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その女神、悦楽

女神の遭遇(5)

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 セシタル王国に戻ってしばらく。アッシュは相も変わらず地下牢に引きこもっていた。
 金の豊かな髪を小川のように地に流し、裸で寝そべっていた。

「はぁ……」

 アッシュの口からはそれまでは聞いたことのないため息がつかれていた。それはトリト帝国から戻ってから頻繁に聞かれるようになっていた。

「なぁ、俺らのアッシュはいったいどうしちまったんだ?」
「俺が知るかよ。おい、カーライルはなんかしらねぇのか?」
「そうだぞ、アッシュと一緒にトリト行ってきたんだろ?」
「おいて帰られてたけどな」

 快活な囚人基アッシュの部下たちの笑い声が地下に響く中、アッシュの気怠そうな寝返りを皆は横目に見ていた。快活であっても緊張感がずっと漂っている。
 そして、アッシュの牢から一番遠い牢へ招集がかかった。囚人に連行されるカーライル。

「なんだよいったい」
「アッシュはいったいどうしちまったんだよ!」
「なんだそのことか」
「そのことかじゃないんだよ!」

 カーライルに向かってブーイングが上がる。
 それに黙れと一括する。

「トリトで何があったんだよ」

 興奮している囚人たちはカーライルにどんどん近づいていく。
 それを軽く手で押し返しながら、軽くあしらっていく。

「トリトであいつは小銭が稼げる試合に出たんだが、その相手が楽しかったみたいでまたやりたくて仕方ないんだろう。どうせそんなことだろうよ?」

 それを聞いた囚人たちは、何か納得したような気がした。

「なるほどな、アッシュらしいじゃねぇか」
「あいつが楽しめたんならよかった」
「そうだな!」
「でもよ、そんなにのめり込んだ相手ってどんな奴だ?」

 みんなの動きが一瞬止まった。
 確かに。今までアッシュとかかわってきて、今まであのような状態のアッシュを見たことがない。怠そうにしているのはいつものことだし、時々唸っているのはみんな察している生理の時。
 では今の状態はなんなのか。

『気になる!』

 心の中はそれ一色になってしまった。
 その時アッシュの声が聞こえてきた。

「みんなぁ、そんなところで何してるの。なんかめんどくさそうな王さんの使いがこっちに近づいてきてるから出てきて用事聞いといて」

 我先にと聞き終わると同時に監獄棟から出て行こうとする。それを横目にくすくすと笑うアッシュ。
 カーライルがアッシュの牢に入ってきた。

「お前、全部聞いてただろ」
「さすがカーライル、お見通しだね」
「お前を世話をどんだけやってきたと思ってんだ」
「ふふふ。でもほんとに楽しかったんだぁ。体が疼くんだ。暴れろって」
「やめとけよ?」

 要件を聞いてきた囚人たちが駆け下りてきた。

「おいアッシュ、聞いてきたぞ!」
「なんだったの?」
「三日後の舞踏会には参加して広間にいるようにだってよ」
「聞くんじゃなかった……」

 そういってアッシュはカーライルの腕に噛みつき、カーライルはそれをそっと引きはがした。
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