戦人 ~いくさびと~

比呂

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戦人外伝 ~木ノ下家の事情~

本領

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「なるほど、俺の策はお見通しだったみたいだ」

 平然とした態度で、葉山隠架が言った。

 『黒鎧城』は完全に制圧されていた。
 誰も守りについていない城など、所詮は頑丈なだけの建物でしかない。

 然るべき防御体勢でなければ、簡単に落ちてしまう。
 それに、城を攻めた者達は元城守備兵だから、より迅速に制圧が行われたのだった。

 その結果、天守閣まで葉山は追い詰められることとなっていた。
 西倉は既に、秋政によって捕縛されている。
 生きているようではあるが、少しも動こうとはしなかった。

 矢五郎が叫ぶように言う。

「はっ、言いてぇことはそれだけか」

 葉山が首を振る。

「君には聞いてないよ。どう考えても、君が俺の策を読めるとは思えないね。達磨っていうぐらいだから、中身も空なんだろうしさ」

 いい度胸してんじゃねぇかよ、と腰の刀に手をやった矢五郎が足を踏み出す前に、細身の男が一歩だけ前に出た。
 木ノ下惣鳴である。

「誰だ?」
「これは申し遅れました。僕は、木ノ下惣鳴といいます。ま。仕事はお互い様、ということですが」
「俺は葉山隠架だ。……それにしても木ノ下、ね。どこかで聞いた名前だな。親戚や家族は多い方かい?」
「さあ、よくある苗字ですからね。ただまあ、最近になって現れた女性が『木ノ下』を名乗ったのなら、知り合いでしょうね」

 ああ、と肩を落とす葉山であった。

「咲夜の旦那とは、君だったのか」
「自慢の嫁です。少々、頭が弱いのが玉に瑕ですが」
「何、それを補って余りある美貌と腕力があるじゃないか」
「そうですかね。……まあ、うちの嫁が迷惑をかけたようですいません」
「いやなに、助けてもらいはしたけど、迷惑した覚えは無いよ」

 そこで唐突に、矢五郎が足を踏み鳴らした。

「なぁにくっちゃべってやがる。そこの『戦人』を殺して、西倉を処刑すれば仕舞いだろうが」

 惣鳴は、まあまあ、と矢五郎を向いた。

「仕舞いだからこそ、話をしておかなければ惜しいですよ。それに、この人は知恵の回る男ですからね。上手くすれば良い参謀になると思いますよ。駄目なら殺せばいいわけですし」
「……達磨の手下は御免だなぁ」

 葉山は小声で呟いた。
 幸い、惣鳴にしか聞こえなかったらしい。
 今度は少し大きな声で訪ねてきた。

「俺も聞きたいことがあるんだが、いいかい?」
「後で僕の質問にも答えてくれるならば、どうぞ」

 葉山は頷いてから言った。

「どうやって、この城まで攻めてきたのか聞きたいね」
「森を使いました」
「森?」
「ええ、手がかりはあなたがくれたようなものなんですけどね。葉山さんが陽動で仕掛けてきたとき、森を使って騎馬隊と足軽兵を逃がしたでしょう。なら、攻めるのにも使えると思ったんですよ」

 そうかい、と葉山は言った。

「一応、罠を仕掛けておいたんだが」
「ああ、こちらも道案内をしていた狩人、、が死にましたよ。あれは見事に引っかかりましたねぇ」

 惣鳴の言葉の含みに気付いた葉山は、少し嫌そうな顔をした。

「……気付いてたんだろう」
「いえ、全然」

 笑顔で返す惣鳴。

「とにかく、森を使って城に近づき、制圧するにはしたんですけど」
「ああ」
「『釣り』何て、よく知ってましたね。誰かに師事されたんですか」
「独学だけど」
「それは凄い。是非、勉強させてもらいたいですね」
「飯の種を教えると思うかい?」
「いいじゃないですか、ここまで時間稼ぎに付き合ってあげたんですから」
「……へぇ」

 そこで葉山が笑うと同時に、城の外で兵士による勝ち鬨の叫びが聞こえた。

「な、なんだぁ」

 矢五郎がうろたえて、窓の外を覗きこんだ。
 『黒鎧城』の外には、伏兵だったはずの兵士たちが集まっていた。

 彼らはどうやら、勝つ気でいるらしかった。
 普通は城が落ちたなら降服するものだ。
 しかし、戦いが続きそうな気配が漂っている。

 集まる兵士に気付いても落ち着いている惣鳴は、天守閣の窓から外を見た。

「森にいた伏兵が集結して、城を攻めようとしてますね」

 葉山が、はは、と笑った。

「ま、捨て身の戦法だけどな。城は守るための要所だが、守る対象ではないということだ。少ない人数で城を守るよりは、攻めたほうが楽だよ。だから」
「攻守を入れ替えた――――というわけですね」
「ああ。無駄に広い城は、君たちに守ってもらうことにしよう」
「……本当に、頭のいい人ですね」

