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十九 会話のひととき
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病を克服したハンベエが鍛練に勤しんでいる頃、ゴロデリア王国宰相ラシャレーの執務室では、毎度お馴染みの『声』との会話が行われていた。飽きもせず御苦労な事である。
「確か、ハンベエは病に倒れたとの報告であったの。・・・・・・さっき中庭でピンピンして、刀を振り回しておったぞ。どうなっておるのじゃ。」
「それなら、私もさっき見ましたな。全くもって得体の知れん男ですな。ただの風邪だったんですかな。」
「ただの風邪を病に倒れたとその方は言うのか?」
「いやいや、参りましたな。昨日迄のやつれ方と言ったら、それはもう幽鬼のようで、生きてる人間の雰囲気ではありませんでしたがな。こちらもわけが判りませんな。直ぐにもくたばるかと期待していたのに、一晩で元気溌剌になりましたな。全く予想をことごとく裏切る、迷惑極まりない男ですな。」
「ふん、その方の話を聞いていると、益々ハンベエが化け物じみた男に思えてくるわい。」
「実際、あれはどうみても化け物ですよ。しかし、王宮内では至って大人しく静かにしているようですから、元のように、触らぬ神に祟りなし戦術で見張って置きましょう。」
「ふむ、まあ良かろう。それで、イザベラの行方はどうなったのじゃ。」
「生憎な事に全く分かりませんな。」
「その方の給料、減らしてもいいかのう。」
「それは、困りますな。」
「困るのなら、本腰入れて捜すのじゃ、そうでないと、その方のこれまでの功績もパーじゃ。」
「パーですか?」
「うむ、わしの我慢にも限度がある。」
「しかし、そのイザベラは、例の化け物のハンベエも取り逃がしたほどの、これ又、化け物ですぞ。中々簡単に行かないものと考えますな。」
「厳命する。早う、捕えて誰がエレナ王女の命を狙ったのか明らかにせい。」
「はて?・・・・・・まことに恐れ多い事ですが、宰相閣下には、エレナ王女が居なくなった方が何かと都合が良いのではないですかな?」
「・・・・・・馬鹿め、見損なうな。ワシは誰の家来ぞ。王女が暗殺されるような事があったら、国王陛下に顔向けできんではないか。」
「・・・・・・しかし、ゴルゾーラ王子にとっては競争相手が消えて、ラッキーと考えますな。」
「まさか、その方、今回の王女暗殺未遂に関与しているのではあるまいな?」
ラシャレーの声音が変わった。普段から愛想の良い物言いをする男ではないが、執務室の空気が凍るかと思われるほど、恐ろしい声音であった。
「いえいえ、閣下の指図無くしてはそんなとんでもない事はしませんな。しかし、閣下のお心がそうであったとは知りませんでしたな。今から、イザベラの件は私が陣頭指揮を取ることにしますな。」
「そういたせ。」
「しかし、そうだとすると、ハンベエは閣下にとって殊勲者という事になりますな。」
「そうだな。しかも風呂好きな事といい、嫌いな奴ではないわい。」
「いっそのこと、真剣にこちら側に勧誘しますかな。」
「いや、放って置け。」
さて、ハンベエはくしゃみを幾つかしても良いものだが、自分の噂話など露知らず、今日の鍛練にはいつになく熱がこもっていた。見える、動ける。これなら、コウモリだって楽に斬り捨てられそうだ。(飛んでいるコウモリを斬る事は至難の技で、佐々木小次郎の『燕返し』もコウモリには通用しないと言われている・・・・・・らしい。)
ふっと、ハンベエは動きを止めた。庭園の入口にエレナが立っていた。
ハンベエと目が合うと、エレナはニッコリと笑い、近づいてきた。
「病気のご様子でしたけど、良くなられたのですね。お医者様を呼ぼうかどうしようか、気を揉んでましたの。」
「それは、ご丁寧に。心配かけて申し訳ない。」
ハンベエがそう言うと、エレナはクスッと笑った。
「ん?、何か?。」
「あら、ごめんなさい。だって、ハンベエさんったら、最初お会いした時とは、随分変わられてしまったから。」
「変わった? かなあ。」
「そうですよ。最初見た時は、無愛想で喧嘩腰で、取りつく島もないような、近寄りがたい雰囲気でしたよ。」
「そうだったかな?・・・・・・すると、今は違うのかな?」
「ええ、随分と物言いも物腰も穏やかになられました。別人みたいです。」
