18 / 132
十八 夢の中で(後編)
しおりを挟む
いつものようにゴロデリア王国宰相ラシャレーは、早朝の執務室で『声』からの報告を受けている。
「申し上げにくい事ですが、王女様を襲った女、イザベラの行方はようとして掴めませんな。」
「情けない事だな。サイレント・キッチンともあろうものがな。」
「話は変わりますが、例のハンベエという男、今病に倒れているようですな。」
「ハンベエ・・・・・・王女を曲者の手から守ったのも、あの男であったの。・・・・・・今どこに居るのだ?」
「この王宮内ですな。」
「・・・・・・せっかく病に倒れても、手出しができぬか。・・・・・・」
「まことに残念ですな。王宮の外なら、相手の弱り具合によっては片付ける事も可能ですがな。」
「まあよい、さほど目障りでもないからの。しかし、王女の命を狙ったイザベラという女はそうはいかん。一刻も早く見つけだして、正体を明らかにせよ。」
「承知しましたな。」
ハンベエは熱に犯されながら、辛うじて上体を起こして、愛刀『ヨシミツ』のヤイバを見つめながら、懸命に打開策を考えていた。
果たして、この連続する悪夢の正体が、全てイザベラの術によるものか。・・・・・・ハンベエは結論付ける事ができない。そもそも、イザベラの使う術は、ハンベエが想像するに、一種の催眠術で、暗示を基本的な力とする術である。剣術にも一種の金縛りのような術がある。蛇に睨まれたカエルのように相手を身動き出来なくする技だ。己の殺気を丸ごと相手に押しかぶせて威圧すると、気の弱い者は身が竦んで動けなくなる。この場合の気の弱いとは、今現在の戦いに勝機を見いだせず、心に惑いが生じている場合とか、どうすれば良いかと焦りを抱いてる場合を含む。ハンベエは師のフデンから、この金縛りの術を良く掛けられた。そして、その金縛りを完全に打ち破れるようになって初めて免許皆伝を授けられたのであった。
では、この金縛りの術はどうやって破るのだろう。その方法は自らも気を発するしかない。例えば、腹の底から振り絞った叫びを上げるとかである。剣術で気合いと言って声を発するのはあながち意味のない事ではないのである。あるいは、北辰一刀流では、剣尖を絶えず震わせて、相手の気に応じて、自然に自ずから気が発せられる工夫がされている。竹刀剣道ではなく真剣を持っての殺し合いにおいては、一瞬の惑いが命取りであるから、己の力を十二分に発揮し、相手に力を発揮させないため、あらゆる駆け引きが講じられるが、この気合いによる駆け引きは、その最たるものである。(読者諸君! 色々と意見反論もあろうと思うが、ここは作者の筆の勢いで流れているところなので、ヨタを飛ばさせといてね。)
詰まるところ、剣術の闘いは精神の強さの闘いに帰する。
ハンベエは己は何者かと問うた。
兵法者!
剣術使い!
(いずれにしても、如何なる時でも、如何なる地でも・・・・・・闘うほかあるまい。まして、心の闘いであるとすれば尚更だ。)
ハンベエは腹を括った。夢の中であろうが、魔術師の術の中であろうが、ハンベエは闘ねばならないのである。師のフデンに術を授けられた身としては・・・・・・闘わなくては、何のために師が 懇切丁寧にハンベエに兵法を授けてくれたのか。
「ハンベエ、顔色悪いよお。何かの病気?。」
ロキがハンベエの側にやって来て、心配そうに言った。
「ロキ、頼みがある。俺は今から眠りに入る。もし俺が眠ったら、俺の耳元で、『ハンベエ、闘え。闘え、ハンベエ』と唱えてくれないか。」
「え?、何かのおまじない?」
「まあ、そんなものだな。今容易ならざる敵と闘っている。」
「そうなんだ。さっぱり分からないけど、分かったよ、ハンベエ。」
やがて、ハンベエはヨシミツを鞘にしまうと静かに眠りに就いた。
相変わらず、夢の中では、灰色に濁った太陽の光の中、赤茶けた大地の荒野をハンベエは歩いていた。
俺は、何故こんな所にいるんだ?ハンベエは周りを見回して考えていた。俺は何をしているんだっけ? どうも自分が何者か分からない。頭の中が薄ぼんやりして、スッキリしない。
空を見上げると濃い灰色の太陽が重苦しく輝いている。
太陽ってあんな色だったかな?、ハンベエはぼんやりとした頭で思った。それにしても俺は何をしているのだろう。
ハンベエは自問しながら、見渡す限り、何もない大地に立ち尽くしていた。足を大きく拡げ、地を掴む如く力をこめ、腕は自然体に左右にくつろげ、肺一杯に空気を吸い込む。何故か分からないが自然にそういう行動を取っていた。
遠くで、微かに何かが聞こえる。
・・・・・・エ・・・・・・え
ハンベエは耳を澄ませた。
ハンベエ、闘え!
