【童話録】

色酉ウトサ

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『マッチ売りの少女~祖母視点~』

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私はずっと、あの男に掛け合って来た…。

「あの子、死んだ娘に似て来たわね…」

「そうかい?知り合いには俺に似てるって良く言われるがな」

「そうかい。…でも、あの子は娘の子で私の孫…」

「何度来られても、あいつは渡さねえよ」

「何でだい?二人で生活するのも大変で、しかも、暴力まで振るってるんだろ!」

「お義理母さんは金に困ってねえもんな。だから、あいつはあんたに渡さねえんだよ」

「え?」

「ま、この言葉の意味は自分で考えてくれ。答えがわかったらあいつを引き渡してもいいぜ?あんたには分からねえだろうけどな」

ひと月前、何度目かの話し合いをする為にあの男の元へ行くといつもの様に孫娘の姿は無く、どうしても私に会わせる気がない事は明確だった。

けれど、あの男は珍しく条件を提示してきたのだ。

『私が金持ちで困っていないから孫を引き渡さない』

その日から、私はこの言葉の意味を考え続けた。

けれど、いくら考えても答えらしい答えは浮かばず、あの男にも会えないまま時間は過ぎていった。

そんなある日、友人宅へ呼ばれた先で私は、手に小さな籠を持ち、通り掛かる人々へ声を掛けては何かを差し出している一人の少女を見掛けた。

すぐにそれが孫娘なのだと気付き声を掛けに向かったのだけれど、あの子は私に気付くと慌てた様にその場から走って逃げてしまったのだ。

私の姿を見て逃げ出した事に胸が痛んだ。

(あの子は、私のことが嫌いなの…?)

そんな考えが頭を過り、同時にあの男が提示してきた問いの答えがこの事なんじゃないのかと思った。

しばらくの間、その場で呆然と立ち尽くしていたけれど、友人から声を掛けられて我に返り、胸の痛みを抱えながらもその日の用事は済ませた。

翌日、私はしばらく振りにあの男とあの子の住む家へと向かった。

提示された問いに答える為に…。

「…またあの子に、稼ぎに行かせてるのかい?」

「あ~?仕方ねえだろ。俺は体が弱くて働けなくて、それでも金は必要なんだからよ」

「たくっ…。あの子を私に引き渡せば、あんたも自分だけの生活費だけで済むだろ」

「………んなもん、とっくにねえよ…」

「何?」

「何でもねよ。それより、意味は分かったのか?」

「ああ…」

「ほう…」

「…あの子が私を嫌っているから、だろ?」

「………」

「どうなんだい?」

「くくっ、はははっ!!」

「何を笑ってるんだい?」

「全く関係ねえよ!あいつの気持ちなんざ、俺が知るかよ」

「だったら…」

「ほらな。約束は約束だ、あいつは渡さねえ。とっとと帰んな」

「くっ…」

話しは振り出しに戻ってしまった。

あの言葉の意味もあの子の気持ちも分からないまま、私は昨日あの子が居た場所へと向かっていた。

(また、立ってる…)

