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百二十二 ヒョウホウ者の一分
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「何だまだ顔にも可愛さの残るヒョッコではござらぬか。」
頭から足の先、足の先から頭まで、と上から下までハンベエの姿を透し見るような仕草をしてみせながら、テッフネールが言った。無論、ハンベエの顔に可愛さなど残っていようはずもない。青二才め、と嘲る代わりに言ったのだ。
一方ハンベエは、せせら笑いの混じるテッフネールのセリフなど耳にも入っていないぜ、と言わんばかりの無関心さで、無言のまま『ヨシミツ』を抜き、斜め下段に構えた。
「ハンベエ、その若さで軍司令官とは異例の出世でござるな。座り心地はいかがでござる。」
無視を決め込むハンベエを前に、テッフネールはニヤニヤとからかいの言葉を止めない。
ハンベエは黙したまま動かず、じっと相手のマナコを見詰めた。
「ダンマリでござるかの。しかし、ハンベエ、早々に軍司令官自らのモテナシとは恐れ入ってござるよ。頼れる手下がおらぬのでござるか。」
「・・・・・・。」
「折角軍司令官まで上り詰めているのに、一介の刺客を自ら相手をするとは、命が惜しくはござらぬのか。」
「・・・・・・。」
「いやいや、命が惜しくないはずはござらぬの。みどもが町に入ってからの兵士達の警戒ぶり、意外に小心な心の底が透けて見えるでござる。」
「俺が小心者なのは間違ってないが、今回はお前がやって来るのを知っていただけの事さ。」
「ほう・・・・・・。噂は羽根が生えていると言うでござるから、既に聞こえておったでござるか。」
「いや、ステルポイジャンから報せが届いていたのさ。テッフネールという奴が俺を殺しに来るから気をつけろってな。」
「・・・・・・。」
思いもよらぬハンベエの一言に、今度はテッフネールが押し黙った。無論、ステルポイジャンから報せ云々は嘘も嘘、敵の動揺を誘わんとする真っ赤な出まかせであった。
窺うようにハンベエをしばし見詰めたテッフネールは、
「やれやれ、まだ若造のくせに相当腹黒いしたたか者のようでごさるな。どうトチ狂えばステルポイジャンがみどもの事をハンベエに知らせなどするのでござるかな。」
と口を歪めて言った。流石に、にやけた顔ではなくなっている。
「知らねえよ。心変わりは人の常。大方、お前の事が邪魔にでもなったんじゃねえか。」
「ふん、見え透いた手でござる。その程度のハッタリでみどもが動揺すると思うでござるか、ハンベエ。」
「さっきからハンベエハンベエと、・・・・・・敵の癖に心安げに俺の名前を呼ぶんじゃねえ。」
ハンベエはイラだった様子で吐き捨てると、いきなり間合いを詰めてテッフネールに斬り付けた。
相応じて、テッフネールも斬り返して来る。両者は駆け違って位置を入れ替えた。
ハンベエの左脇腹から右の脇にかけて服が切り裂かれていた。
この日のハンベエは鎖帷子、手甲脚半、鉢金までした完全武装であった。
テッフネールはハンベエの太刀を躱しつつ、刃を滑らすようにして、その衣服を切り裂いて見せたのである。上物の鎖帷子を着込んでいたため、刃はその上を滑っただけであったが、着用していなければテッフネールの刃はハンベエの体に吸い込まれるように入っていたであろう。
先制攻撃を掛けたが、ハンベエの一撃は僅かにテッフネールの肩口、服の布地を裂いたのみであった。
「ふっ、鎖帷子を着込んでいたでござるか。中々上等の鎖帷子のようでござるな。少しばかり太刀使いを変えねばならぬようでござるな。」
必殺であったはずの一撃が鎖帷子に阻まれてハンベエに手傷すら与えられなかったが、テッフネールは別段残念がる様子もない。
斬られた! フデンの下を辞してから、ハンベエにとっては初めての事であった。自分の刃は届かず、相手の刃に斬り裂かれたのである。ハンベエの顔色が蒼白に・・・・・・ならなかった。
この若者はどういう神経をしているのか、
「全く、用心ってのは、やっておくものだな。帷子着込んでいたお陰で、命拾いしたぜ。」
とふてぶてしく笑って見せたのである。
