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百十一 狡猾なりハンベエ(その四)
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ハンベエに弓部隊の編成を任されたモルフィネスは、手早く三千人を超える兵を纏め、訓練を始めた。同時に、鏃の改良にも手をつけ、短距離用、中距離用、長距離用の三種類を兵士に装備させ、水平射、打ち上げ、打ち下ろし等、仮想戦場に基づいて演習を繰り返した。
ハンベエの戦術改良指示も有り、演習の合間には、兵士同士で効果の検証も行わせていた。モルフィネスの訓練はそれまでのタゴゴローム守備軍の訓練を一変させていた。
ゴロデリア王国においては、基本的に武技は個人において鍛練するものになっている。
その結果、弓部隊の編成等においても、個人の力量により強弓を引く者、そうでない者、マチマチの能力の者が一律に弓兵士として編成されていた。
モルフィネスは、まずこの部分から変革に手を付けた。特に弓に秀でた者だけを集め、狙撃専従部隊を作った。
その一方、通常の弓兵士には射距離の平準化と一斉射撃の徹底を図った。
従来の弓攻撃では、一斉射撃といっても、思い思いに狙いを付けて矢を放つ為、敵の最前列の目立つ標的にのみ矢が集中しがちであった。
これをモルフィネスは徹底的に改めさせ、指揮官の指示に従い、一定の面に向かって平均的に矢が散布されるように指導した。
小隊単位、中隊単位、大隊単位、そして連隊単位で繰り返し、訓練と成果の検証が行われた。
弓の鍛練も個人的に行う事を半ば禁止し、集団としての射撃行動、訓練を徹底した。
モルフィネスからハンベエへ、長距離射撃におけるゴロデリア王国通常部隊の弓の有効射程距離は七十五メートルであるが、モルフィネス編成の弓部隊の有効射程は最長九十五メートルを記録したと報告された。有効射程八十五メートルなら、百撃って九十七達成できると云う。
「詰まり、どういう事だ。」
とハンベエは尋ねた。
「ステルポイジャン側が従来の戦術を変更しない場合は、こちらの弓部隊千人で向こうの弓部隊五千を圧倒できるという事だ。」
「・・・・・・。どんな計算だ?」
「有効射程と、一度に攻撃する面の比率だ。私の計算では、同数で撃ち合えば、一撃事に相手に五倍の死傷を与えるはずだ。」
「そんなに上手く行くもんか。」
「実戦になれば分かる。飛び道具は飛距離と、一回の攻撃範囲だ。準備の段階で勝敗の決まる、臨機応変のきかない世界だよ。」
モルフィネスは自信満々に言う。
ハンベエは疑わしげに首を捻ったが、何も言わず、モルフィネスの進める訓練を容認した。
ただ、思った事は、モルフィネスの思惑が成り立つには、相手側がモルフィネスの想定通りに今まで通りの戦術を変えない事とこちらの意図が察知されない事が前提となる。
ハンベエは鴉のクーちゃんに託して、ステルポイジャン軍の装備を探るようイザベラに依頼する一方、内通者やスパイがいないか、親衛隊兵士を使って内外に目を配った。
弓部隊は、集団射撃の精度を上げる努力の他に一風変わった装置を作った。
それは高所に人を置いて敵との距離を計る台座であった。ハンベエが兵士達に布告を行った訓示台に対抗したわけでは無いだろうが、高さは五メートルもあった。
台座の上には人が乗る。台座には楕円型の円盤が中心に心棒を通して垂直に横木に固定された。その円盤に長さ二・五メートルほどの棒を取り付け、棒の先端の上下に連動して円盤が回るようになっていた。更に棒の先端に照星となる三角の見通しを付け、その一方、円盤に傘の骨状に色違いの旗を取り付けている。
台座の上に乗った人間が突き出た棒を上下させ、先にある照星を前方の目標物に照準すると円盤にくっついている旗が目盛りとなって水平距離が分かる仕組みであった。
何度も照準と水平距離の調節を行い、真上を向いた旗の色で瞬時に照準した目標物との水平距離が分かるほどになった。これをモルフィネスは『測射の塔』と名付けた。
