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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第47話 星の願いを その二
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橘香は、五人の巫女少女たちが上空高く、海の方へ向けてかっ飛ばされて行くのを見てしまった。
彼女は白音たちと一緒に戦う時、いつも鬼軍曹としての体面を保つのに苦労していた。
特に今日のようにギルドのメンバーがたくさんいる時は威厳を保っているべきなのだが、これがなかなかに厳しい。
白音たちが面白すぎるのだ。
しかし「任せて」と言った以上は、後れを取るわけにはいかない。
橘香は剣を飛ばして後方支援を行っている五人の巫女に対して、その背後に銃型のスタンガンを現出させる。
白音たちのように、魔力の気配で銃の出現を察知するような芸当は巫女には出来ないようだった。
気づかれぬままにワイヤーを撃ち込み、高圧電流を流し込む。
背部の特定位置に電気的なショックを与えれば、魔法少女といえど一時的に星石と肉体の連携が麻痺することは確認されている。
特に活動エネルギーのすべてを星石に依存している巫女の場合、麻痺してしまえば一時的とはいえ体の全機能が停止する。
無力化することが可能なのである。
そらの支援によって星石の位置が正確に分かり、自由な位置に銃を現出できる橘香の魔法があればこその技だろう。
電撃を撃ち込まれて体を痙攣させ、力を失った巫女たちがばたばたと倒れた。
親通自身も五人に分裂していたのだが、その様子を見て五人全員が同じ顔をして驚いた。
敵味方双方が強化されて力が拮抗するものと予測していたのだが、とんでもない。
ここにいる魔法少女たちは皆、明らかに別格だった。
ピンクの魔法少女のおかげであれだけ大量の剣を扱えるようになった巫女たちが、こんなにあっさり倒されるとは思ってもみなかった。
親通は、大量に舞う剣に翻弄されて、ずたずたになる魔法少女たちばかりを想像していた。
黄色い奴以外の魔法少女たちも、使いようによっては十分に戦略級の兵器なのではないだろうか。
橘香が今度は放水銃を作りだし、その高圧放水で小屋の壁をばりばりとはぎ取っていく
「いやいや。それ、形は銃だけど、銃か? 水はどこから来てんだ……」
佳奈が疑問を呈したが、確かに他の銃だって弾は魔法で現れる。
水が弾なんだと思えば…………。
大量の水で泥流ができ始めているのを見つめる。
「理屈は、合ってるのか……」
心理的失認、光学迷彩、小屋の壁。親通の企みを覆い隠していた障害がすべて取り払われ、中身が露わになる。
五人に分裂している親通、異世界への転移ゲート、二十人の巫女。
それが今や、親通にのこされているすべてだった。
巫女は全員狐面をかぶっているので識別はできないが、ひとりの巫女がコピーで五人に増えているのだとしたら、今いるのは四人。
つまり035、桃澤千尋、精神操作系能力者、幻術系能力者ということになる。
そらと一恵はここ以外の戦局がかなり切迫しているようで、ふたりで立て直しに躍起になっている。
さすがのそらも、こちらの遠隔鑑定までする余裕は無くなっているようだった。
これ以上長引かせればどこかで犠牲者が出るかも知れない。
決着を急がなければならないだろう。
「敵のボス、ずぶ濡れだし」
莉美が見たまんまを指摘した。放水すればそれはそうなる。
親通も巫女たちもぐっしょり濡れている。
冬の寒空に格好がつかないが、それは仕方のないことだと白音は思う。
幸い、親通本人もあまり気にしてはいないようだ。
「なんと素晴らしい戦い。これこそが魔法少女の力。魔法少女の力とは本当に願いを叶えてくれる力なのだなぁ」
親通は五人で一斉に、下卑た笑いを浮かべた。
親通は恐らく、戦場が好きなのだ。
そういう世界へ身を置きたいのだろう。
