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四十四 時の氏神
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キチン亭二号店に駆け込んで来たハンベエは、
「俺はハンベエっ、ロキの部屋はどこだ。」
と主人に聞いた。慌てふためいていた。
「ああ、ハンベエさんですか。ロキさんから、話には伺ってますよ。慌てて、どうされました。」
「とにかく、ロキの部屋はどこだ。」
「そこを入って、三つ目の・・・・・・」
ハンベエは主人の案内を全部聞くのももどかしく、指差された方角に進んで、扉を半ば蹴破るように開いた。
「ロキっ!」
ハンベエは叫ぶようにその名を呼んだ。
・・・・・・。
「ハンベエ、突然どうしたのお?」
そこには目を丸くして、ハンベエを見つめているロキがいた。
「ロキ・・・・・・。無事・・・・・・だったのか?」
モルフィネスの手下に攫われたものと、すっかり覚悟をしていたハンベエは、無事なロキの姿に、ちょっと調子が狂って、些か間抜けな声になった。同時に、今頃になって、どっと汗が吹き出してきた。
「・・・・・・無事か。無事で良かった。」
ハンベエはロキに走り寄ると、その両肩をつかんで揺すった。
それから、ハンベエは、
「怪しい奴が来なかったか?」
と尋ねた。
「怪しい奴なら来たぜ。」
不意に別の方向から、聞き覚えのある声がした。
ハンベエはハッとして、声のした方向に顔を向けた。
「俺がいるのにも気がつかないとは、余程気が動転しているようだな。」
なんとベッドにボーンが腰掛けて、ハンベエをニヤニヤしながら眺めていた。
「ロキを攫って行こうとしやがったので、ぶちのめして、そこに転がしてある。」
ボーンが顎で指した先には、ロキを尋ねて来たモルフィネスの手下が、手足を縛られ、猿轡を噛まされて床に転がっていた。気を失っているらしい。
あの時、ロキがドアを開けてその男を見た時、実は同じ部屋にボーンも居合わせたのだった。
ボーンは瞬時に気配を消して、男の死角に潜んだ。さすがにサイレント・キッチンの腕利きとして鳴らしているボーンである。陰形の術はお手のものだった。
そうとも知らないモルフィネスの手下は、ロキを気絶させ、さあ担いで行くかと腰を屈めたところをボーンに不意打ちされ、気絶させられてしまったのだった。
こういう時は、当て身と言って、みぞおちに拳を叩き込んで気を失わせるのが、割と時代劇等で目にする場面なのだが、ボーンはそれを忘れていたのか、それとも最初から知らなったのか、背後から男のこめかみに回し蹴りを叩き込んでいた。
一発蹴り込んで、もう一発と反対側の足を上げようとした時には、当たりどころが良かったと見えて、男は昏倒していた。
それから、ロキに活を入れて、男の方は手足をふん縛って床に転がしておいたわけである。
ボーンの蹴りが相当利いているものと見え、そのモルフィネスの手下は意識を取り戻す気振りさえ無い。
ハンベエはボーンを見てちょっと首を傾げていたが、やがて、くっくっくっと、体をひきつらせるようにして笑った。
「そう言えば、ボーンはそういう奴だったな。ふふっ・・・・・・いやいや、良くぞ居てくれた。」
そうなのである。ゲッソリナにいた頃も、ハンベエとロキが王宮に出かけていた間、ロキの借りていた部屋を我が物のように使っていたボーンは、今回もロキの部屋を根城にして探索を行っていたのだ。
そして、モルフィネスは、そんな事とは予想だにせず、手下に、不用意にも一人でロキを攫いに来させてしまった、という事になるのである。神ならぬ身であれば、後になれば随分間抜けな行動、とはままある事ではある。
「ボーンさんの活躍かっこ良かったんだよお。ハンベエにも見せたかったよお。そいつなんかまるっきり歯が立たなかったんだから。」
とロキは、いかにも楽しそうに言った。
「いや、ロキは気絶していて、見てないから。」
ボーンは苦笑混じりに言った。
「あはは、そうだったよお。」
相変わらずの少年ロキであった。
ハンベエは顔を緩めたが、ボーンの立ち回りを見られなかったのは、ちょっと残念な気がした。