別人みたいに穏やかになったと言われて、ハンベエは内心ちょっと不快に思ったが、エレナと斬り合いをする気にもなれないので、いつものとぼけた表情をして黙っていた。
「そう言えば、お医者様を呼ぼうとしたら、ロキさんに止められました。今闘っている最中だから、邪魔しちゃ駄目だって言われたけど、何と闘っていらしたのかしら?」
「それは言えないなあ。」
ハンベエはちょっと悪戯っぽく笑って言った。
「あら、残念です事。きっと又、手に汗握る面白い話が聞けると思ったのに。」
「面白可笑しい話をするのは、ロキの専売特許かな。もっとも、今回のはただの俺の夢だから、ロキも知らないだろうが。」
ハンベエは『ヨシミツ』を鞘に収めて、歩きだした。
「どこへ行かれるのです。」
「散歩がてら、王宮を一回りして来ます。」
ハンベエは後をも見ず、門の方へ歩き出した。無礼と言えば無礼極まりない態度であったが、エレナは別に気にするふうも無く、立ち去って行くハンベエを見送ると、やや物憂げな表情で庭に咲く花々をしばし眺めていた。何度も書くようだが、エレナは輝くように美しい娘だ。その美しい娘の物憂げな表情は、一種妖しいまでに魅力的で、一部の例外を除けば、どんな男もイチコロだろうと思われた。その表情を見たら、さしものハンベエもロキに続いてエレナのファンになったかも知れない。
さて、虫が知らせると言うが、ハンベエにはとみにそういう事が多いようだ。王宮の周りを何気無しに歩いていると、
「まだ生きているとは驚いたね。あたしの呪いが効かなかったと見える。」
突然、ハンベエの耳に声が聞こえた。それは、忘れもしないイザベラの声であった。ハンベエが立ち止まって見ると、遥か五十メートルも向こうに一人の老婆が立っていた。
他には誰も居なかった。ハンベエは周りの気配を探ったが近くに誰かいる様子はない。遠くに見える老婆こそイザベラであるとハンベエは確信せざるを得なかった。それほど離れているのにも関わらず、その声はすぐ傍で話し掛けられたように聞こえたのである。
どういう術なんだとハンベエは思った。前回の闘いでハンベエが気付いた事は、イザベラは音をあるいは己の声を操る事ができるという事だ。例えば前回の闘いの時に、気配が背後に有ったのに、声が前から聞こえたのは、何かに声を反射させてハンベエに届かせたのであろう。ハンベエが想像するにイザベラは自分の声を一定の狭まった方向に向けて送ったり、何かに反射させて別の方向から、聞こえるように見せたりする事ができるようである。
さらに言えば、前回の闘いの時、ハンベエはイザベラを追って林の中に入って行ったが、それは、今になって思えば、イザベラにとって自分の術の使い易い場所、イザベラの闘い易い場所に誘い込まれていたようだった。
ハンベエは歩みの速度を変えず、老婆の方へ歩いて行った。
老婆は何か落とし物でもしたのか、自分の足元をしきりと見回している。
ハンベエは老婆のところまで行くと、話し掛けた。
「婆さん、何か捜し物かい?。」
しかし、老婆はきょとんとハンベエの方を見ると、耳に手を当てて、聞こえませんがのお、とでも言いたげな仕草をした。どう見ても、百姓の婆さんで、あのイザベラとは見比べようもない姿であった。よくも化けおうせたものである。
ハンベエは老婆の耳元に口を持って行き、
「まだこんな所にいるのか、王女の命をまだ狙っているのか。」
と言った。
「ふふ、王女様が心配かい?」
老婆が笑った。その皺くちゃの顔の中に、僅かに目だけにイザベラの面影が読み取れた。油断の無い目でハンベエを窺ってている。だが、特にハンベエと争う様子は無いようだ。
ハンベエは老婆の捜し物を手伝うようなふりをして足元を見回した。二人は中腰で足元を見回しながら、会話を続けた。
「あたしの呪いが効かなかったなんて、驚いたね。もうとっくにくたばってると思ってたのに。」
「いやいや、悪夢にうなされて、危うくあの世に行くところだった。あれは何かの術だったのかな。」
「あらあら、それじゃ術は効いてたんだ。生きてるとは奇妙だね。まあ、折角だから、さわりだけ教えてやるよ。人間は誰しも自分の心の中に自分自身を滅ばす死神を眠らせているのさ。あたしはその死神の目を覚まさせてやっただけ。・・・・・・ふふ、あたしにも教えておくれ。どうやって死神から逃げ延びたのさ?」
「斬り捨てた。」
「・・・・・・。」
「話を元に戻すが、王女の命をまだ狙っているのか?」