下品で嫌な奴には違いないのだけれど、影に隠れて暗闘を好むような輩だったなら、もっと厄介なことになっていたのかもしれない。
五人ともずぶ濡れだが。
そして、やがて…………。
それまでは統率の取れていた巫女たちの動きが、徐々にちぐはぐになり始める。
最初に気づいたのはそらだった。
やや後れて親通もそれに気づく。
「なんだ、どうしたっ!?」
そして親通と対峙していた白音たちも、巫女たちに異変が起こりつつあるのを認める。
殊に五人、親通のすぐ側にいた巫女が完全に動きを止めてしまった。
その言葉が正しいのかどうかは分からないが『放心』したようになっている。
「今までは気持ち悪いくらい意思の統一された軍隊のようだったけど、乱れ始めてる。それぞれが勝手に判断して動いてるみたい。035はもう操ってない? でもあり得るの?!」
橘香はそう呟きながら、ライフルの照準を『放心』している巫女たちの方へ向けていた。
各所からの報告を聞く限り、死体操作に異常が起きて、巫女たちの指揮系統に乱れが出ている可能性が高い。
だとすれば目の前で動きを止めている巫女が、035である可能性が高いだろう。
やがてある瞬間、まるで何かの転換点を迎えたかのように、他の巫女たちの動きも止まった。
島中すべての巫女の動きが止まったようで、マインドリンクから同様の報告が次々と上がってくる。
突然、『意思の無い抜け殻のよう』になったと魔法少女たちが口々に言っている。
白音の試みが奏功しつつあることを悟ったそらが一恵を呼び戻し、ふたりとも白音の傍に寄り添う。
チーム白音の見守る目の前で、最初に放心していた五人の巫女が、おそらくは本体だけをのこしてひとりになった。
コピー能力者である親通からの支配を、振り払ったということだろう。
[今ひとりになったのが035で間違いないの。死体操作と思われる能力を持ってる]
そらが報告してくれる。
「と思われる」と言ったのは、魂や生死を扱う魔法を上手く定義づけることができず、そらの鑑定では確定的な分析ができていないためだ。
およそ論理や理屈とは、相容れない存在のように思われた。
今ならば、035はまったくの無抵抗だろう。
佳奈が白音の方を窺うが、白音は首を横に振る。
そして少しの空白を置いて、035は再び動き始めた。
真っ直ぐに親通の方へと向かっている。
「お、おい貴様っ! 命令に従え。戦えっ!!」
なおも向かってくる035に親通は拳銃を手にして発砲する。
何発も発射して、すべて035に当たっているのだが、ひるむ様子はまったくない。
佳奈は035を助けに行こうとするが、白音が今度も首を振って止める。
[035……ううん、玄野さんも、本当はもうここにはいないんだよ。あそこにあるのは、みんなの生きたかったって願いと、今はもう…………解放されたいっていう願い。そしてそれを叶えたいっていう星石の願いだけ。私には少し手を貸すことくらいしかできないんだけど、ようやく根来の洗脳から解き放たれて、巫女たちは自由になることができたの]
玄野というのは、035の本当の名前である。
玄野妙音。
NekuruCaseのレポートには氏名の記載は一切無く、すべて番号で処理されていた。
ブルームが調査の末この作戦の直前に、ようやく行方不明の少女の中から035と思われる少女の身元を突き止めてくれたのだ。
白音は、せめてその名前を心に刻んでおこうと思う。
◇
玄野は、大きな震災で身寄りを無くした子供だったそうだ。
四歳の頃、両親と共に自宅で大きな地震に遭遇して家屋が倒壊。生き埋めになっている。
地震の発生から七日後、実に百六十時間が経過して後に助け出された玄野は、『奇跡の生還』として当時大々的に報道された。
しかし実際に彼女を救ったのは奇跡などではなく、両親だった。
彼女が住んでいたのは北陸地方。
季節は秋だったとは言え、四歳児が幾夜も越せるような気温ではなかった。
自宅の倒壊時、両親が身を挺して我が子を庇い、その体でわずかな隙間を作って生かしてくれた。
