秘密の騎士の妃

真糖飴

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王は騎士と出会い、騎士は王と出会う。

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「……兄ちゃん、病院に行くことをオススメするぜ」


 コンビニ強盗犯に心の中で同意した。


「なんで?」

「自分で分からないところがヤベェってことに気付いたほうがいい……。ま、病院は金もかかるし、行きたくないなら無理に行く必要もねーよ。行く必要もなくなるしな」


 意味深に笑ったコンビニ強盗。

 コイツはアニキの方だ。もう一人の方もお金で縛らず放置していたのは、完全にお兄さんのミス。

 お兄さんに向かって弟が襲い掛かる。


「危ないっ!」


 彼の右手にはカッターナイフ。左手で震える右手を押さえていた。

 個人的にはパン切り包丁よりもカッターナイフのほうが恐ろしい。コンビニ強盗犯は奥の手を隠し持っていた。


 振り返るお兄さんは防御に間に合わない。いつの間にか俺の足は飛び出していた。



「――――王様!」



 ――お兄さん。そう呼ぼうとしたのに、先程のお兄さんの発言が嫌に頭の中に残っていて、咄嗟に口から出てきたのは自分も頭のおかしい人間であるかのような言葉。



 武器も持たない人間が何を出来る。

 五万円が入ったイルカ財布一つ守れなかった人間が。

 何の力も持たない無力な自分が、飛び出したところでどうなる。

 盾になれるだけだ。

 見ず知らずの他人、頭のおかしなお兄さんのために自分を犠牲にする?

 ありえない。


 それなのに足は飛び出していた。反射的だった。フロントガラスが割れたとき、庇ってくれた恩を自分が思うよりも感じていたのだろうか。


 今さら考えても遅い。

 どうであれ、柔らかい人間盾になってしまう。カッターナイフなら死ぬ確率は包丁よりは低いだろう。病院に行かなくてもいいくらいの、軽傷で済むことを願って。


 目を閉じた。



 右手に何かが触れる。重みを感じる。

 何かと何かが僅かに衝突し、頬に何かが掠る。

 目を開けた。

 強盗アニキの弟が目を見開いている。俺も見開いた。自分の手の中に一本の剣がある。とても細い剣。これは……。


「ナイト……?」


 後ろでお兄さんがそうぼやいた。

 頬に何かが伝っている。指で拭い取ると、その指は赤く染まる。

 血だ。


「……へ? なっ……剣!? なんで……!?」


 全体に問いかけても、答え一つ返ってこない。

 強盗アニキは口をパクパクさせ、アニキの弟はこの細剣を見て震えている。そして交互に自身の持つカッターナイフを見る。そのカッターナイフから刃は出されておらず、脅迫効果は大幅ダウン。刃のないカッターを向けられたところで怖くはないし、そもそも向けられていない。


 ふと足元を見た。

 小さな刃が地面に落ちている。裸足で踏んだら危ないなんて考えるも束の間。その刃に僅かに付着している赤い液体をみて察した。


 ――この剣がカッターの刃を斬ったんだ。


 弾けた刃が頬を攻撃した。鏡が無くては見えない傷を意識すると、ジワジワと痛みがこみ上がる。

 サイレンの音が鳴り響いた。

 音の違いが分からない俺には、白いヒーローか、赤いヒーローかとすら思えてしまう。どちらも違っており、ずっと待ち焦がれていた救いの白黒ヒーロー。警察だ。

 本当にヒーローなのか。今の自分の状況を考えると、敵とも捉えられる。日本の警察は銃刀法違反を見逃さない。


「警察だ! 大人しく署に――えぇ!?」


 案の定、戸惑っている。


 刃物を持った中学生。

 バスローブ一枚の男。

 見るからに強盗な、袋を被った二人(しかも一人はお金に縛られている)。


 異様な光景だ。


「ど、どいつがタクシー奪って男の子を誘拐したんだ……!?」

「そういえば、コンビニ強盗犯が逃走中……」

「でもあの男の子、剣持ってるぞ剣! 偽物だよな!? コワイ!!」

「んー、乗客から財布を奪った運転手と同一人物の可能性……高い。殆ど確定ですね」


 やはりタクシーの強盗は足が付く。 


「ねえ、どうするの? タクシー強盗犯兼誘拐犯のバスローブお兄さん」

「どうするも何も、あの人達がコイツらを引き取ってくれるんだから俺がすることは何もないだろ。変な呼び方はやめろ。俺は強盗も誘拐もしていない」

「言い切るね。俺はヤバい、この剣がヤバい」


 事情聴取で根堀り葉堀り聞かれそうだ。



 ……
 …………
 ………………この人は逮捕されるだろう。


 自分が黒だと自覚のないまま、おそらく連れて行かれる。

 別にいいじゃないか。

 こちとら被害者。この剣だって所持していたわけじゃない。

 突然現れて、何故か持っているなんて信じて貰えないだろうけれど、警察側は強盗犯の持ち物だったと思ってくれる筈。事情聴取さえ乗り切れば、いつもの日常に戻れる。

 あの二人はコンビニ強盗犯だ。大人しく署に連行されればいい。

 このバスローブのお兄さんも強盗犯。そして誘拐犯。本人はしていないと言うけれど、タクシーと財布を奪った紛れもない犯罪者。この人も署に――



「――ねえ」



 ようやく現れた救いのヒーローは、頼りがいのあるとは思えない雰囲気の、警察の方々。

 不思議と彼ら相手なら、勝てる気がした。


 お兄さんの腕を掴む。

 お兄さんの腕を引っ張る。

 お兄さん。



「王様! 逃げるよ!」



 目に見えないだけで、救いの神様もいたのだろうか。

 走り逃げる被害者と強盗犯に気付く警察官は一人もいなかった。コンビニ強盗二人にかかりきりだった。





 そうか。

 十三時はとっくに過ぎ去っている。

 不幸が大きな幸運として返ってきたのだと、思っておこう。







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