 突然、矢五郎が割り込んできた。

「おい、敵を褒めてる場合かっ」
「そんなに焦らなくても」

 惣鳴が、窓の外で今にも攻め込んできそうな伏兵達の、もっと遠くを眺めた。

「――――来たみたいですよ」
「……何」

 不思議に思った葉山は、窓の近くに寄った。
 そこで見たのは、武装した者たちが街道から攻め込んでくる様子だった。

「な、どうして。君達の全兵力は、この城を落とすために使われたんじゃなかったのか。――――まさか、将軍に兵を依頼したのかっ」

 葉山は矢五郎を見た。
 それに対し、矢五郎が頬を歪めて笑う。

 惣鳴は煙管を取り出した。

「そんなことしませんよ。矢五郎さんが殺されますからね。ま、彼らは元々、兵士ですらない人の集まりです」
「兵士じゃない?」

 その言葉に、惣鳴が頷いた。

「ちょいと商人さんにも手伝ってもらいましてね。さすがに商品だから渋られましたが、そこは矢五郎さんに頼みました」
「……なるほど、人買いを抱き込んだか」

 葉山側の伏兵達は、完全に包囲された形になった。
 それに、城と挟撃される配置となっている。

「だがね、彼らは戦の素人だよ。こっちは玄人だからね」
「そうですね。だから金で雇いました。もちろん後払いですが、戦闘に参加するだけで五十両です。戦になれば、首一つにつき三十両ですね。その気になれば、自分を買い戻すことも出来るでしょう」
「そいつは破格だねぇ……」

 いくら素人兵とはいえ、倍近い人数に背後を取られたとなると油断できない。
 加えて士気も高ければ、致命的とさえ言えた。
 葉山は力を無くすように床へ座り込み、少し笑った。

「完敗だな。流石に、咲夜の旦那だけはある」

 うん、と頷く惣鳴である。
 そして、その場にいる全員の度肝を抜いた。

「諦めるのは、まだ早いんじゃないですかね」
「は?」

 呆然とする葉山だった。

 瞬間、天守閣へ昇るための階段から、物凄い速さで人影が駆け上がってきた。
 そして入り口付近にいた秋政を見つけるなり、手甲で殴りつけた。

「がはっ」

 秋政は首を真横に向けて倒れた。
 同様に西倉も転がった。

「どうやら間に合った……のかな? 終わってないよね?」

 息で肩を揺らす咲夜の姿が、そこにあった。
 惣鳴が煙管の煙を吐きながら言った。

「咲夜にしては遅かったじゃないか」 
「……あなたの浮気相手と話をしてたのよ」
「ちょ、待て、それは誤解だ。僕は何もしてないぞ」
「行為自体が問題じゃないの。あなた、あの女のこと気に入ってたでしょう」
「邪魔でもない限り、僕に好意的な人間を嫌う必要もないだろう」
「あ、そういうこと言うのね。私だってそこの男に求婚されたのよ。邪魔じゃなければ結婚しても良いって言うのかしら」
「え?」

 惣鳴は唖然として、葉山を見た。

「本気で求婚したんですか」
「ああ、本気だけど」

 頷く葉山。
 どうだ、と言わんばかりに胸を張る咲夜だった。
 そこで、とうとうこの会話に耐え切れなくなった矢五郎が大声を張り上げた。

「なんだってぇんだ、てめぇらっ! 惣鳴も敵とよろしくやってんじゃねぇ!」

 惣鳴は薄く笑った。

あまり偉そうな口を叩かないでくれますか、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 」
「……は?」

 矢五郎は呆然とした。
 そして次に、人でも殺しかねない形相になった。

「裏切るつもりかぁ……てめぇ」
「いえいえ、勘違いしないで下さい。最初の契約内容も忘れました? 矢五郎さんは言いましたね」

 ――――この街全部の兵隊使ってでも『黒鎧城』を落とせるか。

「僕はきちんと落としてみせましたよ。街の兵隊を全部使ってね。よって、契約は果たしました。もう矢五郎さんは契約主じゃあないんです」

 咲夜が妙な顔をして言う。

「それって、寝返って私たちの仲間になるってこと?」
「いや、それも無いね。負けてる方の仲間になっても得が無い。それに、手紙に書いてあっただろ。僕の勝ちだ、と」
「一体、何がしてぇんだてめぇは!」

 矢五郎が怒りのあまりに地団駄を踏んで言った。

「それじゃあ教えましょう。現在、戦況が膠着しています。城内にいる矢五郎さんの兵隊は、城に張り付いて動けない。城を防御しなくちゃいけませんからね。はたまた、葉山さんの伏兵は、城に攻め込めない。なぜなら、背後に傭兵がいますから。そうすると、何が動けば戦が動くと思います?」
「奴隷たち……いや、傭兵か」

 葉山が呟く。

「は、笑わせんじゃねぇ。そいつはわしの兵だろうがよ」
 矢五郎が顔を歪めて言った。
 惣鳴は更に笑った。

「確かに、矢五郎さんが集めた兵ですよ。ですが、呼びかけたのは僕です。作戦を伝えたのも僕ですよね。そして最後に言わせてもらいますが、武器を持って徒党を組んだ奴隷たちが、今まで偉そうにしていた矢五郎さんの言うことを聞いてくれると思いますか?」
「ぐ……」
「戦いの鍵を握っているのは僕なんですよ」

