【恋愛小話】

色酉ウトサ

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『マリオネットのビスクドール』

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「オーナー、ずっと気になってたんですけど、どうしてあのマリオネットはあの人形を抱き締めた状態で置いているんですか?」

「ん?ああ、あの状態にしとかないとあいつが不機嫌になるんだよ…」

「え、マリオネットが不機嫌に…?」

「………」



 十年前、たまたま寄った骨董市で見掛けた、滑稽な姿で吊るされた状態の年季の入った道化師姿のマリオネット。

 大きさは幼稚園児ほどで、頭には白と黒の二股に別れた帽子をかぶり、顔は白塗りだが左目を覆うように赤いハートが描かれていて、格好はダボッとした上下揃いの白と黒のダイヤ柄の衣装を着て、靴も左右が白と黒で別れているまさに道化師といった人形だった。
顔はよく見るタイプの布とは違い、陶器で出来ていた。

 特に何かを買う気もなかったし、人形にもあまり興味がなかったが、どこか笑顔を浮かべているのに哀愁漂う姿を哀れに思い、その場で購入を決意した。

 別に自分で操作しようともしたいとも思わなかったため、自分で営んでいる店に持ってきて店内を見渡せる一角に椅子を置き、そこに座らせて飾ることに。

 すると道化師もどこか哀愁が薄まったように見えた。

 俺が営んでいるのは小さなコーヒーショップで、店もこじんまりしていて客層も物静かな人間が多い。

 そんな店内を見つめる道化師はいつも穏やかな表情を浮かべているように見え、心の内ではあの日連れてきて良かったと感じた。

 道化師が店へ来てから三年くらい経ったある日、常連の客が恋人を連れて店を訪れた。
俺からすれば珍しいことでは無かったが、道化師がその二人のやり取りを見つめているように感じ、少し不思議だった。

 実際は動くわけでも表情が変わるわけでもないが、俺にはなぜかこの道化師の状態が分かるような気がして、それでも気味が悪いとか怖いなどといった感情にはならなかった。

 その日から、道化師はカップルや夫婦などを見つめていると感じることが増え、同時にまた愁いを帯びるようになり始めた。

 何もしてやれぬまま二年が過ぎたある日、またも骨董市が催されていて、俺の足は自然と中へと引き込まれた。

 欲しい物も見たい物もあるわけではないのに何となく見ていく気になり、並べられてる品を見てはあの道化師と出会った時のことを思い出していた。

 一通り見て歩いたが特に気になる物はなく、帰ろうと入り口とは反対の出口へ向かうと目の端に黒い物体が映り、そちらへ顔を向けた。

 その黒い物体の正体は一体の人形だった。

 ヒラヒラとしたレースのたくさんついた黒いドレスを身に纏い、手の込んだ黒い帽子をかぶり、黒い艶のある靴を履き、喪服かと思わせるほど全体的に黒い人形。

 フランス人形とでも言うのだろうか。
色合いのせいもあってかどこか哀しそうな表情を浮かべているように見えて、俺はその人形をじっと見つめていた。

 そんな俺を不思議そうに見つめている人形の持ち主の視線に気付き、慌てて愛想笑いを浮かべた。

 持ち主はご年配の女性で、声を掛けるとまるで不審者のような俺に優しげに微笑んで対応してくれた。

 その対応にほっとしながら、俺はこの人形について訊ねてみた。

 分かったことは、この人形は女性の祖母が大切にしていた持ち物だったこと、自分では管理しきれないため、今回の骨董市で大切にしてくれそうな人にその方の遺品を譲ろうと参加していたことだった。

 女性は人形を手に取ると「もし良ければ…」と言って、俺の言い値で譲ってくれようとしてくれた。

 初めは断ったが、「あなたなら大切にしてくれそうだもの。この子を見つめていた時、そんな目をしていたわ」と言われ迷った挙げ句、俺は持っていたそこそこの金額でその人形を譲り受けることにした。

