ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第13話 魔法少女のお泊まり会(パジャマパーティ) その一

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 白音、一恵、そらの三人は、ブルームの社用車でアジトまで送り届けてもらった。
 その運転を務めてくれた『優しそうな眼鏡の秘書さん』の正体が実は鬼軍曹だったと聞かされて、白音はひとしきり笑っている。
 どうやら軍曹は、与えられた役割ロールに応じて、完璧にキャラクターを演じ分けているらしい。


 夕暮れ前とは言え、真夏の太陽にはまだ殺傷力がある。
 外でいつまでも笑っている白音をみんなでアジトへと連れ込む。

 室内は快適な気温に保たれていて、すっと汗が引くのを感じた。
 空気が真新しいエアコンの匂いになっている。
 古いエアコンは先日、エレメントスケイプと共にここで水泳大会を開いた時に壊れてしまっていた。
 それを莉美の父親が手配してくれて、今朝新しいものに交換されたばかりだ。
 普通は真夏にエアコンの取り付けなど、すぐには対応してもらえない。
 しかし莉美の父親が知り合いになんとか頼み込んでくれたのだそうだ。
 莉美パパに感謝を捧げながら、早速魔法少女たちのお茶会が始まる。

 まずは白音が、昼間怪物に遭遇してリンクスと一緒に倒した話や、ギルドから魔法少女警護の依頼があった件などを報告する。
 かなり事細かに、おそらくは不必要なまでに詳しく話して聞かせる。
 多分白音は、佳奈と莉美をすっかり忘れてしまっていたことに若干の後ろめたさを感じているのだ。
 だからそれを埋め合わせるように、臨場感たっぷりに描写してみせる。
 本当は時間があればふたりで夏休みの宿題でもしていてくれれば良かったのにと思う。
 しかし佳奈と莉美に限ってそんなことは絶対にないので、さぞや退屈していたことだろう。


「なるほど。激しいデートだったんだねぇ」

 報告し終えると、莉美がからかい混じりにそう言った。

「まあ、夏休みだしな。白音にもいろいろあるか」

 佳奈も少しにやにやしている。
 それは多分ふたりからの、放っておかれたことに対するお許しの言葉だった。
 本来なら白音は、「デートなんかじゃない!」と反発したいところだが今はどうしようもない。
 ひとまず、何を言われても呑み込んでおく。

「ん………………。それで、魔法少女の警護任務のことなんだけど……」

 その件に関しては、やはり佳奈も莉美も異論を差し挟む気はないようだった。
 襲われるかもしれない魔法少女たちを守ることに、誰も否やはない。
 そこで早速白音は、段取りを決めておくことにした。
 リンクスからの緊急招集がかかり次第、チーム白音のメンバーがすぐに集まれる体制を作っておく必要がある。


「そういえば一恵ちゃんはどこに住んでるの?」

 多分誰も知らないのではないかと白音は思った。
 転移ゲートが使える一恵だから、こちらから行く必要がない。
 会いたければ向こうから、それも瞬時に来てくれる。

 実際のところ今回の任務でも、どこに住んでいようとさしたる問題にはならない。
 けれど単純に、白音は知りたくて聞いてみた。

「ん? んんー?? どこなんだろう?」

 しばらく悩んだ挙げ句に一恵は転移ゲートを出して

「ここよ?」

と指さした。
 自分の住んでいる場所を「どこなんだろう?」などと、一瞬迷子の子供かと白音は思った。
 しかし転移ゲートが出されたのを見て納得する。

「ああ、そこのコンピュータルームと同じ感じ?」
「そう、そう」

 異空間なのでこの世界での座標を持たず、『どこ』とも表現できなかったのだろう。


「異空間を居室にしてるの……」

 そらが『テーマパークに住んでる人』みたいな目で一恵を見ている。
 かなり興味があるらしい。
 そしてさらにもうひとり、莉美もまた前のめりになった。
 そらとはまた違う角度からの好奇心だった。
 何しろ有名タレントの住まいへの入り口が目の前にあるのだ。
 莉美は何を言う間もなく、その厚さを持たない銀色の円盤に顔を突っ込んだ。
 慎重なそらと違ってまったく躊躇がない。