闘え、ハンベエ!
はっきりと聞こえた。
俺は・・・・・・そうだ。俺はハンベエ、ヒョウホウ者!
ハンベエは夢の中ではっきりと悟った。
そして、腰に手をやった。ヨシミツは無い。だが、ハンベエは慌てなかった。そこに存在しないはずのヨシミツをゆっくりと抜き放ち、虚空にかざした。勿論、そこにヨシミツは存在しない。ハンベエはじっと、見つめ続けた。唇をぎゅっと結び、目に力を込めて見つめ続ける。
すると、何という事だろう、ハンベエのかざす手に、薄らと刀の影が現れてきたではないか。
一度形を現わすと、その影は急速に色合いを増し、あっという間に一振りの太刀に変わった。見よ、まごう方なき愛刀『ヨシミツ』である。そのヤイバは圧倒的な重量感を持ってハンベエの手でかざされ、碧き炎の如き光まで放っていた。
「ふっ。」
ハンベエは口元を僅かに歪めて含み笑いを放った。何者をも恐れぬ不敵な笑いである。
「俺は、ヒョウホウ者。敵は誰であろうと討ち果たすまでだ。」
ハンベエは決然と言い放つと、大地を踏みしめ、踏みしめ歩み始めた。力が身体中に漲り、焔のように、闘気すら溢れ出てくるようだ。
ハンベエは『ヨシミツ』を握る右腕をダラリと垂らすようにして、悠々と歩いた。『ヨシミツ』のヤイバはいつの間にか、白熱したかのように白い光を放ち始めていた。
忽然とハンベエの前に山が一つ現れた。その山は霞に覆われているのか山容明らかでない。ハンベエは立ち止まり、その山と対峙した。
やがて、山を覆う靄はすーっと消えて行き、山肌が明らかになった。
首! 首! 首!、全山、生首の固まりであった。
「ハンベエ、死ね。」
「ハンベエ、殺してくれる。」
「ハンベエ、今日こそお前の最後だ」
「ハンベエ、強がるな。」
「ハンベエ、よくも殺したな。」
「ハンベエ、この人殺し。」
「ハンベエ、顔色が悪いぞ。」
「ハンベエ」
「ハンベエ」
「ハンベエ」
生首どもは、口々に呪いと嘲りの言葉を吐きながら宙へ舞い上がった。
「ふんっ。」
ハンベエは薄ら笑いを浮かべて身構えた。
「化け物どもが、一丁前にほざくんじねえ。」
生首達は空中を蚊のようにふわふわと漂った後、ツブテの如く一文字に次々とハンベエ目がけて飛んできた。ハンベエはヨシミツを縦横に振るって生首を叩き斬る。忽ち柘榴のように砕けた生首が、足元に転がる。
第二波、第三波、生首のツブテは次々とハンベエに襲い掛かって来る。前後左右、八方から生首に襲い掛かられながら、ハンベエはたじろぐ気配すらない。体の向きを巧みに変えながら、ヨシミツを風車のように振り回して、飛んでくる生首を片っ端から斬って捨てる。
ハンベエの腕が無数に増えたかのように見える。まさに八面六臂、阿修羅さながらである。ハンベエの足元はあっと言う間に生首の柘榴で、いっぱいになった。だが、襲ってくる生首も無尽蔵であった。ハンベエは足場を変えては、生首を斬った。地面が次々と生首の柘榴に覆われて行く。
長い長い時間、生首達はハンベエに飛び掛かって来た。何処から湧いてくるのか、いつ尽きるとも分からない生首の豪雨であった。その中で、ハンベエは一個一個の生首の動きを見つめ続け、斬り続けた。気のせいか、生首の速度が遅くなっているように感じた。逆に、俺はこんなに速く動けたのかとハンベエは自分でも驚くほど、身軽に素早く動けた。全身が目になったように感じる。生首達がどう動き、どう攻撃してくるのか、前後左右、上下、三百六十度、手にとるように感じられる。
「おおおおぉぉぉ。」
ハンベエは獣のような雄叫びを上げた。何匹居ようが全て討ち果たしてやる。狂暴で、強靭で、強固な魂の叫びがハンベエの全身を駆け巡って行く。
発光する『ヨシミツ』のヤイバは倍にも三倍にも伸びた。一振りで何体もの生首を斬り捨てて行く。
