見当違いの召喚士

比呂

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第12話

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「おぉ、我らが皇帝陛下よ! ついに我らの悲願が誕生なされた!」

 ガウエルが歓喜の叫びを上げ、とめどなく落涙する。
 わーぱちぱち、とマウルも拍手をしながら無表情で喜んでいた。

 アルマンは迷惑そうな顔で言う。

「僕に勝手な役職をつけないでくれる?」
「何をおっしゃられますか。旧魔界皇帝がお隠れになり、我らを呼び出した貴方様こそ魔界の救世主ではないですか!」
「魂が偽者とか言ってなかったっけ?」
「肉体が本物であれば、少なくとも本物の一部でしょう。何ら問題はございません」

 演劇を見せられているような大げさな態度だった。
 ついに黙っていられなくなったレオネールが剣を抜く。

「何やってるんですか! 今すぐ魔法の行使を止めて下さい! 約束したじゃないですかぁ……」
「それに関しては、申し訳ないことをしたと思う。君は立派に役目を果たしていたよ。ただ僕が、馬鹿だっただけだ」
「確かに、馬鹿げた行いだ。俺を裏切るのかね、アルマン」

 サブトナルが不機嫌な顔をしていた。
 彼の後ろでは、異常な殺気を放つエイリスが控えている。

 アルマンは、苦笑いを浮かべた。

「何をもって裏切るというのかは知らないけど、真実を隠すことが嘘であるというのであれば、それはお互い様じゃないかな。サブちゃん」
「では悪いが、何が真実で、何が嘘であるか教えてくれないか。心当たりが在り過ぎて、どうにも俺では選びきれん」

 腕を組んだサブトナルが、口を曲げて目を閉じた。
 アルマンは、短く息を吐いてから言う。

「どうして僕と、カレス・ゾンブリムを引き合わせたのかな」
「カレスとの約束だ。一度は必ず貴様と会わせることを条件に、俺の手駒となっている」
「……え――――」

 レオネールが息を呑んだ。
 小さく笑うアルマンだった。

「道理で馴れ馴れしいと思ったよ。では次に、こうして僕と魔族を出会わせた理由は? サブちゃんなら、出会わせないようにすることも可能だったはずだよ」
「理由は、そこの魔族の娘だ。『天眼通』なる能力が邪魔だったから、貴様を餌に呼び出させた。ついでにここで捕えて、実験体にしたいと考えている。そして、貴様に直に合わせた理由は、貴様が魔族の皇帝と同一存在になり得るかどうかの実験だ」
「魔族の皇帝?」

 アルマンが繰り返す。
 先ほどもガウエルが言っていたように、魔界には皇帝が居なくなっている。

「貴様を造る際に、とある魔族、、、、、の血を混ぜた。その成果が貴様だ」
「なるほど、だから魔族が執拗に僕を狙う――――いや、この場合は救おうとしたのかな。では、最後の質問を一つ」

 申し訳なさそうに、人差し指を立てて苦笑いを浮かべるアルマンだった。
 サブトナルも鷹揚に頷く。

「好きにしろ」
「今の僕は――――何人目かな」

 彼は、抜かれた血の行方を、最後まで確認したことは無い。
 技術があって、それが必要であると判断するならば、どんな実験も厭わないサブトナルである。

 きっかけは、ガウエルの言った『魂が偽者』という言葉だった。
 何の代償も無く、異界を呼び出すほどの召喚魔法が使えるというのか。

 理由を考えて得られる結果は、余り多くない。
 どれだけアルマンが居ても足りはしない――――なら、足りるまで造るしかない。

 短い息を吐いたサブトナルが、髭を揺らした。

「オリジナルを除いて、ホムンクルス培養した模造品の数ならば、貴様が9番目の実験体だ」
「それ、召喚魔法が成功した数、、、、、だけじゃないかな。僕の才能の無さは、僕が一番わかってる。失敗作は無数にあるはずだ」
「ああ、人の形も意思も宿さぬ肉塊に、物質である以上の期待は抱けぬよ。記録してはいるが、言葉にするのも面倒な数だ。エーテルの素材として再利用したよ」

 軽く肩を上げて見せるサブトナルだった。
 彼にしてみれば実験の失敗作に付き合う義理は無く、更なる実験のためのコストカット用品でしかない。

 自分と同じ物体が大量処分されていたことについて、アルマンは眼を瞑った。
 同じことが繰り返されないよう、この場に居る魔族の事を考える。

だからか、、、、。……ところで、この二人を助けることは出来ないかな」
「質問は最後では無かったのか」

 サブトナルが片眉を上げた。
 それが冗談であると気付いて、アルマンは言い直す。

「これは、お願いだよ」
「ふむ、不可能だ。そもそもの作戦目標であるし、何より、貴様の願いを聞いてやる必要はない」
「そっか。そうだよね。ならばサブちゃん、お別れだ」

 彼は、魔力を紡いだ。
 魔法はただ一つしか知らない。
 それしかない。

「――――くっ」

 激しい頭痛と耳鳴りが襲ってくる。
 練った魔力を留めることが難しい。

 サブトナルが、眼を細めてアルマンを見つめていた。 

「無駄な足掻きはよせ。貴様の脳内に安全装置を埋め込んである。召喚魔法を使った時点で、脳内にある呪物が魔力生成を阻害し、血液に毒を流し始めるのだ。せめて、息絶えるまでは見守ってやろう」
「それ、観察してやろうの間違えじゃない?」
「結果は同じだ」

 アルマンは、首を横に振った。
 苦痛に耐えて、笑っていた。

「あー、うん、でもね、言葉が違うんだよ。言葉が違えば意味も違う。僕らには『心』があるのさ。結果が同じでも、過程まで同じでは無いんだ」
「だからどうした」
「心ってのはね。伝わることもあるんだよ。僕と、あなたと、それ以外と、、、、、

 サブトナルの表情が変わる。
 身を乗り出して、今にもアルマンに掴みかかりそうだった。

「――――待て。それはつまり、失敗作に何らかの情報残滓が隠されていて、エーテルに分解しても消えず、貴様の中で再構築されたのか」
「まごころに質量は無いから、サブちゃんには見えなかったかもね。ここに在るのは、ちっぽけな僕が、ちっぽけな僕たちと、心を繋げて協力する意思が生まれただけだ」

 原初の火が生まれる。
 それは意志と言う名を与えられ、温かさを持ち、時に身を焦がし、身体を動かす原動力となる。

 空間が理不尽に捻じ曲げられて、何も見通せない黒い穴が出現した。
 確率のすべてが存在する、根源の渦が顕現したのだ。

 今ここで、世界が終わっても不思議では無かった。
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