「あ、こら莉美、人様のおうちに勝手にもう……」

 そして遠慮もない。
 白音がそのお尻を叩いて不作法をたしなめる。
 ゲートに顔だけ突っ込んでいるので、莉美は首無し死体のようになっている。


「すっごい豪華!」

 やがて首無し死体がこの世に戻ってきて、やや興奮気味に感想を伝える。
 莉美のそのきらきらした瞳を見て、白音も含めた全員が俄然興味を持ってしまった。
 その様子を見て一恵が、中へどうぞ、と手で示す。
 突然の『芸能人のお宅見学会』の開催となった。


「マンションも一応借りてるんだけど、それもここに繋げてるの。ほとんどこっちで過ごしてるかな。いろいろ楽なのよ」

 一恵の能力で作られているのだから部屋の広さなどは自由自在だし、人目や騒音を気にしなくてすむのだろう。
 確かに便利なのかもしれない。

 室内に置かれた物は少なく、すっきりと片付いた印象だった。
 しかしゆったりと配置された家具調度品は、あまり目の肥えていない白音にも高価なものだと感じられる。
 センス良く全体が黒でまとめられ、ところどころクッションなどにアクセントとして茄子紺のような暗めの紫が上品に使われていた。
 単彩配色カマイユという奴だろう。さすが人気芸能人の住まいだと思わせる。

 しかし…………。

「寂しくないの?」

 白音が一恵の瞳をのぞき込んで真正面からそう問うた。
 大勢の弟妹たちと一緒に賑やかな学園で育った白音には、独り暮らしの経験がない。
 黎鳳学院の寮にもルームメイトがいる。
 だから感覚として知りようのないことではある。
 ただ、一恵のそれは普通ではない。
 他人との関わりを異空間という壁によって拒絶しているように見えたのだ。
 白音でなくとも、寂しいと感じるのではないだろうか。


「ん? 特には。どうして?」

 別に強がっているわけではない。
 一恵は本当に何とも思っていなかった。
 何故そんなことを白音が聞くのか、よく分からなかった。
 ただ途中で何かを思いついたらしく、白音の双眸からつと目を逸す。

「寂しい…………かも?」

 一恵は伏し目がちになってぼそっとそう呟いた。
 そしてちらっと白音の方を見やる。
 すると白音は、そんな一恵の様子を見て何かを思いついたようだった。

「そうだ、一恵ちゃん、それにみんな、お泊まり会しない?」

 これまで女優として演技の勉強を頑張ってきたことは無駄ではなかったらしい。
 一恵は密かに、腰の辺りで拳をぎゅっと握りしめた。

(よっしっ!)

「お泊まり会って言うとちょっと不謹慎なのかもだけど、救援要請があったらとにかく急いで駆けつけないといけないと思うの。それで、一恵ちゃんを中心にして、都合のつく人でしばらく夜も一緒に行動しない?」
同衾どうきんね」

 一恵の即応に、白音は一瞬貞操の危機を覚えた。

「ふ、布団は一緒でなくてもいいと思うわよ?」

 言い出しっぺの白音以外がちらちらと目配せをしていたように見えるが、誰も意見を言わなかった。
 それで白音は、

(まあみんなそれぞれ用事あるだろうし、急にこんなこと言うのは無茶だったか)

と思ったのだが、数瞬後示し合わせたかのように全員が一斉に動き始めた。

「場所はここだよな?」
「お泊まりの許可が出れば問題ないんだけど、出なかった人はどうする?」
「一恵ちゃんがみんなの部屋とここを繋いでくれれば何とでもなると思うの」
「夏休みで良かったよね。布団はどうする? 五組」
「わたしが買ってこよっか? 三十分もあれば何とかなると思うけど」


