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過去の僕に時間を割くのはどう考えてもおかしい
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「なるほどな」
翌日、下宿先近くのファミレスに高木を呼び出した僕は今日見た夢を聞かせた。高木は「大学外で食事するのは久しぶりだ」とか言って、和風ハンバーグを一口サイズに切っていた。
「どう思う?」
「どう思う、って言われてもな」
高木はフォークに刺したハンバーグを口に入れて、飲み込んだ。
「俺はまだ信じられないんだが、丹野が嘘をついている訳じゃないのは分かった」
「なら、なんか考えられないか」
「そうだな、逆に今のお前が夢の中だという可能性はないか?」
そんな馬鹿な、とは思うが、考えてみれば夢の中にいる自分は起きるまで気づいていない。夢の中で夢に気づく『明晰夢』なんて現象もあるらしいが、僕は経験したことがない。
「ここが現実だとどうやって証明すればいいんだよ」
「さあな。頬でもつねってみれば良いんじゃないか」
本人も期待はしていないのか、発言に間があった。
「そんな古典的な」と言いつつも、頬をつねってみる。人差し指と親指で挟まれた頬は脳にじんわりとした痛みを伝えていた。
「うーん、変わらんな」
頬を撫でながら、歪んだり霞んだりする気配のない店内の様子を眺める。高木はメニューを開いていた。まだ何か頼む気なのか。
「そうか、言っておいて悪いが、痛みで夢から覚めることはない。夢の中でも脳はちゃんと痛みに反応してるからな」
「うそだろ。俺の痛みを返せよ」
よく見ると、メニューで顔は見えないが、肩が震えている。笑うのを隠してたのか。肩の動きが止まると、口元は怪しいまま、高木は言った。
「SFの世界だな。今、丹野は二つの夢もしくは、二つの現実を持つわけだ。しかも、片方は六年前と来ている。一種のタイムリープものじゃないか」
「なあ、よくSFの世界だと過去に飛んで、歴史を変えたら今の未来も変わってるなんてことがあるが、そんなこと本当に出来るのか?」
僕の口調から何かを感じたのか、高木は少し眉を寄せた。
「何を考えているかはわかる。中里美希のことだろう? もし過去で彼女を救えたら、そんなところか」
僕が頷くと、高木は首を振った。
「意味がないな。よく考えてみろ。向こうの中里を救ったとしても、こっちの中里が生き返るわけじゃない。過去は変えられない。向こうの自分を助けたいのなら止めはしないが、辛い選択だぞ」
「辛いってなんだよ。助けられるならその方がいいだろ」
「分からないか。人はやり直せないから、割り切って生きていける。じゃあ、もし助けることができる未来があったとしたら? 次はその現実と比較することになる。救えた自分と、救えなかった自分。後者のお前は今の人生に後悔なく生きていけるか?」
僕は俯く。ブラックコーヒーに自分の顔が映った。ようやく高木の言っている意味が分かる。今でさえ、何かできたのではと後悔しているのだ。だが、どうすることも出来なかった。そう思うことで、ある程度割り切ってきたし、周りからも慰められた。もし助けられる未来が見えるなら。僕はさらに後悔することになる。
「まぁ、よく考えてみるんだな。決めるのは丹野自身だ。それでも助けるというのなら、知恵ぐらいなら、いつでも貸すさ」
僕は顔を上げた。高木は神妙な面持ちでコーヒーを飲んでいた。
「ありがとう」
「気にするな。正直言うと、俺は面白そうだと思っているぞ」
それは、思っていても言うもんじゃない。
夜、僕はパソコンを開き、就活の選考具合をエクセルでまとめていた。エントリー予定企業の一覧にそれぞれ書類提出、一次選考、二次面接、最終面接の欄を設ける。企業によって違いはあれど道のりは長い。
一息つくと、どうも事件のことが気になり出した。パソコンをネットに繋げる。『中里美希』と本名を入れて検索する。
結果は、ゼロ。
検索結果に出てくるものは、姓名判断のサイトと、同姓同名らしい人物のSNSのみで、彼女自身のSNSは見当たらない。やっていなかったのか、自殺の前に消したのか。今となっては分からない。やはり、事件に関わる内容は全く出ていなかった。高校のホームページを見ても書いてはいない。どれくらい時間が経っただろうか。気づいて時計を見る頃には午後十時を回っていた。
過去の自分を助けても今の自分に影響がないとしたら、残るのは後悔だけ。それは正しいのだろう。でも、未来を知っている僕にはただ傍観していることが出来るのか。
僕はスマホを取って電話をかける。数秒で繋がった。少しくぐもった音がした後、高木の声が聞こえた。
「どうした? ファミレスで忘れものでもしたのか?」
「いいや、さっきの続きだ。高木は言ってたよな、『夢の中でも脳はちゃんと痛みに反応してる』って」
「ああ、言ったな。それがどうした?」
「だとしたら、これは自分の問題でもある」
少し無言の後、「なるほど」と呟く声が聞こえた。
「それが、丹野の答えか」
「まあな。だから、自分なりに探してみるよ。何か情報が残ってないか色々当たってみようかと思ってる」
