【童話録】

色酉ウトサ

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『赤頭巾』

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「ねえ見て、お母さん!」

「あら、似合ってるわよ」

「えへへ~」

森の入り口に建つ一軒の家。

そこには、母親と年頃になる娘が二人きりで暮らしていた。

娘は出掛ける前に母に服の確認をして貰うのが日課で、いつものようにお洒落をした彼女は母からの「似合うわ」の一言を聞くと、お気に入りの赤い頭巾を被り玄関へと向かった。

「今日はどこへ行くの?」

「森にお花を摘みに行こうかなって」

「そう、森へ…」

「どうしたの?」

「何でもないわ。それより、お婆ちゃんの家へ行く道以外使っては駄目よ?」

「は~い」

「気を付けてね」

「行ってきます!!」

「…ふぅ」

(大丈夫…よね)

元気に出掛けた娘を見送ると、母親は胸元で手を握りしめたのだった。

一方、家を出て裏手にある森へと入った娘は鼻唄を歌いながら、脇道に咲いている花に気を取られていた。

「う~ん…、お母さんどうしたんだろう?あ、チューリップ!でも、まだ全部咲いてる訳じゃないんだ…」

(………)

「もう少し先へ行ってみよう!」

少し離れた木陰から見られていることにも気付かず、花から視線を外した娘は更に先へと進んで行く。

後を追うように娘を見ていた人物も移動し始める。

「ん~、あんまり咲いてないな…」

だいぶ歩いてはみたものの道の端に咲いている花は見られず、未だ蕾のままの花の傍にしゃがみ込んだ。

その時、後ろの方で木の枝が折れる音がして振り返った娘が目にしたものは、同じ年くらいの青年だった。

突然現れた青年に驚いた娘だったが、滅多に人と会うことの無い森の中で出会ったということに興味を持ち、青年へと声をかけた。

「初めまして!あなたは誰?」

「………」

「私はこの森の入り口でお母さんと暮らしてて、この赤い頭巾がお気に入りでよく被っているから赤頭巾ってよばれてるの」

「…俺は、この森に住んでいる狼…」

「狼?」

「そう呼ばれている…」

見た目は普通の青年なのだが、自分のことを「狼」と名乗ることに娘は更に興味を深めた。

詳しく聞こうとしたその時、青年は勢いよく森の奥へと顔を向け、そのままどこかへと走り去ってしまった。

呆けていた娘だったが、日が傾きかけていることに気付いて来た道を戻り、家へと帰る。

夕食時、娘は母親に森であったことを楽しそうに話し、母親もまた娘の話を楽しく聞いていた。

狼の話を聞くまでは…。

「そう言えば、珍しく森で人に会ったの」

「…え」

「男の子で、自分のことを狼って言ってたわ」

「狼…」

「町で見かけたことは無いけど、どこの子だろう?」

「………」

「お母さん?」

「…駄目よ」

「え?」

「その子と会っては駄目!」

真剣な表情で訴える母親に、娘は疑問を抱きつつも従うと頷いた。

翌日から森へ遊びに行くことを禁止され、娘は仕方無く町で友人たちと遊ぶ日々を送った。

そんなある日、娘が出掛けようとした矢先に祖母の友人で森を管理している男性が訪ねてきた。

男性は母親に、祖母が風邪で寝込んでいることを伝えに来たのだった。

青ざめた母親はその場にへたり込み、慌てて娘は駆け寄って声をかける。

「お母さん!?大丈夫…?」

「………」

「お婆ちゃん、そんなに悪いの?」

「…そうじゃ、ないわ…」

「え…?」

一度、男性の方へと顔を向けた母親は俯くと、再び顔を上げて寂しそうに娘を見つめた。

様子を見ていた男性は小さく頷くと、家を出て行った。

「お母さん、一体どうしたの?」

「…あのね、あなたにお願いがあるの」

「お願い?」

「お婆ちゃんのお見舞いに行って欲しいのよ」

「それは良いけど…。でも、森へは行っちゃ駄目って…」

「…今日だけは、仕方無いは…」

ふらふらと立ち上がった母親は、葡萄の飲み物とパンをいくつか入れたら籠を娘に持たせた。

いつもと様子の違う母親を気に掛けながらも、家を出た娘は祖母の家を目指した。

道中、花を摘んで行こうと考えていた娘だったが、以前はまだ蕾だった花はほとんど枯れていてがっくりと肩を落とす。

不意に何者かの気配を感じ、顔を上げた娘の視線の先にはあの<狼>と名乗った青年が、娘を見つめて木陰に立っていた。

青年には会うなという母親の言葉が頭をよぎったものの、どうしても自分のことを狼と名乗る理由が知りたかった娘は、思いきって声をかけた。

しかし青年は何も答えず、ただ娘の前まで歩いてくると突然手を握り走り始めた。

急なことに驚きながらも、何とかついて行く娘。

ようやく青年が立ち止まった先は一面の花畑で、自分のために連れてきてくれたのだと感じた娘は笑顔で礼を言った。

ある程度、花を摘み終えるとそこに青年の姿は無く、帰ってしまったのだろうと考えた娘は再び祖母の家へと向かった。

コンコン

ガチャ