「王女には何の恨みもないけれど、生憎と、仕事だからね。ねえ、ハンベエ、いっその事、あんたが手を貸してくれたら簡単に片付くんだけど。・・・・・・そしたら、あたしが腕によりをかけて、この世のものとも思えない快楽の世界に招待してあげるんだけどねえ。こう見えても、一度このあたしの相手をして、夢中にならなかった男はいないんだよ。」
「・・・・・・」
ハンベエは無言でイザベラを見つめた。どこまで本気なのか、見定めようと。
「・・・・・・なんてね。王女の暗殺はとりあえず中止。ついさっき、依頼に嘘があった事がはっきりしたから。とりあえず、手を引くから、安心おし。」
「では何故、こんな所をウロウロしている?」
「それは、ハンベエ、あんたを見かけたからかな。あたし、あんたに惚れちまったかもよ。なんせ、このあたしをぶちのめした男なんて、あんたが初めてだからね。」
ハンベエも相当人を食った性格だが、このイザベラはそのハンベエの上を行くらしい。一度はハンベエに叩きのめされて、その強さは身に染みて解っているはずなのに、半ばからかうような事を言って楽しんでいるようだ。
ハンベエはそんなイザベラになんと言っていいか分からず、黙ってしまった。イザベラは地面から、何か拾い上げて、ハンベエに示した。それは少し錆びかけた一枚の銅貨であった。ようやく捜し物が見つかったという表情だ。
イザベラは銅貨を見つけて、やれやれといった風情に体を伸ばした。ハンベエもそれに合わせて真っすぐに立ち上がった。
イザベラの化けた老婆は、小腰を屈めてハンベエに一礼すると、そのまま、ひょこひょこと立ち去って行った。途中、一度、振り返った。
「あんたとの約束は、今度会う事があったら、果たしてやるよ。まあ、あんたがその気だったらの話だけど。」
ハンベエにだけ聞こえるイザベラの独特の声だった。
老婆はもう一度お辞儀をすると、そのまま立ち去った。
既に、王宮兵、ラシャレー配下のサイレント・キッチン、そして又、ステルポイジャンの王宮警備隊などの面々が血眼になって捜し回っているというのに、その中をイザベラは平然と渡り歩いている。己の変装に絶対の自信があるのであろうが、大胆不敵としか言いようが無い。
(大した女だ。)
ハンベエは改めてイザベラという女に不思議な魅力を感じ、止めを刺さないで良かったと思った。自分が悪夢にうなされて死にかけた事もすっかり忘れて、王宮の残りの周りを見て回りながら歩いて行った。
「確か、ハンベエは病に倒れたとの報告であったの。・・・・・・さっき中庭でピンピンして、刀を振り回しておったぞ。どうなっておるのじゃ。」
「それなら、私もさっき見ましたな。全くもって得体の知れん男ですな。ただの風邪だったんですかな。」
「ただの風邪を病に倒れたとその方は言うのか?」
「いやいや、参りましたな。昨日迄のやつれ方と言ったら、それはもう幽鬼のようで、生きてる人間の雰囲気ではありませんでしたがな。こちらもわけが判りませんな。直ぐにもくたばるかと期待していたのに、一晩で元気溌剌になりましたな。全く予想をことごとく裏切る、迷惑極まりない男ですな。」
「ふん、その方の話を聞いていると、益々ハンベエが化け物じみた男に思えてくるわい。」
「実際、あれはどうみても化け物ですよ。しかし、王宮内では至って大人しく静かにしているようですから、元のように、触らぬ神に祟りなし戦術で見張って置きましょう。」
「ふむ、まあ良かろう。それで、イザベラの行方はどうなったのじゃ。」
「生憎な事に全く分かりませんな。」
「その方の給料、減らしてもいいかのう。」
「それは、困りますな。」
「困るのなら、本腰入れて捜すのじゃ、そうでないと、その方のこれまでの功績もパーじゃ。」
「パーですか?」
「うむ、わしの我慢にも限度がある。」
「しかし、そのイザベラは、例の化け物のハンベエも取り逃がしたほどの、これ又、化け物ですぞ。中々簡単に行かないものと考えますな。」
「厳命する。早う、捕えて誰がエレナ王女の命を狙ったのか明らかにせい。」
「はて?・・・・・・まことに恐れ多い事ですが、宰相閣下には、エレナ王女が居なくなった方が何かと都合が良いのではないですかな?」
「・・・・・・馬鹿め、見損なうな。ワシは誰の家来ぞ。王女が暗殺されるような事があったら、国王陛下に顔向けできんではないか。」