最初出会った時から、ボーンが相当腕の立つ奴だという事は肌で感じているハンベエであるが、ボーンが闘うところは見ていない。
ついさっきまでは、ロキの身を案じて、慌てふためいていたハンベエであったが、ようやく、心が静まってきたようである。
「アルハインド族との戦争やら、色々騒がしい事になっているようだな。良かったら、何がどうなっているのか聞かせてもらえるかい。」
とボーンは、相変わらずニヤニヤしながら言った。
「だな。座るか。」
ハンベエはそう言うと、テーブルのところへ行って椅子に座った。他の二人も椅子を取って来て座り、三人は車座になって向き合った。
それから、ハンベエはアルハインド襲来から、さっきのモルフィネスとの会見に至るまでを可能な限り正確に話した。
ただし、イザベラに出会った一件だけは伏せておいた。さすがにロキに対してならともかく、ボーンにイザベラの話はまずかろうと思ったわけである。
勿論、ボーンがサイレント・キッチンの人間だからであるが、その一方でイザベラの件を知らせない事で、ボーンの負担を減らしてやったつもりでもあった。
全くもって身勝手な言い分であるが、ハンベエとしては、
(これでも俺は、ボーンの身を気遣ってやってるんだぜ。)
という具合に考えたのだった。
「バンケルク将軍がそんな酷い指示をしたのお。・・・・・・信じられないよお。・・・・・・オイラ、将軍に騙されてたのかなあ。」
ハンベエの話が終わると、ロキが元気のない顔で言った。最初、バンケルクにに目をかけられ、バンケルクを憂国の士、立派な人物であると信じ、王女エレナへの手紙を届ける役目を果たしたロキとしては、ハンベエの処遇の一件はともかく、今回の対アルハインド戦におけるバンケルクの第五連隊の扱いようは余程ショックなようであった。
「王女に剣を教えてる頃は、清廉な人物として知られていたんだが・・・・・・あの御仁、人が変わったみたいだな。」
ボーンがボソリと言った。
「昔のバンケルクを知っているのか?」
とハンベエがボーンの言葉を聞き咎めて言った。
「直接知りはしないが、今回の調査に当たって、バンケルクの人となりの、そこそこの情報は仕入れて来ている。」
「バンケルクって奴は、王女の剣の師らしいが、一体王女とはどんな関係なんだ。」
「うん?、剣の師弟だが・・・・・・まあ、事の始まりから言えば、あれは何年前だったかなあ。・・・・・・エレナ姫が十二歳の時だから、今から六年前か。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「どういうイキサツか分からないが、十二歳の王女エレナ姫が突然剣を学びたいと言いだしてな。周りはあまり賛成しなかったらしいんだが、放っておいても独りで、剣を振り回して、自己流の修行をする始末だったらしい。それなら、ちゃんとした師に付けて学ばせた方がいいだろうと、当時、タゴロローム守備軍の大隊長をしていたバンケルクが剣の腕と人柄を買われて、剣の師の役目を仰せつかったわけだ。」
「ふーん、剣の修行ねえ。王女は中々の腕前だとは察していたが。余程熱心に稽古したんだろうなあ。」
「さあその事よ。蝶よ花よと育てられた姫様が、その十二歳から十四歳までの間は、それこそ気が狂ったように毎日毎日剣の修行三昧、寝る間も惜しんで剣の修行、来る日も来る日も剣、剣、剣、まるで雉子の鳴き声のように、剣術一筋の日々を送った・・・・・・らしい。」
「十四歳まで?」
「とうとう二年後にはバンケルクがもう教える事はないとエレナ姫に言ったそうだ。その後、バンケルクは大抜擢を受けてタゴロロームの司令官に任じられたという事だ。」
ハンベエは二年と聞いて若干劣等感のようなものを感じた。
ハンベエが師のフデンから剣の教えを受けた期間は十歳から二十歳までの十年間、勿論、最初から厳しい鍛練が施されたわけではなく、ままごと遊びのようなところから順々に厳しさを増して行って免許皆伝に至ったわけであり、教育方針も違ったわけではあるが。
「二年かい、今感じている王女の腕前を考えると二年やそこらの修行で身につくものとも思えないが。」
ハンベエは首を捻りながら言った。無論の事、立ち合えば王女エレナ等打ち負かす自信はあるのだが、ハンベエ、我知らず競争心が煽られているようだ。
