分水嶺は突然に

komatsu

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脇差

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尾熊の愛車であるマツダcx-5に乗り込みエンジンをかけ、自宅を目指す。

今日は早く上がれてよかったと、尾熊は運転しながら思う。
しかし、すでに渋滞は起きていた。一年に一度の花火大会に向かう車で、ごった返しになっている。
【県外ばっかりだな。】尾熊は独り呟く。目に入るナンバーは岡山、広島、倉敷、ばっかりだ。尾熊の愛車には福山と書かれているが地元ナンバーの方がこの日は目立つ。

車が進まず尾熊は、歩道を歩く浴衣美人に目を向ける。走っていては見ることが出来ないが、今は見れる。

浴衣姿のお尻を目で追っていると携帯がなる。どうせ進まねえんだ、普通に出ても問題ないだろうと通話ボタンをスライドした。

【どちらさんですか?】

【やめてよ、慶ちゃん。タチが悪いよ…】

【ごめんごめん、大ちゃん。どうした?】

【…今日は先生の所行くん?その後暇なら呑みに行きたい。】

【行くってか、ちょっと手を合わせるだけだから空いとるよ。にしても花火大会の日に野郎二人で呑むってのも微妙だな。】
 尾熊は悪態をつくが大は、待ってる…と、返事を返し電話を切る。

普段なら車で20分程度で家に着くが、今日は1時間程かかった。それでも定時で帰るよりかは随分早い。
車を車庫に入れ家に入って行く。
【あら、今日は早かったのね。お父さんも喜ぶわ。】

【ただいま、別に命日だからって早く帰った訳じゃないよ、だいたい今日が命日か分からんし。じゃけえ墓には行かんよ。】

【そう言わないで、早く仏壇で手を合わせて来んさい。】
陽子はそう言い、リビングに入って行く。

尾熊は和式にある仏壇に手を合わせるが、心の内は何も思ってはいない。
尾熊の父である龍太は10年前の今日、行方不明になり3年前に死亡認定を受け、法律的には死人であるが尾熊は認めてはいない。
遺体も見つかってないのに死んだと認めている母をどうかしていると思ってはいたが、最近では認めたほうが楽なのだろうと思うようにしている。

シャワーを浴び着替えた尾熊は時計を見る、まだ5時過ぎか…

まだ呑みに行くには早いなと思い、何の気なしに家の隣にある道場へと向かう。
道場の壁には練習で使う竹刀、木刀が何本をかけられている。その横には無双一閃流抜刀術との看板がある。昔は何人もの少年、少女がこの場所で竹刀を振っていたが、龍太が行方不明となった今では見る影もない。
物心つく前からここで父にしごかれ続けた思い出が蘇り、ふと刀を振りたくなり壁にかけてある木刀を手に取る。埃一つついていなかった。
尾熊は母が父に対する深い愛を垣間見た気がした。
もう10年も振ってはいなかったが案外体が覚えているものだ。

【刀の振り方は刀が教えてくれる。そんなに力んでいたら、切れる物も切れん、力を抜け。】

父からの教えが頭をかすめ、握っていた木刀が手を離れ、壁に突き刺さる。見てくれは綺麗な道場だがもう床も壁もボロなのだなと実感した。

無想一閃流抜刀術と書かれた看板と、竹刀がかけてある間に木刀は刺さっていた。
看板に刺さらんでよかった。一族の魂に穴でも空けてたら母が失神するだろう。

そろそろ大ちゃんを迎えに行こうかと木刀に寄り、柄を握り引き抜く。

抜いた穴からキラリと鈍い光を見た気がし、穴を覗くと日本刀の柄が見えた。
何故壁の中に刀があるのか不思議に思うが取り出すしかないだろう。

拳も入らない小さな穴だった、木刀で壁を叩き穴を広げ、帯に刀をくくり付け固定する為の下緒を掴む。

穴がまだ小さく引っかかり中々出てこない。苛立った尾熊が距離を取り、蹴りを放ち大きな穴を開け、再度下緒を掴み取り出した。

【脇差か…】

普通の日本刀と呼ばれる物よりも短く、かなりの年代物のように感じた。昔見たことがある様な気がしたが思い出せない。
まだ父がいた頃、道場に太刀と脇差を飾っていたが、10年前の今日、父と共に消えたその脇差かは分からない。
もしかしたら太刀があるかもと穴を覗き、携帯で明かりを付けるも太刀は無さそうだ。

鞘から抜こうと左手親指を鍔にかけ、力を入れようとしたその時、ポケットに入れてあった携帯がなる。

液晶には【中野 大】と表示されていた。

【慶ちゃん遅い…、なんかあった?】

【ごめんごめん、道場入ったらなんか懐かしくなってな。木刀振ってたんよ。】

【…そっか、事故にでもあったかと思った。】
尾熊は思わず苦笑する、お前は俺の彼女かと。しかし気持ち悪くは感じないし、むしろ心配をかけてしまったという罪悪感があった。

電話を切り、道場を出ようとした所でまだ脇差を持っている事に気が付いた。
警察に見つかったら銃刀法違反で捕まっちまうな…、歩きながら考える。

大ちゃんに見せたら何か分かるかもしれない。昔道場に飾っていた物かそうでないか、それだけでも知りたかった。

車に着くまで考えたが警察に見られる事もないだろう、そう思い愛車の後部座席に脇差を放り投げ、大の家へと車を走らせる。
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