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9.陽炎姫の刺繍-④
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剣術の鍛錬を終えたヨアンは、今朝渡したばかりのハンカチを手にし、ゆったりとダイニングテーブルについてフェリシアを待っていた。シャワーを浴びて着替えを済ませたようで、呂色の髪がやや濡れていて、くらくらするほど艶やかで美しい。
「遅くなり申し訳ございません」
フェリシアが詫びるとヨアンは悠然と微笑んで立ち上がり、椅子を引きフェリシアを座らせながら、また赤面するようなことをさらりと口にする。
「気にするな。フェリシアを待つ時間すら俺には至福だ」
「――っ」
耳元で囁かれ、答えに窮してフェリシアは俯く。
(ヨアン様、いつもいつも心臓に悪いです…)
思わず手にしていた完成したばかりのハンカチをぎゅっと握りしめてしまい、はっとする。幸い皺にはなっておらず、ほっとした。
「あ、あの、こちらもう一枚出来上がりましたので、どうぞお使いください」
差し出すと、ヨアンが驚喜の表情で、ハンカチを受け取った。
「もう完成させてくれたのか?しかも今朝もらったものと少しデザインが違うな。このデザインもとてもいい」
滲み出る喜びを隠しきれないように顔を輝かせるヨアンを見て、フェリシアは胸がきゅうっとした。もっとこういうヨアンの表情を見たいという願望が湧き上がる。
「ご要望がございましたら、おっしゃっていただければ…。できる限り沿わせていただきます」
ヨアンは微笑みながら首を振った。
「フェリシアが俺のために考えて、これほど美しい刺繍をしてくれているんだ。これ以上のものなどない。幸せすぎて夢のようだ。ただ、根を詰め過ぎないでくれたらそれでいい。――それと、フェリシア、この刺繍なのだが、癒しの力を籠めてくれていたんだな」
ヨアンが二枚のハンカチを両手で大切そうに包み込む。
「え?そうでしたか?意識はしていなかったのですが…」
フェリシアが驚いてヨアンを見つめると、ヨアンも驚いた表情に変わる。
「無意識だったのか?受け取った時から仄かに魔力を感じていたが、今日これをポケットに入れて鍛錬をして、その力を確信した。いつもと同じ鍛錬をしても、疲労感がほとんどないんだ。身体も軽い。昔フェリシアが救ってくれた時と同じ魔力の波動をここから感じる。これほどの癒やしの魔術が無意識に施されたとは…」
ヨアンはハンカチを胸に当てて、その力を感じ取ろうとするように目を閉じた。それからゆっくりと目を開け、頷く。紅玉の瞳がきらりと光った。
「間違いない。このハンカチにはフェリシアの癒やしの力が籠められている」
フェリシアは目を見開く。そんなことがあるのだろうか?
「――私はただ、ヨアン様への感謝の気持ちが伝わればいいと思って刺繍をしただけなのですが…。物に力が籠められるなんて、自分でも知りませんでした」
ヨアンは驚きを隠せない様子のフェリシアに、微笑みながら優しく説明する。
「守護魔術のひとつに、物に守護の力を施す術がある。フェリシアは知らず知らずのうちにそれを施していたんだ」
「そんな魔術があるなんて…。不勉強で申し訳ございません」
「無理もない。魔力を持つのはほぼ王族のみ故に、魔術に関する書物は王族のみが所持、閲覧を許されている。フェリシアが知らないのも当然だ。俺は生まれつきのこの魔力を制御するために、王城にある書物にはすべて目を通しているからな」
確かに、今まで魔術書などというものは見たことがなかった。母ならば知っていたのかもしれないが、母の魔力はフェリシアよりもさらに弱かったと聞く。魔術書を読んでどうこうしようという次元でもなかったのだろう。
「遅くなり申し訳ございません」
フェリシアが詫びるとヨアンは悠然と微笑んで立ち上がり、椅子を引きフェリシアを座らせながら、また赤面するようなことをさらりと口にする。
「気にするな。フェリシアを待つ時間すら俺には至福だ」
「――っ」
耳元で囁かれ、答えに窮してフェリシアは俯く。
(ヨアン様、いつもいつも心臓に悪いです…)
思わず手にしていた完成したばかりのハンカチをぎゅっと握りしめてしまい、はっとする。幸い皺にはなっておらず、ほっとした。
「あ、あの、こちらもう一枚出来上がりましたので、どうぞお使いください」
差し出すと、ヨアンが驚喜の表情で、ハンカチを受け取った。
「もう完成させてくれたのか?しかも今朝もらったものと少しデザインが違うな。このデザインもとてもいい」
滲み出る喜びを隠しきれないように顔を輝かせるヨアンを見て、フェリシアは胸がきゅうっとした。もっとこういうヨアンの表情を見たいという願望が湧き上がる。
「ご要望がございましたら、おっしゃっていただければ…。できる限り沿わせていただきます」
ヨアンは微笑みながら首を振った。
「フェリシアが俺のために考えて、これほど美しい刺繍をしてくれているんだ。これ以上のものなどない。幸せすぎて夢のようだ。ただ、根を詰め過ぎないでくれたらそれでいい。――それと、フェリシア、この刺繍なのだが、癒しの力を籠めてくれていたんだな」
ヨアンが二枚のハンカチを両手で大切そうに包み込む。
「え?そうでしたか?意識はしていなかったのですが…」
フェリシアが驚いてヨアンを見つめると、ヨアンも驚いた表情に変わる。
「無意識だったのか?受け取った時から仄かに魔力を感じていたが、今日これをポケットに入れて鍛錬をして、その力を確信した。いつもと同じ鍛錬をしても、疲労感がほとんどないんだ。身体も軽い。昔フェリシアが救ってくれた時と同じ魔力の波動をここから感じる。これほどの癒やしの魔術が無意識に施されたとは…」
ヨアンはハンカチを胸に当てて、その力を感じ取ろうとするように目を閉じた。それからゆっくりと目を開け、頷く。紅玉の瞳がきらりと光った。
「間違いない。このハンカチにはフェリシアの癒やしの力が籠められている」
フェリシアは目を見開く。そんなことがあるのだろうか?
「――私はただ、ヨアン様への感謝の気持ちが伝わればいいと思って刺繍をしただけなのですが…。物に力が籠められるなんて、自分でも知りませんでした」
ヨアンは驚きを隠せない様子のフェリシアに、微笑みながら優しく説明する。
「守護魔術のひとつに、物に守護の力を施す術がある。フェリシアは知らず知らずのうちにそれを施していたんだ」
「そんな魔術があるなんて…。不勉強で申し訳ございません」
「無理もない。魔力を持つのはほぼ王族のみ故に、魔術に関する書物は王族のみが所持、閲覧を許されている。フェリシアが知らないのも当然だ。俺は生まれつきのこの魔力を制御するために、王城にある書物にはすべて目を通しているからな」
確かに、今まで魔術書などというものは見たことがなかった。母ならば知っていたのかもしれないが、母の魔力はフェリシアよりもさらに弱かったと聞く。魔術書を読んでどうこうしようという次元でもなかったのだろう。
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