自宅アパート一棟と共に異世界へ 蔑まれていた令嬢に転生(?)しましたが、自由に生きることにしました

如月 雪名

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<外伝> 椎名 賢也

椎名 賢也 71 迷宮都市 地下8階 飲食店の開店

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 店の営業時間は朝6時~夜6時。
 日曜日は教会の炊き出しがあるので、休日にするそうだ。
 店が冒険者ギルドに近いので、ターゲット層は冒険者になるだろう。
 営業開始を水曜日と決めた沙良は、母親達の指導をしながら野菜屋の店主に毎日店へ玉ねぎを40個配送してくれるよう頼み、肉屋ではファングボア肉を直接納品するから、部位別に解体した物をお店の人間が来たら渡してほしいと交渉していた。
 その際、3体以上卸してくれるなら条件を呑むと言われ、沙良が了解する。
 それにより、毎週換金時にはファングボア肉を4体分引き取る事になった。
 この世界には冷蔵庫がないため、店の分を肉屋で保管してくれるなら母親達は材料の心配をしなくて済む。なかなか賢いやり方だ。
 俺達は、肉うどんの材料となる乾麺を袋から取り出し、旭が持っていたマジックバッグ3㎥に入れ、すき焼きのタレを素焼きの壺に入れ替える作業に追われた。

「沙良、どうしてメニューを肉うどんにしたんだ?」

 まさか主食を異世界にないうどんに変えるとは思わず、たずねてみる。

「う~ん。飲食店なら、他の店にないメニューの方がいいと思って。あとは、提供の早さを考えたら麺類が最適でしょ? ラーメンより、この世界の材料で作れそうなうどんにしたの。今は乾麺を使うけど、いずれ手打ちうどんにする心算つもりだしね」

「すき焼のタレを使用する時点で、この世界の材料だけじゃ作れないだろう」

 提供の早さには同意するが……俺は矛盾点を沙良に指摘する。

「味の差別化を図ろうとするなら、塩以外の調味料は必要だよ! 迷宮都市のダンジョンは30階層もあるんだから、しばらく私達は拠点を変更しないし大丈夫」

 そう言って胸を張る妹に旭が声を掛けた。

「沙良ちゃん、主食をパン以外にするなんてチャレンジャーだね~。でも異世界にない珍しい食べ物だから、当たれば人気店になるよ!」

「彼女達のお給料が払えるくらい、利益が出ればいいんだけど……」

 メニューに関しては自信があるようだが、こればかりは実際店を営業してみなければ分からず、沙良も不安に思っているんだろう。
 俺は利益より、目立ち過ぎやしないか心配だった。
 店の事は全て任せると言った手前、今更メニューを変更させるわけにはいかない。
 もし厄介やっかいな事態になったら、店を撤収して親子達と別の都市へ移動しようと密かに決めた。

 そして迎えた営業開始の水曜日。
 初日は開店セールで、肉うどん鉄貨7枚(700円)を鉄貨5枚(500円)で提供し、俺と旭は用心棒を兼ねて店内の隅に立つ。
 沙良は子供達と一緒に呼び込みをすると言い、店を出た。
 店の前には、「本日開店記念! 肉うどん鉄貨5枚」と書いた看板(書いて消せる物)を立ててある。
 この世界の人は10歳で冒険者登録をして小遣い稼ぎを始めるからか、意外にも識字率が高い。
 冒険者ギルドで常設依頼や魔物情報を読む必要があるので、庶民が通える学校がなくても親が教えているみたいだ。
 魔物を換金する時は、足し算や掛け算などの簡単な計算も理解しているように見える。
 看板を読んで、足を止める人もいるだろう。

 朝6時の開店と同時に、沙良達の呼び込みにつられた客が数人入ってきた。
 緊張した様子で注文を取る母親を横目に、提供された肉うどんを見た客の表情を観察する。
 皆一様に不思議そうな顔をしてから、フォークでうどんをすくい食べ始めた。
 
「美味い! この甘辛い肉の味が最高だな!」

 うどんをフォークで掬うのは食べにくそうだが、塩以外の調味料の味は受け入れられたみたいだ。むしろ絶賛している。
 なかなか好感触のようで、会計時には「また来るよ!」と母親達に声を掛ける客もいた。
 その後も、ぽつぽつと食べに来る客は途絶えず、営業終わりに集計した結果は56食だった。
 営業2日目は肉うどんの価格を鉄貨7枚(700円)に戻し、売り上げは65食。
 営業3日目の売り上げは82食。営業4日目の売り上げは101食。
 この4日間で順調に客足が伸び、今後は100食が売り切れたら営業を終了する事にした。
 1週間の内6日営業で、鉄貨7枚×100食×6日×4週間=鉄貨16,800枚(168万円)なら、母親達の給料を無理なく支払える売り上げだ。
 初期投資の費用も一年で回収出来るだろう。
 