戦場で使用する予定であった。基礎の部分には車輪を付けて移動可能である。台座の上で照準を操る人間は相手から格好の的になるであろうから、鉄張りの板で囲って守るようにしてある。
実を言うと、『測射の塔』の発案者はロキであった。敵と交戦しながら、敵との距離を常に把握する上手い方法が無いかと思案していたモルフィネスがロキに何気なくいい知恵がないものかと漏らした時に、ロキが思い付きで言った物だった。二人はああでも無いこうでも無いと図面を引いたのであった。
ロキとモルフィネス! おやおや、犬猿の仲のはずであるこの二人が、手を携えて器具を設計・・・・・・したんだ。
王国金庫の一件でロキに非凡な一面を見つけたモルフィネスは、妙な情熱を起こした。
『磨いてみたい! どんな珠になるものやら』と云うわけだ。金物を磨くのはハンベエの暇潰しのようだが、モルフィネスはロキの一面に驚いて、突然後進の育成に目覚めてしまったのである。
『何だよお。』
と気持ち悪がられるのも何のその、『教えてやるから』と、押し売り日参、千度参り。
遂に根負けのロキが渋々応じると、数学、幾何学、歴史その他諸々と自分が習い覚えた知識を惜し気も無く授けた。
嫌々ながらも押し付け講義を受けてみると、その信用ならない人柄は何処へやら、知る事は勿体振る事無く、知らぬ事ははっきり知らぬと正直に、表裏飾らず懇切に教えてくれる。特段の他意無く、ただ好意の故と知れてみれば、師の影を踏まずの礼は取らねども、惜しみの無い肩入れに悪い気もしない。しかも授業料はタダ。
モルフィネスの一方的な、沖のアワビの片思いのキライの強い、みょうちきりんな関係では有ったが、ロキとはそれなりに交流を深めていた。
言い忘れたが、ロキは既にヘルデンと二人、ゴロデリア王国の西から騎馬民族の部隊三百騎を傭兵としてうまうまと連れ帰っていた。ハンベエもその部隊を引見しており、それに関わって一悶着あったのだが、その話は後に譲る事にする。
弓部隊とモルフィネスに話を戻そう。今現在モルフィネスが推し進めている変革構想は突然思い付いた等というものではない。既に何年も前から考えていたものだ。
それどころか、バンケルク時代にも積極的に進言したものであった。だが、名門モルフィネスを以ってしても、その変革が受け入れられる事は無かった。士官達の反対に逢ったのである。
ゴロデリア王国の軍事行動は小隊を最小単位としていた。戦術訓練や軍事行動も小隊に強く基礎を置くものだった。そして、モルフィネスの変革案に最も強く抵抗したのが、この小隊長達であった。
何故であろうか?
モルフィネスの変革は、組織行動の単位を切り上げ、中間的な指揮官の裁量を狭めるもので有ったからである。元来組織に浸かってしまっている人間は頑迷保守的な一面が強く、既に定められた命令系統や手順を変更される事を酷く嫌うものなのである。過去の成功例に縛られて、『今までこれで上手く行っているのに、何故変える必要がある』と反発する事が多い。
その上、己の裁量が狭められると感じた時は尚更である。
士官の抵抗にあっては、仮に画期的な変革であったとしても実現しない。それでも実現しようとすれば、流血が必要となったであろう。
だが、この時期のタゴロローム守備軍は別であった。何故なら、ハンベエがバンケルクを撃ち破り、その結果、組織そのものをぶっ壊してしまっていたからである。そして、意図せぬ成り行きとはいえ、従来の舵取であった士官達を追い出してしまっていた。
モルフィネスの戦術変革は易々と受け入れてしまった。
弓部隊の編成と同時進行的に槍部隊の編成調練も進められた。こちらの運営はドルバスに委ねられた。
元々ゴロデリア王国の兵制では弓兵、槍兵、剣士の三種類の兵士が設定されていた。
そして、軍隊の主力は剣士部隊であり、剣と盾で武装した剣士部隊が、敵の弓や槍を盾で防ぎながら圧力で押し切る戦い方が主流であった。
