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二十 分かれ道(その一)
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王宮内では、ちょっとした異変が起きていた。かつて王女エレナの乳母であった婦人が気を失って倒れていたのである。
発見したのは、エレナの身の回りの世話をしている女官であった。婦人は王宮内で個別に部屋を与えられ、現在は女官達を指揮監督する役目を与えられていたが、自分の部屋の隅の方で気を失って倒れているのを、婦人に用事があって部屋を訪れた女官が発見したのだった。
すぐに手当がなされ、貧血か何かによる立ち眩みを起こして倒れてしまったのだろうという事になったが、気になったのは、婦人が発見された時に洩らしていたうわごとである。
「・・・・・・王女様・・・・・・ああ、王女様・・・・・・可哀想な王女様・・・・・・何故あのような方が呪いを・・・・・・。」
婦人は手当によって意識を取り戻すまでの間、呻くように、そのうわごとを繰り返していたのである。王女とはエレナの事に間違いないであろう。では、『可哀想な王女様』というのは何の事なのか? それに『呪い』とは何の事なのであろうか?
これを聞いた人々は一様に首を捻ったが、婦人は目を覚ますと、自分が気を失うまでの事は全て忘れており、まして、自分の発したうわごとについては、全く覚えていないようであった。王宮内で又さらなる流言が飛びかいそうである。
(はて、どうやらイザベラの仕業のようであるが、あの女、王女の何を聞き出そうとしたのか。)
ハンベエは先程、王宮の外で出会ったイザベラの仕業に間違いないと直感した。全く、神出鬼没な奴だ。これだけ大胆不敵な真似ができるのなら、王女の命を狙った時も、シンバを囮に使わなくとも、易々と王女の命を奪えたような気もする。
(なぜ、イザベラはあのような手の込んだ真似をして王女の命を狙ったのか?)
ハンベエは理由を幾つか考えた。
まず、第一に王女の顔や姿をはっきりと知らなかった。それ故に、シンバを洗脳して、王女を確認する必要があった。第二に王女の部屋に侵入する事が困難であった。第三に脱出経路を確保するために、王宮内の特定の場所に王女を誘導する必要があった(たまたま、王女が中庭に出ていたので、場所的にはイザベラに好都合であった?)。
ハンベエが思いつくのはこの三つくらいであった。
(まっ、あの時はあの時で、イザベラの方にああいう形で命を狙う必要があったのだろう。)
取り留めもなく考えて、それ以上深く考えるのを止めた。また、イザベラが婦人から王女の何を聞き出そうとしたのかも、多少気になったが、それ以上考えるのを止めた。良く考えれば、九十九%、ハンベエには関係無さそうな事に思えたからだ。
それよりもハンベエは、自分の腕前がパワーアップしているらしい事の方が重要であった。試してみたいとハンベエは考えた。その気持ちは新しいオモチャを買った子供が一刻も早く包みを解いて遊びたいと思うのと変わらなかった。あるいは初めて銃や刃物を持った者が、何でもいいから、撃ってみたい、切ってみたいとウズウズするのと大差ない気持ちであった。
実際、この新しく身に宿ったらしい力を試してみたくて、ウズウズして堪らないのであった。
(こうなれば、誰か決闘でも申し込んで来ないものかな。)
先の決闘であまりに弱い連中が申し込んで来た決闘に若干食傷気味だった事などすっかり忘れてしまっていた。やっぱり、物騒な若者である。
(考えてみれば、イザベラが立ち去った以上、王宮にいる理由もないな。)
ハンベエはそう思った。
客室に戻るとロキはまだぐっすりと眠っていた。ハンベエは静かに、刀や手裏剣の手入れをし、出かける準備をした。
それから、ロキ宛てにメモを書いて枕元に置いた。
曰く、
『ハンベエから親愛なるロキへニコニコ通信──イザベラは王女暗殺から手を引いたらしい。退屈なので、街に出かける。今夜の宿はキチン亭。他の奴にはこの手紙は見せるなよ。以上。』