「・・・・・・しかし、ゴルゾーラ王子にとっては競争相手が消えて、ラッキーと考えますな。」
「まさか、その方、今回の王女暗殺未遂に関与しているのではあるまいな?」
ラシャレーの声音が変わった。普段から愛想の良い物言いをする男ではないが、執務室の空気が凍るかと思われるほど、恐ろしい声音であった。
「いえいえ、閣下の指図無くしてはそんなとんでもない事はしませんな。しかし、閣下のお心がそうであったとは知りませんでしたな。今から、イザベラの件は私が陣頭指揮を取ることにしますな。」
「そういたせ。」
「しかし、そうだとすると、ハンベエは閣下にとって殊勲者という事になりますな。」
「そうだな。しかも風呂好きな事といい、嫌いな奴ではないわい。」
「いっそのこと、真剣にこちら側に勧誘しますかな。」
「いや、放って置け。」
さて、ハンベエはくしゃみを幾つかしても良いものだが、自分の噂話など露知らず、今日の鍛練にはいつになく熱がこもっていた。見える、動ける。これなら、コウモリだって楽に斬り捨てられそうだ。(飛んでいるコウモリを斬る事は至難の技で、佐々木小次郎の『燕返し』もコウモリには通用しないと言われている・・・・・・らしい。)
ふっと、ハンベエは動きを止めた。庭園の入口にエレナが立っていた。
ハンベエと目が合うと、エレナはニッコリと笑い、近づいてきた。
「病気のご様子でしたけど、良くなられたのですね。お医者様を呼ぼうかどうしようか、気を揉んでましたの。」
「それは、ご丁寧に。心配かけて申し訳ない。」
ハンベエがそう言うと、エレナはクスッと笑った。
「ん?、何か?。」
「あら、ごめんなさい。だって、ハンベエさんったら、最初お会いした時とは、随分変わられてしまったから。」
「変わった? かなあ。」
「そうですよ。最初見た時は、無愛想で喧嘩腰で、取りつく島もないような、近寄りがたい雰囲気でしたよ。」
「そうだったかな?・・・・・・すると、今は違うのかな?」
「ええ、随分と物言いも物腰も穏やかになられました。別人みたいです。」
別人みたいに穏やかになったと言われて、ハンベエは内心ちょっと不快に思ったが、エレナと斬り合いをする気にもなれないので、いつものとぼけた表情をして黙っていた。
「そう言えば、お医者様を呼ぼうとしたら、ロキさんに止められました。今闘っている最中だから、邪魔しちゃ駄目だって言われたけど、何と闘っていらしたのかしら?」
「それは言えないなあ。」
ハンベエはちょっと悪戯っぽく笑って言った。
「あら、残念です事。きっと又、手に汗握る面白い話が聞けると思ったのに。」
「面白可笑しい話をするのは、ロキの専売特許かな。もっとも、今回のはただの俺の夢だから、ロキも知らないだろうが。」
ハンベエは『ヨシミツ』を鞘に収めて、歩きだした。
「どこへ行かれるのです。」
「散歩がてら、王宮を一回りして来ます。」
ハンベエは後をも見ず、門の方へ歩き出した。無礼と言えば無礼極まりない態度であったが、エレナは別に気にするふうも無く、立ち去って行くハンベエを見送ると、やや物憂げな表情で庭に咲く花々をしばし眺めていた。何度も書くようだが、エレナは輝くように美しい娘だ。その美しい娘の物憂げな表情は、一種妖しいまでに魅力的で、一部の例外を除けば、どんな男もイチコロだろうと思われた。その表情を見たら、さしものハンベエもロキに続いてエレナのファンになったかも知れない。
さて、虫が知らせると言うが、ハンベエにはとみにそういう事が多いようだ。王宮の周りを何気無しに歩いていると、
「まだ生きているとは驚いたね。あたしの呪いが効かなかったと見える。」
突然、ハンベエの耳に声が聞こえた。それは、忘れもしないイザベラの声であった。ハンベエが立ち止まって見ると、遥か五十メートルも向こうに一人の老婆が立っていた。
他には誰も居なかった。ハンベエは周りの気配を探ったが近くに誰かいる様子はない。遠くに見える老婆こそイザベラであるとハンベエは確信せざるを得なかった。それほど離れているのにも関わらず、その声はすぐ傍で話し掛けられたように聞こえたのである。
どういう術なんだとハンベエは思った。前回の闘いでハンベエが気付いた事は、イザベラは音をあるいは己の声を操る事ができるという事だ。例えば前回の闘いの時に、気配が背後に有ったのに、声が前から聞こえたのは、何かに声を反射させてハンベエに届かせたのであろう。ハンベエが想像するにイザベラは自分の声を一定の狭まった方向に向けて送ったり、何かに反射させて別の方向から、聞こえるように見せたりする事ができるようである。