前の日と同じ様に孫娘は手に籠を下げ、通り掛かる人に声を掛けては断られ続け、その姿に駆け寄って抱き締めたい気持ちに駆られた。

だけど、前の日のあの子の態度が頭を過り、私は一歩を踏み出す事が出来ず、その場からあの子がいなくなるまで見つめ続ける事しか出来なかった。

この日を境に、私は孫娘の姿を見に行く事が日課になり、仕舞いにはお付きの者に頼んで、怪しまれない程度に売っている物を買う様になっていた。

その度にあの子を引き取りたい衝動に駆られてもグッと堪え、陰からあの子を支えていたのだけれど、この日、運は私に味方した。

あの子が家を後にし、いつもの場所へと向かったのを見届けた私は、お付きの者にあの子の様子を見に行かせ一人であの男に会いに行った。

始めは形式の様にチャイムを鳴らしたけれど、私の来訪だと分かってるあの男はいつもの様にすぐには玄関を開けない。

だから私も、いつもの様に2度目のチャイムを鳴らした後、一声掛けてから娘に貰った合鍵を使って中へ入った。

案の定、あの男は酒浸りらしく、部屋のあちらこちらに酒瓶が散らかっていて、呆れると同時にあの子は必ず引き取らなければならないと感じた。

そんな時、後ろの方で床のきしむ音がして、ゆっくりと振り返った私の目に映ったのは、あの男が今まさに棒のような物を振り上げている姿だった。

ギリギリで交わすことは出来たけれど、その後も何度も棒のような物を振り回して殴り掛かって来たから、私は思わず近くにあった椅子をその男に目掛けて投げつけた。

椅子はうまい具合にその男の顔面に当たり、彼はそのまま気を失った。

助かった事に安堵した私は、棒のような物を取り上げて、転がっている椅子を立たせて腰を下ろした。

しばらくの間、そうしてその男が目覚めるのを待っていたけれど一向にその気配は無く、少しだけ嫌な予感が頭を過った。

(まさか、死んだんじゃないだろうね…)

「スー…、スー…」

(眠ってるだけかい…)

「ん…、てめえ、何してやがる!」

(目を覚ましたのか?)

「…たくっ…スー…スー…」

(何だい、寝言か…)

驚きはしたものの、寝言ですら威勢の良いその男に呆れて溜め息を吐いた。

結局、その男は何時間経っても目覚めなかった。

このままここに居て、あの子が帰って来た時に混乱させては可哀想だと思い、私は部屋を後にしようと玄関へ向かった。

ドアの取っ手に手を掛けたその時、突然取っ手が動いて、ゆっくりとドアが開いたのだ。

とっくに日は暮れ、チャイムが鳴った音も聞こえなかった。

だから、私はてっきりあの子が帰って来たのだと思い、慌てて近くの部屋へと隠れた。

隠れた部屋のドアの隙間からあの子が通り過ぎるのを確かめていると、入って来たのはあの男と同い年ぐらいの男で、嫌な予感がした私は気付かれないようにその男の後ろからついていった。

男はこの家の事を知っているようで、あの男がいないであろう部屋には目もくれず、真っ直ぐにあの男が眠っている部屋へと向かったのだ。

入り口からそっと男の行動を伺っていると、あの男が寝ているのを良いことに、男はあの男に胸元から取り出した飲み物を口の中へと流し込んだ。

息苦しさからか、あの男は目を覚ますと勢い良く立ち上がり、男へと掴み掛かり口論を始めた。

その内にあの男は足元がおぼつかなくなり、膝をついた。

男の方はその様子を見つめニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていたけれど、玄関の開く音がすると慌てた様子で窓から逃げて行った。

膝をついたあの男はその後すぐに口から大量の血を吐き、床へと倒れ込んだ。

音を聞きつけてか、家の中へと入って来た人物が近付いて来る音が聞こえて、私は音を立てない様にドアを閉じ、近くの部屋へと隠れた。

聞こえて来た声からあの子が帰って来たこと、父親であるあの男の無惨な姿を見てしまった事が分かり、思わず口を覆った。

けれど、あの子の声に混じって聞こえて来た男の声が、あの男と口論していた男のものだと気付いて、耳を澄ました。

あの子との会話内容から、あの男が私にあの子を引き渡したがらなかった理由を悟り、二人の前に姿を見せた…。

それからは全てが順調で、案外すんなりと孫娘を私の手中に収める事が出来たのだ。

「おばあちゃん、私の顔に何か付いてますか?」

「いいや。…段々、お前の母親に似て来たなと思ったんだよ」

「お母さんに?」

「ああ。あの娘もしっかりしていてね、お前を見てるとあの娘が帰って来た様で嬉しいよ」

「そうなんだ…。私、お母さんに…」

「…これからも、私と一緒にいてくれるかい?」

「ええ。私も、おばあちゃんとずっと一緒にいたいですもの」

「…ありがとう。じゃあ、指切りしようか」

「はい!!」

嬉しそうに私の小指に小さな小指を絡め約束を絶対のものへと変える孫娘に、私は心の中で悪どい笑みを浮かべある事を誓ったのだった。

(今度こそ、この娘は誰にも渡さない…。娘の時と同じ失敗は繰り返すものか…)





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