「それじゃあ、俺から一つお願いがあるんだが」と、高木が息を吸うのが気配で分かった。
「今日徹夜しようぜ」
翌日、下宿先近くのファミレスに高木を呼び出した僕は今日見た夢を聞かせた。高木は「大学外で食事するのは久しぶりだ」とか言って、和風ハンバーグを一口サイズに切っていた。
「どう思う?」
「どう思う、って言われてもな」
高木はフォークに刺したハンバーグを口に入れて、飲み込んだ。
「俺はまだ信じられないんだが、丹野が嘘をついている訳じゃないのは分かった」
「なら、なんか考えられないか」
「そうだな、逆に今のお前が夢の中だという可能性はないか?」
そんな馬鹿な、とは思うが、考えてみれば夢の中にいる自分は起きるまで気づいていない。夢の中で夢に気づく『明晰夢』なんて現象もあるらしいが、僕は経験したことがない。
「ここが現実だとどうやって証明すればいいんだよ」
「さあな。頬でもつねってみれば良いんじゃないか」
本人も期待はしていないのか、発言に間があった。
「そんな古典的な」と言いつつも、頬をつねってみる。人差し指と親指で挟まれた頬は脳にじんわりとした痛みを伝えていた。
「うーん、変わらんな」
頬を撫でながら、歪んだり霞んだりする気配のない店内の様子を眺める。高木はメニューを開いていた。まだ何か頼む気なのか。
「そうか、言っておいて悪いが、痛みで夢から覚めることはない。夢の中でも脳はちゃんと痛みに反応してるからな」
「うそだろ。俺の痛みを返せよ」
よく見ると、メニューで顔は見えないが、肩が震えている。笑うのを隠してたのか。肩の動きが止まると、口元は怪しいまま、高木は言った。
「SFの世界だな。今、丹野は二つの夢もしくは、二つの現実を持つわけだ。しかも、片方は六年前と来ている。一種のタイムリープものじゃないか」
「なあ、よくSFの世界だと過去に飛んで、歴史を変えたら今の未来も変わってるなんてことがあるが、そんなこと本当に出来るのか?」
僕の口調から何かを感じたのか、高木は少し眉を寄せた。
「何を考えているかはわかる。中里美希のことだろう? もし過去で彼女を救えたら、そんなところか」
僕が頷くと、高木は首を振った。
「意味がないな。よく考えてみろ。向こうの中里を救ったとしても、こっちの中里が生き返るわけじゃない。過去は変えられない。向こうの自分を助けたいのなら止めはしないが、辛い選択だぞ」
「辛いってなんだよ。助けられるならその方がいいだろ」
「分からないか。人はやり直せないから、割り切って生きていける。じゃあ、もし助けることができる未来があったとしたら? 次はその現実と比較することになる。救えた自分と、救えなかった自分。後者のお前は今の人生に後悔なく生きていけるか?」
僕は俯く。ブラックコーヒーに自分の顔が映った。ようやく高木の言っている意味が分かる。今でさえ、何かできたのではと後悔しているのだ。だが、どうすることも出来なかった。そう思うことで、ある程度割り切ってきたし、周りからも慰められた。もし助けられる未来が見えるなら。僕はさらに後悔することになる。
「まぁ、よく考えてみるんだな。決めるのは丹野自身だ。それでも助けるというのなら、知恵ぐらいなら、いつでも貸すさ」
僕は顔を上げた。高木は神妙な面持ちでコーヒーを飲んでいた。
「ありがとう」
「気にするな。正直言うと、俺は面白そうだと思っているぞ」
それは、思っていても言うもんじゃない。
夜、僕はパソコンを開き、就活の選考具合をエクセルでまとめていた。エントリー予定企業の一覧にそれぞれ書類提出、一次選考、二次面接、最終面接の欄を設ける。企業によって違いはあれど道のりは長い。
一息つくと、どうも事件のことが気になり出した。パソコンをネットに繋げる。『中里美希』と本名を入れて検索する。
結果は、ゼロ。
検索結果に出てくるものは、姓名判断のサイトと、同姓同名らしい人物のSNSのみで、彼女自身のSNSは見当たらない。やっていなかったのか、自殺の前に消したのか。今となっては分からない。やはり、事件に関わる内容は全く出ていなかった。高校のホームページを見ても書いてはいない。どれくらい時間が経っただろうか。気づいて時計を見る頃には午後十時を回っていた。
過去の自分を助けても今の自分に影響がないとしたら、残るのは後悔だけ。それは正しいのだろう。でも、未来を知っている僕にはただ傍観していることが出来るのか。
僕はスマホを取って電話をかける。数秒で繋がった。少しくぐもった音がした後、高木の声が聞こえた。
「どうした? ファミレスで忘れものでもしたのか?」
「いいや、さっきの続きだ。高木は言ってたよな、『夢の中でも脳はちゃんと痛みに反応してる』って」
「ああ、言ったな。それがどうした?」
「だとしたら、これは自分の問題でもある」
少し無言の後、「なるほど」と呟く声が聞こえた。
「それが、丹野の答えか」
「まあな。だから、自分なりに探してみるよ。何か情報が残ってないか色々当たってみようかと思ってる」
「それじゃあ、俺から一つお願いがあるんだが」と、高木が息を吸うのが気配で分かった。
「今日徹夜しようぜ」
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