さらに言えば、前回の闘いの時、ハンベエはイザベラを追って林の中に入って行ったが、それは、今になって思えば、イザベラにとって自分の術の使い易い場所、イザベラの闘い易い場所に誘い込まれていたようだった。
ハンベエは歩みの速度を変えず、老婆の方へ歩いて行った。
老婆は何か落とし物でもしたのか、自分の足元をしきりと見回している。
ハンベエは老婆のところまで行くと、話し掛けた。
「婆さん、何か捜し物かい?。」
しかし、老婆はきょとんとハンベエの方を見ると、耳に手を当てて、聞こえませんがのお、とでも言いたげな仕草をした。どう見ても、百姓の婆さんで、あのイザベラとは見比べようもない姿であった。よくも化けおうせたものである。
ハンベエは老婆の耳元に口を持って行き、
「まだこんな所にいるのか、王女の命をまだ狙っているのか。」
と言った。
「ふふ、王女様が心配かい?」
老婆が笑った。その皺くちゃの顔の中に、僅かに目だけにイザベラの面影が読み取れた。油断の無い目でハンベエを窺ってている。だが、特にハンベエと争う様子は無いようだ。
ハンベエは老婆の捜し物を手伝うようなふりをして足元を見回した。二人は中腰で足元を見回しながら、会話を続けた。
「あたしの呪いが効かなかったなんて、驚いたね。もうとっくにくたばってると思ってたのに。」
「いやいや、悪夢にうなされて、危うくあの世に行くところだった。あれは何かの術だったのかな。」
「あらあら、それじゃ術は効いてたんだ。生きてるとは奇妙だね。まあ、折角だから、さわりだけ教えてやるよ。人間は誰しも自分の心の中に自分自身を滅ばす死神を眠らせているのさ。あたしはその死神の目を覚まさせてやっただけ。・・・・・・ふふ、あたしにも教えておくれ。どうやって死神から逃げ延びたのさ?」
「斬り捨てた。」
「・・・・・・。」
「話を元に戻すが、王女の命をまだ狙っているのか?」
「王女には何の恨みもないけれど、生憎と、仕事だからね。ねえ、ハンベエ、いっその事、あんたが手を貸してくれたら簡単に片付くんだけど。・・・・・・そしたら、あたしが腕によりをかけて、この世のものとも思えない快楽の世界に招待してあげるんだけどねえ。こう見えても、一度このあたしの相手をして、夢中にならなかった男はいないんだよ。」
「・・・・・・」
ハンベエは無言でイザベラを見つめた。どこまで本気なのか、見定めようと。
「・・・・・・なんてね。王女の暗殺はとりあえず中止。ついさっき、依頼に嘘があった事がはっきりしたから。とりあえず、手を引くから、安心おし。」
「では何故、こんな所をウロウロしている?」
「それは、ハンベエ、あんたを見かけたからかな。あたし、あんたに惚れちまったかもよ。なんせ、このあたしをぶちのめした男なんて、あんたが初めてだからね。」
ハンベエも相当人を食った性格だが、このイザベラはそのハンベエの上を行くらしい。一度はハンベエに叩きのめされて、その強さは身に染みて解っているはずなのに、半ばからかうような事を言って楽しんでいるようだ。
ハンベエはそんなイザベラになんと言っていいか分からず、黙ってしまった。イザベラは地面から、何か拾い上げて、ハンベエに示した。それは少し錆びかけた一枚の銅貨であった。ようやく捜し物が見つかったという表情だ。
イザベラは銅貨を見つけて、やれやれといった風情に体を伸ばした。ハンベエもそれに合わせて真っすぐに立ち上がった。
イザベラの化けた老婆は、小腰を屈めてハンベエに一礼すると、そのまま、ひょこひょこと立ち去って行った。途中、一度、振り返った。
「あんたとの約束は、今度会う事があったら、果たしてやるよ。まあ、あんたがその気だったらの話だけど。」
ハンベエにだけ聞こえるイザベラの独特の声だった。
老婆はもう一度お辞儀をすると、そのまま立ち去った。
既に、王宮兵、ラシャレー配下のサイレント・キッチン、そして又、ステルポイジャンの王宮警備隊などの面々が血眼になって捜し回っているというのに、その中をイザベラは平然と渡り歩いている。己の変装に絶対の自信があるのであろうが、大胆不敵としか言いようが無い。
(大した女だ。)
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