怒りも恐怖も憎悪もない。ただ、闘う意思のみがハンベエを駆り立てた。無尽蔵に湧いてくる生首に対して、ハンベエの闘気もまた無尽蔵であった。次から次から、体の奥底から力が漲って来る。
どれぐらいの時が経ったのだろう。それは無限とも思える長さであったようにも思えるし、ほんの一瞬であったように思える。生首と闘い始めたのが、いつとも思い出せない遥か昔だったようにも、ついさっきだったようにも思える。
無尽蔵に思われた生首の大群も段々数を減らして、ついには最後の一体を斬った。これで最後か?・・・・・・ハンベエは油断なく周囲を見回した。だが、最早、動こうとする生首はどこにもない。
ただ、地面に生首の残骸が累々と転がっていた。全く見渡す限り、生首の残骸であった。何日かかっても数えきれないほどの残骸である。そのうち、生首の残骸どもはシューシューと音を立てて白い煙を出し始めた。そして、一つ又一つと消えて行った。
ハンベエはヨシミツをぶら下げたまま、その様子をまんじりともせず見つめていた。
辺り一面が真っ白になった。空と大地の境目もなく、ただただ真っ白な世界。
「ハンベエ闘え、闘えハンベエ。」
気が付くと、耳元でロキが呪文のように唱え続けていた。ハンベエの熱は嘘のように下がっていた。
「あっ、ハンベエ、目が覚めたんだ。大丈夫?」
ロキの顔が有った。寝不足なのか目が赤い。
「俺は、どのくらい眠ってた?」
「眠り始めたのは昨日の朝からで、今日はもうすぐ夜が明けるよ。」
ハンベエは黙ってロキを抱きしめた。しばらく、そうした後、
「ありがとうよ。お陰で敵を全て討ち果たして、生きて帰って来たよ。」
「もう大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。体の具合もすっかり良いみたいだ。」
「そうか良かった。じゃあオイラ寝る。」
ロキはそう言って、自分の寝床に向かった。
ハンベエは、その後ろ姿に心の中で手を合わせた。この世には神も仏もない。だが、巡り合わせの運不運はある。もし少年ロキがハンベエの意味不明の頼みを律儀に果たしてくれなかったら、このイザベラの術とも己の心の病とも判らぬ敵にハンベエは殺されていたかもしれない。
今こそ分かる、イザベラは強敵であった。ハンベエを二度も窮地に陥れた。そして、ハンベエは微妙な運命の綾に導かれて生き延びた。神仏を信じないハンベエであったが、その辺りの機微は分かっていた。そして、倨傲不遜、何者にも心を屈しないと心中深く決意しているが、感謝すべき者には素直に感謝できる、そんなハンベエであった。
ロキの寝息を確認したハンベエは、愛刀『ヨシミツ』を手にして、静かに中庭に出た。
日課の朝の鍛練である。体が軽い。何だか、今までよりずっと速く動けている気がする。ハンベエは思った。
(錯覚か?・・・・・・いや、間違いない。俺は、山を降りた時より、強くなっている。いや、イザベラと対峙した時よりも明らかに強くなっている。)
イザベラとの闘いが新しい力を引き出したのだろうか?ハンベエはどうやら、さらにレベルアップしたらしい。
ハンベエのレベルが上がった・・・・・・らしい。
「申し上げにくい事ですが、王女様を襲った女、イザベラの行方はようとして掴めませんな。」
「情けない事だな。サイレント・キッチンともあろうものがな。」
「話は変わりますが、例のハンベエという男、今病に倒れているようですな。」
「ハンベエ・・・・・・王女を曲者の手から守ったのも、あの男であったの。・・・・・・今どこに居るのだ?」
「この王宮内ですな。」
「・・・・・・せっかく病に倒れても、手出しができぬか。・・・・・・」
「まことに残念ですな。王宮の外なら、相手の弱り具合によっては片付ける事も可能ですがな。」
