異世界農家のスローライフ

asahi

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小さな命と、森の音

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春の息吹が、森全体を包み始めていた。朝露が光を反射し、木々の枝先には新芽が顔を出している。悠馬は木製の桶を抱えて、いつものようにユキの元へ向かっていた。

「おはよう、ユキ。今日も頼むよ」

「めぇぇ」

ユキは穏やかな鳴き声で答え、搾乳の体勢をとる。毎朝のルーティンだが、この一連の流れにもすっかり慣れてきた。やがて桶が白い液体で満たされていき、森の朝に静かな時間が流れる。

「ほんと助かるよ。リリーナがチーズ作ってくれるの楽しみにしてるんだ」

木のベンチでそれを待っていたリリーナが、微笑んだ。

「ふふ、ユキのおかげでいろんな料理に挑戦できてるわ。今度はミルクパンにも挑戦してみようかしら」

彼女の銀髪が朝日を受けて、まるで淡く光っているように見える。家庭の温もりが、悠馬の胸をじんわりと満たしていった。

だが、この朝はいつもと違う出来事が待っていた。

森の奥から、かすかな鳴き声が聞こえた。

「……今の、聞こえた?」

「ええ。何かの、赤ちゃん?」

二人は目を見合わせた。鳴き声はか細く、けれど確かに命の存在を感じさせるものだった。悠馬はシエルを呼び、声の方向へ慎重に進んでいく。

「シエル、頼む。警戒しながら近づこう」

「ウォゥ」

シエルは静かに頷き、鼻を利かせて鳴き声の源を探った。

そして、しばらくの探索の末――

小さな切り株の影に、羽毛のようなものに包まれた丸い生き物が身を震わせていた。

「これは……雛?」

「ピィ……ピィ……」

その子は明らかに魔物でありながら、まだ幼く、生まれたばかりのようだった。姿は鳥型だが、ピコやポコとは異なり、淡い緑色の羽をしている。だが足元に落ちた殻や乱れた巣の跡を見るに、親は既にいないのだろう。

悠馬はそっと手を伸ばした。

「大丈夫だよ。怖くない。うちにおいで」

雛は一瞬身をすくませたが、悠馬の体温を感じたのか、次第に落ち着いて彼の手に包まれていく。

「この子も仲間になれるかな」

「ええ、きっと大丈夫。あなたの手は、いつだって優しいから」

リリーナの言葉が、森に温かな風を吹かせた。

こうして、森の家族はまたひとつ増えることになった。

「ピィ!」

「……おや、これはまた可愛らしい子じゃな」

数日後、訪れたゼムも雛を見て目を細めていた。

「名前は決めたのかの?」

「まだだけど……どうしようかな」

「森に現れた奇跡の子じゃし、“ミリィ”なんてどうじゃ? 森(ミリュ)から生まれた子、という意味でのぅ」

「……いいね、それ。ミリィ」

悠馬が呼ぶと、雛はピコッと跳ねて彼の肩に飛び乗った。

「ピィ!」

ピコも興味津々で近づいてきて、ミリィの羽を軽く突っつく。ミリィは小さく反応しながらも、ピコやポコに馴染んでいった。

新しい命は、既にこの家族の一員となりつつある。

数日後――

ノアも少しずつ森を歩き始めていた。

「キィ!」

「おぉ、元気じゃな、ちびすけ!」

チュンも飛び回りながらミリィとじゃれ合い、ルーファスはその様子を静かに見守っている。ユノはリリーナの足元で丸くなって昼寝中、ユキはピコと一緒に草をつついている。

そして、シエルは少し離れた岩の上から、すべてを見守るように座っていた。

「……こうして見ると、ほんと賑やかになったな」

「ええ。最初は私とあなたと、シエルとピコだけだったのにね」

リリーナはその視線の先にある景色を見つめながら、小さく微笑んだ。

「このまま、もっと広がっていけばいいな。森に、命がいっぱい満ちていくように」

「うん。きっとそうなるよ」

二人の手が自然と重なり、その温もりが未来を示すようだった。

その夜――

星がまたたく静かな森の夜。リリーナが火の灯る炉の前で、ふと口を開いた。

「悠馬。もし……私たちにも、赤ちゃんができたら、どうする?」

「……え?」

不意打ちのような問いに、悠馬は一瞬言葉を失った。

「急にどうしたの?」

「さっき、あの子たちの姿を見てたら、なんだか……未来のことを、考えたくなっちゃって」

悠馬は少し照れくさそうに頬をかきながら、やがて真っ直ぐに彼女の目を見た。

「きっと……すごく嬉しいと思う。僕、家族って、もっと大事にしたいから」

リリーナの銀の瞳が、静かに細くなった。

「……ありがとう。私も、そう思う」

その夜、森にはまたひとつ、新しい夢が芽吹いた。

まだ見ぬ未来の小さな命。

森は、それを包むように、静かに息づいていた。
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