 日曜日。教会の炊き出しを母親達が手伝うようになり、俺はスープ係から外された。
 人数が5人増えたので、沙良は大量の野菜を切る役目から解放され嬉しそうだ。
 店の従業員になった母親達も、客から「美味しい」と言われ、やる気に満ちている。
 1週間前とは別人のようにテキパキと動き、楽しそうに笑っていた。
 親子の支援が間に合って本当に良かったな。

 子供達が集まってくると、俺と旭はドライアプリコットが入った巾着を交換し、パンを配り始めた。
 具沢山スープを飲み笑顔になった子供達を見ながら、旭が治療する機会はいつになるだろうかと考える。
 沙良は冒険者を治療した金を充て、家を購入する予定でいるだろうから、なるべく早い方がいい。
 明日から攻略する地下8階は、アンデッドばかりなので怪我人は出そうにないな。
 大型ダンジョンを攻略するのはB級冒険者以上だと考えれば、迷宮都市ダンジョン特有の魔物が出現する地下10階辺りか……。
 路上生活をしている子供達が、安全な家に住めるようになるのは1ヶ月後だ。
 そんな事を思いながら子供達を見送った。

 月曜日。冒険者ギルドで地下8階の地図(銀貨80枚)を購入して、乗合馬車に乗る。
 地下8階の安全地帯まで駆け抜けマジックテントを設置後、この階層の常設依頼を確認した。

【ダンジョン地下8階 常設依頼 C級】
 ゾンビ1匹 銀貨5枚(魔石)
 グール1匹 銀貨5枚(魔石)
 スケルトン1匹 銀貨5枚(魔石)
 ゴースト1体 銀貨5枚(魔石)
 リビングアーマ1体 金貨5枚(魔石・本体必要) 
 リッチ1体 金貨5枚(魔石・杖必要)

 予想通り、旭が呼び出したオリハルコンゴーレムはなかった。
 どう考えても、地下8階に出現する魔物じゃないよな。
 リースナーの冒険者ギルドはもうかっていそうだが……。
 攻略を始めると、沙良がそれとなく俺と旭から少し離れた場所に移動する。
 アンデッドは臭いが強烈だから、魔物の近くにいたくないんだろう。
 ホーリーが使える俺達で無双してやるさ。

 二人でアンデッド系の魔物を魔石に変えると、臭いが消えた頃に沙良が魔石や装備を回収しに来る。
 魔石を取り出す必要がない魔物ばかりだからか、攻略中なのに沙良は鼻歌を歌いながら散歩でもしているかのようだ。
 たまに、演歌を挟むのは勘弁してくれ! 
 それにしても常設依頼にないリッチのマントを、勿体もったいないと回収するのは何故なぜなんだ?
 そんなにマントばかりあっても、仕方ないと思うのは俺だけか?

 5日後。冒険者ギルドで換金を済ませた俺達は、肉屋にファングボアの肉3体分を卸したあと、肉うどん店に向かう。
 沙良が母親達から店の売り上げ状況を聞き、安堵あんどしていた。
 毎日100食分売り切れ、今は15時に営業を終了するそうだ。
 営業時間が短くなれば子供達との時間も増える。
 固定客が増えれば、もっと早く店を閉める事が出来るだろう。
 沙良は教会の炊き出しに必要な野菜やパンの購入を、母親達に任せると言ってマジックバッグ3㎥を渡した。
 おっ、それなら土曜日は完全休暇になるな。
 金曜日の夜、飲みすぎても妹から冷たい視線を向けられずに済む。
 最後に、乾麺、すき焼きのタレが入った壺、ファイアースライムの魔石を店用のマジックバッグ3㎥に補充して店を出た。

 沙良が異世界にない料理を出す店を経営する事に、正直俺はかなり不安を覚えていた。
 しかし開店後は、珍しい料理を食べた客が何度も訪れる人気店となる。
 料理方法を盗もうとする悪人がいないか目を光らせていたが、客層がほぼ冒険者という事もあり、店内で騒ぎを起こす者はいなかった。
 住み込みで働ける職に就いた母親達には笑顔が戻り、店の2階にいる子供達の預け先を心配する必要がなく、安心して仕事に専念出来ると感謝された。
 沙良、迷宮都市での初支援は大成功だな。
 お前のバイタリティーの強さには感心するよ。
 俺は応援する事しか出来ないが、危険があれば守ってやるから頑張れ!

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