王宮を出て、一旦キチン亭に向かった。
『キチン亭』に着くと、亭主が出てきて、借りていた部屋はボーンが使っていて、しかも、毎日宿代を払ってくれてたハンベエ達と違い、後で精算すると言って中々払ってくれないとこぼした。
「ん?、金取ってないのか。ボーンは嫌に信用があるんだな。知り合いかい?」
「とんでもない。どこの馬の骨とも知りませんよ。ただ、あなた方が王宮にいらっしゃるのは存じてましたので、いざとなったら、それを当てにしているわけでして。」
「相分かった。」
ハンベエは亭主に金貨を一枚渡した。
「さすが、あなた様は金払いがいい。早速勘定させていただきます。えーと、今日で丁度六日ですから、素泊まり料金で銅貨四十五枚を六日分で銀貨二枚と銅貨七十枚、特別優良なお客様と言うことで、料金割引させていただきまして、銀貨二枚と銅貨五十枚でよろしゅうございます。金貨一枚お預かりしましたので、銀貨十七枚と銅貨五十枚のお返しになりますが、今夜の宿はどうなさいますかな?」
「泊まるよ。」
「食事の方は?」
「昼と晩を。」
「ありがとうございます。では、銅貨九十枚を先払いで頂きまして、銀貨十六枚と銅貨六十枚のお返しとなります。」
部屋に行くとボーンが寝台に寝転んでいた。
ボーンはハンベエを見ても、さして驚きもせず、
「やあ、お帰り。」
と寝転んだまま言った。それから、ハンベエ一人なのをみると、半身を起こして、
「おや、相棒は?」
と尋ねた。
「ロキは、まだ王宮で寝てる。多分、夕方までには帰ってくるだろう。」
「護衛してないで大丈夫なのか?」
「ああ、大分事情が変わってきたからな。それより、随分とお疲れの様子だな。」
「疲れもするさ、その場にいて王女の危難を救ったと聞いてるから、当然、分かると思うが、イザベラ捜索に駆り出されて、てんてこ舞いだ。」
「ほう、ボーンもイザベラを捜しているのか。」
「サイレントキッチン総出だよ。ゲッソリナ中、虱潰しに当たってるよ。」
「騒々しいことだ。ちっともサイレントじゃないな。」
ハンベエは薄ら笑いを浮かべて言った。
「ちっ、涼しい顔で笑ってやがる。全くハンベエが現われてから、我が部隊は大忙しだよ。大体イザベラを取り逃がしたりするから、こっちに仕事が増えたんだ。手伝ってもらいたいくらいだよ。」
「俺は剣術使いだからな。諜報の真似事は向いてないよ。ところで、イザベラの事は覚えているか?」
「ああ、そいつはしっかり覚えているよ。市場でハンベエとやり取りしてたのをしっかり見てたからな。今思うと、随分怪しいやり取りだったな。」
「ん?、俺が疑われてるのか?」
「いや、そんな勘繰りはしてない。ハンベエとイザベラが通じてたんなら、辻褄が合わない話だからな。」
「なるほど、もっともな推察だな。まあ、イザベラの顔を知ってる以上、ボーンがイザベラ捜索に駆り出されるのは仕方のない事だ。運が悪かったと諦めるんだな。」
ハンベエは相変わらず薄ら笑いを浮かべたまま言った。それから、思い出したように付け加えた。
「ところで、留守中、この俺に決闘の申し入れとか無かったかな?」
「決闘の申し入れ・・・・・・そう言えば、あの一日だけで、後はそんな話は聞いてないな。名を上げたいと思ってた連中もビビっちまったんじゃないの。・・・・・・ん?、決闘の申し入れは無いが、スカウトが一件来てたな。」
「スカウト?」
「モスカ夫人から、是非ハンベエを謁見したいという使者が来ていたが、生憎、留守にしているという事で、お引き取り願った。又、来るってよ。謁見と言ってたけど、ハンベエの評判を聞いて雇いたいって事だろうと推察したがね。」
「モスカ夫人。何者だ?」
「王妃だよ。誰も、王妃とは呼ばずにモスカ夫人と呼んでるがね。正式な名前はモスキィルィンスキーだったかな?」
「ほう、少し詳しく聞かせて貰おうかな。」
ハンベエはベッドに寝転がったままのボーンの側に椅子を持って行き、腰掛けた。
以下、ボーンの話をかいつまんで説明する。
