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エルフの少女と共に畑を耕す
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森の朝は静かだ。
小鳥のさえずりが目覚まし代わりになり、風のそよぎがカーテン代わりになる。風間悠馬は、今日も木で組んだ小屋の中で目を覚ました。
隣で、灰色の毛並みをした狼の魔物──ルーファスが丸くなって眠っている。昨夜の焚き火のぬくもりがまだ少し残っていた。
「おはよう、ルーファス」
ルーファスがのっそりと顔を上げ、大きなあくびをひとつ。その仕草はもうすっかりペットのようだったが、悠馬はこの魔物の力をよく知っていた。
以前、森の奥で現れた別の魔物──巨大なイノシシを一撃で倒した実力者だ。あれ以来、悠馬の中でルーファスは「最強の番犬」以上の存在となっている。
小屋を出ると、森の中にもかかわらず、周囲は少しずつ開け始めていた。自作の道具で切り拓いた土地に、畝(うね)が並ぶ。そこに昨日撒いた種が、ほんのわずかだが芽吹いていた。
「……よし。今日もやるぞ」
木のバケツを片手に、水場からの往復を繰り返す。最初は水を汲むだけでふらふらだったが、最近は肩で運べるようになった。生活が体を鍛える──それを実感する毎日だった。
「──それは、ちょっと間違ってるわ」
ふいに、聞き覚えのある声が後ろからかかった。
振り返ると、森の奥からエルフの少女、リリーナが歩いてきていた。今日は深緑のワンピースに白いエプロンを合わせている。その手には、編み籠と数本の植物。
「間違ってるって?」
「その作り方だと、雨が降ったら畝が崩れるわ。エルフの農法なら、もう少し緩やかな傾斜をつけて、排水も考えるの」
悠馬が作った畑を見渡して、リリーナは小さく首をかしげた。
彼女はあの日以来、時折こうして様子を見に来るようになっていた。森の守人として、無闇な開拓を監視するつもりだったのかもしれない。しかし今は、それ以上に──興味を持ってくれているようだった。
「じゃあ、教えてもらってもいい?」
悠馬がそう頼むと、リリーナは少しだけ驚いたように目を見開き、そしてふわりと笑った。
「もちろん。私、植物と触れ合うのは得意だから」
午前中はふたりで土をならし、畝の角度を調整した。リリーナは手際よく鍬を動かし、悠馬にコツを伝えてくれる。見た目は華奢だが、土に触れる手は確かだった。
「へえ……リリーナって、けっこう力あるんだな」
「ふふ、エルフは自然と共に生きてるから、こういうことは子供の頃からしてるの」
そう言いながら、彼女は手にしたスコップで根菜を掘り返していく。小さなニンジンのようなものが、ぽろりと顔を出した。
「これは“サンタリラ”。煮ても焼いても美味しいの。食べてみる?」
「ありがたく。今日の晩飯決定だな」
ふたりは顔を見合わせて笑い合った。
昼休み。悠馬が用意した木製ベンチにふたりで座り、簡単な昼食をとった。リリーナが持ってきた干し果物と、悠馬が焼いた素朴なパン。それを頬張りながら、ふたりは言葉を交わした。
「悠馬は……どうして、こんな場所で暮らしてるの?」
その問いに、悠馬は少し迷ったあと、静かに答えた。
「うまく言えないけど……自分の手で、何かを作って生きてみたかったんだと思う」
「“自分の手で”……それって、すごく素敵」
リリーナは、どこか遠くを見るように言った。
「私たちエルフは、ずっと森で守られて生きてきた。けれど……こうやって何かを生み出すって、すごく特別なことだと思うの」
その横顔は、森よりも澄んで、美しかった。
午後は、作業中に小さな騒動が起きた。
森の中から、妙な鳴き声が響いたのだ。
「ピィ……ピィィ……!」
「……子ヤギ?」
声の主をたどっていくと、茂みの中に、まだ赤ん坊のようなヤギが倒れていた。片足を怪我しているようで、動けずにぴくぴくと震えている。
「こんなところで……親とはぐれたのかも」
「治してあげられる?」
悠馬の問いに、リリーナはうなずくと、薬草袋から何かを取り出した。砕いた葉を水で練り、小さな包帯のようにして足に巻きつける。
「これで少しは楽になるはず」
小さな命を慈しむその手つきに、悠馬の胸が温かくなった。
「この子も……飼ってみようかな。ルーファスが許せばだけど」
「……ルーファスは優しいわ。きっと大丈夫よ」
そう言うと、リリーナはルーファスの頭を撫でた。魔物である彼は、まるで子犬のように尻尾を振った。
「お前……リリーナには甘いな?」
「ガウ?」
「……まあ、いいけど」
こうして、小さなヤギ──後に「ユキ」と名付けられるその子が、家族に加わった。
夕暮れ時、畑作業を終えたふたりは、小屋の前で焚き火を囲んでいた。リリーナは編み物をしながら、悠馬は鍋をかき回している。今夜の献立は、サンタリラのポトフとパン。
「こうして食事を囲むの、いいね」
「……ああ。なんだか、家族みたいだな」
リリーナは少し驚いたように顔を上げ、そして、照れたように笑った。
「それ……悪くないかもね」
火の灯りに照らされて、彼女の笑顔が柔らかく揺れた。
悠馬はその時、ふと考えた。
──この森で、もっと大きな家を建てて。畑も広げて。動物も増えて。リリーナと一緒に、暮らしていけたら──
それはまだ言葉にはしなかったけれど、確かに芽生えた夢だった。
こうして、風間悠馬の異世界での生活は少しずつ形を成し始める。
エルフの少女と力を合わせた畑仕事。森で出会った小さな命。焚き火を囲む穏やかな時間。