最小の軍事行動単位である小隊では士官の端くれである小隊長は騎上する。各剣士は、その小隊長を取り巻くように布陣し、指揮を受けながら押し進んで行く形になる。
逆に槍兵は騎馬隊に対抗する為に編成されるもので主流では無かった。
ただ、タゴロローム守備軍は王国の国境に配置され、アルハインドのような騎馬民族からの防衛の為に槍兵士の配分比率が高かったのである。
ゴロデリア王国における一般的戦争風景としては、まず弓部隊が矢を放って牽制を行い、次に剣士部隊が突撃して敵を押し込むという戦術が一般的であった。
無論、挟み撃ちや包囲等、陣形による戦術は普通に取られていたが、あくまで主力は剣士部隊であった。
ハンベエは逆にこの剣士部隊を、否、武装としての盾を廃止してしまった。
対騎馬用の長槍で兵士を武装させ、一斉突撃で敵を突き破る方が絶対に有利である、とこの若者は感じたのである。長い槍で突く、短い剣を振り回すより長い槍で突く方が圧倒的に有利だと単純に結論付けていた。
織田信長は鉄砲で有名であるが、織田家の長槍というのも有名であった。この日本史上屈指の天才戦術家も長槍を以って有効な武器と考えた。
更に云えば、長槍部隊についてはずっとずっと先駆者がいた。古代世界における大英雄、マケドニアのアレキサンダー王である。彼も又、鋼鉄製の長い槍を装備した部隊を主力にし、特別な訓練を施したとされる。
ハンベエは剣術使いである。剣には特別な思い入れが有る上、槍襖に取り囲まれても斬り破る自信が有る。現に、タゴゴロームで二百人のハンベエ抹殺部隊と戦った際も、十重二十重に囲む槍襖をものともしなかった。
が、しかし、集団戦においては長槍の方が有利であると、あっさりと見切った。
モルフィネスが弓において射程の長さを重視したように、長い武器の方が有利である、と単純で平凡な理に素直に服したのである。
剣術の得意な者の中にはは剣を以って戦う事に固執し、ハンベエに願い出た者もいたようだが、ハンベエは取り上げなかった。剣の玄奥は集団戦には応用の余地などないと言い切りそうな勢いだったらしい。
勿論、剣の使用を禁じたわけでもない。長槍の使用は突撃時における強制であって、その後、剣を抜いて戦おうが、槍で戦おうが、それは兵士個々人の自由である、臨機応変にされよ、とハンベエは言った。
こうして、モルフィネスの弓部隊、ドルバスの長槍部隊、二つの部隊を以ってタゴロローム守備軍の新部隊編成が進められた。
ついでながら、長槍部隊の小隊長は騎上する事を許されなかった。小隊の先頭に立って率先して敵部隊に槍で突撃するよう命ぜられたのであった。
長槍部隊の育成はすんなりと進んだわけでは無かった。
まず、最初の段階で、対騎馬用の槍は重過ぎる事が判明した。彼の槍は馬防柵等の内側から繰り出して敵を屠るのには有効でも、槍襖を作って突撃するには重過ぎるのである。直ぐに重さと長さの調節が行われた。結果、槍の長さが多少とも短くなったのは仕方のない事であった。
一方、ハンベエから命令されて行われている兵士達の戦術研究の場では、槍の長さが短くなって、突撃の際の威力が落ちる、勿体ない、何とかならないかという意見が多かった。
とは言っても、対騎馬用の長槍はドルバスやハンベエのような馬鹿力の持ち主ならともかく、一般の兵士にはやはり重過ぎた。
何とか突撃力を発揮する長槍の活用はないかと議論される内に思い出されたのは、ハンベエがアルハインドとの戦いの時に発案した、大八車に槍を備えつけて活用した方法であった。
早速、それを突撃戦術の中に組み込んだが、これには最低二人の兵士が必要であり、機動性に難が有った。どうしたものかと、兵士達が額を突き合わせているうちに、更に発想が飛躍した。車輪だけ有ればいいのではないかと言い出した者がいたのであった。
こうして出来た武器は全長八メートルも有る長槍の中ほどに一輪車を付け、槍の手前の部分をT字型にした手押し車の構造であった。全部の兵士にそれを使わせはしなかったが、部隊の最前列にはそれを配備して突撃する訓練が行われた。
