを浮かべた後、
「じゃあ、その子供の意見に従って、王女の御機嫌伺いに罷り越すとしようか。ロキ、お供しても良いかな。」
と言った。
「やったあ、ハンベエはやっぱり話せるや。」
「おいおい、ハンベエ、昨日今日立て続けて騒ぎを起こしてるお前さんが、王女に会いに行ったら、色んな憶測が飛びかうぞ。」
「ふっ、そのためにボーンが見張ってるんだろ。」
「王女に会ってどうするつもりだ。」
「別に、・・・・・・王女はすこぶるつきの美人だしな、会って顔を見るだけでも楽しいじゃないか。なあ、ロキ。」
「あれ、ハンベエはイザベラみたいなのが好みじゃなかったの。王女様にあんまり辛辣な態度取らないでよお。」
「おっと、イザベラの事を忘れてたな。まっ、そいつはまた今度って事にして、王女に会いに行く事にしよう。」
「昼時に失礼します。エレナ姫には御機嫌麗しく、何よりでございます。」
「ラシャレー宰相も健やかそうで何よりです。国王陛下がラシャレー殿の半分でも元気であれば良いのですが・・・・・・」
「姫君は最近バブル国王陛下のお見舞いに、お出でられてないとの事。陛下が寂しがっておられますぞ。」
「確かに、同じ王宮内に居ながら、父の見舞いを渋る私は不孝な娘であります。されど、兄も弟も遠く戦陣にある中、私一人が父を煩雑に見舞えば、ただでさえ、流言飛びかう昨今・・・・・・中々思うとおりに参りませぬ。」
「そのようなお気遣いは無用の事と存じますがな? 跡取りのゴルゾーラ殿下は立派に国王陛下の代理として軍務を指揮しておられますでな。事有れかしの輩が何を騒ごうと王国は安泰ですよ。それはそうと、ハンベエという男と憲兵隊長ベルガンの決闘騒ぎをご存知ですかな。」
「・・・・・・知りませんわ。そのような事が起こっているのですか?」
「おや、ハンベエという男は姫君のところへバンケルク将軍からの手紙を届けた男と聞いていますが、ご存知ないですかな?」
「手紙を届けてくれたのはロキという少年ですわ。ハンベエはその護衛とか。変な事に巻き込まれなければ良いと案じておりましたが・・・・・・で、そのハンベエとベルガンが決闘騒ぎになっているのですか。」
「いや、騒ぎはもう済んでます。驚いた事にハンベエという男、ベルガン一派三十七人をたった一人で斬り倒してしまったと聞いています。しかし、元々、事の起こりは王宮を訪れたハンベエの態度があまりに不遜だったために兵士達が激昂した事に端を発したと聞いておりますがな。姫君にはご存知無かったですか?」
「存じませんわ。町の治安担当者が殺されるとは穏やかでない事ですね。それでハンベエはどうなるのですか。」
「厳正なる調査の結果、処分が行われるでしょう。しかしながら、元々、決闘を申し込んだのはベルガンの側、しかも、決闘の際に卑怯な振る舞いがあったやに聞いています。案外、ハンベエはお構い無しという事になるかも知れませんよ。」
「そうですか。いずれにせよ、王国内の事。正しい措置が採られるものと信じていますわ。」
「それは御懸念には及びません。正義に従った措置が採られるでしょう。・・・・・・ところで、そもそもの発端になったバンケルク将軍からの手紙、何の手紙だったのですか?」
「・・・・・・別に何でもない、季節の挨拶でしたわ。私がバンケルク将軍の剣の弟子である事は宰相もご存知でしょう。」
「解せませんなあ。ただの挨拶状に人払い、金貨十枚。」
「私、ロキという小さな勇者と直接話がしてみたかったの。そして、話してみて、ロキ少年がひどく好きになりましたの。金貨十枚はロキさんへの私の気持ちですわ。多かったかしら?・・・・・・ハンベエという男がどうなろうとあまり興味ありませんが、ロキさんに危険が及ばないように願いたいですわ。神よ、心正しき者をお守り下さい。」
