見当違いの召喚士

比呂

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プロローグ

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「僕の召喚魔法を――――見てみるかい?」

 アルマンと呼ばれる男の声は、寒空へ掻き消えた。

 刃物を持った盗賊たちが、薄い笑みを浮かべる。
 見るからにうだつの上がらない冒険者が、強がりを言ったところで恐れを抱くはずも無い。

 強者には、強者の風格というものがある。
 田舎の山間部を根城にした盗賊とて、荒事こそが生業というものだ。

 こんな生っちょろい男を怖がっていたら、商売にならない。
 この男には、強者の風格というものが、これっぽっちも見当たらなかった。

「あぁん? そんなら見せてみろよ!」

 恫喝とも聞こえる盗賊の声が飛ぶ。
 笑い声さえ漏れ出す有様だった。

 アルマンは――――冷静に、冷徹に、審判を下した。

「良いだろう。もう知らん。責任はお前たちが取れよな」

 彼が腕を振り上げ、指を鳴らそうとした。

 突風が舞う。
 人影が割り込んできて、そこにあった。

 目を疑う早業で、女剣士が現れたのだった。
 アルマンの振り上げた腕を、災厄の詰まった壺でも落とさないように支えている。

「女が、出てきた?」

 盗賊が怪訝な顔をしていた。

 確かに、この場の光景だけを見ていればそう見えるだろう。
 しかし、そうでないことをアルマンは知っていた。

 この世の中には、人類の知覚を超えて動く輩がいる。
 長い黒髪を後ろで結い、凛とした表情の女剣士が口を開く。

 彼女の表情が、とても焦って見えるのはアルマンだけだった。

「あ、アルマン様? 何をやっておられるのですか?」
「えーっと、盗賊退治?」

 彼は苦笑いを浮かべ、明言を避けた。
 軽鎧に身を包んだ女――――レオネールが口元を釣り上げる。

「いえ、私が聞いているのは、そちらではありません。ここにいるゴミ相手に、召喚魔法を使おうとしましたね」
「え、えー、何の事かなぁ? フヒュー」

 吹けない口笛がかすれていた。
 レオネールの目つきが鋭くなる。

「約束しましたよね! 召喚魔法だけは! 絶対に! 使わないと!」
「いや、でも、この人たちが責任を取ってくれるって言ったから――――」

 彼は、盗賊たちを指さした。

 そして、比喩で無く雷が落ちる。
 目を白く焼く光と衝撃と、耳を叩き落とす爆音が吹き荒れた。

 それこそが、彼女の魔法だった。

「このクズたちに責任が取れるわけないでしょーがっ!」

 彼女が指さす盗賊たちこそ悲惨であった。

 落雷の衝撃で、辺り一面に盗賊たちが散乱していた。
 熱と炎で焼き焦げ、見る影もない。

 あらら、などと感想にも満たない言葉をアルマンは漏らした。
 薄目で盗賊たちの惨状を眺め、ぼそりと呟く。

「なんということだ」
「アルマン様が召喚魔法を使うより、千倍は――――いえ、億倍はマシな光景です。一つ言っておきますけどね、あなたが最初に召喚したものわかってます?」
「ひよこ」

 黄色くて可愛らしい、鶏の幼体を思い出して彼は和んだ。
 対するレオネールが、絶対零度の面持ちで返す。

「違います。人類を滅ぼせる兵力を保有した――――異形の王国たちです」
「えー、あれって災害でしょ。発表してたじゃないか。偉い人が」

 本気で信じていない顔だった。
 彼女の頭の血管が、切れた気がした。

「あなた会ったでしょ! その偉い人と! ウチの王様と!」
「あの偉い人、役者だったような気がする」
「ぶっ殺しますよ。自国民に対して、一人の召喚士が異界の国をまとめて呼び出したとか言えるわけないでしょうが。そうでなくちゃ、何であなたが生きていられると思うんです?」
「僕の所為じゃないからでしょ」

 音も無く抜かれた剣を突き付けられ、アルマンが顔を横に向ける。
 冷気さえ感じさせる刀身は、幾度となく敵を斬り裂いてきた業物のそれだ。

「斬りますか」
「斬らないでください」
「もう、あなたを斬り殺して私も後を追った方が、気が楽になると思います」
「早まっちゃいかんよ」

 大きな溜息の動作と共に、レオネールの肩が落ちる。
 悲観とも諦めとも取れる顔をしていた。

「早まりたくもなります。……異形の王国たち――――八大強国の使節団と行った実証実験での二回目の召喚魔法で、最悪の地獄を呼び出したときは、もう、本当に、夢も希望も打ち砕かれました」
「いや、あの時は顔色の悪い変な人たちに脅されて、血も取られて、僕だって怖かったよ」

 アルマンが思い出すのは、何だか変な人たちが来て、あれよあれよという間に流れ作業で拉致された記憶だった。彼にしてみれば、本当に恐怖の出来事だった。

「その程度で済んで良かったですね! 魔物が溢れ出す魔界の門を開けておいて、よくそんなことが言えるものです! 人類と八大強国が協力して、全力を尽くして、現在進行形で封じ込めてますが、そうでなければ世界の破滅でしたよ!」
「まあまあ、落ち着いて。結果的に、人類が滅ぼされなくて良かったじゃないか」

 彼が言うことにも、一理あった。
 魔界から溢れ出る魔物に対して対応せざるを得ず、各国が一時的に不可侵条約を結んだのだ。
 別の言葉で言いかえるなら、戦争どころでは無かったのである。

「ああーっ! その通りだから余計に腹が立つんです! もうあれですよ! 王国の金銀財宝と美女を集めて献上しますんで、どうか元の世界に戻してください!」
「嫌だよ。なんか怖い。僕ね、冒険者になってすぐ、美人なお姉さんに騙されたことがあるからね。信じないよ」

 アルマンが顔を背けた。
 新しい冒険に胸を膨らませている尻の青い新人に、現実を突きつける通過儀礼だった。
 これを経験とするか、損失と取るかで、冒険者の資質が問われる。

 彼には、冒険者の素質も無いようだった。
 
「だあぁぁぁぁっ、美人局に引っかかるくせに、何で私の言うことは聞いてくれないんですか! あなたの護衛ですよ! 世界を救ってくれるなら、この身も捧げますよ! 何がいけないんですか!」
「だって、君は美人過ぎる。強いし。だから、騙されてる気がする」

 妙に強情なアルマンに対し、彼女の瞳が滲み始める。

「もう一回くらい騙されてくれてもいいじゃないですかぁ」
「いやね、そもそもさ。僕は召喚士であって、返還士じゃないからね。呼んだものを戻すなんて魔法、知らないし」
「……そうでしたね。だから旅をしているのでした。取り乱して申し訳ありません」
 
 目尻に涙の粒を残したレオネールが、空を仰いだ。
 
 彼女の心が再び怒りを取り戻しても不思議では無いくらいに、いつもと変わらない透き通った青空が、無情にも大きく広がっていたのだった。

 世界が元通りになるまで、二人の旅は続いていく――――。
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