そして徐々に両親の体温が失われていくのを感じつつ、七日七晩を耐え凌いだのだ。
救い出された玄野が、無遠慮に差し向けられたカメラとマイクに対して唯一発した言葉は、
「いっしょにしにたい」
だった。
彼女は白音たちと一緒に戦う時、いつも鬼軍曹としての体面を保つのに苦労していた。
特に今日のようにギルドのメンバーがたくさんいる時は威厳を保っているべきなのだが、これがなかなかに厳しい。
白音たちが面白すぎるのだ。
しかし「任せて」と言った以上は、後れを取るわけにはいかない。
橘香は剣を飛ばして後方支援を行っている五人の巫女に対して、その背後に銃型のスタンガンを現出させる。
白音たちのように、魔力の気配で銃の出現を察知するような芸当は巫女には出来ないようだった。
気づかれぬままにワイヤーを撃ち込み、高圧電流を流し込む。
背部の特定位置に電気的なショックを与えれば、魔法少女といえど一時的に星石と肉体の連携が麻痺することは確認されている。
特に活動エネルギーのすべてを星石に依存している巫女の場合、麻痺してしまえば一時的とはいえ体の全機能が停止する。
無力化することが可能なのである。
そらの支援によって星石の位置が正確に分かり、自由な位置に銃を現出できる橘香の魔法があればこその技だろう。
電撃を撃ち込まれて体を痙攣させ、力を失った巫女たちがばたばたと倒れた。
親通自身も五人に分裂していたのだが、その様子を見て五人全員が同じ顔をして驚いた。
敵味方双方が強化されて力が拮抗するものと予測していたのだが、とんでもない。
ここにいる魔法少女たちは皆、明らかに別格だった。
ピンクの魔法少女のおかげであれだけ大量の剣を扱えるようになった巫女たちが、こんなにあっさり倒されるとは思ってもみなかった。
親通は、大量に舞う剣に翻弄されて、ずたずたになる魔法少女たちばかりを想像していた。
黄色い奴以外の魔法少女たちも、使いようによっては十分に戦略級の兵器なのではないだろうか。
橘香が今度は放水銃を作りだし、その高圧放水で小屋の壁をばりばりとはぎ取っていく
「いやいや。それ、形は銃だけど、銃か? 水はどこから来てんだ……」
佳奈が疑問を呈したが、確かに他の銃だって弾は魔法で現れる。
水が弾なんだと思えば…………。
大量の水で泥流ができ始めているのを見つめる。
「理屈は、合ってるのか……」
心理的失認、光学迷彩、小屋の壁。親通の企みを覆い隠していた障害がすべて取り払われ、中身が露わになる。
五人に分裂している親通、異世界への転移ゲート、二十人の巫女。
それが今や、親通にのこされているすべてだった。
巫女は全員狐面をかぶっているので識別はできないが、ひとりの巫女がコピーで五人に増えているのだとしたら、今いるのは四人。
つまり035、桃澤千尋、精神操作系能力者、幻術系能力者ということになる。
そらと一恵はここ以外の戦局がかなり切迫しているようで、ふたりで立て直しに躍起になっている。
さすがのそらも、こちらの遠隔鑑定までする余裕は無くなっているようだった。
これ以上長引かせればどこかで犠牲者が出るかも知れない。
決着を急がなければならないだろう。
「敵のボス、ずぶ濡れだし」
莉美が見たまんまを指摘した。放水すればそれはそうなる。
親通も巫女たちもぐっしょり濡れている。
冬の寒空に格好がつかないが、それは仕方のないことだと白音は思う。
幸い、親通本人もあまり気にしてはいないようだ。
「なんと素晴らしい戦い。これこそが魔法少女の力。魔法少女の力とは本当に願いを叶えてくれる力なのだなぁ」
親通は五人で一斉に、下卑た笑いを浮かべた。
親通は恐らく、戦場が好きなのだ。
そういう世界へ身を置きたいのだろう。
下品で嫌な奴には違いないのだけれど、影に隠れて暗闘を好むような輩だったなら、もっと厄介なことになっていたのかもしれない。
五人ともずぶ濡れだが。
そして、やがて…………。
それまでは統率の取れていた巫女たちの動きが、徐々にちぐはぐになり始める。
最初に気づいたのはそらだった。