「そうですか。・・・・・・それだけの事に金貨十枚も・・・・・・」
ラシャレーは皮肉っぽく口元を歪めたが、それ以上は追及せず、王女の下を辞した。
いずれが狐、いずれが狸やら。
さてその頃、ハンベエはと言うと、実は決闘していた。何処で聞きつけたのか、フナジマ広場での決闘が一夜の内に大評判になり、名を挙げようという輩が引きも切らず、押し掛けて来ては決闘を申し込む。槍だ薙刀だ鎖鎌だと、煩わしい事夥しいが、元より千人斬りを目指して斬って斬って斬りまくる所存のハンベエ、断るはずなどさらに無く、片っ端から引き受けて、その日の数が十一試合。
場所を探すのも面倒だとて、『キチン亭』の近くにある原っぱに挑戦者を一まとめに集め、ついでに王宮の役人にもボーンを通じて抜かり無く届けをした上で、次々と立ち合った。
役人、野次馬その他の見物人の見守る中で、負けたら終わりの真剣勝負、一試合でも冷や汗バケツにこぼれようものを、ハンベエ十一試合受けて涼しい顔。
さて、その試合であるが、七試合で終わった。
というと、七試合目でハンベエが負けてしまったのかと心配されるかも知れないが、心配ご無用。
ハンベエは対する相手、対する相手、一太刀も合わせる事なく斬って捨ててしまった。
さすがに、名を挙げる事に夢中で己の腕のほどに覚えがあった連中も、その有様に、覚えを忘れ果てて尻込みをした。残りの挑戦者達は渋るハンベエに決闘の約定の解約を申し出て、逃げ帰ってしまった。
ところで、この場には当然、ロキが同行していたが、驚くなかれ、約定破るなら違約金を出せと食い詰め浪人を含む棄権組から金をふんだくったのだから、たまらない。ちょっとばかり名の挙がったヒヨッ子を軽く殺して名を挙げようと、甘い夢見て一物上げたじゃなかった・・・・・・刀担いで来た連中は、殺されたり、金取られたりと散々であった。
で、巻き上げた金はどうしたかと言うと、見物人の中から気の利いた奴を選んで、そいつに渡して決闘で死んだ輩の始末を頼んだ。今回は事後の手当もバッチリであった。
こうして無縁仏が七人増えたのであった。試合開始から終了まで、たった一時間半であった。
ハンベエとロキは『キチン亭』に戻って一息入れていた。見張り役のボーンも一緒である。
「ハンベエ、今日も沢山人を殺しちゃったね。」
昨日はハンベエの鬼神のような強さに、憧憬と言うか崇敬と言うか、兎に角好意的眼差しを送っていたロキも、余りに次々人が死ぬので、些か困惑気味の様子で、いつもの明朗闊達な口調が消えていた。
一方、ボーンも、とんだ疫病神に関わってしまったと後悔しているのか、冴えない表情である。
独りハンベエのみは、いつもどおりのヌーボーとした風情で座っている。
(漸く五十人か。・・・・・・いや、早くも五十人というべきか。)
ハンベエは別に人を殺した事に滅入るふうでもなく、今日の一試合一試合を反芻していた。全く大根切るよにチョキチョキと、といった感想しか湧かなかった。ただ疑問に思うのは、試合の相手達が、あの程度のお粗末な腕前でハンベエに挑戦してきた事であった。
(全く、昨日の決闘の話を少しでも聞いていれば、この俺に挑戦しようなどとは、思えぬほどの奴ばかりだった。自分の強さが解らないのか?・・・・・・それに今日だとて、七人目が斬られるまで、相手になるかどうか解らないのか?)
ハンベエは、無愛想に口を結んで考えていた。
そして、さらに人間全般の能力といったものに考えは広がっていった。
(ひょっとしたら、人間は自分より強い人間の事は解らないのだろうか?)
