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第13話
しおりを挟む「ひどい話もあったものだよね」
宿屋のテーブルに突っ伏して、もしゃもしゃとプルーンのドライフルーツを齧っている男がいた。
部屋のドアは開け放たれており、その入り口には肩で息をするレオネールが立っている。
喘ぐように言葉が紡がれた。
「どうして――――生きて?」
「うーん、どうしてかな。この宿、ピーナッツ置いてないんだってさ」
惚けた顔で受け応えする男の顎が乗ったテーブルに、女騎士の拳が叩きつけられる。
顎に受けた衝撃で悶絶する男は、思わず手のひらをレオネールに向けた。
「わ、わかってる。大丈夫、ホットワインはちゃんとあるから。宿の人に確認してあるから」
「わかってないです! あの時、あなたは血まみれになって、息もしてなくて!」
「……それはそうだよ。それは僕ではない『僕』だもの」
男は再びテーブルに顎を乗せて、プルーンを齧る。
まるで、ピーナッツを食べる約束をしていた友を悼むように、悲しい顔をしていた。
「はあ、食べたかったなぁ、ピーナッツ」
「そんなに欲しいのであれば、後で私が買ってきますよ」
仕方なく息を落ち着けたレオネールが、テーブルに備え付けの椅子を引いて座った。
男は首を横に振る。
「別にそこまでじゃないけど」
「何がしたいんですか、あなたは! 状況の! 説明を! お願いします!」
テーブルに両手を叩きつけて、彼女が身を乗り出していた。
肩を竦めた男は、視線を逸らした。
「膝枕してくれたら、教えてもいいよ――――あ、嘘です。すいません。調子に乗りました」
「そうですか」
手甲で首根っこを掴まれ、鎧に身を包まれた騎士に膝枕をされても、痛いだけである。
観念した男は、手元の皿に乗ったプルーンをレオネールに差し出した。
「食べる?」
「いりませんけど」
「そう? 美味しいよ。ガウエルからのお土産なんだって。魔界の果物の干物だってさ」
「えっと、余計に食べたくありません。よくそんなものを平気で食べますね?」
「美味しいのに……」
渾身の贈り物を断られたかのように、男は唇を尖らせた。
レオネールの表情が緩みかけたが、すぐさま気を取り直す。
「いえ、そんなことはどうでもよくてですね! 何があったのか教えてください!」
「そう言われてもなぁ……一緒にいたんでしょ」
「それが、その、召喚魔法が発動した直後に、背後からエイリスに気絶させられまして……」
騎士としては一生ものの恥であろうが、無理も無かった。
第三の魔界でも呼び出されそうなときに、背後まで気にしていられない。
男は、小さく頷いた。
「じゃあ、何が知りたいの?」
彼女が息を呑んだのがわかった。
誰だって同じ反応をするだろう。
目の前で息絶えた人間と同じものが、目の前に現れて干物を齧っていたら、質の悪い冗談かホラーである。
「あなたは――――アルマンなのですか?」
「厳密に言うと違う。君と一緒にいたアルマンじゃないよ」
「そう、ですか。私は守れなかったのですね」
レオネールの表情が陰り、顔が伏せられた。
長い髪が、さらさらと流れ落ちる。
男は目を逸らして言った。
「君の所為じゃない。まずもって彼は守られる気なんて無かっただろうし、サブちゃんが埋め込んでいた安全装置から逃れる術なんて無いよ」
だって脳内だよ、と人差し指で自身の頭を突く。
顔を伏せたまま彼女が言った。
「それでも私は、守る気だったのです」
「真面目だねぇ。少しはガウエル達を見習いなよ。勝手に『僕』のことを皇帝陛下だなんだと言っておきながら、さっさと魔界へ還っちゃうんだから」
「え、ええ。そういえばお土産とか気になっていたのですが、彼らも無事なんですね」
「多分ね。生きているとは思うよ。サブちゃんが見逃したんだから、当分は大丈夫だよ」
えーと、と非常に気まずいことでも聞く仕草で、レオネールが言う。
「あの、サブトナル様は、一体どうなったのですか?」
「生きてるよ。『僕』が召喚魔法を使って、異世界の僕たちとつながったんだよね。その時に得た異世界の僕たちの知識を渡す代わりに、全部見逃してもらったからさ。実験材料が増えて、今も研究してるんじゃないかな」
「えっと、大丈夫なのですか? 色々と」
「さあね。それを決めたのは『僕』だ。僕じゃない」
責任逃れとも言える発言が、妙にアルマンとダブって見えるレオネールだった。
いい加減に憤りが溜まってきた彼女が問う。
「あなたは――――誰なんですか」
男は、頭を掻いた。
それこそ誰もわからないんだよ、と呟いた。
自分自身がたくさんいて、それでも同居しているという感覚は、他人には中々説明しがたいものがあった。
だから、事実だけ説明することにする。
「そうだねぇ。まずは、サブちゃんが僕のオリジナルから、ホムンクルスを造っていたことは知ってるね?」
「はい。非人道的だとは思いますが」
「まあ、召喚魔法研究の一環だよね。それくらい、人類もやってるよ」
「だからといって――――」
「許さない? じゃあ勝てるの? 八大強国とまとめて戦争する?」
男は両手を広げた。
絶望的な戦力差に立ち向かうのは、勇者でなく、愚者のそれだ。
「そういうことでは無いと思います」
「うん、僕もそう思う。誰かの気持ちを、完全に消すこと何て出来ないよ。どんな強大な軍隊を連れてきてもね。自分で消さない限りは、さ」
「自分で消す、ですか」
「そうさ。だから僕は、ここにいる。ナンバリング的には多分10番目だろうけど、しっかり生きてるよ」
気だるそうに笑う男には説得力など皆無であったが、心は彼女に伝わった。
それが彼と同じものであるかどうかなどわからないが、レオネールが再び顔を上げるには充分だった。
「それで、これからどうするんですか」
「いやなに、いつも通りさ。サブちゃんに勝てるわけないでしょ。世界を元に戻す旅に出るよ。僕が駄目でも、次の『僕』がやってくれるさ。それまで何とか頑張るよ」
部屋の端に、ゴミ袋と見間違ってもおかしくない背負い袋が転がっていた。
中身がはみ出しているところを見ると、お土産のプルーンが詰まっている。
駄目だこいつ、と顔を手で覆うレオネールが、それでも笑みを漏らす。
「そうですか、では、見張り番が必要ですね」
「いや、別に。それはいいかな」
「無理です。私の気持ちを消すことなど出来ません。次は守りますから。覚悟してください」
「えー」
顎に手を置いて、男は考えた。
そもそも熟考が苦手なこの男である。
まあいいか、と気楽に行くことにした。
そうすると、最初にやってもらうことがある。
「それじゃあまずは、ピーナッツ買ってきて」
男のとっておきの冗談は、プルーンを投げつけてくるレオネールの抗議にかき消されたのだった。
完
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