(鎖帷子が無ければ死んでいた・・・・・・だからどうした、鎖帷子は最初から着込んでいた、テッフネールの奴の一撃は俺に何の痛打も与えちゃいねえ。)
ハンベエは胸の内でそう嘯いていた。その横顔には些かの動揺も読み取れない。
「ほう、強がって見せるのが上手うござるの。顔色が少しも変わらぬのは大したものでござるが、お前の兵士達は心配そうに見ておるぞ、ハンベエ。」
テッフネールが再びにやついた顔に戻ってせせら笑っていた。
テッフネールの指摘したように、タゴロローム守備軍兵士達がざわめいていた。
「斬られた・・・・・・。」
「・・・・・・ハンベエが。」
まるで信じられぬものを見たかのように、大半の兵士が驚き、呆然としていた。
二人の戦いを見守る人の群れの中にいつの間にか、ロキが加わっていた。エレナもソルティアを従えて見に来ていた。
最初にテッフネールとヤイバを交えたドルバスも無言で見守っている。
「負けるもんか。ハンベエが負けたりするもんか。」
ロキは小さく呟き、歯を食いしばって、指の骨が砕けるかと思うほど、両の拳を、強く、強く、握りしめていた。
エレナに目を向けると、こちらは案じるような、祈るような、それでいて静かな眼で渦中の二人を見詰めていた。
その眼は、どうしようもないではないですか、と言っているようでもあった。
「戦っているのはこの俺だ。ぶっ殺してやるから、余計な心配すんな。」
爛っ、と鋭い目付きで相手を一睨みしてハンベエが吠えた。
眼前のテッフネールはにやけた顔のまま、だらりと刀を地に這わせ、ハンベエを打ち眺めている。
ハンベエは右肩上がりに『ヨシミツ』をかざすと、無言のまま再び斬り付けた。ハンベエの動きに合わせてテッフネールも斬り付けて来る。
両者は再び掛け違った。ハンベエの肩口が斬り裂かれた。鎖帷子を裂いて、かすり傷であるが、ハンベエの体に血が滲んでいる。流石に二撃目はハンベエもまともに喰らいはしなかった。しかし、今度は鎖帷子を斬り裂かれている。テッフネールの方でも太刀の使い方を変えたようだ。
ハンベエの刃は今回もテッフネールの身に届かなかった。ただ、相手の衣服の胸元を僅かに裂いたのみである。
ハンベエもテッフネールも塑像の如く感情の感じられない無表情で向き合っていた。
ハンベエが斬り付ける、テッフネールがこれに応じて駆け違って斬り返す、という動きが何度も繰り返された。
ハンベエが斬り付け、テッフネールが斬り返すと書いたが、それはホンの僅かな時間の差に過ぎず、周りから見ている者からは、二人は同時に斬り結び、駆け違っているようにしか見えない。
だが、同じように斬り付けているように見えて、斬り違える度に、ハンベエの体の何処かしらが斬り裂かれ、血が滲んでいた。
一方、優位に立っているはずのテッフネールであったが、少しづつハンベエへの不快感が増しているのに気付いた。
紙一重で躱し、まだかすり傷一つ受けていないが、ハンベエが放つ斬撃はテッフネールの体に僅かながら引き攣るような痛みを与えてるのだ。
かつてエルエスーデが放った『風刃剣』のように直接的な破壊力は持たないが、鋭い太刀風が通り過ぎるとその部分に肌が粟立つような感覚が起こる。その感覚が、テッフネールには甚だ不快であった。
ハンベエの斬撃が少しも衰えないのである。かすり傷とは言え、身に十余創を負い、テッフネール以上に厭な思いに囚われているはずのハンベエは少しの乱れも感じさせず、届かぬとは言え、衰える事のない鋭い斬撃を放ち続けて来るのだ。
この若造には恐怖心というものが無いのか、或いは有っても余程鈍くできているのか、とテッフネールは疑った。
ずいっ、とテッフネールは緩やかに剣尖を上げて一歩踏み出した。
次の瞬間、ハンベエを取り巻く空気が凍ったかと思うほど、ずしっと重みを増した。先にドルバスに対して放たれた金縛りの技である。
斬る! 振りかぶったままテッフネールが間合いを詰めた。
「ぬああっ。」
必殺の間合いに入り、テッフネールがハンベエを斬らんとしたその刹那、ハンベエは肺の中に炎を宿したかのような鋭い声を発し、同時に『ヨシミツ』を横に薙いだ。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