モスキィルィンスキーは現在、王妃となっているが、元々の王妃はレーナという女性で美しい王妃であったとの事である。王子ゴルゾーラと王女エレナはレーナの子であるが、レーナはエレナを産んだ後、二年程で悪性の熱病で死亡してしまった。三十六歳の若さであった。レーナという王妃は今でいうボランティアのような事が好きで戦災孤児のための孤児院を建設運営したり、貧者専用の無料診療所を経営したりしていたが、診療所に病人達の見舞いに行った後、俄かに高熱を発し、医師を何人も呼んで手当てを尽くしたが死亡してしまった。
その後に王妃となったのが、モスキィルィンスキーである。モスキィルィンスキーは王妃になると、直ぐにフィルハンドラを懐妊した。つまり、ゴルゾーラ、エレナとフィルハンドラは母親を異にする兄弟という事になる。
このモスキィルィンスキー、モスカはどちらかといえば派手好きで、宝石や衣装で我が身を飾り立て、貴族による舞踏会などを催すのが好きだった。
国民の評判は当然、レーナに好意的で(死んでる人間は大概好かれる。まして、レーナのように慎ましい行いをし、貧者の味方のようなスタンスを取っていた者は、死んでからは、生きてる間に側に居て、迷惑を被ったりした事のある一部の人々を除けば、ほとんど全ての人々から愛されるのである。)、モスカには批判的であった。
やれ、あんなに着飾ったところで、前の王妃の美しさの足元にも及ばないのに身の程知らずな事だ。やれ、貧乏人の苦労を横目に舞踏会だと騒いで贅沢な事だと、一般国民からは、冷たい視線を浴びているモスカであった。それゆえにか、ゴロデリア王国の大部分の人々はモスカを王妃と呼ばずにモスカ夫人と呼んでいた。また、巷では、自分の子であるフィルハンドラを王位につけるために色々と画策しているとの評判であった。
モスカ夫人は、現在、王宮から出て、ゲッソリナ郊外にベルゼリット城という宮殿を建ててもらって、そこに住まいしている。その執事のフーシエという男がキチン亭へハンベエを訪ねてやって来たのだが、丁度、そこに居合わせたボーンがハンベエの仲間を名乗り、『キチン亭』の使用人を介して応対したのだった。
サイレント・キッチン諜報員であるボーンはあまり顔を売りたくないらしく、フーシエと直接顔を合わせるのは避けたらしい。
「ハンベエは、王女エレナに仕える予定があるので、モスカ夫人やフィルハンドラ王子の家来になる目は薄いって言っといてやったぜ。」
皮肉っぽい口調でボーンが話を結んだ。
「おやおや、俺の仕官の口をわざわざ潰してくれたのか?」
ハンベエは笑いながら言った。腹を立てる様子など微塵もない、大らかな笑い顔である。
「モスカ夫人は評判悪いからな。この俺も以前のレーナ王妃がずっと好きだよ。それより何より、王位を狙っているフィルハンドラ王子側にハンベエのような物騒な奴が加わったら、コトだからな。まっ、俺としては自分の職務も全うしたわけよ。どうあれ、モスカ夫人に仕えるのは利害は別にして、お薦めしないぜ。」
「なるほど、しかし、会って見るのも悪くない気もするな。又来るって言ってたな。・・・・・・一応、ロキに相談してからにするか。」
ハンベエはモスカ夫人に興味が有るのか無いのか、気乗りしない様子で、ボソッと言った。
決闘の申し入れが無く、腕の振るい場所が無いのにちょっとガッカリしているふうでもあった。
発見したのは、エレナの身の回りの世話をしている女官であった。婦人は王宮内で個別に部屋を与えられ、現在は女官達を指揮監督する役目を与えられていたが、自分の部屋の隅の方で気を失って倒れているのを、婦人に用事があって部屋を訪れた女官が発見したのだった。
すぐに手当がなされ、貧血か何かによる立ち眩みを起こして倒れてしまったのだろうという事になったが、気になったのは、婦人が発見された時に洩らしていたうわごとである。
「・・・・・・王女様・・・・・・ああ、王女様・・・・・・可哀想な王女様・・・・・・何故あのような方が呪いを・・・・・・。」
婦人は手当によって意識を取り戻すまでの間、呻くように、そのうわごとを繰り返していたのである。王女とはエレナの事に間違いないであろう。では、『可哀想な王女様』というのは何の事なのか? それに『呪い』とは何の事なのであろうか?