今日挑戦してきた連中の身のこなし、目の配り方を見て、決闘を行う前から、既にハンベエには必勝の自信があった。
試合はただハンベエの感じたものを裏付けただけであった。思えば、山を降りて以来、人を斬るのに不安を覚えたのは、最初に斬った追い剥ぎのみであった。それとても、人を全く斬った事が無かったため、上手く斬れるかどうか、山でフデンに授けられた剣の技が思い通りに振るえるかどうか、体が動くかどうかの不安であった。
山で修行していた時のハンベエの相手はフデン一人のみであった。その間、ハンベエは一度たりともフデンに勝てそうな気がした事が無かった。強くなれば強くなるほど、フデンは遥かなる高みの頂きにいるように思え、いくら登っても、たどり着く事が出来そうな気がしなかった。
師から免許皆伝を許される事になったが、その頃になっても、ハンベエはフデンの強さの底が全く解らなかったのである。仮にフデンに真剣勝負を挑まれる事があったとしたら、
(恥も外聞もなく、この俺は逃げ出しただろう。)
と、ハンベエは思うのである。
然るに、山を降りてみれば、出会う人間、出会う人間、全く手強そうな者はおらず、まして、今日に到っては、その弱っちい輩が次から次へとやって来て、自信満々の様子で喧嘩を売って来たのである。片腹痛いを通り越して、馬鹿馬鹿しくて涙も出ない気持ちである。
全く、井の中の蛙大海を知らず、どころか、渡る世間は雑魚ばかり、という具合である。
(いや、一人手強そうな奴がいたな。・・・・・・エレナ王女。・・・・・・いや、しかし、それとても、どうも俺の敵になれるとも思えんな。・・・・・・)
このまま、天狗になって良いものだろうか? お師匠様は、千人斬った後に悟るところあらばと言われた。・・・・・・迷ってはならぬ。
ハンベエは思いを広げる事を止めた。『修羅三界を彷徨いて、斬って斬って斬りまくる』のみだ。まず、お師匠様の示された道を突き進むのみだ。そうせねば、解らぬ事が絶対あるのだ。
「ハンベエ、明日も決闘の申込みあるかなあ?」
「さあな?」
ハンベエは小首を捻った。
「申込みあったら、やっぱり受けるの?。」
「受ける事になるだろうな。」
「いい加減、飽きない?。」
「ふっ、雑魚の相手ばかりだからな。」
「それよか、今から、王女様に会いに行かない?。」
「ん?」
「オイラ、王女様の事が心配なんだよ。」
「ロキの話だと、エレナ王女に簡単に会えるみたいに考えているようだが、友達のように簡単に考えてるのか?」
隣の幼なじみでも見舞うようなロキの口振りに、少々呆れ気味にボーンが口を挟んだ。
「気軽に会いに行って何が悪いのお、つまらない事気にしてたら、人と人とは仲良くなれないものだよお。王女様だって、実は不安で寂しい思いをしているかも知れないじゃないか。」
「しかし、迷惑な場合だってあるかもしれないと思うけどな。第一、市井の人間がほいほい王宮に出入りすると、王宮の秩序が乱れる。」
ボーンはロキの意見には賛成しかねるというふうに言った。
「王宮の秩序って何? シンバっておばさんも身分がどうのって言ってたけど。」
「ほらみろ、迷惑に思う人間もいるんだよ。」
「オイラ、シンバは好きじゃないから、その人がどお思おうと、どおでもいいんだよお。人間は自分の気持ちに素直に従うのが一番大事なんだよお、会いたい人に会いに行くのを遠慮するなんて、くそくらえだよお。ボーンさんももっと前向きに生きた方がいいよ。」
ロキはちょっと笑いながら言った。
「ロキはまだ子供だな。世の中、そんな自由にはならないんだぜ。」
とボーンは言った。
ハンベエはロキとボーンのやりとりを何気ない風情で聞いていたが、含み笑いを浮かべた後、
「じゃあ、その子供の意見に従って、王女の御機嫌伺いに罷り越すとしようか。ロキ、お供しても良いかな。」
と言った。
「やったあ、ハンベエはやっぱり話せるや。」
「おいおい、ハンベエ、昨日今日立て続けて騒ぎを起こしてるお前さんが、王女に会いに行ったら、色んな憶測が飛びかうぞ。」
「ふっ、そのためにボーンが見張ってるんだろ。」
「王女に会ってどうするつもりだ。」
「別に、・・・・・・王女はすこぶるつきの美人だしな、会って顔を見るだけでも楽しいじゃないか。なあ、ロキ。」
「あれ、ハンベエはイザベラみたいなのが好みじゃなかったの。王女様にあんまり辛辣な態度取らないでよお。」
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