「さあ余程の天廩があったんじゃないかな?、それにバンケルクと離れた後も人知れず剣の修行を欠かしてないらしいからな。・・・・・・それよりも、バンケルクの話だ。ハンベエの話もそうだが、こっちへ調査に来てから、奴のいい話を聞かない。バンケルクめ、売春宿の同業組合を組織して、利益を吸い上げてやがる。推定だが、金貨にして二万枚近くにのぼる金をどっかに貯め込んだ計算になるぜ。」
「金貨二万枚・・・・・・」
「何を考えてそれほどの金を貯め込んでやがるのか。・・・・・・六年前は清廉で誠実な人柄と見込まれたはずなのになあ・・・・・・。」
「その金はどこにあるんだ?」
ハンベエは明らかに関心を持ったようだ。
「そこまではまだ分かっていない。突き止めたいところだが、一度ゲッソリナに戻って調査の中間報告をしなければならない。ん?・・・・・・ハンベエが金の話に興味を持つとは意外だな。」
「別に意外でもなんでもないさ。話したように、俺はコーデリアス閣下の遺言により第五連隊の指揮を引き受けた。連隊を再建するには、何よりまず金だ。」
「まさか?」
「そのまさかだよ。この際、そういう金なら、気の咎める事もないしな。」
「ふーん、案外バンケルクも何かの軍資金のつもりかも知れないな。内乱を予想しているらしいからな。」
「なるほど、奴には野心があるわけだ。」
「そうかも知れん。ところで、コーデリアスの遺言状を預かっている側近はどうしたんだ。」
「奴なら、二日前にゲッソリナに向かったよ。何故そんな事を聞く?」
「いや、無事にゲッソリナに着くといいがな。」
「・・・・・・。」
ボーンの言葉にハンベエは急に黙り込み、腕を組んだ。
「ボーン、ゲッソリナにはいつ発つんだ?」
しばらくして、ハンベエがボーンに尋ねた。
「明日にでも出発するつもりだが?」
「ロキが同行しても問題ないだろう?」
「・・・・・・うーん・・・・・・まあ、いいだろう。」
ボーンの返事を聞くと、ハンベエはロキに向き直り、懐からコーデリアスのもう一通の遺言状を取り出して言った。
「ロキ、頼みがある。これは、話に出て来たコーデリアス閣下のもう一通の遺言状だ。これを・・・・・・」
「分かった、王女様に届けるんだね。」
ロキはハンベエが皆まで言わないうちに、手を出して言った。
だが、ハンベエは首を振り、ロキには意外な事に、次のように言った。
「いや、宰相のラシャレーに届けてくれ。例によって、直接渡すと言って、直にラシャレーに会って来てくれ。そうして、この俺に代わって、ラシャレーがいかなる人物か、その正邪を見極めて来てくれ。」
「ええ、オイラが宰相閣下に会うの?」
「そうだ。俺は連隊から離れられない。お前しか頼める人間はいないんだ。」
「・・・・・・じゃあ、今回の件は王女様には内緒?」
「いや、それはロキの判断に任せる。王女に話したって一向に構わない。」
「しかし、オイラに人を見極めるなんてできるかなあ?」
「大丈夫だ。出会った時に、ロキは俺を見抜いたじゃないか。俺はロキを信じてるよ。」
この何を考えているか今一つ分からない、時に物騒な若者と十二歳の少年の信頼関係を、ボーンはさして奇妙とも思わず眺めていた。
「ところで、こいつはどうする?」
話が一段落したと見たボーンが、足で気を失ったままのモルフィネスの手下を軽く蹴って言った。
「そいつか・・・・・・煮て殺すなり、焼いて殺すなり・・・・・・八つ裂きにするなり・・・・・・好きに殺しといてくれ。」
ハンベエは、その男を憎々しげに見下ろしながら言った。
(おいおい、どうあっても殺すのかよ。余程ロキを襲った事が許せないようだな。まあ、俺もこいつに色々喋らせて、その後は生かしておくつもりはなかったがね。)
半ば苦笑混じりにボーンは思った。穏やかな上辺を装っていても、冷酷な諜報の世界を生きて来たボーンは、こういう場合、容赦は無かった。まして、子供を攫う等という任務を行う輩に掛ける情けは微塵も持ち合わせていない。
「ええー、殺しちゃうの。もう無抵抗な状態なのにい。」
ロキが顔色を曇らせた。
「仕方ないのさ、こういう世界で生きてる以上。こいつも覚悟の前だろうよ。ロキは目を瞑っててくれ。」
ボーンはロキに諭すように言った。
「ボーン、余計な事だが、ゲッソリナに戻ったら、ベルゼリット城の動きには気を配っといた方がいい気がするぜ。」
