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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第8話 スミレの魔法少女と鬼軍曹のしごき その一

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「あがっ!!」

 軍靴で思い切り顔面を蹴り上げられて、白音が吹っ飛んだ。
 鼻の奥に鉄サビの匂いが充満する。
 折れた鼻を押さえて地面をゴロゴロと転がった。

 逃れようとする白音を追いかけて、さらに腹部に追撃の蹴りがまともに入る。
 硬いつま先が内蔵までめり込んでくるような感触がある


「うぐっ!! うぅ……」

 白音が体をくの字に折り曲げて苦悶のうめきを上げる。
 桜色の美しいコスチュームが自身の血に染まっている。


「ざっけんな、てめっ!!」

 佳奈が猛然と突進したが、軍服の魔法少女『鬼軍曹』はバックステップで華麗にかわし、手でピストルの形を作って佳奈に突き付けた。

「?!」
「バン!!」


 そう言って軍曹がニヤリと笑うと、指からではなく佳奈の背後、宙空に音もなく出現していた無数のライフルから一斉に弾丸が発射された。
 体のいたるところに銃撃の嵐を浴び、佳奈は痛みで意識が飛びそうになる。

 佳奈の魔法力に合わせて、銃弾はぎりぎり致命傷にならないように威力が調整されているらしい。
 だがこのぎりぎりというのがくせ者で、およそ考え得る最大の苦痛を与える攻撃となっていた。


「く、くぅ…………」

 佳奈はなんとか耐えようとしていたが、地面にどさりと顔から倒れ込んでしまった。
 ふたりがあっという間に軍曹に倒されたのを見て、莉美とそらが震え上がる。



 休みの日に戦闘訓練をしたいとギルドに伝えたら、鬼軍曹がつき合ってくれることになった。
『鬼軍曹の戦闘訓練』なんて、やはり字面からして気が滅入る。
 しかし自分の意志を貫くには強さが不可欠だと白音は痛感したから、大変だけれどもありがたいことだと思っていた。

 ブルームは人気のない山野に広大な土地をいくつか所有していて、実験や訓練に使っている。
 そこを自由に使って構わないとのことだった。
 大概の事はやっても構いませんよ、という大概な目的の土地である。


 軍曹は座学として、魔法や能力の使い方についてのアドバイスもしてくれた。
 魔力紋の分析から得られたデータを元にして、白音たち個人個人に合ったアドバイスをしてくれる。

 魔法は、魔法少女の願いを叶える形で発現するものだから、『想い』の力が大事なのだと教えてくれた。
 なんでも思いどおりになるような都合のいい力ではないのだが、何を為したいのか、しっかり思い描いて魔法を行使することが大事なのだという。

 以前にも聞いたように軍曹は戦闘能力がSS級とされている。
 しかし白音たちにはその上、SSS級が将来的には狙えるのではないか。そう考えていると軍曹は言った。


「SSSって何かいいことあるんですか?」

 白音としては強くなったからといって、みんなが都合のいい駒のように扱われるのでは看過できない。

「貴様らも何か願いがあって魔法少女になったのだろう? そこに向かって進めば勝手に付いてくる称号だ。なったからどうということはない。敬意はもたれるだろうがな。心配するな。SSS級の魔法少女なんて、他人の思惑でどうこうできるような存在ではないだろう」


 つまり軍曹はどうやら、白音たちを自分よりも強く育てようとしているのだ。
 現状、軍曹は鬼と言うだけあって、ギルドで最強クラスの戦闘力を誇っている。
 それを超えて未踏の領域に達するように期待されているのだ。


(そりゃあ、あり得ないくらいしごかれるよね……)



 鬼軍曹はそらと莉美にも容赦がなかった。

 そらに接近すると高速で蹴りを見舞う。
 そらは何とか軍曹の動きを先読みしてかわすのだが、基礎能力が違いすぎて次第に追い詰められていく。
 軍曹が手を一切使っていないのは、そらに絶対的な力の差を見せつけるためだろう。

 やがて軍曹が肩をぴくっと動かした。その動きにそらが反応して、ハッと後方を見る。
 しかし後ろには何もなかった。
 そらが高度な計算によって先読みをしているのを知っていて、銃を出現させる予備動作だけを見せたのだ。


「やられたの」

 引っかけられたことを知って前を向いた時には、軍曹は軍服を翻していた。
 ひらひらと美しく舞うスカートが死角になって、そらの頭上、見えない角度から回し蹴りが飛んでくる。