 店へと連れ帰りながらどこに置こうかと考えていたが、すぐにあの道化師の隣でいいかと思い至った。

 その日から、道化師とビスクドール(女性から聞いた)は隣どうしで椅子に座り店内の隅で客を見つめるようになった。

 二体はとくに違和感もなく店に溶け込み、客達からも可愛がられている。

 ビスクドールもここへ来た頃の哀しそうな表情はかなり和らぎ始め、気付けば道化師も彼女が来てからは愁いてはいないようだった。

 そんな状況が変わったのはビスクドールが来てから二年が経った頃。

 久々に俺の姉が旦那と卒園式を終えた娘を連れ、店に遊びに来た。

 数日前に店に来ると連絡を受けていたため、卒園祝いも兼ねて色々準備し、その日は店を閉めた。

 食事を終えて姉、旦那、俺の三人でのんびり話していると、娘はいつの間にか二体の人形の前に移動していて、目線を合わせるように前屈みで見つめていた。

 どうしたのかと目線を向けると、不意にビスクドールへと手を伸ばし、胸に抱き締めた娘はこちらへと走ってきて「おじちゃん、このお人形ちょうだい!!」と満面の笑みで口にした。

 一瞬戸惑い、娘の両親へと顔を向けると二人はどこか困ったように笑っていて、俺はどうしようかと迷った。

 その時、別の場所から視線を感じて、先を辿ると道化師と目が合い、浮かべている表情から何を言いたいのかが伝わりそれを答えることに。

 娘と目線を合わせるためしゃがみ、ビスクドールは道化師と友達だからあげられないこと、居なくなると道化師が寂しがることを伝えた。

 始めはどこか納得していなかったものの、道化師へと顔を向けた娘は少し悩んでいたが「わかった…」と名残惜しそうにビスクドールを戻しに向かった。

 分かってくれたことに胸を撫で下ろし、再び人形たちの方へ目を向けた俺は少しだけ驚いた。

 何故か娘はビスクドールを道化師の膝の上に乗せ、道化師の腕をビスクドールを抱き締める形に変えていたのだ。

 戻ってきた娘に理由を聞くと、仲の良い両親がよくああしているからとのことだった。

 なんとなく聞いてはいけないものを聞いた気がしたが、それはさておき、道化師が先程とはうって変わって幸せそうにしているのが分かりそのままにしておくことにした。

 まあ、一方のビスクドールは気恥ずかしそうな表情に見えたが、嫌そうではなかったため離す気にならなかったとも言える。

 それから数日経った頃、店内掃除のため二体を一時的に離して別々の場所に置いたまま、掃除にすっかり気を取られて元の位置に戻すのを忘れてしまった。
二体の幸せそうな表情に見慣れたことやたまたま置いた位置が意外としっくりきたこともあり、一週間近くそのままにしてしまったのだ。

 気付いたのは、道化師の表情が今まで見たことのない程、不機嫌に歪んで見えたからだった。

 理由が分からず、始めは場所が気に入らないのかと元の位置に戻したが、ふと何かが物足りない気がして辺りを見回した。

 瞬間、ビスクドールが目に映り、理由に納得した俺は慌ててビスクドールを隣に座らせた。

 けれど、ビスクドールは未だ淋しそうに、そして道化師は俺を睨んでいるように見えてまだ何か違うのかと焦り始めた。

 違いが分からず、じっと二体を見つめているとなにか違和感を覚え、更に見つめていると、ようやく理由を思い出した。

 そっとビスクドールを持ち上げ、道化師の膝に乗せると突然、道化師がガクンと前のめりビスクドールを抱き締める形になったのだ。

 偶然なのか本当に動いたのかはともかく、そこまで寂しい思いをさせたのかと申し訳なくなった。



 それ以降、この二体は離さず常にこの状態のまま飾っているが、実際あの時に見た道化師の不機嫌な表情が意外と怖かったのも理由の一つではある。

「…ふっ、幸せそうだろあの二体?」

「え?まあ、そうですね…」

「二体の邪魔するなよ」

「しませんけど、…呪われたりするんですか?」

「いや…。けど、めちゃくちゃ睨まれる」

「え…」

 驚いているアルバイトを背に、俺は開店の準備を進める。

 今日も幸せそうに寄り添い合う二体の姿に呆れつつ、こんな日々をこれからも送らせてやろうと考え、店をオープンさせた。





終わり
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