末っ子王女は無愛想王太子を笑わせたい。

葉月葵

文字の大きさ
3 / 10
第一章

3.王太子殿下とのご対面

しおりを挟む
婚礼までの一週間、ブランシュがヴィルフリートと顔を合わせることはなかった。婚礼を挙げるまではまだ客人扱いのため食事は別室で摂っていたというのもあるが、そもそもヴィルフリートがブランシュに会いに来ることもなかったのだ。
いくら婚礼前とはいえ、自分の妻となる女性のことが気にならないのだろうか。愛想がない、女性への気遣いができないという前評判は本当のようだった。



「……お綺麗です、ブランシュ様っ……!」

目に涙の膜を張り、声をつまらせるリリアーナに、ブランシュは「ありがと」と返しつつも苦笑した。
とうとう婚礼当日を迎えた。早朝からブランシュは花嫁仕度のために叩き起こされ、お風呂に入れられて全身を磨かれ、まるで着せ替え人形のようだと思った。
だがその甲斐あって、ブランシュは花嫁としての美しく華やかな装いに身を包んでいる。金糸で繊細な刺繍が施された白いドレスに身を包み、その首元は両親から贈られたルビー――ブランシュの瞳と同じ色――のネックレスに彩られている。金色の髪は編み込みつつ美しく結い上げ、同じくルビーの髪飾りでヴェールを留めていた。そして化粧もしっかりと施され、もともと愛らしい顔立ちにはっと目を引くような美しさが加わっていた。

「――ブランシュ様、とお呼びできるのも今日が最後なのですね」

ふと、リリアーナは寂しそうにそう口にした。ブランシュも表情を曇らせる。
今日をもってブランシュは「王太子妃」となり、「妃殿下」と呼ばねばならなくなる。王族の名は家族しか口にしてはならないというサンティエールの決まりのせいだった。その決まりのため、国王ダミアンは「陛下」、王妃ヘンリエッタは「王妃様」、王太子ヴィルフリートは「殿下」、そして王女ブリュンヒルデは「王女様」と呼ばれていた。もし王子や王女が数名いた場合はまた色々と変わってくるのだがそれはここでは割愛する。

「そう……そういえばそうね。それは寂しいかも」

ブランシュもリリアーナの言葉でその決まりを思い出し、寂しげな顔になる。エーデンベルクにいた頃は家族は勿論名前で呼んでくれたし、王宮の人々や国民も「ブランシュ様」と呼んでくれていた。もうそれがなくなるのかと思うとさすがに寂しかった。

「私の侍女がみんなエーデンベルクからの人だったらいいんだけどね」

皆がエーデンベルクから来た人間であれば、人目のない場所ではこっそり「ブランシュ様」と呼んでもらえただろう。けれど、今回の結婚にあたって連れてくることが許されたのはリリアーナだけ。つまり、今後ブランシュに仕える侍女はリリアーナ以外サンティエールの人間だ。



婚礼は荘厳で重々しく、ブランシュにとっては苦痛でしかなかった。かつて故郷で行われた長兄ルークとその妻フローラの婚礼は簡素で、どちらかといえば皆で新しい夫婦の誕生を賑やかに祝う意味合いが強い。婚礼よりもそのあとの宴のほうがメインで、皆で飲み食いして楽しんでいたのに。サンティエールは違うのだとブランシュは改めて感じた。
そして、婚礼の際に初めて対面したヴィルフリートは、噂通りの美丈夫だった。思わずはっと息を飲むほどの端正な顔立ちに、澄み渡った青い瞳。艶やかな黒い髪は短く切り揃えてあり、背もすらりと高い。婚礼衣装の下は引き締まった筋肉に覆われていることも窺えた。だが、その顔には何の感情も浮かんでおらず、ブランシュを見る目もどこか冷たい。無愛想というよりも冷酷なようにブランシュには思えてしまった。

「新たな皇太子夫妻の誕生に祝福を」

婚礼を取り仕切る神官の長い長い祝詞がようやく締めくくられる。拍手が沸き起こるが、それは義務的な響きを孕んでいて。二人の結婚を心から寿いでいるようには思えなかった。

「妃殿下、こちらへおいでなさいませ」
「さあ、御身を清めなければ」

婚礼会場を出ると、すぐに侍女たちに取り囲まれて真っ白な部屋に連れていかれた。白い壁と白い床、白い石の浴槽の湯殿である。ここで全身を清めてから夫婦の寝室に行くのだ。夫婦の初夜を迎えるために必要な儀式だと事前に教育係を務める女官長ドロテアから習っている。

全身を清められ、甘い花の香りがする香油を塗られて薄い素材の白いワンピースに着替えさせられたブランシュはドロテアに先導されて夫婦の寝室へ向かう。そこも白い調度品と白い壁と床で、不気味な静謐さがあった。

「もうすぐ殿下がおいでになられます。為されるがまま、殿下に御身を委ねなされませ」

ブランシュを寝台に導き、ドロテアは抑揚のない口調でそう言って一礼する。そのまま部屋を出て行くドロテアヲ見送り、ブランシュはため息をついた。
サンティエールにやってきてからの一週間、ブランシュは故郷とこの国の違いを思い知らされていた。もちろん、国が違うのだからある程度のことは覚悟していた。けれど、この王宮では人の温かみを感じない。義父母となった国王夫妻や義妹となったブリュンヒルデは何度か顔を出してくれたが、客人扱いでよそよそしい態度だ。この国に来てからつけられた侍女たちも優しく接してくれたが、ブランシュとの間には一線を引いている。あくまでも主君と侍女という関係性を崩そうとしないのだ。今日初めて顔を合わせたヴィルフリートも、ブランシュに対して何の感情ももっていないのは顔を見ただけで分かってしまった。故郷エーデンベルクで両親と兄姉に全力の愛情を注がれ、幼い頃からリリアーナを含む侍女とも深い信頼関係を築いてきたブランシュにとっては、それは大きな衝撃だった。同時に、この国に馴染めるのか不安になってしまっていた。

「殿下の御成りにございます」

声がして、ブランシュははっと居住まいを正す。扉が開き、ブランシュと同じような白い服を着たヴィルフリートが婚礼時と同じ無表情で入ってきた。

「面倒事は嫌いだ」

寝台に腰掛けると、ヴィルフリートはそう切り出した。

「だが俺も王太子としての務めは弁えている。お前との間に後継ぎである子を成さねばいけない。お前も覚悟して俺に嫁いできたのだろう?」

かすかにヴィルフリートの唇が弧を描いた。そのままブランシュの身体を寝台へと押し倒す。

「この国の貴族の娘を娶って子を成したら、貴族どもが出しゃばってくる。王権を守るには、異国の姫を娶るのが一番いい。だからこそ俺はそうなるように仕向けたさ」
「で、殿下」

滔々と語るヴィルフリートに、ブランシュは混乱するばかりだ。なぜ彼がいきなりこんな話をするのか分からない。

「愛想のない王太子で俺は通っているからこそ家臣たちの前ではそれを継続する。だが、妻の前でくらい少しくらい気を緩めてもいいだろう?」

そう言って笑うヴィルフリート。けれどその笑みはどこか歪んでいて――背筋がぞわりとするのをブランシュは感じた。

「だがとりあえずは、初夜を完遂させてもらう。お前と関係を築いていくのはそのあとだ」
「ッ、殿下……」

ブランシュの声はヴィルフリートの唇で遮られた。
そのまま、夫婦の初夜は幕を開けたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...