テッフネールは躱していた。ハンベエが声を発し、横薙ぎの初動に入った瞬間に後ろに跳んだのである。信じられないほどの反射神経であった。
外した。躱された。無表情なままのハンベエであったが、実はこの一撃は狙っていた一撃であった。必ず、テッフネールは金縛りの術を掛けて来る、その瞬間こそ、とハンベエは考えていたのである。
それが躱されてしまった。落胆すべきところであろう。しかし、それは許されない事であった。此処で気落ちなどしてしまっては、それこそ後はただ死への一本道である。ハンベエは何も思わず、テッフネールの次の動きに備える為に相手をじっと見詰めた。
幸か不幸か、ヒョウホウ者として心を鍛え上げて来たハンベエは感情を殺し、己の置かれた只その時の状況のみに精神を集中する事ができた。いや、その事自体がフデンの授けたヒョウホウという技術の本質であったのかも知れない。
跳び退いて躱したテッフネールは驚いた顔をしている。
「みどもの金縛りを破るとは、まだ二十歳そこそこの若造の癖をして、余程の修羅場を潜って来たものと見える。その技、何処で身に付けたのでござる。」
不可解千万と言わんばかりにテッフネールが言った。
「習ったのさ、我が師に。」
「師、ふっ、何という名でござる?」
「我が師の名はフデン。」
「フデン・・・・・・フデンじゃと、フデンとはあのフデンか。」
「どのフデンかは知らないが、我が師は有名なフデンらしいぜ。」
「しかし、フデンの一番弟子はガストランタと聞いてござるが。」
「奴は騙り者よ。」
「・・・・・・。」
「天にも地にも、フデンの弟子はこのハンベエ一人だ。」
「・・・・・・。なっ、なるほど。・・・・・・あのガストランタという輩よりは、ハンベエ、お前がフデンの弟子と聞く方が納得が行くでござる。」
「そうかい、ありがとうよ。」
「ふっ、ハンベエ。お前の話を初めて聞いた時から、どうにもいけ好かない若造だと感じていたが、フデンの弟子でござったとはの。気に入らぬはずでござるよ。」
「・・・・・・。」
「ふっ、天も味な事を致すでござるよ。こんな所でフデンの弟子と斬り合おうとは、そうと分かれば・・・・・・。斬り刻んでくれるでござる。覚悟は良いな。」
テッフネールは笑い声を上げた。それは狂笑とでも呼ぶべきような笑い声であった。
笑い声の終わりと共に、テッフネールは出し抜けにハンベエに斬り付けて来た。
頭から足の先、足の先から頭まで、と上から下までハンベエの姿を透し見るような仕草をしてみせながら、テッフネールが言った。無論、ハンベエの顔に可愛さなど残っていようはずもない。青二才め、と嘲る代わりに言ったのだ。
一方ハンベエは、せせら笑いの混じるテッフネールのセリフなど耳にも入っていないぜ、と言わんばかりの無関心さで、無言のまま『ヨシミツ』を抜き、斜め下段に構えた。
「ハンベエ、その若さで軍司令官とは異例の出世でござるな。座り心地はいかがでござる。」
無視を決め込むハンベエを前に、テッフネールはニヤニヤとからかいの言葉を止めない。
ハンベエは黙したまま動かず、じっと相手のマナコを見詰めた。
「ダンマリでござるかの。しかし、ハンベエ、早々に軍司令官自らのモテナシとは恐れ入ってござるよ。頼れる手下がおらぬのでござるか。」
「・・・・・・。」
「折角軍司令官まで上り詰めているのに、一介の刺客を自ら相手をするとは、命が惜しくはござらぬのか。」
「・・・・・・。」
「いやいや、命が惜しくないはずはござらぬの。みどもが町に入ってからの兵士達の警戒ぶり、意外に小心な心の底が透けて見えるでござる。」
「俺が小心者なのは間違ってないが、今回はお前がやって来るのを知っていただけの事さ。」
「ほう・・・・・・。噂は羽根が生えていると言うでござるから、既に聞こえておったでござるか。」
「いや、ステルポイジャンから報せが届いていたのさ。テッフネールという奴が俺を殺しに来るから気をつけろってな。」
「・・・・・・。」
思いもよらぬハンベエの一言に、今度はテッフネールが押し黙った。無論、ステルポイジャンから報せ云々は嘘も嘘、敵の動揺を誘わんとする真っ赤な出まかせであった。
窺うようにハンベエをしばし見詰めたテッフネールは、
「やれやれ、まだ若造のくせに相当腹黒いしたたか者のようでごさるな。どうトチ狂えばステルポイジャンがみどもの事をハンベエに知らせなどするのでござるかな。」