 展開の早さに、白音は置いて行かれそうになって慌てた。

「いえいえ、そんなもったいない。布団はうちに予備がたくさんあるからお母さんに頼んでみる。…………でもなんて言おっかなぁ」

 思案顔になった白音に、みんなが悪知恵を吹き込んでいく。

「新しく入ったクラブの活動で夏合宿?」
「泊まりで勉強会とか?」
「いや、いやぁ……、嘘が混じってるとうちのお母さん絶対気づくんだぁ。なんでか」

 本当になんでか、である。
 白音は小さい頃から嘘をつくと必ずお母さん――名字川敬子――にばれていた。
 今でも敬子は人の心が読めるのではないかと少し疑っている。

「敬子先生ね……。白音よりおっかないよね、あの人。普通に女子会でいいんじゃない? 最近友達がいっぱい増えたって報告してただろ? お前真面目だからお泊まり会とかダメって言われると思ってるんだろうけど、夏休みだし、今時の女子はそのくらい普通でしょ。とりあえず一週間くらいならそれでなんとかなるんじゃない?」
「嘘は言ってないよね。白音ちゃんの言うとおり不謹慎かもだけど、あたしお泊まり会楽しみだし」

 さすが長年の付き合いである佳奈と莉美は、幼い頃より白音と共に敬子に挑んできた同志である。
 敬子を上手く攻略するツボを心得ている。


「サンプルが少ないけど、魔法少女の消息不明の発生頻度と増加傾向から考えると、一週間以内に発生する確率は五割程度」

 そらが本作戦の意義を数値化して後ろめたさを軽減してくれる。
 五割もあるなら、みんなで揃って待機している価値はあるだろう。

「分かった。それで行きましょう」

 白音がリーダーとして決を下した。

 全員準備のために一旦家に戻り、白音は無事、敬子お母さんから布団を借りてくることに成功した。
 さすがに一週間は長いのだが、ひとり暮らしの一恵以外は全員ちゃんと泊まりの許可をもらえたようだった。
 どの親も口を揃えて「名字川さんがいるのなら構わない」と言ったのだそうだ。
 白音への信頼が重すぎる。

 しかしそらだけはお泊まりはしない。
 白音の決定だった。
 そらもみんなと同じ高校生だけれど、年齢的にはやはりいろいろまずかろうと判断したのだ。
 ただまあ、実際には寝る時以外は一緒にいる。
 そして寝る時も一恵の魔法がある。距離は決して隔たりにはならない。

 白音は顔を合わせて今更に気づいたのだが、今日から始めるとはひと言も言っていなかった。
 しかしちゃんとその日の夜には全員が集合している。
 遅らせる理由など何ひとつないので、みんな特に疑問もなくいそいそと集まってきた感じだった。
 チームというのはそんなものなのかもしれない。


「んで白音、どうだった、敬子先生?」

 佳奈は、『おっかない敬子先生』がどんな反応をしたのか少し気になっているようだった。

「んん? ああ。なんかね、喜ばれたのよ…………」
「娘が不良になったから?」

 佳奈の冗談めかした言葉に白音がちょっと眉根を寄せたが、

「ああ、まあでもそういうことなのかな」

と納得した顔になった。

「心配だったって言うのよ。ひとりで勝手にいろんなもの背負って窮屈に生きているように見えるから、もっとわがままを言って欲しかったんだって。家のことを気にしないで好き勝手に生きるのも、あなたの場合は親離れなのよって言われちゃった」
「不良少女白音。ひと夏のいけない火遊びなの」

 そらがふたりの間にひょこりと顔を出してからかった。

「そらちゃんは不良になっちゃダメだからねっ!」

 そらの頬をぷにっと両手で挟む。
 白音は最近、これが癖になっているかもしれない。

「ひらねひゃん、わらひのおかあしゃんみしゃい」
「フフッ」

 白音は、目を細めてそらを見つめた。

「子離れできない母親な」
「うっ……。わたしって親離れ、子離れできないタイプなのかなあ」

 佳奈の言葉に、白音は納得せざるを得なかった。

「合意の上だから離れなくて問題ない」

 そらがぎゅっと白音に抱きついた。
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