 そこで惣鳴は、咲夜を見た。

「先に言っておくけど、この場で僕を殺しても意味が無いからね。あと少しすれば、傭兵達は城に向かって突撃してくる。止める方法を知っているのは僕だけだ。僕を殺せば、全員が損をすることになる――――さて、ここからが本題ですが」

 彼は優雅に煙管を振った。
 煙が舞う。

「誰が僕を、一番高く買ってくれますかね?」

 彼を除くその場の全員が、息を呑んだ。
 無論、事態はわかっていた。

 この男たった一人に、誰もが踊らされている。
 最初は矢五郎に命を握られた手下に過ぎなかった。
 それが今は、すべての中心にいた。

「…………」

 この静まった空気の中で、葉山が一番に手を挙げた。

「やっぱり負けたよ。この城の地下にある隠し財産全部と、望むなら俺が君の部下になってもいい」

 矢五郎が身を乗り出した。

「何言ってやがる! この城の金はわしのものだ。てめぇに使われる言われはねぇよ。……ところで惣鳴、今なら許してやらんこともないぜ? 惣鳴の技量なら、この街を任しても良いと思ってんだよ。少し働きゃ、城にある金なんぞ目じゃねぇぞ」
「そうですか」

 惣鳴は、矢五郎を見た。

「では――――」

 正確には、矢五郎の背後を、、、、、、、見ていた。

「西倉さんはどうしますか」
「なっ」

 矢五郎が後ろを振り向くと、西倉が血に濡れた刀を持って立っていた。
 彼の足元には、血溜りに沈んで倒れている秋政の死体があった。
 気絶していた秋政から刀を奪って、刺し殺したのだと思われる。
 西倉は血走った目で、矢五郎を睨んだ。

「お、お前だけは許すものかぁぁぁぁっ!」
「はっ、女一人で血迷ってんじゃねぇ!」

 矢五郎が刀を抜く。
 我を忘れた西倉が突進した。
 そして、刀が空を切る。

「……あ、う」

 腹に深々と刀を突き刺された西倉は、膝から倒れた。
 床に血を流しながら、口を動かしている。
 次第に瞳孔が開き、全身の動きが止まった。

「ったく、やっと――――」

 矢五郎はそれ以上、喋ることはなくなった。
 いや、これからもずっと喋れないだろう。
 後頭部を吹き飛ばされた彼は、白目を剥いて、後ろ向きに倒れた。

女一人が、、、、血迷うこともあるのよ」

 咲夜が血の付いた手甲を血振りした。
 鮮血が床板に散る。
 そして惣鳴に向かって言った。

「……今回は、私の負けでいいわ。私のところの大将が『負けた』って言ってるしね。そこの達磨くらいは、八つ当たりってことで許してもらえないかしら」

 惣鳴は笑った。
 それは悪意の欠片もない、純粋な笑い顔だった。

「いいよ。それじゃあ咲夜は、僕のものだ」

 そこで葉山が言う。

「で、この場合、どうなるんだ?」
「ま、どちらも依頼人に死なれましたけどね。だからと言って、葉山さんの危機が去ったわけではないですよ? 城の兵隊が、でくの坊に変わっただけですからね。むしろ、僕が城内の兵をまとめることもできます。……ですから、僕の要望を聞いちゃくれませんか?」
「言うだけ言ってくれ。無理なら断る」
「では戦利品として、あなたの部下である咲夜と、城の隠し財産の一部をいただきましょうか。他は全部要りません」
「……ああ、そう言うと思ったよ」

 はあ、と葉山は溜息をついた。
 そして、不貞腐れたように寝転ぶ。

「ところで、どこまで仕組んでたんだ君は」
「それほど仕組んではいませんよ。ただ、嫁がどう動いてどう使われるかくらいは、予想が出来ます。それに、アレだけ強い女ですよ。策に組み込まないわけが無い。あえて葉山さんの敗因を述べさせてもらうなら、咲夜を主力として使ったことですかね。非常に読みやすい」

 悪かったわね、と咲夜は頬を膨らませた。
 それを見た葉山は、ごちそうさま、と呟いて手を振った。

「もう二度と、俺を巻き込まないで欲しいね」
「今後は気をつけることにしましょう」

 惣鳴がそう言って、天守閣の窓辺に近づいた。
 着物の袖から粉袋を取り出して放り投げる。
 粉袋は煙を出すようにして、城下に落ちていった。

 これで傭兵が動くこともなくなった。
 そして彼は、咲夜の方を向いた。

「じゃあ、城の隠し財産を拝借して帰ろうか」
「そうね。お金も手に入ったし、温泉でも行かない?」
「別にいいけど……温泉好きだね」
「気持ちいいもん」

 二人は、まるで今までのことが無かったかのように天守閣から出て行った。
 残された葉山は、ふと気付いた。

「……この戦の後始末って、もしかして俺が片付けなきゃいけないのか?」

 途方に暮れるしかなかった。
 面倒なことをすべて押し付けられ、割が合わない気分だった。

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