末っ子王女は無愛想王太子を笑わせたい。

葉月葵

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第一章

2.輿入れ

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ブランシュの輿入れが行われたのは6月半ばのことだった。

「お父様、お母様、ルークお兄様。長らくお世話になりました」

サンティエール王国へ向かう馬車に乗り込む前、最後の家族の時間にブランシュはそう行って両親と長兄に頭を下げた。

「ブ、ブランシュぅ……本当に行ってしまうのかい……?」

涙目でルークは言ってくる。10人兄弟の長子であるルークと末っ子であるブランシュは当然年が離れており、その差は14歳だ。そのせいか、ルークは年の離れた妹が可愛くて仕方ないらしい。2年前の第五王女フィオナの輿入れの際もこんな調子で泣いていた。
幼い頃からずっと可愛がってくれた兄のことはもちろんブランシュとて大好きだが、それにしたって限度がある。苦笑し、兄の隣に立つ女性に目を向けた。

「お義姉様ねえさま。ルークお兄様のこと、お願いね」
「ええ、もちろんよブランシュ」 

力強く頷いてくれる彼女の名はフローラ=エーデンベルク。お義姉様という呼称からも察せられる通りブランシュの義理の姉。つまりはルークの妻である未来の王妃だ。

「ほらルーク、そんなに泣いてたらブランシュがなかなか出発できないでしょう」
「う、うん……」

ぺしりと夫の後頭部をはたいてフローラが言い、ルークが頷いて鼻をすする。いつも通りの兄夫婦の様子にブランシュは思わず声をあげて笑い、その笑い声が少し涙で滲んだ。

「……ブランシュ」

母が名前を呼びながらそっと近づき、抱きしめてくる。いつもつけている香水の匂いがふわりと漂い、ブランシュは胸がいっぱいになった。
エーデンベルク王国とサンティエール王国は隣り合っているから、物理的な距離は遠くない。けれど、互いに王族である以上そう簡単に王宮から出ることはできないのだ。つまり、次にいつ家族に会えるのかは分からない。これから何年も会えないかもしれないのだ。そう思うと、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。

「……元気でね、ブランシュ。身体に気をつけて。幸せに暮らすのよ……」
「……はい、お母様……!」




王女の輿入れを見送るべく、王宮前には多くの国民が詰めかけていた。この国は王家と国民の間の距離が非常に近いのだ。王家の人々は護衛がつくとはわりといえ気軽に王宮の外に出て街の視察をしたり純粋に買い物を楽しんだりしているし、王族の誕生日には王宮が解放され中庭で出店が開かれるのだ。だからこそ、こうして王女の輿入れを見送ろうとしていたのだ。
やがて重厚な木製の扉が開き、エーデンベルク王家の紋章が刺繍された淡いピンク色のドレスを纏ったブランシュがやや俯きがちにゆっくりと歩いてくる。愛らしいその姿に国民たちは感嘆するとともに、この末王女までもが嫁いでいってしまうことに一抹の寂しさを覚えていた。

ともにサンティエールへと来てくれるリリアーナに手を取られ、ブランシュは馬車に乗り込む。扉が閉まると、御者が馬の点検をしてから席に乗り、合図を送った。それを見て衛兵が声を張り上げる。

「王女様、ご出立!」

それと同時にずらりと並んだ兵士たちが一斉に敬礼し、国民たちも頭を垂れた。ブランシュは馬車の小窓に張りつき、ゆっくりと流れて行く景色をじっと見つめた。

「ブランシュ様……」

ともに馬車に乗ったリリアーナが気づかわしげな声を投げてくる。ブランシュは返事をせず、ただじっと景色を眺め続ける。目に、心に、しっかりと焼き付けるかのように。
次にエーデンベルクに来れるのはいつになるだろう。サンティエールの王太子妃になるということは、いずれ王妃になるということだ。次の王妃がそう簡単に国を離れられないことくらい、ブランシュにだって分かる。そしてこれから、サンティエールの王太子妃として多くの苦難が待ち構えていることだろう。だからこそ、大好きな故郷の風景を心に刻んでおきたかった。故郷の、家族の面影を胸に抱いて、困難に立ち向かっていきたいと思ったのだ。

