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その女神、悦楽
女神の饗宴(1)
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セルゲイの目線の先にはドレスのフリルがあった。屋根を上りきると、屋根の裾野には女性のシルエット。目だけは雲の隙間から垣間見える光で獣のように光っていた。
「こんなところにご婦人がいるとは」
少々警戒しながら声をかけると、その眼が嬉々としたのがわかった。
「思い出した!お前、セルゲイだな!」
セルゲイもその声に聞き覚えがあった。
「お前は俺が戦ったあのガキか?」
「ガキじゃないよ、アッシュだよ!」
「悪い悪い。でもなんでそんな恰好なんだ?」
「そんなの僕が聞きたいね」
声の調子でむっとしているのがわかった。
だんだんと目が暗闇に慣れてきた。やはりアッシュはドレスを着ている。
「お前、女なのか?」
「だったら何?」
「いや、えらく強い女だなと」
「うるさいなぁ。ケンカ売ってるの?」
「そういうわけじゃねぇって」
「そうか!あの時の続きをやりにきたんだね!」
不安定な屋根の上で器用に大はしゃぎする。
「違うから落ち着けって」
屋根から落ちるのではないかと不安になったセルゲイはアッシュの手を引いて、屋根に押し付けた。
「じゃあなんだよ」
「お前をあんとき連れ帰った大男がいたから、あんたもいるのかと思ってな。普段どんな奴か見てみたくて」
アッシュはくすくすと笑った。
「これは普段の僕じゃないよ。普段が見たかったらまたおいでよ」
セルゲイの耳元に顔を近づけ、艷やかに囁く。
「その時は、もう一回勝負ね」
「ふっ。望むところだ」
アッシュを屋根から解放すると、自身も屋根に背を預けた。
「お前、いくつなんだ?」
「んー、いくつだっけ。忘れた」
お互いに暗い空を眺めながら語る。雲が流れ、段々と薄くなっていく。
「なんでわかんないんだよ。お前の親父さんはクロウ将軍か?」
「クロウ父さんも父さんだけど、母さんでもあるかなぁ。僕、父さんはたくさんいるんだ」
「ホントの親父さんは?」
「知らないよ。僕捨てられてた子だから」
なんとなく気まずく感じたセルゲイは謝ったが、彼女は特に気にしていなかった。今までも幾度となく同じようなことを言われてきたからだ。慣れてしまっていた。
まずいことを聞いてしまったと一人で落ち込むセルゲイを他所目に、アッシュの目が見開かれた。
「見つけた……ふふっ。あはは、見つけたぁ」
気味の悪い声に何事かと思った。彼の隣で、全身を使って彼女はニオイを嗅ぎ取っていた。
「おい、どうしたんだ」
彼女の豹変に戸惑いが隠せない。
「見つけた。お前だ。やっと見つけた」
腹を空かせた獣のように、爛々と目を輝かせる。セルゲイさえも恐ろしいと感じるほどの気配と殺気を身に纏い、息を荒らげる。
「何を見つけたんだ」
彼の声などもう彼女には届いていない。彼女の中の狂気が、飲みこんでいた。
突然動き出したかと思うと、屋根から降りた。石像に残していた鞭を掴み、勢い良くベランダに下り立った。
わけのわからないセルゲイも彼女に慌てて続く。しかし、折りた先にアッシュはすでにいなかった。
アッシュは不気味に笑い、走りながらドレスの裾をたくし上げていく。招待客を押しのけどんどん中へと進んでいく。
「どこだ、どこにいる」
彼女が向かう際には王族が鎮座する壇上の席がある。近くには近衛が控えている。その下には軽やかに優雅な舞踏曲を奏でる奏者たち。その横を通り王族たちに酒の注がれた杯を運ぶ給仕が階段を上ろうとしていた。
「おい、お前!」
アッシュの声に、会場が一瞬静かになった。階段を上っていた給仕もその動きを止め、階段下のアッシュを見る。給仕の目に映ったのは、爛々とした目の今にも襲いかかってきそうな異様な雰囲気の女。
彼女の声で、居場所が分かったセルゲイ。その声にカーライルも反応した。人混みをかき分けてアッシュの声の方へとそれぞれ向かう二人。
「何事だ」
国王がアッシュに問う。彼女は嬉々として答える。
「こいつ、給仕じゃない。お前、殺るなら正々堂々行かなきゃね」
階段をゆっくりと上がりながら腰に携えていた剣を抜く。
「ねぇ、そのお酒。飲んでみて。何も入ってなきゃ飲めるよね?」
迫るアッシュに対し、足がすくんで動けない。足をがくがくと震わせ、顔面は蒼白。
「飲め」
冷ややかな視線と声色。恐怖でいうことが聞かない腕が杯を口元へと運んでいく。それを一口含もうとしたとき、アッシュの剣が杯を跳ね飛ばした。
「すぐにイッちゃったら楽しくないじゃん」
そう呟くと、階段下に給仕を突き落した。そして、給仕が立っていた場所の頭上から黒頭巾をかぶった刺客。
それが下りてきたのを見てアッシュは高らかに笑った。
「やっぱりいた!見つけた!さぁ、僕と殺しあおう!」
構える刺客に襲いかかる。刺客はアッシュに構うことなく、国王の元へと階段を駆け上がる。それを見て不機嫌になる。自分に切りかかってこない相手は彼女にとって不要な相手。彼女と遊ばない相手には死を。