さて、実戦でどの程度の効果が有るのか? 首を捻る部分もあるが、タゴロローム兵士達は圧倒的兵力のステルポイジャン達を恐れるよりも、むしろ新戦術、新兵器の効果への期待や好奇心から戦いを待ち望むようになっていた。
ハンベエの詐術はまんまと成功したと云える。
ハンベエの戦術改良指示も有り、演習の合間には、兵士同士で効果の検証も行わせていた。モルフィネスの訓練はそれまでのタゴゴローム守備軍の訓練を一変させていた。
ゴロデリア王国においては、基本的に武技は個人において鍛練するものになっている。
その結果、弓部隊の編成等においても、個人の力量により強弓を引く者、そうでない者、マチマチの能力の者が一律に弓兵士として編成されていた。
モルフィネスは、まずこの部分から変革に手を付けた。特に弓に秀でた者だけを集め、狙撃専従部隊を作った。
その一方、通常の弓兵士には射距離の平準化と一斉射撃の徹底を図った。
従来の弓攻撃では、一斉射撃といっても、思い思いに狙いを付けて矢を放つ為、敵の最前列の目立つ標的にのみ矢が集中しがちであった。
これをモルフィネスは徹底的に改めさせ、指揮官の指示に従い、一定の面に向かって平均的に矢が散布されるように指導した。
小隊単位、中隊単位、大隊単位、そして連隊単位で繰り返し、訓練と成果の検証が行われた。
弓の鍛練も個人的に行う事を半ば禁止し、集団としての射撃行動、訓練を徹底した。
モルフィネスからハンベエへ、長距離射撃におけるゴロデリア王国通常部隊の弓の有効射程距離は七十五メートルであるが、モルフィネス編成の弓部隊の有効射程は最長九十五メートルを記録したと報告された。有効射程八十五メートルなら、百撃って九十七達成できると云う。
「詰まり、どういう事だ。」
とハンベエは尋ねた。
「ステルポイジャン側が従来の戦術を変更しない場合は、こちらの弓部隊千人で向こうの弓部隊五千を圧倒できるという事だ。」
「・・・・・・。どんな計算だ?」
「有効射程と、一度に攻撃する面の比率だ。私の計算では、同数で撃ち合えば、一撃事に相手に五倍の死傷を与えるはずだ。」
「そんなに上手く行くもんか。」
「実戦になれば分かる。飛び道具は飛距離と、一回の攻撃範囲だ。準備の段階で勝敗の決まる、臨機応変のきかない世界だよ。」
モルフィネスは自信満々に言う。
ハンベエは疑わしげに首を捻ったが、何も言わず、モルフィネスの進める訓練を容認した。
ただ、思った事は、モルフィネスの思惑が成り立つには、相手側がモルフィネスの想定通りに今まで通りの戦術を変えない事とこちらの意図が察知されない事が前提となる。
ハンベエは鴉のクーちゃんに託して、ステルポイジャン軍の装備を探るようイザベラに依頼する一方、内通者やスパイがいないか、親衛隊兵士を使って内外に目を配った。
弓部隊は、集団射撃の精度を上げる努力の他に一風変わった装置を作った。
それは高所に人を置いて敵との距離を計る台座であった。ハンベエが兵士達に布告を行った訓示台に対抗したわけでは無いだろうが、高さは五メートルもあった。
台座の上には人が乗る。台座には楕円型の円盤が中心に心棒を通して垂直に横木に固定された。その円盤に長さ二・五メートルほどの棒を取り付け、棒の先端の上下に連動して円盤が回るようになっていた。更に棒の先端に照星となる三角の見通しを付け、その一方、円盤に傘の骨状に色違いの旗を取り付けている。
台座の上に乗った人間が突き出た棒を上下させ、先にある照星を前方の目標物に照準すると円盤にくっついている旗が目盛りとなって水平距離が分かる仕組みであった。
何度も照準と水平距離の調節を行い、真上を向いた旗の色で瞬時に照準した目標物との水平距離が分かるほどになった。これをモルフィネスは『測射の塔』と名付けた。
戦場で使用する予定であった。基礎の部分には車輪を付けて移動可能である。台座の上で照準を操る人間は相手から格好の的になるであろうから、鉄張りの板で囲って守るようにしてある。
