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第一章:焔に刻まれた予言
第十八話:赤い芽吹き、灰の町にて
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平野を渡る風は冷たかったが、鼻先にかすかな鉄臭が混じっていた。乾いた灰の匂いの奥で、血と煙が微かに漂っている。ルカは歩を止め、耳を澄ませる。遠くで金属が打ち合う音と、短い悲鳴が混ざった。
「間に合うか?」
問いに、リセルはわずかに笑みを浮かべた。
「間に合わせる」
二人は灰を蹴り、街道を駆けた。月明かりの下、町の輪郭が徐々に近づく。低い石壁に囲まれた小さな町――はずだった。だが、壁の一角が黒く侵食され、影脈の細枝がまるで蔓のように絡みついている。
門は開き放たれ、衛兵の姿は見えない。影霧が流れ込み、家々の窓からは赤い光が洩れていた。その光は炎ではない。影が灯す、命を餌にした赤だ。
「ルカ、あれを見ろ」
リセルが指差す先、町の中央広場で一本の柱のような影が芽吹いていた。先ほど平野で見た黒柱よりも細いが、異様に速く伸びている。柱の表面からは無数の蔦のような影が広がり、家屋や通りを這っていた。
「成長が早すぎる……町全体が根にされてる」
「切り離す」
二人は通りを駆け抜け、広場へと突入した。人々は既に影の中に沈みかけていた。足や腕が黒く染まり、目は虚ろに開いている。生きているが、意識は鎖に繋がれている。
「まだ間に合う奴らは?」
「……広場の端だ。影が足元まで来ていない」
ルカは迷わずそこへ走り、影蔦を切り払って人々を引き離す。リセルは柱に向かい、刃を抜いた。
契約印が熱を放ち、柱の根元が微かに揺らぐ。だが、影の主はこの介入を予期していたのか、蔦の一本が槍のように変形してリセルの胸を狙った。
鋭い風切り音。
リセルは上体をひねって躱し、逆にその蔦を掴んで引き寄せた。刃を振り抜くと、黒い液体が弧を描いて飛び散る。切断された先端は地面に落ちると、すぐに小さな影鎧へと変化した。
「小型まで作れるのかよ……」
影鎧は無言で斬りかかってきた。リセルは迎撃しつつ、柱から目を離さない。蔦の一部は広場の外へ伸び、町の外壁を乗り越えようとしている。
そのとき、ルカが人々を安全な場所へ押しやると同時に叫んだ。
「根を焼く! 下がれ!」
リセルは即座に距離を取った。ルカの印が赤く光り、短剣の刃が灼けるような輝きを帯びる。彼が地面を突くと、土中の蔦が爆ぜ、黒煙が広がった。柱の成長が一瞬だけ止まる。
「今だ!」
リセルは全身の力を込め、柱の基部へ斬り込む。白光が黒を裂き、内部から赤い脈が露わになった。それはまるで生きた筋肉のように蠢き、刃を押し返そうとする。
「抵抗してる……!」
「押し通せ!」
ルカが背後から加勢し、二人の刃が赤脈を挟み込む。その瞬間、町全体が低く唸り、影が一斉に引き攣れた。柱の頂から黒い霧が噴き出し、空へと逃げる。
しかし安堵する暇はなかった。霧の中から、巨大な眼が覗いていた。棺界の奥底から覗く影の主の眼――まっすぐ二人を見据え、獲物を記憶する目だ。
「見られたな」
「……ああ。次はもっと深く噛まれる」
眼はゆっくりと瞬きし、霧と共に消えた。柱は崩れ落ち、町に残っていた影は灰となって風に散る。人々は徐々に意識を取り戻し、震える声で礼を述べた。
だが、リセルとルカはそれを背に受けながらも、視線を交わす。
「牙を折る戦いは、これからだ」
「次は、噛まれる前に喉笛を裂く」
二人は町を後にし、再び街道へと歩みを進めた。夜はまだ深く、赤い芽吹きはどこか別の場所で根を広げている。
「間に合うか?」
問いに、リセルはわずかに笑みを浮かべた。
「間に合わせる」
二人は灰を蹴り、街道を駆けた。月明かりの下、町の輪郭が徐々に近づく。低い石壁に囲まれた小さな町――はずだった。だが、壁の一角が黒く侵食され、影脈の細枝がまるで蔓のように絡みついている。
門は開き放たれ、衛兵の姿は見えない。影霧が流れ込み、家々の窓からは赤い光が洩れていた。その光は炎ではない。影が灯す、命を餌にした赤だ。
「ルカ、あれを見ろ」
リセルが指差す先、町の中央広場で一本の柱のような影が芽吹いていた。先ほど平野で見た黒柱よりも細いが、異様に速く伸びている。柱の表面からは無数の蔦のような影が広がり、家屋や通りを這っていた。
「成長が早すぎる……町全体が根にされてる」
「切り離す」
二人は通りを駆け抜け、広場へと突入した。人々は既に影の中に沈みかけていた。足や腕が黒く染まり、目は虚ろに開いている。生きているが、意識は鎖に繋がれている。
「まだ間に合う奴らは?」
「……広場の端だ。影が足元まで来ていない」
ルカは迷わずそこへ走り、影蔦を切り払って人々を引き離す。リセルは柱に向かい、刃を抜いた。
契約印が熱を放ち、柱の根元が微かに揺らぐ。だが、影の主はこの介入を予期していたのか、蔦の一本が槍のように変形してリセルの胸を狙った。
鋭い風切り音。
リセルは上体をひねって躱し、逆にその蔦を掴んで引き寄せた。刃を振り抜くと、黒い液体が弧を描いて飛び散る。切断された先端は地面に落ちると、すぐに小さな影鎧へと変化した。
「小型まで作れるのかよ……」
影鎧は無言で斬りかかってきた。リセルは迎撃しつつ、柱から目を離さない。蔦の一部は広場の外へ伸び、町の外壁を乗り越えようとしている。
そのとき、ルカが人々を安全な場所へ押しやると同時に叫んだ。
「根を焼く! 下がれ!」
リセルは即座に距離を取った。ルカの印が赤く光り、短剣の刃が灼けるような輝きを帯びる。彼が地面を突くと、土中の蔦が爆ぜ、黒煙が広がった。柱の成長が一瞬だけ止まる。
「今だ!」
リセルは全身の力を込め、柱の基部へ斬り込む。白光が黒を裂き、内部から赤い脈が露わになった。それはまるで生きた筋肉のように蠢き、刃を押し返そうとする。
「抵抗してる……!」
「押し通せ!」
ルカが背後から加勢し、二人の刃が赤脈を挟み込む。その瞬間、町全体が低く唸り、影が一斉に引き攣れた。柱の頂から黒い霧が噴き出し、空へと逃げる。
しかし安堵する暇はなかった。霧の中から、巨大な眼が覗いていた。棺界の奥底から覗く影の主の眼――まっすぐ二人を見据え、獲物を記憶する目だ。
「見られたな」
「……ああ。次はもっと深く噛まれる」
眼はゆっくりと瞬きし、霧と共に消えた。柱は崩れ落ち、町に残っていた影は灰となって風に散る。人々は徐々に意識を取り戻し、震える声で礼を述べた。
だが、リセルとルカはそれを背に受けながらも、視線を交わす。
「牙を折る戦いは、これからだ」
「次は、噛まれる前に喉笛を裂く」
二人は町を後にし、再び街道へと歩みを進めた。夜はまだ深く、赤い芽吹きはどこか別の場所で根を広げている。
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