と口を歪めて言った。流石に、にやけた顔ではなくなっている。
「知らねえよ。心変わりは人の常。大方、お前の事が邪魔にでもなったんじゃねえか。」
「ふん、見え透いた手でござる。その程度のハッタリでみどもが動揺すると思うでござるか、ハンベエ。」
「さっきからハンベエハンベエと、・・・・・・敵の癖に心安げに俺の名前を呼ぶんじゃねえ。」
ハンベエはイラだった様子で吐き捨てると、いきなり間合いを詰めてテッフネールに斬り付けた。
相応じて、テッフネールも斬り返して来る。両者は駆け違って位置を入れ替えた。
ハンベエの左脇腹から右の脇にかけて服が切り裂かれていた。
この日のハンベエは鎖帷子、手甲脚半、鉢金までした完全武装であった。
テッフネールはハンベエの太刀を躱しつつ、刃を滑らすようにして、その衣服を切り裂いて見せたのである。上物の鎖帷子を着込んでいたため、刃はその上を滑っただけであったが、着用していなければテッフネールの刃はハンベエの体に吸い込まれるように入っていたであろう。
先制攻撃を掛けたが、ハンベエの一撃は僅かにテッフネールの肩口、服の布地を裂いたのみであった。
「ふっ、鎖帷子を着込んでいたでござるか。中々上等の鎖帷子のようでござるな。少しばかり太刀使いを変えねばならぬようでござるな。」
必殺であったはずの一撃が鎖帷子に阻まれてハンベエに手傷すら与えられなかったが、テッフネールは別段残念がる様子もない。
斬られた! フデンの下を辞してから、ハンベエにとっては初めての事であった。自分の刃は届かず、相手の刃に斬り裂かれたのである。ハンベエの顔色が蒼白に・・・・・・ならなかった。
この若者はどういう神経をしているのか、
「全く、用心ってのは、やっておくものだな。帷子着込んでいたお陰で、命拾いしたぜ。」
とふてぶてしく笑って見せたのである。
(鎖帷子が無ければ死んでいた・・・・・・だからどうした、鎖帷子は最初から着込んでいた、テッフネールの奴の一撃は俺に何の痛打も与えちゃいねえ。)
ハンベエは胸の内でそう嘯いていた。その横顔には些かの動揺も読み取れない。
「ほう、強がって見せるのが上手うござるの。顔色が少しも変わらぬのは大したものでござるが、お前の兵士達は心配そうに見ておるぞ、ハンベエ。」
テッフネールが再びにやついた顔に戻ってせせら笑っていた。
テッフネールの指摘したように、タゴロローム守備軍兵士達がざわめいていた。
「斬られた・・・・・・。」
「・・・・・・ハンベエが。」
まるで信じられぬものを見たかのように、大半の兵士が驚き、呆然としていた。
二人の戦いを見守る人の群れの中にいつの間にか、ロキが加わっていた。エレナもソルティアを従えて見に来ていた。
最初にテッフネールとヤイバを交えたドルバスも無言で見守っている。
「負けるもんか。ハンベエが負けたりするもんか。」
ロキは小さく呟き、歯を食いしばって、指の骨が砕けるかと思うほど、両の拳を、強く、強く、握りしめていた。
エレナに目を向けると、こちらは案じるような、祈るような、それでいて静かな眼で渦中の二人を見詰めていた。
その眼は、どうしようもないではないですか、と言っているようでもあった。
「戦っているのはこの俺だ。ぶっ殺してやるから、余計な心配すんな。」
爛っ、と鋭い目付きで相手を一睨みしてハンベエが吠えた。
眼前のテッフネールはにやけた顔のまま、だらりと刀を地に這わせ、ハンベエを打ち眺めている。
ハンベエは右肩上がりに『ヨシミツ』をかざすと、無言のまま再び斬り付けた。ハンベエの動きに合わせてテッフネールも斬り付けて来る。
両者は再び掛け違った。ハンベエの肩口が斬り裂かれた。鎖帷子を裂いて、かすり傷であるが、ハンベエの体に血が滲んでいる。流石に二撃目はハンベエもまともに喰らいはしなかった。しかし、今度は鎖帷子を斬り裂かれている。テッフネールの方でも太刀の使い方を変えたようだ。
ハンベエの刃は今回もテッフネールの身に届かなかった。ただ、相手の衣服の胸元を僅かに裂いたのみである。
ハンベエもテッフネールも塑像の如く感情の感じられない無表情で向き合っていた。