「私はもう、エーデンベルクの王女じゃない……サンティエールの王太子妃になるの……」

まるで自分に言い聞かせるように呟くブランシュを、リリアーナが心配そうに見つめていた。



馬車は休息をとりながらも順調に進み、サンティエール王国に無事到着した。
王都の街を馬車は進み、王宮内へと入っていく。

「お待ちしておりました、ブランシュ王女様」

ブランシュはリリアーナに手を取られて馬車から降りる。すると、灰色の髪をきっちりとお団子に束ねた初老の女性が深々と頭を下げて出迎えた。

「わたくしはこの王宮の女官長を務めております、ドロテアと申します。以後お見知りおきを」

そう挨拶をしながらドロテアが顔を上げた。凛々しげな眉と切れ長の瞳、そして力強い声音から、気の強い女性であることが窺える。

「国王陛下と王妃様がお待ちです。謁見の間にご案内いたします」

それだけ言ってくるりと踵を返し歩き出すドロテアを、ブランシュは急いで追いかける。
謁見の間に向かう途中、ブランシュは何人もの王宮女官や侍従に行き会った。彼らは立ち止まり頭を下げてこちらに敬意を示してくれるが、その立ち居振る舞いはどこかよそよそしく表情は硬く、どこまでも事務的だった。エーデンベルクの王宮で働いている人たちがブランシュに向けてくれるのはいつも笑顔だったし、彼らはこちらに敬意を払いつつも親しげに接してくれたのに。ここはエーデンベルクとは違うのだとブランシュは到着早々思い知らされた気分になった。

「陛下、王妃様。ブランシュ様が到着されました」

やがて謁見の間に着くと、ドロテアが扉をノックしそう告げる。男性の声で「入れ」と返事があり、扉の前で警護している兵士がその扉を開けてくれた。

「遠いところよく来てくれた、ブランシュ殿」

部屋の奥に据え置かれた椅子に座った壮年の男性がそう呼びかけてくる。茶色のふさふさとした髪を後ろで一つに束ねている彼がこの国の国王・ダミアンだろう。その隣でゆったりと微笑む黒髪の女性がおそらく王妃のヘンリエッタだ。
ブランシュはゆっくりと室内に入り、国王夫妻に向かってドレスの裾を持ちあげて一礼する。

「ブランシュ=エーデンベルクと申します、国王陛下、王妃様。わたくしのような者を王家に迎えていただき、御礼申し上げます」

輿入れが決まってから何度も練習した挨拶の口上を述べる。国王夫妻はそれを優しい表情で聞いてくれた。ヘンリエッタ王妃が微笑んだまま口を開く。

「他国から迎えた姫ならばきっとヴィルフリートも丁寧に扱ってくれるでしょう。――でも、もしあの子の振る舞いで何か困ったことがあればいつでも私に相談していいのよ」
「ありがとうございます、王妃様」
「あら、そんな他人行儀な呼び方はやめてちょうだい。義理とはいえ、あなたも私の娘なのだから」

ダミアンとヘンリエッタの間にはヴィルフリート王太子の他に娘が一人いると聞いている。確か今年で10歳になるはずだ。

「婚礼は来週になるから、それまでゆっくりここでの生活に慣れてちょうだい。ヴィルとはもちろんだけど、ヒルデとも仲良くしてあげてね」

ヘンリエッタの言葉にブランシュは頷く。
ヴィル、というのはおそらくヴィルフリートのことで、ヒルデというのが国王夫妻の娘のことだろう。この国は名前が長い人が多いようで、愛称で呼ばれることが多いようだ。ブランシュの記憶が正しければ、ヒルデ王女の本名は「ブリュンヒルデ」のはずだから。

「まぁ、とにかく。これからよろしくね、ブランシュ」
「は、はい!」

ヘンリエッタの笑顔につられてブランシュも笑う。その様子を、リリアーナが安堵したような、けれどどこか不安げに見つめていた。
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