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1章辺鄙な領にて

16話数日

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生まれてから数日、リビングルームで、俺はヘビー服を着て、格子型のゆりかごにて、ミルクの入った瓶をグビグビと飲んでいた。
 最近、お母さんは粉ミルクの調乳法を覚えた。
 まず、瓶や蓋を洗い、できるだけ菌をコロス。あとはちゃんと石鹸で手を洗うことを忘れずに、布で拭き取ることも忘れずに。
 そして、綺麗な緑水を沸騰させ、高温になり、ある程度冷ましたら哺乳瓶に注ぐ。
 そして、哺乳瓶に入ったお湯に粉ミルクを入れ、氷の入ったボールの上で冷まして、適切な温度になったら授乳する。

「ぷはぁぁぁー。母さんの方が断然美味いが、こっちも悪くない」

 ちなみこの粉ミルクはミルクフォードといううちで買ってる高級な全面真っ白い牛の乳から搾取したミルクを殺菌し、乾燥させ、粉末にしたもの。

【ミルクフォードのミルク】
栄養 ガルシウム、タンパク種、ビレロA1B1、脂が多い

ガルシウム 骨や歯を作る。血液を凝固、心筋や筋肉に作用、細胞分裂促進。
タンパク 臓器や筋肉など身体作りに活用。
ビレロA1 発育促進、細菌への抵抗力を高める
ビレロB1食欲増進
脂 タンパク質より倍のエネルギーがある

 ミルクってこんなに栄養があるんだな。
 ところで、リビングルームとは言っても、ほとんど俺が生まれたために、家族全員がシウスの面倒を見やすいように改築された俺専用の部屋だ。
 外は東の森林と庭が見え、壁を壊した開放的なベランダ、モフモフの白毛皮の絨毯が敷かれ、暖炉、子供椅子、ゴムボール、その他玩具の遊具を備えた部屋だ。
 奥を進むと、家族で食事する長机が備えつけられた食の間がある。
 すると、奥の方で、振り子時計がゴーン、ゴーンと荘厳な鐘の音を鳴らし、午後3時を知らせる。
 はぁ……もう、そんな時間か。それにしても……うまっ……このミルク超旨い……濃厚で、甘味が凝縮され、かつ舌に残らない上質な味となっている。
 これは、ミルクフォードという最高級の牛の搾りたてのミルク。
 ぷはっ……あっという間に飲み干してしまった……おかわり! って誰もいない。
 そんな時に、キンコンカンコンと玄関の鐘の音が鳴り、ダダダダダダと騒がしい音が聞こえた。

「誰だろう……お客さんかな?」
 
 やがて、うとうと眠くなって来た頃合い、おかっぱの黒髪、3歳ぐらいの美少女が目の前にいた。
 前髪を切り揃え、透き通った真っ白い肌、睫毛の長い、猫のようなくりくりとした群青の両眼、身を乗り出して、じっと見ていた。

「え」

「なんでぇ……あかちゃん……なのにしゃべってるのぉ?」

 俺の3歳上の姉ストラノだ。
 今日は魔育教室の日だったな。
 3歳にして、塾通いは大変だ。
 ところで、塾通いの姉と言っても、俺と変わらない赤ん坊みたいなもんだ。
 焦点は合わず、指を咥え、よだれも垂らしてるぐらい、おてんばな少女。
 まず、魔術の前に学ぶべきこといっぱいありそうな気がするが。

「ねぇ? なんで! なんで! なんで! なんでぇ!!!!」 

「あ、あんまり、揺らさないでくれ! 壊れるぞ、危ないから、やめてくれ」

「また……あかちゃんがしゃべった……あかちゃんがしゃべった、しゃべった、しゃべった」
 
 はぁ……。
 ピクッとエルフのような小さな耳が飛び出し、未確認生命体を見たかのような両眼で、口を震わし、応じてギゴギゴとゆりかごを揺らしていた。

「だから……あぶっ」

 うわ…………。
 そして、ストラノは態勢を崩し、ゆりかごの中に身を預けるようにドスンと入ってきて、少し顔をしかめて、可愛いらしく頭を押さえた。
 あーあ、だから、言わんこっちゃない。

「いててっっ……おちったぁ」

「ストラノ、早く降りてくれ、俺の新品のゆりかごが壊れてしまうんだ」

「……」

「なぜ、急に黙る……そんなに黙って見つめられると困ってしまうんだが」

「なんでぇ……ストのことしってるのぉ?」

「子供は知らなくていいんだよ」

「あかちゃんもこどもでしょ? へんなの」

「そこは気にしなくていいから」

「なんか、えらそうに……えいっ」

 ストラノはムッとした表情で、ぶら下げていたゴブリンの人形を投げてきた。
 そのゴブリンの人形は角が欠け、緑の皮膚は色褪せ、ほつれた箇所も見られ、使い古されている。
 
「痛いじゃないか? 何するんだ?」
「なに? ストラノはわたしたただけだよぉ」
「いやいや、どう見ても、俺にぶつけてきたじゃないか。というか、物は大切にしないといけないんだぞ、それはおもちゃも同じだ。いい加減にしろ」
「ちいさいのになまいきだね、おかあさぁーん! あかちゃんがしゃべったよ!!!!」

 ストラノは甲高い大声を出しながらゆりかごからよじ登って、一目散に部屋を出て行った。
 こいつ……待て!
 数分後、サリバンのただいまーという声と共に、ダダダダダダと廊下を駆ける音とストラノの話し声が聞こえてくる。

「サリバンおねえちゃま!」
「どうしたの!」
「おねぇちゃまきいてぇ、きいてぇ」
「どうしたの?」
「あのね……あそこのおへやでね……ねんねしてるあかちゃんがね……おしゃべりしてたのぉ」
 
 ストラノはまだ、俺を実の弟と認識してないらしい。

「え!? ストもシウスがしゃべったのをきいたのね! ほら、やっぱりね……このまえシウスがしゃべったのはうそじゃなかったのね……あったまきたわ。スト、お姉ちゃんにまかせなさい」
「うん! おねぇちゃまにまかせる! まかせる!」

 そして、ダダダダダとより二倍になった騒がしい音が聞こえ、そこに二人の美少女がまるで犯人を見つけたかのような視線とただならぬ雰囲気をさせて、この部屋にドシドシと入ってきた。

「いたわ!」

 というか……なんで喋ったぐらいでこんな怒って、大騒ぎになるんだよ。
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