ガーターに潜ませていた銃を手に取ると、瞬時に照準を合わせて二発発砲した。寸分の狂いなく両膝を打ち抜いた。立ち上がることができなくなる。
彼女はゆっくりと階段を上り始めた。
「こんなところにご婦人がいるとは」
少々警戒しながら声をかけると、その眼が嬉々としたのがわかった。
「思い出した!お前、セルゲイだな!」
セルゲイもその声に聞き覚えがあった。
「お前は俺が戦ったあのガキか?」
「ガキじゃないよ、アッシュだよ!」
「悪い悪い。でもなんでそんな恰好なんだ?」
「そんなの僕が聞きたいね」
声の調子でむっとしているのがわかった。
だんだんと目が暗闇に慣れてきた。やはりアッシュはドレスを着ている。
「お前、女なのか?」
「だったら何?」
「いや、えらく強い女だなと」
「うるさいなぁ。ケンカ売ってるの?」
「そういうわけじゃねぇって」
「そうか!あの時の続きをやりにきたんだね!」
不安定な屋根の上で器用に大はしゃぎする。
「違うから落ち着けって」
屋根から落ちるのではないかと不安になったセルゲイはアッシュの手を引いて、屋根に押し付けた。
「じゃあなんだよ」
「お前をあんとき連れ帰った大男がいたから、あんたもいるのかと思ってな。普段どんな奴か見てみたくて」
アッシュはくすくすと笑った。
「これは普段の僕じゃないよ。普段が見たかったらまたおいでよ」
セルゲイの耳元に顔を近づけ、艷やかに囁く。
「その時は、もう一回勝負ね」
「ふっ。望むところだ」
アッシュを屋根から解放すると、自身も屋根に背を預けた。
「お前、いくつなんだ?」
「んー、いくつだっけ。忘れた」
お互いに暗い空を眺めながら語る。雲が流れ、段々と薄くなっていく。
「なんでわかんないんだよ。お前の親父さんはクロウ将軍か?」
「クロウ父さんも父さんだけど、母さんでもあるかなぁ。僕、父さんはたくさんいるんだ」
「ホントの親父さんは?」
「知らないよ。僕捨てられてた子だから」
なんとなく気まずく感じたセルゲイは謝ったが、彼女は特に気にしていなかった。今までも幾度となく同じようなことを言われてきたからだ。慣れてしまっていた。
まずいことを聞いてしまったと一人で落ち込むセルゲイを他所目に、アッシュの目が見開かれた。
「見つけた……ふふっ。あはは、見つけたぁ」
気味の悪い声に何事かと思った。彼の隣で、全身を使って彼女はニオイを嗅ぎ取っていた。
「おい、どうしたんだ」
彼女の豹変に戸惑いが隠せない。
「見つけた。お前だ。やっと見つけた」
腹を空かせた獣のように、爛々と目を輝かせる。セルゲイさえも恐ろしいと感じるほどの気配と殺気を身に纏い、息を荒らげる。
「何を見つけたんだ」
彼の声などもう彼女には届いていない。彼女の中の狂気が、飲みこんでいた。
突然動き出したかと思うと、屋根から降りた。石像に残していた鞭を掴み、勢い良くベランダに下り立った。
わけのわからないセルゲイも彼女に慌てて続く。しかし、折りた先にアッシュはすでにいなかった。
アッシュは不気味に笑い、走りながらドレスの裾をたくし上げていく。招待客を押しのけどんどん中へと進んでいく。
「どこだ、どこにいる」
彼女が向かう際には王族が鎮座する壇上の席がある。近くには近衛が控えている。その下には軽やかに優雅な舞踏曲を奏でる奏者たち。その横を通り王族たちに酒の注がれた杯を運ぶ給仕が階段を上ろうとしていた。
「おい、お前!」
アッシュの声に、会場が一瞬静かになった。階段を上っていた給仕もその動きを止め、階段下のアッシュを見る。給仕の目に映ったのは、爛々とした目の今にも襲いかかってきそうな異様な雰囲気の女。
彼女の声で、居場所が分かったセルゲイ。その声にカーライルも反応した。人混みをかき分けてアッシュの声の方へとそれぞれ向かう二人。
「何事だ」
国王がアッシュに問う。彼女は嬉々として答える。
「こいつ、給仕じゃない。お前、殺るなら正々堂々行かなきゃね」
階段をゆっくりと上がりながら腰に携えていた剣を抜く。
「ねぇ、そのお酒。飲んでみて。何も入ってなきゃ飲めるよね?」
迫るアッシュに対し、足がすくんで動けない。足をがくがくと震わせ、顔面は蒼白。
「飲め」
冷ややかな視線と声色。恐怖でいうことが聞かない腕が杯を口元へと運んでいく。それを一口含もうとしたとき、アッシュの剣が杯を跳ね飛ばした。
「すぐにイッちゃったら楽しくないじゃん」
そう呟くと、階段下に給仕を突き落した。そして、給仕が立っていた場所の頭上から黒頭巾をかぶった刺客。
それが下りてきたのを見てアッシュは高らかに笑った。
「やっぱりいた!見つけた!さぁ、僕と殺しあおう!」
構える刺客に襲いかかる。刺客はアッシュに構うことなく、国王の元へと階段を駆け上がる。それを見て不機嫌になる。自分に切りかかってこない相手は彼女にとって不要な相手。彼女と遊ばない相手には死を。
ガーターに潜ませていた銃を手に取ると、瞬時に照準を合わせて二発発砲した。寸分の狂いなく両膝を打ち抜いた。立ち上がることができなくなる。
彼女はゆっくりと階段を上り始めた。
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