これを聞いた人々は一様に首を捻ったが、婦人は目を覚ますと、自分が気を失うまでの事は全て忘れており、まして、自分の発したうわごとについては、全く覚えていないようであった。王宮内で又さらなる流言が飛びかいそうである。
(はて、どうやらイザベラの仕業のようであるが、あの女、王女の何を聞き出そうとしたのか。)
ハンベエは先程、王宮の外で出会ったイザベラの仕業に間違いないと直感した。全く、神出鬼没な奴だ。これだけ大胆不敵な真似ができるのなら、王女の命を狙った時も、シンバを囮に使わなくとも、易々と王女の命を奪えたような気もする。
(なぜ、イザベラはあのような手の込んだ真似をして王女の命を狙ったのか?)
ハンベエは理由を幾つか考えた。
まず、第一に王女の顔や姿をはっきりと知らなかった。それ故に、シンバを洗脳して、王女を確認する必要があった。第二に王女の部屋に侵入する事が困難であった。第三に脱出経路を確保するために、王宮内の特定の場所に王女を誘導する必要があった(たまたま、王女が中庭に出ていたので、場所的にはイザベラに好都合であった?)。
ハンベエが思いつくのはこの三つくらいであった。
(まっ、あの時はあの時で、イザベラの方にああいう形で命を狙う必要があったのだろう。)
取り留めもなく考えて、それ以上深く考えるのを止めた。また、イザベラが婦人から王女の何を聞き出そうとしたのかも、多少気になったが、それ以上考えるのを止めた。良く考えれば、九十九%、ハンベエには関係無さそうな事に思えたからだ。
それよりもハンベエは、自分の腕前がパワーアップしているらしい事の方が重要であった。試してみたいとハンベエは考えた。その気持ちは新しいオモチャを買った子供が一刻も早く包みを解いて遊びたいと思うのと変わらなかった。あるいは初めて銃や刃物を持った者が、何でもいいから、撃ってみたい、切ってみたいとウズウズするのと大差ない気持ちであった。
実際、この新しく身に宿ったらしい力を試してみたくて、ウズウズして堪らないのであった。
(こうなれば、誰か決闘でも申し込んで来ないものかな。)
先の決闘であまりに弱い連中が申し込んで来た決闘に若干食傷気味だった事などすっかり忘れてしまっていた。やっぱり、物騒な若者である。
(考えてみれば、イザベラが立ち去った以上、王宮にいる理由もないな。)
ハンベエはそう思った。
客室に戻るとロキはまだぐっすりと眠っていた。ハンベエは静かに、刀や手裏剣の手入れをし、出かける準備をした。
それから、ロキ宛てにメモを書いて枕元に置いた。
曰く、
『ハンベエから親愛なるロキへニコニコ通信──イザベラは王女暗殺から手を引いたらしい。退屈なので、街に出かける。今夜の宿はキチン亭。他の奴にはこの手紙は見せるなよ。以上。』
王宮を出て、一旦キチン亭に向かった。
『キチン亭』に着くと、亭主が出てきて、借りていた部屋はボーンが使っていて、しかも、毎日宿代を払ってくれてたハンベエ達と違い、後で精算すると言って中々払ってくれないとこぼした。
「ん?、金取ってないのか。ボーンは嫌に信用があるんだな。知り合いかい?」
「とんでもない。どこの馬の骨とも知りませんよ。ただ、あなた方が王宮にいらっしゃるのは存じてましたので、いざとなったら、それを当てにしているわけでして。」
「相分かった。」
ハンベエは亭主に金貨を一枚渡した。
