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縛られて候
しおりを挟む「んー、うー、むー」
銀姫は、縛られていた。
両手は荒縄で後ろに縛られ、腰紐までつけられている。足首も縫い合わせたように締め付けられていて、口には布が巻かれていた。
まるで蓑虫のように、身動きがとれない状態である。
それと言うのも、山道を走り抜けているときに山賊に出会ったのだった。
下着姿で走る少女を、山賊が見逃すはずがない。すぐさま銀姫は簀巻きにされて、持ち運ばれたのだった。
山賊の頭目らしき人物の前に引き出されると、頭目は銀姫を見て唸った。
彼女は美しい黒髪をして、目鼻立ちも整っていた。美人と評されるに不足無い人物だったのである。
加えて、肌は透き通るように白い。これは生まれてこの方、野良作業をしたことがない人間であることを示していた。
つまり、その必要が無い高貴な出身の者であることが判明した。
その所為か、すぐにその場で襲われることはなかった。
山賊も、高値で売れる商品に手を付けることをためらったのだ。
そして現在、山賊が根城としている一軒家の物置に閉じ込められていた。今頃は山賊たちが、何処かの金持ちに身売りの話を持ちかけているころだろう。
それを待っていられないのが、銀姫だった。
山賊に襲われて純潔を奪われ、その場で殺されなかったことは幸運といえる。
しかし、このまま売られていく先が幸せとは限らない。
そして何よりも、荒木新兵衛が自分の傍にいないことが嫌だった。
生きておるかのう、と心の中で呟く。
すると、何かせずにはいられなくなった。
意を決した銀姫は、尺取虫のように這いずって、物置の戸の前に行った。
戸に背を預けながら、慎重に立ち上がった。
少しでも均衡を崩せば、また地面を這いずることになるからだ。
「むー……むぉ」
なんとか立ち上がった銀姫は、思いっきり背後に倒れこんだ。
瞬間、勢いよく戸が開いた。
「おい、頭目がお呼び……って、どぅあぁぁっ! なんじゃーっ!」
いきなり倒れこんできた銀姫に驚き、とりあえず蓑虫状態の彼女を受け止める山賊だった。
驚愕の視線を銀姫に向け、捲くし立てるように怒鳴った。
「って、何してんだコラ! 大人しくしてろよ、まったく!」
「……むもも」
山賊は彼女を睨みつけながら、口を歪めた。銀姫が何を言っているのか、理解しての表情である。
「『嫌だ』とか言ってんじゃねぇよ。とにかく連れてくぞ」
「触るな下郎」
「下郎で悪かったな……って、喋ってんじゃねぇか! てめぇ、どうやって口の布を取りやがった!」
「己で白状する阿呆がどこにおる」
銀姫はそれだけ言うと、顔を横に向けた。
実は彼女が倒れ込んだとき、山賊が慌てて受け止めようとした手が顔に当たったのだった。
それが原因で、布の結び目が緩んだのである。
しかしそのことを、わざわざ親切に教えてやる義理は無い。
「てめぇ、自分の立場がわかってんのか」
「わかっておるよ。お主ごとき三下が、私を少しでも傷つけてみよ。代わりにお主の首が飛ぶぞ?」
「……この野郎ぅ」
思わず拳を握り締める山賊だった。しかし、この程度で腹を立てるようでは、銀姫と渡り合うことなどできるはずが無い。
「ほぅ、その拳で私を殴るつもりか? やれるものならやってみるがよい。ここでその拳を引けば、お主は相当な根性無しよのう」
「言わせておけばっ」
山賊は拳を振りかぶった。
その背後から、別の山賊が現れた。
「おい清吉! 何を油売ってやがる! 頭目に呼ばれてんだろうがよ!」
「へ、へぇい」
すぐに拳を隠した山賊は、苦々しく銀姫を睨んでから、彼女を乱暴に持ち上げた。そのまま担ぎ上げ、飛脚のごとく走り出した。
その山賊の耳元で、銀姫が囁く。
「この根性無し」
少しだけ、山賊の走る速度が増したのであった。
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