戦人 ~いくさびと~

比呂

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戦人外伝 ~木ノ下家の事情~

温泉

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 黒鎧城が陥落してから、十の日が流れた。


 真っ白い湯気が立ち上る中、貧弱というよりも病的といった言葉が似合う痩せ方をした男が湯船に浸かっていた。

 周りは岩場に囲まれ、申し訳程度に造られた脱衣所の東屋しかなかった。

「遅いみたいだし、もう一本いこうかな」

 湯の上には盆が浮いており、銚子が三本ほど乗っている。
 既にその内の一本は空になっていた。

 空を見上げれば快晴で、涼しい風が流れてゆく。
 日の高いうちから呑む酒は、格別だった。


「……あぁ、確かに温泉もいいなぁ」

 心を穏やかにすることがこれほどまでに心地よいとは、木ノ下惣鳴も感嘆するしかなかった。

「そうでしょう? 来てよかったじゃない」

 濡れた岩場を、ひたひたと叩く足音が聞こえた。
 その気配からは、普段の暴力的な勢いが消えて、しとやかな雰囲気さえ感じさせる。

 惣鳴は振り返らずに、猪口だけを掲げてみせた。

「お先に」
「あー、ずるいわ。待っててくれてもいいじゃない!」

 咲夜が温泉に片足を入れて屈み、湯に入る。
 足で湯を掻き分けて進み、惣鳴の隣に立つ。

「……こら、波を立てるな。盆がひっくり返る」
「まあまあ。気にしない、気にしない」
「酒がひっくり返ったら、君が取りにいくんだぞ……いや、何で腕を組んでるんだ。前くらい隠さないか」
「うれしい?」
「うれしいけどね。他人に見られるのが嫌なんだ。君は僕のものだぞ」
「そうね――――そうだったわね。それじゃあ仕方ないわね」

 彼女は静かに腰を下ろし、惣鳴と背中合わせに座った。
 彼はもう一つあった猪口に酒を注いでやり、咲夜に渡した。

「ありがと」
「うん」

 二人は背中を合わせたまま、黙って酒を飲んだ。

 夫婦水入らずか……温泉だけど、と惣鳴が詰まらないことを考えていると、湯気の向こうに人影が見えた。
 惣鳴が温泉に入ったときには誰もいなかったはずだった。
 別の入り口から入ってきたのだろうか、と考える。 

「参ったな。貸し切りだと思ってたんだけど」
「……そう来たか」
「ん?」

 どうやら咲夜は、その人影を睨みつけているようである。
 惣鳴は聞いてみた。

「誰か知ってる人なのか」
「あなたの方が知ってるんじゃない?」

 彼女が横を向いてしまった。

 人影は段々と近づいてきて、湯煙もうっすらと晴れてくる。
 そこで現れた人は、こう言った。


 ――――言いたいことがありましたので、追いかけて来ました。


 火傷の痕の悲壮さを感じさせない程に、笑顔がよく似合う女性だった。
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