戦人 ~いくさびと~

比呂

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戦人外伝 ~木ノ下家の事情~

突撃

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 そして、明朝。

 ――――戦が始まった。

 最初に仕掛けたのは、戦力的に優勢な『黒鎧城』の兵士である。
 甲冑を身に纏った騎馬隊と、その先頭に立つ『戦人』。

 彼らは疾風の如く街道を駆けた。

 木ノ下咲夜は、人一倍に神経を尖らせている。
 それは惣鳴の策を警戒してのことだったが、彼本人に言わせれば『それも術中の内だ』ということになるだろう。

 だが、それでも咲夜は警戒を緩めない。
 それだけ警戒していないと、いつの間にか罠にかかっていることさえある。

 ――――油断できない。

 馬を走らせながら、彼女は違和感を探し続けていた。
 何処に伏兵がいようと、彼女特有とも言うべき直感が即座に発見する。

 それが雑兵程度なら、完璧に近い的中率を誇った。
 しかし、その伏兵が未だに見つからなかった。

 街にはもうすぐに到着する。
 伏兵はいないのだろうか、という考えが生まれる。
 直後、そう思わせておいての罠かもしれない、と真逆の考えが浮かんだ。

 ――――惑わされているわね。

 惣鳴を良く知る者は、何をしてくるか分からない、、、、、、、、、、、、という思考とまず戦わなければならなかった。

 彼女を先頭とする騎馬隊は、何の障害も無く街へ侵入した。

 本当に誰もいなかった。
 兵士はおろか、商人の一人すら見かけない。
 廃墟と言ってもおかしく無いほどの静けさだった。
 
 騎馬隊も不穏な空気を感じ取ったのか、勢いが失われている。
 虚を突かれた、と彼女は思った。

 ――――ここを狙われたら終わりだ。

 咲夜は片手を挙げ、前方に向けて振り下ろした。
 突撃の合図である。

 一気に速度を上げた騎馬隊が、目的地に向かって全力突撃を開始する。
 大きな遊女屋が、その姿を現した。

 騎馬隊が迫っても、人の居るような活気は感じられない。

 しかし、他の街並みと少し違っていたのは、入り口に暖簾が掛けられていたことだ。
 誘っているとしか思えない。

「ふふっ」

 咲夜は口の端を歪ませて、馬の勢いを殺さずそのまま遊女屋に突っ込んだ。

 馬が玄関口を吹き飛ばし、板の間でひっくり返った。
 脚を天に向かって蹴り上げながら暴れている。

 土埃の舞う中、素早く彼女が駆け出す。

 ――――誰か、人の気配がした。

 その人間がいる場所は、矢五郎が惣鳴に与えた部屋だった。
 そのことを、咲夜は知らない。

 いつかのように、襖が開け放たれた。

 そこには、華美な着物を羽織った女性がいた。
 御膳が二つ用意されてあるのに、女が一人だけ。
 その女は、咲夜を見て微笑んだ。

「お待ちして、おりました」
「誰、あなた」
「はい。私は惣鳴様のお世話を仰せつかっていた、紗枝と申します」

 咲夜の殺意が二割り増しくらいしたところで、紗枝が銚子を持った。

「一献、いかがですか」

 これは挑戦だな、と咲夜は思った。
 挑戦されて逃げる彼女でもない。

 紗枝の隣に座り、猪口を持って杯を受けた。
 良い酒だ、と思う。

「……ま、あなたも飲みなさいよ」
「ええ、ありがとうございます」

 咲夜は紗枝と同じように銚子を持って、酒を注いでやった。
 彼女が両手で猪口を持ち、同じく一気に飲み干した。
 そこで、咲夜が言った。

「で、惣鳴は何か言ってたの?」
「はい。『恐らく、僕の嫁が来るだろうから逃げておきなさい』と言われました」

 私を何だと思っているんだ、と咲夜は小声で呟いた。

「本当は、この部屋に惣鳴様が書かれた手紙だけを置いておくはずだったのですが、どうしても惣鳴様の伴侶を、一目見ておきたかったのです」
「そう」

 咲夜は詰まらなさそうにして、横を向いた。

「じゃあ、手紙を見せてもらえるかしら」
「ええ」

 紗枝は懐から、墨で書かれた紙を取り出した。
 受け取った咲夜は、ゆっくりと広げてみる。そこには一行だけ文字が書かれていた。

 僕の勝ちだ。

「…………」

 咲夜はその手紙を無言で破り捨てた。
 近くにあった銚子を奪うように取りあげて、喉に流し込んだ。

「――――ぷはっ。さてと、此処にいないのなら、『黒鎧城』に向かったんでしょうね」

 そう言ってから、立ち上がって部屋を出て行こうとする。
 襖に差し掛かった辺りで、振り返った。

「来る? うちの旦那に言いたいことがあるんじゃないの。乗せてってあげるわよ」

 紗枝は、寂しそうに笑った。

「いえ、私にはもう、言いたいことはありません」
「……そう」

 咲夜が、一度だけ目を伏せた。

「あの男は、弱くて、嘘吐きで、臆病者で、誰も信用してないような人間だからね」

 ――――こっちから追いかけなくちゃ、手に入らないわよ?

 幸せそうに笑った咲夜は、ゆっくりと部屋から出ていった。
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