実を言うと、『測射の塔』の発案者はロキであった。敵と交戦しながら、敵との距離を常に把握する上手い方法が無いかと思案していたモルフィネスがロキに何気なくいい知恵がないものかと漏らした時に、ロキが思い付きで言った物だった。二人はああでも無いこうでも無いと図面を引いたのであった。
ロキとモルフィネス! おやおや、犬猿の仲のはずであるこの二人が、手を携えて器具を設計・・・・・・したんだ。
王国金庫の一件でロキに非凡な一面を見つけたモルフィネスは、妙な情熱を起こした。
『磨いてみたい! どんな珠になるものやら』と云うわけだ。金物を磨くのはハンベエの暇潰しのようだが、モルフィネスはロキの一面に驚いて、突然後進の育成に目覚めてしまったのである。
『何だよお。』
と気持ち悪がられるのも何のその、『教えてやるから』と、押し売り日参、千度参り。
遂に根負けのロキが渋々応じると、数学、幾何学、歴史その他諸々と自分が習い覚えた知識を惜し気も無く授けた。
嫌々ながらも押し付け講義を受けてみると、その信用ならない人柄は何処へやら、知る事は勿体振る事無く、知らぬ事ははっきり知らぬと正直に、表裏飾らず懇切に教えてくれる。特段の他意無く、ただ好意の故と知れてみれば、師の影を踏まずの礼は取らねども、惜しみの無い肩入れに悪い気もしない。しかも授業料はタダ。
モルフィネスの一方的な、沖のアワビの片思いのキライの強い、みょうちきりんな関係では有ったが、ロキとはそれなりに交流を深めていた。
言い忘れたが、ロキは既にヘルデンと二人、ゴロデリア王国の西から騎馬民族の部隊三百騎を傭兵としてうまうまと連れ帰っていた。ハンベエもその部隊を引見しており、それに関わって一悶着あったのだが、その話は後に譲る事にする。
弓部隊とモルフィネスに話を戻そう。今現在モルフィネスが推し進めている変革構想は突然思い付いた等というものではない。既に何年も前から考えていたものだ。
それどころか、バンケルク時代にも積極的に進言したものであった。だが、名門モルフィネスを以ってしても、その変革が受け入れられる事は無かった。士官達の反対に逢ったのである。
ゴロデリア王国の軍事行動は小隊を最小単位としていた。戦術訓練や軍事行動も小隊に強く基礎を置くものだった。そして、モルフィネスの変革案に最も強く抵抗したのが、この小隊長達であった。
何故であろうか?
モルフィネスの変革は、組織行動の単位を切り上げ、中間的な指揮官の裁量を狭めるもので有ったからである。元来組織に浸かってしまっている人間は頑迷保守的な一面が強く、既に定められた命令系統や手順を変更される事を酷く嫌うものなのである。過去の成功例に縛られて、『今までこれで上手く行っているのに、何故変える必要がある』と反発する事が多い。
その上、己の裁量が狭められると感じた時は尚更である。
士官の抵抗にあっては、仮に画期的な変革であったとしても実現しない。それでも実現しようとすれば、流血が必要となったであろう。
だが、この時期のタゴロローム守備軍は別であった。何故なら、ハンベエがバンケルクを撃ち破り、その結果、組織そのものをぶっ壊してしまっていたからである。そして、意図せぬ成り行きとはいえ、従来の舵取であった士官達を追い出してしまっていた。
モルフィネスの戦術変革は易々と受け入れてしまった。
弓部隊の編成と同時進行的に槍部隊の編成調練も進められた。こちらの運営はドルバスに委ねられた。
元々ゴロデリア王国の兵制では弓兵、槍兵、剣士の三種類の兵士が設定されていた。
そして、軍隊の主力は剣士部隊であり、剣と盾で武装した剣士部隊が、敵の弓や槍を盾で防ぎながら圧力で押し切る戦い方が主流であった。
最小の軍事行動単位である小隊では士官の端くれである小隊長は騎上する。各剣士は、その小隊長を取り巻くように布陣し、指揮を受けながら押し進んで行く形になる。
逆に槍兵は騎馬隊に対抗する為に編成されるもので主流では無かった。
ただ、タゴロローム守備軍は王国の国境に配置され、アルハインドのような騎馬民族からの防衛の為に槍兵士の配分比率が高かったのである。