それは、静かだけれど確かな、幸せの始まりだった。
小鳥のさえずりが目覚まし代わりになり、風のそよぎがカーテン代わりになる。風間悠馬は、今日も木で組んだ小屋の中で目を覚ました。
隣で、灰色の毛並みをした狼の魔物──ルーファスが丸くなって眠っている。昨夜の焚き火のぬくもりがまだ少し残っていた。
「おはよう、ルーファス」
ルーファスがのっそりと顔を上げ、大きなあくびをひとつ。その仕草はもうすっかりペットのようだったが、悠馬はこの魔物の力をよく知っていた。
以前、森の奥で現れた別の魔物──巨大なイノシシを一撃で倒した実力者だ。あれ以来、悠馬の中でルーファスは「最強の番犬」以上の存在となっている。
小屋を出ると、森の中にもかかわらず、周囲は少しずつ開け始めていた。自作の道具で切り拓いた土地に、畝(うね)が並ぶ。そこに昨日撒いた種が、ほんのわずかだが芽吹いていた。
「……よし。今日もやるぞ」
木のバケツを片手に、水場からの往復を繰り返す。最初は水を汲むだけでふらふらだったが、最近は肩で運べるようになった。生活が体を鍛える──それを実感する毎日だった。
「──それは、ちょっと間違ってるわ」
ふいに、聞き覚えのある声が後ろからかかった。
振り返ると、森の奥からエルフの少女、リリーナが歩いてきていた。今日は深緑のワンピースに白いエプロンを合わせている。その手には、編み籠と数本の植物。
「間違ってるって?」
「その作り方だと、雨が降ったら畝が崩れるわ。エルフの農法なら、もう少し緩やかな傾斜をつけて、排水も考えるの」
悠馬が作った畑を見渡して、リリーナは小さく首をかしげた。
彼女はあの日以来、時折こうして様子を見に来るようになっていた。森の守人として、無闇な開拓を監視するつもりだったのかもしれない。しかし今は、それ以上に──興味を持ってくれているようだった。
「じゃあ、教えてもらってもいい?」
悠馬がそう頼むと、リリーナは少しだけ驚いたように目を見開き、そしてふわりと笑った。
「もちろん。私、植物と触れ合うのは得意だから」
午前中はふたりで土をならし、畝の角度を調整した。リリーナは手際よく鍬を動かし、悠馬にコツを伝えてくれる。見た目は華奢だが、土に触れる手は確かだった。
「へえ……リリーナって、けっこう力あるんだな」
「ふふ、エルフは自然と共に生きてるから、こういうことは子供の頃からしてるの」
そう言いながら、彼女は手にしたスコップで根菜を掘り返していく。小さなニンジンのようなものが、ぽろりと顔を出した。
「これは“サンタリラ”。煮ても焼いても美味しいの。食べてみる?」
「ありがたく。今日の晩飯決定だな」
ふたりは顔を見合わせて笑い合った。
昼休み。悠馬が用意した木製ベンチにふたりで座り、簡単な昼食をとった。リリーナが持ってきた干し果物と、悠馬が焼いた素朴なパン。それを頬張りながら、ふたりは言葉を交わした。
「悠馬は……どうして、こんな場所で暮らしてるの?」
その問いに、悠馬は少し迷ったあと、静かに答えた。
「うまく言えないけど……自分の手で、何かを作って生きてみたかったんだと思う」
「“自分の手で”……それって、すごく素敵」
リリーナは、どこか遠くを見るように言った。
「私たちエルフは、ずっと森で守られて生きてきた。けれど……こうやって何かを生み出すって、すごく特別なことだと思うの」
その横顔は、森よりも澄んで、美しかった。
午後は、作業中に小さな騒動が起きた。
森の中から、妙な鳴き声が響いたのだ。
「ピィ……ピィィ……!」
「……子ヤギ?」
声の主をたどっていくと、茂みの中に、まだ赤ん坊のようなヤギが倒れていた。片足を怪我しているようで、動けずにぴくぴくと震えている。
「こんなところで……親とはぐれたのかも」
「治してあげられる?」
悠馬の問いに、リリーナはうなずくと、薬草袋から何かを取り出した。砕いた葉を水で練り、小さな包帯のようにして足に巻きつける。
「これで少しは楽になるはず」
小さな命を慈しむその手つきに、悠馬の胸が温かくなった。
「この子も……飼ってみようかな。ルーファスが許せばだけど」
「……ルーファスは優しいわ。きっと大丈夫よ」
そう言うと、リリーナはルーファスの頭を撫でた。魔物である彼は、まるで子犬のように尻尾を振った。
「お前……リリーナには甘いな?」
「ガウ?」
「……まあ、いいけど」
こうして、小さなヤギ──後に「ユキ」と名付けられるその子が、家族に加わった。
夕暮れ時、畑作業を終えたふたりは、小屋の前で焚き火を囲んでいた。リリーナは編み物をしながら、悠馬は鍋をかき回している。今夜の献立は、サンタリラのポトフとパン。
「こうして食事を囲むの、いいね」
「……ああ。なんだか、家族みたいだな」
リリーナは少し驚いたように顔を上げ、そして、照れたように笑った。
「それ……悪くないかもね」
火の灯りに照らされて、彼女の笑顔が柔らかく揺れた。
悠馬はその時、ふと考えた。
──この森で、もっと大きな家を建てて。畑も広げて。動物も増えて。リリーナと一緒に、暮らしていけたら──
それはまだ言葉にはしなかったけれど、確かに芽生えた夢だった。
こうして、風間悠馬の異世界での生活は少しずつ形を成し始める。
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それは、静かだけれど確かな、幸せの始まりだった。
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