ハンベエはロキに封書を渡すと、何気無くボーンに言った。
「俺はハンベエっ、ロキの部屋はどこだ。」
と主人に聞いた。慌てふためいていた。
「ああ、ハンベエさんですか。ロキさんから、話には伺ってますよ。慌てて、どうされました。」
「とにかく、ロキの部屋はどこだ。」
「そこを入って、三つ目の・・・・・・」
ハンベエは主人の案内を全部聞くのももどかしく、指差された方角に進んで、扉を半ば蹴破るように開いた。
「ロキっ!」
ハンベエは叫ぶようにその名を呼んだ。
・・・・・・。
「ハンベエ、突然どうしたのお?」
そこには目を丸くして、ハンベエを見つめているロキがいた。
「ロキ・・・・・・。無事・・・・・・だったのか?」
モルフィネスの手下に攫われたものと、すっかり覚悟をしていたハンベエは、無事なロキの姿に、ちょっと調子が狂って、些か間抜けな声になった。同時に、今頃になって、どっと汗が吹き出してきた。
「・・・・・・無事か。無事で良かった。」
ハンベエはロキに走り寄ると、その両肩をつかんで揺すった。
それから、ハンベエは、
「怪しい奴が来なかったか?」
と尋ねた。
「怪しい奴なら来たぜ。」
不意に別の方向から、聞き覚えのある声がした。
ハンベエはハッとして、声のした方向に顔を向けた。
「俺がいるのにも気がつかないとは、余程気が動転しているようだな。」
なんとベッドにボーンが腰掛けて、ハンベエをニヤニヤしながら眺めていた。
「ロキを攫って行こうとしやがったので、ぶちのめして、そこに転がしてある。」
ボーンが顎で指した先には、ロキを尋ねて来たモルフィネスの手下が、手足を縛られ、猿轡を噛まされて床に転がっていた。気を失っているらしい。
あの時、ロキがドアを開けてその男を見た時、実は同じ部屋にボーンも居合わせたのだった。
ボーンは瞬時に気配を消して、男の死角に潜んだ。さすがにサイレント・キッチンの腕利きとして鳴らしているボーンである。陰形の術はお手のものだった。
そうとも知らないモルフィネスの手下は、ロキを気絶させ、さあ担いで行くかと腰を屈めたところをボーンに不意打ちされ、気絶させられてしまったのだった。
こういう時は、当て身と言って、みぞおちに拳を叩き込んで気を失わせるのが、割と時代劇等で目にする場面なのだが、ボーンはそれを忘れていたのか、それとも最初から知らなったのか、背後から男のこめかみに回し蹴りを叩き込んでいた。
一発蹴り込んで、もう一発と反対側の足を上げようとした時には、当たりどころが良かったと見えて、男は昏倒していた。
それから、ロキに活を入れて、男の方は手足をふん縛って床に転がしておいたわけである。
ボーンの蹴りが相当利いているものと見え、そのモルフィネスの手下は意識を取り戻す気振りさえ無い。
ハンベエはボーンを見てちょっと首を傾げていたが、やがて、くっくっくっと、体をひきつらせるようにして笑った。
「そう言えば、ボーンはそういう奴だったな。ふふっ・・・・・・いやいや、良くぞ居てくれた。」
そうなのである。ゲッソリナにいた頃も、ハンベエとロキが王宮に出かけていた間、ロキの借りていた部屋を我が物のように使っていたボーンは、今回もロキの部屋を根城にして探索を行っていたのだ。
そして、モルフィネスは、そんな事とは予想だにせず、手下に、不用意にも一人でロキを攫いに来させてしまった、という事になるのである。神ならぬ身であれば、後になれば随分間抜けな行動、とはままある事ではある。
「ボーンさんの活躍かっこ良かったんだよお。ハンベエにも見せたかったよお。そいつなんかまるっきり歯が立たなかったんだから。」
とロキは、いかにも楽しそうに言った。
「いや、ロキは気絶していて、見てないから。」
ボーンは苦笑混じりに言った。
「あはは、そうだったよお。」
相変わらずの少年ロキであった。
ハンベエは顔を緩めたが、ボーンの立ち回りを見られなかったのは、ちょっと残念な気がした。
最初出会った時から、ボーンが相当腕の立つ奴だという事は肌で感じているハンベエであるが、ボーンが闘うところは見ていない。
ついさっきまでは、ロキの身を案じて、慌てふためいていたハンベエであったが、ようやく、心が静まってきたようである。