「まあよい、さほど目障りでもないからの。しかし、王女の命を狙ったイザベラという女はそうはいかん。一刻も早く見つけだして、正体を明らかにせよ。」
「承知しましたな。」
ハンベエは熱に犯されながら、辛うじて上体を起こして、愛刀『ヨシミツ』のヤイバを見つめながら、懸命に打開策を考えていた。
果たして、この連続する悪夢の正体が、全てイザベラの術によるものか。・・・・・・ハンベエは結論付ける事ができない。そもそも、イザベラの使う術は、ハンベエが想像するに、一種の催眠術で、暗示を基本的な力とする術である。剣術にも一種の金縛りのような術がある。蛇に睨まれたカエルのように相手を身動き出来なくする技だ。己の殺気を丸ごと相手に押しかぶせて威圧すると、気の弱い者は身が竦んで動けなくなる。この場合の気の弱いとは、今現在の戦いに勝機を見いだせず、心に惑いが生じている場合とか、どうすれば良いかと焦りを抱いてる場合を含む。ハンベエは師のフデンから、この金縛りの術を良く掛けられた。そして、その金縛りを完全に打ち破れるようになって初めて免許皆伝を授けられたのであった。
では、この金縛りの術はどうやって破るのだろう。その方法は自らも気を発するしかない。例えば、腹の底から振り絞った叫びを上げるとかである。剣術で気合いと言って声を発するのはあながち意味のない事ではないのである。あるいは、北辰一刀流では、剣尖を絶えず震わせて、相手の気に応じて、自然に自ずから気が発せられる工夫がされている。竹刀剣道ではなく真剣を持っての殺し合いにおいては、一瞬の惑いが命取りであるから、己の力を十二分に発揮し、相手に力を発揮させないため、あらゆる駆け引きが講じられるが、この気合いによる駆け引きは、その最たるものである。(読者諸君! 色々と意見反論もあろうと思うが、ここは作者の筆の勢いで流れているところなので、ヨタを飛ばさせといてね。)
詰まるところ、剣術の闘いは精神の強さの闘いに帰する。
ハンベエは己は何者かと問うた。
兵法者!
剣術使い!
(いずれにしても、如何なる時でも、如何なる地でも・・・・・・闘うほかあるまい。まして、心の闘いであるとすれば尚更だ。)
ハンベエは腹を括った。夢の中であろうが、魔術師の術の中であろうが、ハンベエは闘ねばならないのである。師のフデンに術を授けられた身としては・・・・・・闘わなくては、何のために師が 懇切丁寧にハンベエに兵法を授けてくれたのか。
「ハンベエ、顔色悪いよお。何かの病気?。」
ロキがハンベエの側にやって来て、心配そうに言った。
「ロキ、頼みがある。俺は今から眠りに入る。もし俺が眠ったら、俺の耳元で、『ハンベエ、闘え。闘え、ハンベエ』と唱えてくれないか。」
「え?、何かのおまじない?」
「まあ、そんなものだな。今容易ならざる敵と闘っている。」
「そうなんだ。さっぱり分からないけど、分かったよ、ハンベエ。」
やがて、ハンベエはヨシミツを鞘にしまうと静かに眠りに就いた。
相変わらず、夢の中では、灰色に濁った太陽の光の中、赤茶けた大地の荒野をハンベエは歩いていた。
俺は、何故こんな所にいるんだ?ハンベエは周りを見回して考えていた。俺は何をしているんだっけ? どうも自分が何者か分からない。頭の中が薄ぼんやりして、スッキリしない。
空を見上げると濃い灰色の太陽が重苦しく輝いている。
太陽ってあんな色だったかな?、ハンベエはぼんやりとした頭で思った。それにしても俺は何をしているのだろう。
ハンベエは自問しながら、見渡す限り、何もない大地に立ち尽くしていた。足を大きく拡げ、地を掴む如く力をこめ、腕は自然体に左右にくつろげ、肺一杯に空気を吸い込む。何故か分からないが自然にそういう行動を取っていた。
遠くで、微かに何かが聞こえる。
・・・・・・エ・・・・・・え
ハンベエは耳を澄ませた。
ハンベエ、闘え!