 側頭部に蹴りを食らって、そらは声もなく意識を途切れさせて倒れた。
 ただ、予備動作がフェイントではなくもし本当だったとしても、では何か対処のしようがあったかというと、今のそらにはどうしようもなかっただろう。
 完敗だった。


「このこのこのっ!!」

 莉美がビームを乱射した。
 一発一発が周囲の木々をなぎ倒すほどの威力があるのだが、軍曹は最小限の動き、ぎりぎりでそれらをかわしてゆっくりと莉美に近づいていく。

「そんなものが撃てるなら、こいつらがやられる前に掩護してやればよかったものを」


 混戦になっていると味方に当てそうで、それで撃てなかったのを見透かして言っているのだ。
 接近戦の間合いまでそのまま平気な顔で近づくと、軍曹が無造作にボディブローを放った。


「うぐぅ……」

 鳩尾に強烈な一撃を食らった莉美は、息ができなくなってしゃがみ込んだ。
 姿勢が低くなったところにさらに膝蹴りが入る。
 それをあごにまともに食らった莉美は、のけぞって倒れた。

 大の字になった莉美に軍曹がまたがり、手に出現させた拳銃を眉間に突きつける。

「助けて……」

 莉美が、くの字になったまま動かない白音の方を見た。


「貴様は特に心構えがなってないな。このままでは足手まといになって仲間を危険にさらすことになるぞ?」
「そ、そんなこと分かってるもん。あたし、だって、みんな、みたいに……」

 莉美が涙声になっていた。
 涙もろい白音と違って莉美が泣くことはほとんどない。
 幼い頃こそよくいじめられて泣いていたらしいが、白音や佳奈の隣に並ぶ、という目標を持ってからはほとんど涙を見せなくなっていた。

 それが今、結局助けを呼ぶことしかできなかった自分が悔しくて、肩を震わせていた。

 軍曹は鬼である。
 ここで心が折れるようなら折ってしまった方が良いと考えていた。
 情で動くと、後々彼女たちを危険に晒してしまうことになる。
 莉美に一撃を食らわせて、今日の訓練は終了にしようと考えた。

 だがその時、軍曹は肩を掴まれた。
 怒気をはらませて、白音が睨んでいた。
 鋭い眼光がまるで別人のようだと軍曹は思った。

 白音の体はとっくに限界を迎えているはずだ。
 この子は、やはり優しい子なんだと軍曹は思った。


「一騎打ちをお願いします」

 軍曹が拒んだところで、白音はそのまま始めるつもりなのだろう。

 仲間のためにそこまで必死になれる、白音にとってそれは素晴らしい資質だ。
 しかし莉美にとってはそれがいいことだと軍曹は思わなかった。
 それで、鬼の本性を現すことにした。

 莉美から離れてふたりが構える。
 白音は手に魔力の剣を作り出した。
 軍曹に倣って、白音も魔力を操作して剣を刃引きした状態にしている。
 魔力のこもった木刀のようなものだ。

 呼応して軍曹はいくつもの銃器を創り出す。
 それは見た目はリアルにできている。
 しかし魔法で出したり消したり自在にできるのだから、やはり本物ではないのだろう。
 手に持って撃つこともできるし、空中に出現させて自動で発砲させることもできるみたいだった。

 ふたりの戦いは互いの間合いの殺し合いになった。
 軍曹も先程見せたように接近戦はかなりの巧者なのだが、白音を接近させまいと銃撃で牽制する。
 対する白音は銃撃をかいくぐってどうにか剣の間合いに入ろうとする。

 白音には天性の剣術の才能があると軍曹は感じていた。
 だから懐に飛び込まれることを警戒していた。

 軍曹が銃を出したり消したりするのがトリッキーで、白音はいつどこから攻撃が来るのか読めないでいた。
 死角を突いて多方向から攻められるとどうしても避けきれなくなる。

 ふたりとも殺傷能力は抑えていたから戦闘は木剣対ゴム弾のようなものなのだが、それでも攻撃が当たると魔法少女の防御を超えて悶絶するほどの痛みがある。

 巧妙に逃げ場を無くすように動かされ、次第に追い詰められていった白音は、避けるのをやめた。
 もはや活路はひとつしか無い。
 いくら避けたところで無駄であろう。
 弾丸をすべて喰らう覚悟で突進して渾身の一撃を見舞う。

 鬼軍曹も白音の覚悟を真正面から受けて立つ。

「はあぁぁぁっ!!」
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