やや後れて親通もそれに気づく。
「なんだ、どうしたっ!?」
そして親通と対峙していた白音たちも、巫女たちに異変が起こりつつあるのを認める。
殊に五人、親通のすぐ側にいた巫女が完全に動きを止めてしまった。
その言葉が正しいのかどうかは分からないが『放心』したようになっている。
「今までは気持ち悪いくらい意思の統一された軍隊のようだったけど、乱れ始めてる。それぞれが勝手に判断して動いてるみたい。035はもう操ってない? でもあり得るの?!」
橘香はそう呟きながら、ライフルの照準を『放心』している巫女たちの方へ向けていた。
各所からの報告を聞く限り、死体操作に異常が起きて、巫女たちの指揮系統に乱れが出ている可能性が高い。
だとすれば目の前で動きを止めている巫女が、035である可能性が高いだろう。
やがてある瞬間、まるで何かの転換点を迎えたかのように、他の巫女たちの動きも止まった。
島中すべての巫女の動きが止まったようで、マインドリンクから同様の報告が次々と上がってくる。
突然、『意思の無い抜け殻のよう』になったと魔法少女たちが口々に言っている。
白音の試みが奏功しつつあることを悟ったそらが一恵を呼び戻し、ふたりとも白音の傍に寄り添う。
チーム白音の見守る目の前で、最初に放心していた五人の巫女が、おそらくは本体だけをのこしてひとりになった。
コピー能力者である親通からの支配を、振り払ったということだろう。
[今ひとりになったのが035で間違いないの。死体操作と思われる能力を持ってる]
そらが報告してくれる。
「と思われる」と言ったのは、魂や生死を扱う魔法を上手く定義づけることができず、そらの鑑定では確定的な分析ができていないためだ。
およそ論理や理屈とは、相容れない存在のように思われた。
今ならば、035はまったくの無抵抗だろう。
佳奈が白音の方を窺うが、白音は首を横に振る。
そして少しの空白を置いて、035は再び動き始めた。
真っ直ぐに親通の方へと向かっている。
「お、おい貴様っ! 命令に従え。戦えっ!!」
なおも向かってくる035に親通は拳銃を手にして発砲する。
何発も発射して、すべて035に当たっているのだが、ひるむ様子はまったくない。
佳奈は035を助けに行こうとするが、白音が今度も首を振って止める。
[035……ううん、玄野さんも、本当はもうここにはいないんだよ。あそこにあるのは、みんなの生きたかったって願いと、今はもう…………解放されたいっていう願い。そしてそれを叶えたいっていう星石の願いだけ。私には少し手を貸すことくらいしかできないんだけど、ようやく根来の洗脳から解き放たれて、巫女たちは自由になることができたの]
玄野というのは、035の本当の名前である。
玄野妙音。
NekuruCaseのレポートには氏名の記載は一切無く、すべて番号で処理されていた。
ブルームが調査の末この作戦の直前に、ようやく行方不明の少女の中から035と思われる少女の身元を突き止めてくれたのだ。
白音は、せめてその名前を心に刻んでおこうと思う。
◇
玄野は、大きな震災で身寄りを無くした子供だったそうだ。
四歳の頃、両親と共に自宅で大きな地震に遭遇して家屋が倒壊。生き埋めになっている。
地震の発生から七日後、実に百六十時間が経過して後に助け出された玄野は、『奇跡の生還』として当時大々的に報道された。
しかし実際に彼女を救ったのは奇跡などではなく、両親だった。
彼女が住んでいたのは北陸地方。
季節は秋だったとは言え、四歳児が幾夜も越せるような気温ではなかった。
自宅の倒壊時、両親が身を挺して我が子を庇い、その体でわずかな隙間を作って生かしてくれた。
そして徐々に両親の体温が失われていくのを感じつつ、七日七晩を耐え凌いだのだ。
救い出された玄野が、無遠慮に差し向けられたカメラとマイクに対して唯一発した言葉は、
「いっしょにしにたい」
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