【完結】女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました

香坂 凛音

文字の大きさ
60 / 62
リクエスト

1 赤ちゃんができました!

しおりを挟む
 アフタヌーンティーのひととき。旦那様と一緒にお茶を楽しんでいると、突然、私の胸にむかむかとした感覚が広がった。

「え……? 気持ち悪い……」

 手に持っていたスコーンを口に運ぶと、その香ばしい香りが一瞬にして鼻をつき、食べた瞬間、胃の中で何かがひっくり返ったかのように感じた。

「ジャネット?」

 旦那様の心配そうな声が、私の耳に届く。ふと顔を上げると、彼の表情が曇っていた。

「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

 私は必死にほほえんだ。けれど、どうしてもその笑顔を保つことができない。

「大丈夫ですわ。ただ少し、気分が……」

 食べかけのスコーンを口にしても、そこから先、喉を通らない。私の体がなぜかクロテッドクリーム添えのスコーンを拒絶していた。旦那様の目がますます不安げに細められ、私は思わず視線を逸らす。スコーンはアフタヌーンティーには定番で、私の好物のひとつ。でも、今はどうしても食べられない。

 こんなこと、今までなかった。私は食欲がなくなることなんて滅多にないから、不安で胸がざわめいた。そして次の瞬間、急に目の前がぼんやりと暗くなり、うっすらと額に汗がにじむ。

「ジャネット! 今すぐ医師を呼ぶから……」
 大声でキーリー公爵家お抱えの医師を呼ぶように指示する声が聞こえ、慌てて侍女長が駆けつけた。

「旦那様、どうされましたか?」

 侍女長は私の様子を見ただけで、洗面室に連れて行くよう旦那様を促しながら、にっこりとほほえんだ。

「旦那様。それほど心配なさることではございません。これはたぶん、おめでたでございますわ! あぁ、どんなにこの時を待ちわびたか……なんという嬉しさ。この屋敷がますます賑やかになって、ウキウキしますわ」

 おめでた。その言葉が耳に入った瞬間、胸の内に温かな驚きが広がった。

 まさか、私が……? 
 いや、そうだとすれば、この気分の悪さも説明がつく。
 でも……本当に? 信じていいの?

 旦那様は一瞬驚き、そしてすぐに冷静になって、私に優しく声をかけた。

「吐き気があるなら、我慢しないで吐くといい。すっきりするぞ。俺が医師を瞬間移転魔法ですぐ連れてきてやる。待っていろ」

 私はただ黙ってうなずくことしかできなかった。やがて、医師が来て丁寧に診察すると、満面の笑みでお祝いの言葉を口にした。

「おめでとうございます、奥様……間違いありません。ご懐妊されています。新しい命が、確かにお腹の中に宿っておりますよ。脈も穏やかで、母体の状態も安定しています。このような嬉しい報せをお伝えできるのは、医者冥利に尽きますな……本当に、おめでとうございます」

 私は旦那様と顔を見合わせた。彼の瞳がわずかに見開かれ、驚きと喜びが波のように押し寄せているのがわかる。
 そして次の瞬間、旦那様は私の手をそっと握りしめ、潤んだ瞳のまま、ゆっくりとほほえんだ。その笑みは、優しくて、温かくて、私の胸に深く染み込んでいった。

「ありがとう、ジャネット……幸せって、終わりがないんだな。こうして、君と一緒に少しずつ積み重ねていくものなのか……生まれてくる子が男の子でも女の子でも全力で愛するよ」

 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。

 幸せだ。言葉にするのがもったいないほどに。
 私は、こんなにも愛されている……そして、新しい命を授かった。

 使用人達がわっと押し寄せ、口々に祝福の声をあげた。庭園でミュウと遊んでいたアベラールまで気がついて、こちらに駆けてきた。

「みんな、すごっくよろこんでいるね。いったいなにがあったの?」
「アベラール。ジャネットに赤ちゃんができた。おまえに妹か弟ができるんだぞ。可愛がってやってくれよ」
「えっ! すごいな。ぼくにいもうとかおとうと? ミュウ、きいた? ぼくたち、おにいちゃんになるんだよ」

 ミュウがパタパタと羽を動かし、嬉しげに鳴くと、私のお腹をじっと見つめた。アベラールは私のお腹に手を当て、その温かさを感じているようだった。

「もしもし、きこえる? ぼくはきみのおにいちゃんだよ。ここはね、とてもやさしいせかいさ。おとうさまもおかあさまも、きみをとてもかわいがるし、ぼくとミュウは、いつだってきみのみかただよ。だから、あんしんしてうまれてきてね」

 その言葉を聞いて、私は胸がいっぱいになった。アベラールの誠実な言葉に、何とも言えない安心感を覚えたから。世の中には仲の悪い兄弟や姉妹もいるけれど、キーリー公爵家ではそんなことには絶対にならない。そう確信していた。


 アベラールは血のつながりがなくても、私にとってはかけがえのない息子。そんな彼が、これから生まれてくる子にまで、惜しみない愛を注ごうとしてくれている。ミュウまで目を輝かせているので、生まれてくる子は属性外の魔法まで操る最強のお兄様と白銀竜に守られて、安心だわね。

「神様、私にこんなに素晴らしい夫と息子、そして新しい命を授けてくださって……ありがとうございます」

 心の中で何度も祈るように感謝を繰り返していると、そばにいた侍女長がぽつりとつぶやいた。

「頼もしいお坊ちゃんと白銀竜様ですわ……でも、もし女の子が生まれたら、旦那様もお坊ちゃんも溺愛しすぎて、誰にも嫁がせたくないって顔をなさるのが、今から目に浮かびますわね」

 ん? それって、そんなに大変な未来なのかしら……。
 まぁ、でもそれも――仲良し家族にはありがちな、かわいらしいエピソードよね。

 そんなことを思いながら旦那様に目を向けると、彼はやけに真剣な顔で、しみじみとつぶやいた。

「ジャネット。娘が生まれたら、遠くの領地には嫁がせないようにしよう。すぐ顔を見に行ける場所に……そうだ、婿を取って敷地内に住まわせればいい。伯爵家の三男あたりで、穏やかな性格の男を選び……うんうん。遠くの領地、まして異国などには絶対に嫁がせん!」

「……旦那様? あなたは瞬間移転魔法で、どこへでもひとっ飛びでしょう? それに、まだこの子が女の子と決まったわけではありませんわよ」

 私が苦笑混じりに明るく否定すると、ミュウがふわりと羽ばたいて、庭園から小さなピンクの花を摘んできた。虹色の羽をきらきらと光らせながら、それを私の手にそっと置く。

 まるで、『この子は女の子だよ』と、教えてくれているかのように――。



 そして……



しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!

灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ? 天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。 前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。 婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。 国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。 無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。

処理中です...