闘え、ハンベエ!
はっきりと聞こえた。
俺は・・・・・・そうだ。俺はハンベエ、ヒョウホウ者!
ハンベエは夢の中ではっきりと悟った。
そして、腰に手をやった。ヨシミツは無い。だが、ハンベエは慌てなかった。そこに存在しないはずのヨシミツをゆっくりと抜き放ち、虚空にかざした。勿論、そこにヨシミツは存在しない。ハンベエはじっと、見つめ続けた。唇をぎゅっと結び、目に力を込めて見つめ続ける。
すると、何という事だろう、ハンベエのかざす手に、薄らと刀の影が現れてきたではないか。
一度形を現わすと、その影は急速に色合いを増し、あっという間に一振りの太刀に変わった。見よ、まごう方なき愛刀『ヨシミツ』である。そのヤイバは圧倒的な重量感を持ってハンベエの手でかざされ、碧き炎の如き光まで放っていた。
「ふっ。」
ハンベエは口元を僅かに歪めて含み笑いを放った。何者をも恐れぬ不敵な笑いである。
「俺は、ヒョウホウ者。敵は誰であろうと討ち果たすまでだ。」
ハンベエは決然と言い放つと、大地を踏みしめ、踏みしめ歩み始めた。力が身体中に漲り、焔のように、闘気すら溢れ出てくるようだ。
ハンベエは『ヨシミツ』を握る右腕をダラリと垂らすようにして、悠々と歩いた。『ヨシミツ』のヤイバはいつの間にか、白熱したかのように白い光を放ち始めていた。
忽然とハンベエの前に山が一つ現れた。その山は霞に覆われているのか山容明らかでない。ハンベエは立ち止まり、その山と対峙した。
やがて、山を覆う靄はすーっと消えて行き、山肌が明らかになった。
首! 首! 首!、全山、生首の固まりであった。
「ハンベエ、死ね。」
「ハンベエ、殺してくれる。」
「ハンベエ、今日こそお前の最後だ」
「ハンベエ、強がるな。」
「ハンベエ、よくも殺したな。」
「ハンベエ、この人殺し。」
「ハンベエ、顔色が悪いぞ。」
「ハンベエ」
「ハンベエ」
「ハンベエ」
生首どもは、口々に呪いと嘲りの言葉を吐きながら宙へ舞い上がった。
「ふんっ。」
ハンベエは薄ら笑いを浮かべて身構えた。
「化け物どもが、一丁前にほざくんじねえ。」
生首達は空中を蚊のようにふわふわと漂った後、ツブテの如く一文字に次々とハンベエ目がけて飛んできた。ハンベエはヨシミツを縦横に振るって生首を叩き斬る。忽ち柘榴のように砕けた生首が、足元に転がる。
第二波、第三波、生首のツブテは次々とハンベエに襲い掛かって来る。前後左右、八方から生首に襲い掛かられながら、ハンベエはたじろぐ気配すらない。体の向きを巧みに変えながら、ヨシミツを風車のように振り回して、飛んでくる生首を片っ端から斬って捨てる。
ハンベエの腕が無数に増えたかのように見える。まさに八面六臂、阿修羅さながらである。ハンベエの足元はあっと言う間に生首の柘榴で、いっぱいになった。だが、襲ってくる生首も無尽蔵であった。ハンベエは足場を変えては、生首を斬った。地面が次々と生首の柘榴に覆われて行く。
長い長い時間、生首達はハンベエに飛び掛かって来た。何処から湧いてくるのか、いつ尽きるとも分からない生首の豪雨であった。その中で、ハンベエは一個一個の生首の動きを見つめ続け、斬り続けた。気のせいか、生首の速度が遅くなっているように感じた。逆に、俺はこんなに速く動けたのかとハンベエは自分でも驚くほど、身軽に素早く動けた。全身が目になったように感じる。生首達がどう動き、どう攻撃してくるのか、前後左右、上下、三百六十度、手にとるように感じられる。
「おおおおぉぉぉ。」