「アルハインド族との戦争やら、色々騒がしい事になっているようだな。良かったら、何がどうなっているのか聞かせてもらえるかい。」
とボーンは、相変わらずニヤニヤしながら言った。
「だな。座るか。」
ハンベエはそう言うと、テーブルのところへ行って椅子に座った。他の二人も椅子を取って来て座り、三人は車座になって向き合った。
それから、ハンベエはアルハインド襲来から、さっきのモルフィネスとの会見に至るまでを可能な限り正確に話した。
ただし、イザベラに出会った一件だけは伏せておいた。さすがにロキに対してならともかく、ボーンにイザベラの話はまずかろうと思ったわけである。
勿論、ボーンがサイレント・キッチンの人間だからであるが、その一方でイザベラの件を知らせない事で、ボーンの負担を減らしてやったつもりでもあった。
全くもって身勝手な言い分であるが、ハンベエとしては、
(これでも俺は、ボーンの身を気遣ってやってるんだぜ。)
という具合に考えたのだった。
「バンケルク将軍がそんな酷い指示をしたのお。・・・・・・信じられないよお。・・・・・・オイラ、将軍に騙されてたのかなあ。」
ハンベエの話が終わると、ロキが元気のない顔で言った。最初、バンケルクにに目をかけられ、バンケルクを憂国の士、立派な人物であると信じ、王女エレナへの手紙を届ける役目を果たしたロキとしては、ハンベエの処遇の一件はともかく、今回の対アルハインド戦におけるバンケルクの第五連隊の扱いようは余程ショックなようであった。
「王女に剣を教えてる頃は、清廉な人物として知られていたんだが・・・・・・あの御仁、人が変わったみたいだな。」
ボーンがボソリと言った。
「昔のバンケルクを知っているのか?」
とハンベエがボーンの言葉を聞き咎めて言った。
「直接知りはしないが、今回の調査に当たって、バンケルクの人となりの、そこそこの情報は仕入れて来ている。」
「バンケルクって奴は、王女の剣の師らしいが、一体王女とはどんな関係なんだ。」
「うん?、剣の師弟だが・・・・・・まあ、事の始まりから言えば、あれは何年前だったかなあ。・・・・・・エレナ姫が十二歳の時だから、今から六年前か。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「どういうイキサツか分からないが、十二歳の王女エレナ姫が突然剣を学びたいと言いだしてな。周りはあまり賛成しなかったらしいんだが、放っておいても独りで、剣を振り回して、自己流の修行をする始末だったらしい。それなら、ちゃんとした師に付けて学ばせた方がいいだろうと、当時、タゴロローム守備軍の大隊長をしていたバンケルクが剣の腕と人柄を買われて、剣の師の役目を仰せつかったわけだ。」
「ふーん、剣の修行ねえ。王女は中々の腕前だとは察していたが。余程熱心に稽古したんだろうなあ。」
「さあその事よ。蝶よ花よと育てられた姫様が、その十二歳から十四歳までの間は、それこそ気が狂ったように毎日毎日剣の修行三昧、寝る間も惜しんで剣の修行、来る日も来る日も剣、剣、剣、まるで雉子の鳴き声のように、剣術一筋の日々を送った・・・・・・らしい。」
「十四歳まで?」
「とうとう二年後にはバンケルクがもう教える事はないとエレナ姫に言ったそうだ。その後、バンケルクは大抜擢を受けてタゴロロームの司令官に任じられたという事だ。」
ハンベエは二年と聞いて若干劣等感のようなものを感じた。
ハンベエが師のフデンから剣の教えを受けた期間は十歳から二十歳までの十年間、勿論、最初から厳しい鍛練が施されたわけではなく、ままごと遊びのようなところから順々に厳しさを増して行って免許皆伝に至ったわけであり、教育方針も違ったわけではあるが。
「二年かい、今感じている王女の腕前を考えると二年やそこらの修行で身につくものとも思えないが。」
ハンベエは首を捻りながら言った。無論の事、立ち合えば王女エレナ等打ち負かす自信はあるのだが、ハンベエ、我知らず競争心が煽られているようだ。
「さあ余程の天廩があったんじゃないかな?、それにバンケルクと離れた後も人知れず剣の修行を欠かしてないらしいからな。・・・・・・それよりも、バンケルクの話だ。ハンベエの話もそうだが、こっちへ調査に来てから、奴のいい話を聞かない。バンケルクめ、売春宿の同業組合を組織して、利益を吸い上げてやがる。推定だが、金貨にして二万枚近くにのぼる金をどっかに貯め込んだ計算になるぜ。」