ハンベエが斬り付ける、テッフネールがこれに応じて駆け違って斬り返す、という動きが何度も繰り返された。
ハンベエが斬り付け、テッフネールが斬り返すと書いたが、それはホンの僅かな時間の差に過ぎず、周りから見ている者からは、二人は同時に斬り結び、駆け違っているようにしか見えない。
だが、同じように斬り付けているように見えて、斬り違える度に、ハンベエの体の何処かしらが斬り裂かれ、血が滲んでいた。
一方、優位に立っているはずのテッフネールであったが、少しづつハンベエへの不快感が増しているのに気付いた。
紙一重で躱し、まだかすり傷一つ受けていないが、ハンベエが放つ斬撃はテッフネールの体に僅かながら引き攣るような痛みを与えてるのだ。
かつてエルエスーデが放った『風刃剣』のように直接的な破壊力は持たないが、鋭い太刀風が通り過ぎるとその部分に肌が粟立つような感覚が起こる。その感覚が、テッフネールには甚だ不快であった。
ハンベエの斬撃が少しも衰えないのである。かすり傷とは言え、身に十余創を負い、テッフネール以上に厭な思いに囚われているはずのハンベエは少しの乱れも感じさせず、届かぬとは言え、衰える事のない鋭い斬撃を放ち続けて来るのだ。
この若造には恐怖心というものが無いのか、或いは有っても余程鈍くできているのか、とテッフネールは疑った。
ずいっ、とテッフネールは緩やかに剣尖を上げて一歩踏み出した。
次の瞬間、ハンベエを取り巻く空気が凍ったかと思うほど、ずしっと重みを増した。先にドルバスに対して放たれた金縛りの技である。
斬る! 振りかぶったままテッフネールが間合いを詰めた。
「ぬああっ。」
必殺の間合いに入り、テッフネールがハンベエを斬らんとしたその刹那、ハンベエは肺の中に炎を宿したかのような鋭い声を発し、同時に『ヨシミツ』を横に薙いだ。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
テッフネールは躱していた。ハンベエが声を発し、横薙ぎの初動に入った瞬間に後ろに跳んだのである。信じられないほどの反射神経であった。
外した。躱された。無表情なままのハンベエであったが、実はこの一撃は狙っていた一撃であった。必ず、テッフネールは金縛りの術を掛けて来る、その瞬間こそ、とハンベエは考えていたのである。
それが躱されてしまった。落胆すべきところであろう。しかし、それは許されない事であった。此処で気落ちなどしてしまっては、それこそ後はただ死への一本道である。ハンベエは何も思わず、テッフネールの次の動きに備える為に相手をじっと見詰めた。
幸か不幸か、ヒョウホウ者として心を鍛え上げて来たハンベエは感情を殺し、己の置かれた只その時の状況のみに精神を集中する事ができた。いや、その事自体がフデンの授けたヒョウホウという技術の本質であったのかも知れない。
跳び退いて躱したテッフネールは驚いた顔をしている。
「みどもの金縛りを破るとは、まだ二十歳そこそこの若造の癖をして、余程の修羅場を潜って来たものと見える。その技、何処で身に付けたのでござる。」
不可解千万と言わんばかりにテッフネールが言った。
「習ったのさ、我が師に。」
「師、ふっ、何という名でござる?」
「我が師の名はフデン。」
「フデン・・・・・・フデンじゃと、フデンとはあのフデンか。」
「どのフデンかは知らないが、我が師は有名なフデンらしいぜ。」
「しかし、フデンの一番弟子はガストランタと聞いてござるが。」
「奴は騙り者よ。」
「・・・・・・。」
「天にも地にも、フデンの弟子はこのハンベエ一人だ。」
「・・・・・・。なっ、なるほど。・・・・・・あのガストランタという輩よりは、ハンベエ、お前がフデンの弟子と聞く方が納得が行くでござる。」
「そうかい、ありがとうよ。」
「ふっ、ハンベエ。お前の話を初めて聞いた時から、どうにもいけ好かない若造だと感じていたが、フデンの弟子でござったとはの。気に入らぬはずでござるよ。」
「・・・・・・。」
「ふっ、天も味な事を致すでござるよ。こんな所でフデンの弟子と斬り合おうとは、そうと分かれば・・・・・・。斬り刻んでくれるでござる。覚悟は良いな。」
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