「さすが、あなた様は金払いがいい。早速勘定させていただきます。えーと、今日で丁度六日ですから、素泊まり料金で銅貨四十五枚を六日分で銀貨二枚と銅貨七十枚、特別優良なお客様と言うことで、料金割引させていただきまして、銀貨二枚と銅貨五十枚でよろしゅうございます。金貨一枚お預かりしましたので、銀貨十七枚と銅貨五十枚のお返しになりますが、今夜の宿はどうなさいますかな?」
「泊まるよ。」
「食事の方は?」
「昼と晩を。」
「ありがとうございます。では、銅貨九十枚を先払いで頂きまして、銀貨十六枚と銅貨六十枚のお返しとなります。」
部屋に行くとボーンが寝台に寝転んでいた。
ボーンはハンベエを見ても、さして驚きもせず、
「やあ、お帰り。」
と寝転んだまま言った。それから、ハンベエ一人なのをみると、半身を起こして、
「おや、相棒は?」
と尋ねた。
「ロキは、まだ王宮で寝てる。多分、夕方までには帰ってくるだろう。」
「護衛してないで大丈夫なのか?」
「ああ、大分事情が変わってきたからな。それより、随分とお疲れの様子だな。」
「疲れもするさ、その場にいて王女の危難を救ったと聞いてるから、当然、分かると思うが、イザベラ捜索に駆り出されて、てんてこ舞いだ。」
「ほう、ボーンもイザベラを捜しているのか。」
「サイレントキッチン総出だよ。ゲッソリナ中、虱潰しに当たってるよ。」
「騒々しいことだ。ちっともサイレントじゃないな。」
ハンベエは薄ら笑いを浮かべて言った。
「ちっ、涼しい顔で笑ってやがる。全くハンベエが現われてから、我が部隊は大忙しだよ。大体イザベラを取り逃がしたりするから、こっちに仕事が増えたんだ。手伝ってもらいたいくらいだよ。」
「俺は剣術使いだからな。諜報の真似事は向いてないよ。ところで、イザベラの事は覚えているか?」
「ああ、そいつはしっかり覚えているよ。市場でハンベエとやり取りしてたのをしっかり見てたからな。今思うと、随分怪しいやり取りだったな。」
「ん?、俺が疑われてるのか?」
「いや、そんな勘繰りはしてない。ハンベエとイザベラが通じてたんなら、辻褄が合わない話だからな。」
「なるほど、もっともな推察だな。まあ、イザベラの顔を知ってる以上、ボーンがイザベラ捜索に駆り出されるのは仕方のない事だ。運が悪かったと諦めるんだな。」
ハンベエは相変わらず薄ら笑いを浮かべたまま言った。それから、思い出したように付け加えた。
「ところで、留守中、この俺に決闘の申し入れとか無かったかな?」
「決闘の申し入れ・・・・・・そう言えば、あの一日だけで、後はそんな話は聞いてないな。名を上げたいと思ってた連中もビビっちまったんじゃないの。・・・・・・ん?、決闘の申し入れは無いが、スカウトが一件来てたな。」
「スカウト?」
「モスカ夫人から、是非ハンベエを謁見したいという使者が来ていたが、生憎、留守にしているという事で、お引き取り願った。又、来るってよ。謁見と言ってたけど、ハンベエの評判を聞いて雇いたいって事だろうと推察したがね。」
「モスカ夫人。何者だ?」
「王妃だよ。誰も、王妃とは呼ばずにモスカ夫人と呼んでるがね。正式な名前はモスキィルィンスキーだったかな?」
「ほう、少し詳しく聞かせて貰おうかな。」
ハンベエはベッドに寝転がったままのボーンの側に椅子を持って行き、腰掛けた。
以下、ボーンの話をかいつまんで説明する。