「金貨二万枚・・・・・・」
「何を考えてそれほどの金を貯め込んでやがるのか。・・・・・・六年前は清廉で誠実な人柄と見込まれたはずなのになあ・・・・・・。」
「その金はどこにあるんだ?」
ハンベエは明らかに関心を持ったようだ。
「そこまではまだ分かっていない。突き止めたいところだが、一度ゲッソリナに戻って調査の中間報告をしなければならない。ん?・・・・・・ハンベエが金の話に興味を持つとは意外だな。」
「別に意外でもなんでもないさ。話したように、俺はコーデリアス閣下の遺言により第五連隊の指揮を引き受けた。連隊を再建するには、何よりまず金だ。」
「まさか?」
「そのまさかだよ。この際、そういう金なら、気の咎める事もないしな。」
「ふーん、案外バンケルクも何かの軍資金のつもりかも知れないな。内乱を予想しているらしいからな。」
「なるほど、奴には野心があるわけだ。」
「そうかも知れん。ところで、コーデリアスの遺言状を預かっている側近はどうしたんだ。」
「奴なら、二日前にゲッソリナに向かったよ。何故そんな事を聞く?」
「いや、無事にゲッソリナに着くといいがな。」
「・・・・・・。」
ボーンの言葉にハンベエは急に黙り込み、腕を組んだ。
「ボーン、ゲッソリナにはいつ発つんだ?」
しばらくして、ハンベエがボーンに尋ねた。
「明日にでも出発するつもりだが?」
「ロキが同行しても問題ないだろう?」
「・・・・・・うーん・・・・・・まあ、いいだろう。」
ボーンの返事を聞くと、ハンベエはロキに向き直り、懐からコーデリアスのもう一通の遺言状を取り出して言った。
「ロキ、頼みがある。これは、話に出て来たコーデリアス閣下のもう一通の遺言状だ。これを・・・・・・」
「分かった、王女様に届けるんだね。」
ロキはハンベエが皆まで言わないうちに、手を出して言った。
だが、ハンベエは首を振り、ロキには意外な事に、次のように言った。
「いや、宰相のラシャレーに届けてくれ。例によって、直接渡すと言って、直にラシャレーに会って来てくれ。そうして、この俺に代わって、ラシャレーがいかなる人物か、その正邪を見極めて来てくれ。」
「ええ、オイラが宰相閣下に会うの?」
「そうだ。俺は連隊から離れられない。お前しか頼める人間はいないんだ。」
「・・・・・・じゃあ、今回の件は王女様には内緒?」
「いや、それはロキの判断に任せる。王女に話したって一向に構わない。」
「しかし、オイラに人を見極めるなんてできるかなあ?」
「大丈夫だ。出会った時に、ロキは俺を見抜いたじゃないか。俺はロキを信じてるよ。」
この何を考えているか今一つ分からない、時に物騒な若者と十二歳の少年の信頼関係を、ボーンはさして奇妙とも思わず眺めていた。
「ところで、こいつはどうする?」
話が一段落したと見たボーンが、足で気を失ったままのモルフィネスの手下を軽く蹴って言った。
「そいつか・・・・・・煮て殺すなり、焼いて殺すなり・・・・・・八つ裂きにするなり・・・・・・好きに殺しといてくれ。」
ハンベエは、その男を憎々しげに見下ろしながら言った。
(おいおい、どうあっても殺すのかよ。余程ロキを襲った事が許せないようだな。まあ、俺もこいつに色々喋らせて、その後は生かしておくつもりはなかったがね。)
半ば苦笑混じりにボーンは思った。穏やかな上辺を装っていても、冷酷な諜報の世界を生きて来たボーンは、こういう場合、容赦は無かった。まして、子供を攫う等という任務を行う輩に掛ける情けは微塵も持ち合わせていない。
「ええー、殺しちゃうの。もう無抵抗な状態なのにい。」
ロキが顔色を曇らせた。
「仕方ないのさ、こういう世界で生きてる以上。こいつも覚悟の前だろうよ。ロキは目を瞑っててくれ。」
ボーンはロキに諭すように言った。
「ボーン、余計な事だが、ゲッソリナに戻ったら、ベルゼリット城の動きには気を配っといた方がいい気がするぜ。」
ハンベエはロキに封書を渡すと、何気無くボーンに言った。
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