「こんにちは、お婆ちゃん!」

中へ入り、ベッドに臥せっている祖母へと駆け寄る娘。

しかし、祖母の顔が以前見た時と別人に思えた娘は、風邪をひいているのに悪いかなと思いつつ疑問を投げ掛けた。

「ねえ、お婆ちゃん。どうしてそんなに目が大きいの?」

「ああ、可愛いお前の顔をよく見ておきたくてね」

「そう…。なら、どうしてそんなに耳が大きいの?」

「お前の声をよく聞くためだよ」

ここまで聞いて、少し戸惑いながらももう一つ気になったことを尋ねようとした娘は、最後の疑問を投げ掛けようと口を開いた。

瞬間、背後から何者かに口を塞がれ、驚いた娘が振り返るとそこには母親が立っていた。

「ん~!?」

「それ以上、質問しては駄目」

「お母さん!!」

「邪魔するな」

祖母のベッドに横たわっていたのは大柄の男で、むくりと起き上がると娘の方へと手を伸ばして来た。

そこへ割って入ったのはあの青年で、その姿を見つめた男はニヤリと笑って家から出ていった。

状況が読めず、呆然としていた娘だったが一番初めに気付いたのは祖母がいないことで、部屋の中を見回した後に母親へと向き直り、なぜ祖母がいないのかと尋ねる。

疑問には答えずに娘を抱き締めた母親。

尚も呆けていた娘はふと青年のことも思い出し、母親の腕の中で藻掻きながら青年の方へと顔を向ける。

青年は、母親に抱き締められている娘を優しく見つめていた。

全てが落ち着いた頃、母親は娘に今回の出来事について話し始めた。

森には<狼>と呼ばれる者達が暮らしている事、普段は町に住む人々との接触は全く無く、何かあっても森を管理している男性がなんとかしている事。

そこまでを話した母親は一度口籠り、小さく息を吐くと俯いた。
 
けれど、再び顔を上げると意を決したように娘を真剣な顔で見つめ、ここからが大切な話だと念を押した。

「あなたには、まだ早いと思っていたのにね…」

「どう言うこと?」

「お婆ちゃんや私、それからあなたはね…、狼たちの相手をするのが決まりなの…」

「………え、相手って…」

「私たちの家系では、女の子が年頃になると同じ年頃の狼と関係を持ち、女の子が生まれるまでずっと様々な狼の相手をしなくてはいけないの」

「………」

「お婆ちゃんの家は、その為のものなのよ…」

初めて聞かされた自分の役割に、娘は何も考えることが出来なくなった。

そんな娘の心情を察しながらも母親は先ほどの出来事や祖母の行方、これからしなくてはならない事を話していく。

「さっき、お婆ちゃんのベッドに寝ていた男も狼なの。今日、あなたがこの子と関係を持つと知ったから、先回りして待ち伏せしていたのね。それと、お婆ちゃんは管理人さんの家へ行ってるわ。あなたが来ることになっていたから…」

「どうして、風邪だなんて…」

「なるべく、あなたに怖い思いをさせないようにと思って…。あなたが役目を迎える日がきたらと、管理人さんと話していたの」

「役目…」  

「狼たちは昔、遠い町からこの森に流れ着いた人たちで、森に住み着いた頃は町へやって来て女の人たちを襲っては仲間をたくさん増やしたそうなの。だけど、なんでか産まれてくるのは男の子ばかりで、そんな中、お婆ちゃんのお婆ちゃんだけが女の子を産んだそうなの。それを機に、町の長と狼の長の間で話し合いが持たれて、私たちの家系は狼たちの相手をすることになったのよ」

話し終えた母親は、娘と同じ年頃の青年へ近づくと青年の両肩に手を置いて、真っ直ぐに娘を見つめる。

「この子が、あなたの初めての相手よ」

自分を見つめている母親と狼の青年に、少しだけ恐怖を感じて俯いた娘。

けれど、次に顔を上げた娘の表情からは幼さは消えていて、そこにはすでに女の色香が漂っていた。

「…本当に、大きくなったわね…」

「お母さん?」

「あなたが狼と会ったと聞いて、本当に悲しくなったわ…。だって、これからはあなたと離れて暮らさないといけないんだもの…」

「え、どうして!?」

「狼との間に女の子が産まれるまでは、あなたはここに留まらなくてはいけないの。女の子が産まれたら、今度はお母さんがここの守り人になることが決まっているのよ…」

「…お、お婆ちゃんは?お婆ちゃんが帰ってくるんじゃ…」

「お婆ちゃんは、管理人さんの家へ行くのよ」

「どうして!?」

「だって…、管理人さんとお婆ちゃんは夫婦であり兄妹なんだもの」

「それって…」

「ええ。管理人さんは私の父でお婆ちゃんのお兄さんなのよ。そして、あなたのお爺ちゃん」
  
次々と告げられる事実に、娘は言葉を失った。

そんな中、ふと頭をよぎったことを尋ねようとした娘だったが、いつの間にか側まで来ていた青年に唇を奪われ、疑問をぶつけることは叶わなかった。

母親は、青年が娘の唇を塞いだのを合図に寂しそうに俯いて家を後にした。

残された娘は青年によってベッドまで運ばれ、青年が首筋に噛みつくのと同時に目を閉じ、これから繰り返し行われる行為に涙を流すのだった。





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