ゴロデリア王国における一般的戦争風景としては、まず弓部隊が矢を放って牽制を行い、次に剣士部隊が突撃して敵を押し込むという戦術が一般的であった。
無論、挟み撃ちや包囲等、陣形による戦術は普通に取られていたが、あくまで主力は剣士部隊であった。
ハンベエは逆にこの剣士部隊を、否、武装としての盾を廃止してしまった。
対騎馬用の長槍で兵士を武装させ、一斉突撃で敵を突き破る方が絶対に有利である、とこの若者は感じたのである。長い槍で突く、短い剣を振り回すより長い槍で突く方が圧倒的に有利だと単純に結論付けていた。
織田信長は鉄砲で有名であるが、織田家の長槍というのも有名であった。この日本史上屈指の天才戦術家も長槍を以って有効な武器と考えた。
更に云えば、長槍部隊についてはずっとずっと先駆者がいた。古代世界における大英雄、マケドニアのアレキサンダー王である。彼も又、鋼鉄製の長い槍を装備した部隊を主力にし、特別な訓練を施したとされる。
ハンベエは剣術使いである。剣には特別な思い入れが有る上、槍襖に取り囲まれても斬り破る自信が有る。現に、タゴゴロームで二百人のハンベエ抹殺部隊と戦った際も、十重二十重に囲む槍襖をものともしなかった。
が、しかし、集団戦においては長槍の方が有利であると、あっさりと見切った。
モルフィネスが弓において射程の長さを重視したように、長い武器の方が有利である、と単純で平凡な理に素直に服したのである。
剣術の得意な者の中にはは剣を以って戦う事に固執し、ハンベエに願い出た者もいたようだが、ハンベエは取り上げなかった。剣の玄奥は集団戦には応用の余地などないと言い切りそうな勢いだったらしい。
勿論、剣の使用を禁じたわけでもない。長槍の使用は突撃時における強制であって、その後、剣を抜いて戦おうが、槍で戦おうが、それは兵士個々人の自由である、臨機応変にされよ、とハンベエは言った。
こうして、モルフィネスの弓部隊、ドルバスの長槍部隊、二つの部隊を以ってタゴロローム守備軍の新部隊編成が進められた。
ついでながら、長槍部隊の小隊長は騎上する事を許されなかった。小隊の先頭に立って率先して敵部隊に槍で突撃するよう命ぜられたのであった。
長槍部隊の育成はすんなりと進んだわけでは無かった。
まず、最初の段階で、対騎馬用の槍は重過ぎる事が判明した。彼の槍は馬防柵等の内側から繰り出して敵を屠るのには有効でも、槍襖を作って突撃するには重過ぎるのである。直ぐに重さと長さの調節が行われた。結果、槍の長さが多少とも短くなったのは仕方のない事であった。
一方、ハンベエから命令されて行われている兵士達の戦術研究の場では、槍の長さが短くなって、突撃の際の威力が落ちる、勿体ない、何とかならないかという意見が多かった。
とは言っても、対騎馬用の長槍はドルバスやハンベエのような馬鹿力の持ち主ならともかく、一般の兵士にはやはり重過ぎた。
何とか突撃力を発揮する長槍の活用はないかと議論される内に思い出されたのは、ハンベエがアルハインドとの戦いの時に発案した、大八車に槍を備えつけて活用した方法であった。
早速、それを突撃戦術の中に組み込んだが、これには最低二人の兵士が必要であり、機動性に難が有った。どうしたものかと、兵士達が額を突き合わせているうちに、更に発想が飛躍した。車輪だけ有ればいいのではないかと言い出した者がいたのであった。
こうして出来た武器は全長八メートルも有る長槍の中ほどに一輪車を付け、槍の手前の部分をT字型にした手押し車の構造であった。全部の兵士にそれを使わせはしなかったが、部隊の最前列にはそれを配備して突撃する訓練が行われた。
さて、実戦でどの程度の効果が有るのか? 首を捻る部分もあるが、タゴロローム兵士達は圧倒的兵力のステルポイジャン達を恐れるよりも、むしろ新戦術、新兵器の効果への期待や好奇心から戦いを待ち望むようになっていた。
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