ハンベエは獣のような雄叫びを上げた。何匹居ようが全て討ち果たしてやる。狂暴で、強靭で、強固な魂の叫びがハンベエの全身を駆け巡って行く。
発光する『ヨシミツ』のヤイバは倍にも三倍にも伸びた。一振りで何体もの生首を斬り捨てて行く。
怒りも恐怖も憎悪もない。ただ、闘う意思のみがハンベエを駆り立てた。無尽蔵に湧いてくる生首に対して、ハンベエの闘気もまた無尽蔵であった。次から次から、体の奥底から力が漲って来る。
どれぐらいの時が経ったのだろう。それは無限とも思える長さであったようにも思えるし、ほんの一瞬であったように思える。生首と闘い始めたのが、いつとも思い出せない遥か昔だったようにも、ついさっきだったようにも思える。
無尽蔵に思われた生首の大群も段々数を減らして、ついには最後の一体を斬った。これで最後か?・・・・・・ハンベエは油断なく周囲を見回した。だが、最早、動こうとする生首はどこにもない。
ただ、地面に生首の残骸が累々と転がっていた。全く見渡す限り、生首の残骸であった。何日かかっても数えきれないほどの残骸である。そのうち、生首の残骸どもはシューシューと音を立てて白い煙を出し始めた。そして、一つ又一つと消えて行った。
ハンベエはヨシミツをぶら下げたまま、その様子をまんじりともせず見つめていた。
辺り一面が真っ白になった。空と大地の境目もなく、ただただ真っ白な世界。
「ハンベエ闘え、闘えハンベエ。」
気が付くと、耳元でロキが呪文のように唱え続けていた。ハンベエの熱は嘘のように下がっていた。
「あっ、ハンベエ、目が覚めたんだ。大丈夫?」
ロキの顔が有った。寝不足なのか目が赤い。
「俺は、どのくらい眠ってた?」
「眠り始めたのは昨日の朝からで、今日はもうすぐ夜が明けるよ。」
ハンベエは黙ってロキを抱きしめた。しばらく、そうした後、
「ありがとうよ。お陰で敵を全て討ち果たして、生きて帰って来たよ。」
「もう大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。体の具合もすっかり良いみたいだ。」
「そうか良かった。じゃあオイラ寝る。」
ロキはそう言って、自分の寝床に向かった。
ハンベエは、その後ろ姿に心の中で手を合わせた。この世には神も仏もない。だが、巡り合わせの運不運はある。もし少年ロキがハンベエの意味不明の頼みを律儀に果たしてくれなかったら、このイザベラの術とも己の心の病とも判らぬ敵にハンベエは殺されていたかもしれない。
今こそ分かる、イザベラは強敵であった。ハンベエを二度も窮地に陥れた。そして、ハンベエは微妙な運命の綾に導かれて生き延びた。神仏を信じないハンベエであったが、その辺りの機微は分かっていた。そして、倨傲不遜、何者にも心を屈しないと心中深く決意しているが、感謝すべき者には素直に感謝できる、そんなハンベエであった。
ロキの寝息を確認したハンベエは、愛刀『ヨシミツ』を手にして、静かに中庭に出た。
日課の朝の鍛練である。体が軽い。何だか、今までよりずっと速く動けている気がする。ハンベエは思った。
(錯覚か?・・・・・・いや、間違いない。俺は、山を降りた時より、強くなっている。いや、イザベラと対峙した時よりも明らかに強くなっている。)
イザベラとの闘いが新しい力を引き出したのだろうか?ハンベエはどうやら、さらにレベルアップしたらしい。
ハンベエのレベルが上がった・・・・・・らしい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる