ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第25話 凜桜(りお)のもたらしたもの その四

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 政府が喉から手が出るほど欲しているものは、戦争抑止力としての魔法少女だろう。
 蔵間はそう考えていた。
 もしそうであれば、異世界関連技術の情報が諸外国へ漏れること、これを政府は最も恐れているはずだった。


「…………なるほど、それで凛桜さんが潜入調査で求めていたものは根来衆が政府を裏切っている証拠、ということですね?」

 一恵かすっぱりと核心に切り込んできた。
 彼女はいつもふざけたことと、真面目なことを同時並行処理マルチタスクで考えている人だ。
 残念ながら八対二くらいの割合でだけれど。

「ご明察。根来衆は設立当初の戦国時代から、対立する勢力の両方と結びついて利益を吸い上げてきたんだ。そのやり方はもはや家訓と言ってもいいだろうね。政府に対してはおもねりと裏切りの両方を使い分けているはずさ。魔法少女は国家にも匹敵する力になり得る。根来衆が大人しく政府の下請けだけをやっているとは思えないんだよ」

 蔵間のその言葉から、白音は『死の商人』という言葉を連想した。

「この国に不利益をもたらす、あるいは諸外国に利益をもたらす、有り体に言えばスパイ行為だね。その証拠が見つかれば政府も腰を上げることになるだろう。そうすれば……」
「非道な行いをやめさせることができる。いえ違いますね。わたしたちが彼らを処断しても誰も咎めなくなる、ということですね?」

 白音の言葉は、問いというよりは確認に近かった。

「そうね」

 それに対してはっきりと肯定の返事をしたのは、白音の背後から現れた橘香だった。
 喫茶室にやって来てテーブルに加わる。
 決然とした表情にはもう憂いはない。
 いつもの橘香だった。

「別に証拠なんか無くても根来ねくるは叩き潰すけどな」

 佳奈が剣呑なことを言う。
が、それは白音の気持ちの代弁なのだ。
 少女の誘拐のような卑劣な行為をやめさせるためならば、賊軍になっても構わないと白音も思う。
 橘香が蔵間の飲んでいたコーヒーの残りを全部飲み干す。

「改めて言わせてね。あなたたちには本当に感謝してる。ありがとう。そしてお願い。わたしは根来衆を叩き潰したい。手を貸して欲しいの。あなたたちほど尊敬できて、頼れる魔法少女、仲間は他にいないわ」
「それは、わたしたちの台詞ですよ」

 白音のその言葉に、チーム全員が頷く。

「あいつらと戦うのに、こちらこそ皆さんが共にいてくれてとても心強いです。よろしくお願いしますね」

 白音の言葉にも、もはや迷いはない。
 凛とした笑顔を見せる。

「もちろんだよ。全力でバックアップしよう。な? リンクス」
「……あ、ああ。ああ、そうだな。共に戦おう」

 魔王でも首を縦に振らせそうな白音の笑顔に、リンクスの返事が少し遅れた。
 その場の全員が(あ、こいつ今白音ちゃんに見蕩れてたな)と思った。


「あー、えっと。それとさ、みんな嫌かもしれないんだけど…………」

 珍しくおずおずといった感じで佳奈が付け加えた。

「アタシ、京香から逃げる気はないんだけど…………いいかな?」

 リンクスと蔵間が異を唱えようとしたが、それより先に白音が応える。

「もちろん!! 絶対また何か仕掛けてくるから、見過ごすわけにはいかないわ。あいつらはもう、虎の尾を踏んだのよ」

 白音にはまったくそんなつもりはなかったのだが、『虎』のところで莉美が「お!」という顔をした。

「白音ちゃんの虎の尾を踏んだんだから、あたしも獅子奮迅がんばるよ!! ね? ね?」

 そうやって佳奈の方を見つめる。

「え、虎? 獅子? あ、ひ、豹? え、豹!?」

 佳奈はものすごく考えた。

「が、がんばりまひょう…………」

 佳奈は、頑張った。



 根来衆にさらわれていた少女たちは丸一日の検査入院後、公安――つまり外事特課の事情聴取を受けた。
 もちろん体調に問題なしとされた子だけで、場所は法貴総合病院の院内に限るという条件付きでだ。
 一緒にチーム白音も呼ばれている。

 ただ事情聴取とは言うものの、中身は随分おざなりなものだった。
 既に出されている建前上の結論と矛盾がないように調整することを主な目的としている。
 実際問題として、異世界事案に関する当局の捜査は、ほとんどの場合完全な解決を目指してはいない。
 各方面の根回し、すりあわせ、丸く収めるための落としどころ探し、そういう部分が重要なのである。
 つまるところ外事特課の任務とは、その母体である外事課のそれと大きく性質を異にしない、と言えるだろう。
 相手にするのが諸外国か、異世界事案か、その違いがあるだけなのである。


「お母さん! リンクスさん!」

 白音が、名字川敬子とリンクスを見つけて声をかけた。
 ふたりは廊下で何やら立ち話をしているところだった。
 敬子はいつもの優しい笑顔で応えてくれたが、リンクスの方は小さく「やぁ」と言っただけで、なんだか覇気がない。
 こう言っては失礼かもしれないが、あまり冴えない顔をしている。
 本日のリンクスは、魔法少女ギルドの代表として当局との話をつけるのが主な任務だった。
 ギルドマスターとしてはこういう仕事が、一番神経をすり減らすらしい。

 事情聴取を終えれば、体調に問題のない少女たちは退院が決定している。
 その子たちを迎えるため、関東各地の養護施設の先生たちも再び集まっていた。
 若葉学園からは敬子理事長の他に、数名の先生も来てくれている。

 敬子は、白音たち五人の体調が僅か一日ですっかり元通りになってしまっていることに驚いたようだった。
 特に佳奈の腕などは随分酷いことになっていたのを昨日見ているが、もうすっかり平気になっている。
 ただ、魔法少女や異世界事案に関しては敬子の胸の内だけにとどめておく約束になっている。
 だから他の先生方の手前、そのことについては触れないようにしてくれていた。
 しかし敬子はリンクスにだけ、少し意味ありげな視線を送っていた。
 基本的に敬子は厳しい人だけれど人当たりは良い。
 それが何故かリンクスにだけはいつも鋭い眼光を向けているように思う。
 それがいったい何なのか、白音には『さっぱり』見当がつかない。

「皮肉なことだけど、今日久しぶりに本当の親御さんに会えた子たちもいたみたいだったわ」

 敬子がぽつりとそんな言葉を漏らすのを白音は聞いた。
 こんな事件にでも巻き込まれない限り、親の顔を見られない子供たちがいるのだ。
 敬子の何とも言えない複雑な心境が、顔に表れている。

 若葉学園の妹たちはさらわれてからそれほど経たずに救出できたため、皆体調に問題は無かった。
 四人とも元気に敬子と共に帰ることになっている。
 しかし他の施設の少女の中には、長時間の拘束で脱水や低血糖といった症状の出ている子もいるらしい。
 誘拐した者たちは少女たちの健康には気を遣っていなかったようで、ほとんど食事を与えられていなかった。
 救出が遅れていたらいったいどうなっていただろうか。
 そんなことを考えて白音がさらに怒りを募らせていると、背後から敬子に頭をわしわしと撫でられた。

「そんな顔しないの。誇りなさい。あなたたち五人が救ったのよ」

 それでふと気づいた。最近よく佳奈に似たようなタイミングでちょっかいを出されていると思う。
 何か既視感があると思っていたのだが、これだった。

「お母さん、佳奈に何か言った?」
「? いいえ。何も言ってないわよ」
「うーむ……」

 白音は、自分が思っているよりも分かりやすい人間らしい。


「そういえば白ちゃん」

 白音の髪を手ですきながら敬子が尋ねる。
 白音は謂われもなくギクッとした。
 誓って何も悪さはしていないはずだが。

「最近、髪染めてるの? 随分色が明るくなったわよね」
「こっ、これはその…………」

 小声で囁く。

「魔法少女になってから自然とこんな色になっていって…………」
「あら、そうなの。いいじゃない、綺麗な色ね。似合ってるわ。学校には私から染めてませんって言っといてあげるわね。黎鳳は厳しいでしょ? 夏休み明けてそれじゃあ絶対何か言われるわ」
「……ありがと、お母さん」

 さすがお母さんだと思う。
 白音はそんなこと、全然気が回っていなかった。
 危うく『夏休みデビュー』してしまうところだった。

「そうそう、それとあなたの誕生日、九月二十二日はお誕生会やるわよ。九月生まれの子たちのね。みんなも絶対来てね」

 敬子はそう言って、若葉学園恒例の誕生会に佳奈、莉美、そら、一恵の四人も誘ってくれた。
 このお誕生会を暗い思い出にはしたくないと敬子は考えていた。
 白音のことを想って子供たちが行動してくれた。その気持ちを、是非ハッピーエンドにしたいと思っているのだ。

「はい!!」

 チーム白音の声が気持ちよく揃った。

 公安の用意したマイクロバスに乗せられて、子供たちは帰って行った。
 窓から笑顔で手を振り振りしている姿がかわいい。
 やはり正義のヒロインたる魔法少女たちは大人気のようだった。
 一恵が転移で彼女たちを送れば一瞬なのだが、さすがにそこまでやってはいけない気がする。
 今更と思わなくもないが、一応一般の人には『魔法少女はフィクション』ということにしておかないといけない。

「……白音ちゃんて、おっきくなったらきっとあんな風になるよね」

 見送りながら莉美が佳奈にぼそっと呟いた。『あんな風』とはもちろん敬子のことだ。

「言えてる」

 ふたりの幼なじみにとっても敬子は、もうひとりの母親のような気持ちでいる。

「えー、そうかなぁ。やだなぁ。えへへ」

 まんざらでもない様子の白音を見てリンクスは、ぎりぎり食用に耐える苦虫を噛み潰したような顔をした。
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