モスキィルィンスキーは現在、王妃となっているが、元々の王妃はレーナという女性で美しい王妃であったとの事である。王子ゴルゾーラと王女エレナはレーナの子であるが、レーナはエレナを産んだ後、二年程で悪性の熱病で死亡してしまった。三十六歳の若さであった。レーナという王妃は今でいうボランティアのような事が好きで戦災孤児のための孤児院を建設運営したり、貧者専用の無料診療所を経営したりしていたが、診療所に病人達の見舞いに行った後、俄かに高熱を発し、医師を何人も呼んで手当てを尽くしたが死亡してしまった。
その後に王妃となったのが、モスキィルィンスキーである。モスキィルィンスキーは王妃になると、直ぐにフィルハンドラを懐妊した。つまり、ゴルゾーラ、エレナとフィルハンドラは母親を異にする兄弟という事になる。
このモスキィルィンスキー、モスカはどちらかといえば派手好きで、宝石や衣装で我が身を飾り立て、貴族による舞踏会などを催すのが好きだった。
国民の評判は当然、レーナに好意的で(死んでる人間は大概好かれる。まして、レーナのように慎ましい行いをし、貧者の味方のようなスタンスを取っていた者は、死んでからは、生きてる間に側に居て、迷惑を被ったりした事のある一部の人々を除けば、ほとんど全ての人々から愛されるのである。)、モスカには批判的であった。
やれ、あんなに着飾ったところで、前の王妃の美しさの足元にも及ばないのに身の程知らずな事だ。やれ、貧乏人の苦労を横目に舞踏会だと騒いで贅沢な事だと、一般国民からは、冷たい視線を浴びているモスカであった。それゆえにか、ゴロデリア王国の大部分の人々はモスカを王妃と呼ばずにモスカ夫人と呼んでいた。また、巷では、自分の子であるフィルハンドラを王位につけるために色々と画策しているとの評判であった。
モスカ夫人は、現在、王宮から出て、ゲッソリナ郊外にベルゼリット城という宮殿を建ててもらって、そこに住まいしている。その執事のフーシエという男がキチン亭へハンベエを訪ねてやって来たのだが、丁度、そこに居合わせたボーンがハンベエの仲間を名乗り、『キチン亭』の使用人を介して応対したのだった。
サイレント・キッチン諜報員であるボーンはあまり顔を売りたくないらしく、フーシエと直接顔を合わせるのは避けたらしい。
「ハンベエは、王女エレナに仕える予定があるので、モスカ夫人やフィルハンドラ王子の家来になる目は薄いって言っといてやったぜ。」
皮肉っぽい口調でボーンが話を結んだ。
「おやおや、俺の仕官の口をわざわざ潰してくれたのか?」
ハンベエは笑いながら言った。腹を立てる様子など微塵もない、大らかな笑い顔である。
「モスカ夫人は評判悪いからな。この俺も以前のレーナ王妃がずっと好きだよ。それより何より、王位を狙っているフィルハンドラ王子側にハンベエのような物騒な奴が加わったら、コトだからな。まっ、俺としては自分の職務も全うしたわけよ。どうあれ、モスカ夫人に仕えるのは利害は別にして、お薦めしないぜ。」
「なるほど、しかし、会って見るのも悪くない気もするな。又来るって言ってたな。・・・・・・一応、ロキに相談してからにするか。」
ハンベエはモスカ夫人に興味が有るのか無いのか、気乗りしない様子で、ボソッと言った。
決闘の申し入れが無く、腕の振るい場所が無いのにちょっとガッカリしているふうでもあった。
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