アンドレイド妃

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その14

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    7 自己制圧訓練

「アンドレイドに未来はあるか」
 それを問う前になすべきことがあるはずと老師はおっしゃった。
「アンドレイドは希望を持つのか」
 暫しの沈黙の後、老師は微かに首を揺らせた。
「冷えた味噌汁を一杯所望」とだけ。

 自分探しの旅に出たアンドレイドは、各地を転戦し、百戦百勝の戦果を挙げた。
 素王には手もなくひねりを二回加え、三郎死霊丸にはぬっと左足を出す。
 ザムザの無慙な最期の一滴、未来永劫呪われた負の精子を輩出する運命を受諾するエヴァ最後の抱擁、濃厚な果汁の味わいがする。夜の果樹園に蜷局を捲く、本因坊田吾作のあえない終局、あっと驚く秘手こんぐらがる、赤鼻の一手か、それとも永訣の朝を告げるノーサイドの笛がびろんがと山野に木魂し、死屍累々の幽明境からは、やっほー、やっぽーと透明な陰翳たちよ、やっぴーとけりゃっぴー……
 これら一連の発症系は、早期のカツアゲ観測を織り込む流れが次第にアク抜けを誘発し、自律反発への無意識の流れが加速化され、意識の表層に浮上する展開とでも名付ければいいのか。
「ちゅーどろめがたんぽ、ちゅーどらしめかんざし」
「ちゃんどらこぼうず、ちんたらまかほうす」
「おつむのおむつ、いつもつるつるつるむつるはし」
 爪掻本綴織で鍛えたこの爪の威力験してみませんか。
「ちゅーどれちゅーどら、すいちょびればし、すみちょばれんと、ばてれのせ」
 百のゲノム核を確保し、冷静に保存した。それが今後の大飛越・大躍進の肥やしとなることをひたすら信じて。それはあなたの未来、それとも未来への希望なの?


 
 再び旅を枕とする。
「ここらあたりで、手巻寿司喰いねえ」とよろめきつめよる夜の帳男が薄汚れた木の甲板に地団太を踏む。
 テセウスの船に乗り、夜陰に乗じ、川を渡る。しくしくとおなか鳴る。
 暫く川の流れに舳先を任せ、散逸したアンドレイドの書を求め、夢の中で蒐集家を拉致する仕業となる。ぶりぶりと放屁を連発し、速記する。
 着岸地点からは青い山並みを望見する。いつの間に「おれの望み!!」と絶叫マシーンに乗り込んでいる。
 ひどく神経質な山場だった。
 夜来長嘯の雨が、毒々しい下髯を陰線で埋め尽くしていた。
 暗黙裡の一眼型平衡表が極彩色の雲の上限を割り込む勢いには目を見晴らせるものはあったが、いずれ無修整化原措置が本格化するだろう。
 拾い集めた川砂であの海岸線を造成する、そんなアンドレイドの人生もあったっけか。Aタイプが陥りがちな罠かしらん……
 深い懐旧の念がひたひたと大脳皮質の襞を打ち返すさざ波となり、燦爛する光の渦が押し寄せる、黄色い大地の記憶、まざまざと母の匂いだった。
 ゆるぎないエネルギーの雪崩れ込み、あちち。あの離岸堤、山をも動かす勢いで成長し続ける業者呪縛霊。
 自己組織化するベナール滞留、超空洞連鎖、散逸構造生成、定常開放系アンドレイド……
「三つ以上のことを同時にできないようプログラムされていましたから、どちらかというとプログラム神経細胞の成長系統樹に何らかの不具合が生じる可能性は否定できませんがね」
 訥々と語るMC型技術系アンドレイドの目は心無し淋しげに見えた。
 そこで爆発的な呼び掛けの嵐作戦を遂行する、強烈な自負心と努力の片鱗で、片隅に。

「あなた、いい加減にしろ、と言ってくださる」
 これも罠だ。あれもたぶん。
「あなた、もっと構って、かまって」
 どうしてこんなに要求水準が平準化された高原期特有の症状が散見されるのか不思議で仕方なかった。
「あなた、どうして束縛してくれないの」
「あなた、わたしってきたないでしょ」
 他者の検証を要するようでは自己演算機能に致命的な欠陥があることをもはや否定できまい。
「あなた、もういやになったと言ってみて」
「あなた、わたしのことほんとはきらいなんでしょ。最初からそうだったんでしょ」
「あなた、わたしに嘘ついてるのね。最初から嘘ばっかり」
「ねえ、あなた、わたしのどこが好きなの。教えて、ねえ、あなた」
「ねえ、あなた、わたしのことどうして好きなの。どうして好きになったの、教えて、ねえ、あなた」
「ねえ、あなた、どうして説明できないの。教えて、ねえ、あなた」
「あなた、もう駄目だ、もうお仕舞いだってわめいて」
「あなた、わたしのこといったいどう思ってるのかしら。だらしのない、ふしだらな、きままで、わがままで、気分次第の、どうしようもない、なんて思ってないわよね」
「あなた、戀してるのよ。あなたに」
「あなた、わたしのこと何にも思ってないんでしょ。ほんとうは、何とも思っていなくて」
「あなた、悩みがあるんでしょ。何でも話して頂戴」
「あなた、疲れたでしょ。もう疲れたんでしょ」
「あなた、切れていいのよ。我慢しなくても」
「あなた、ほんとはわたしと別れたいんでしょ、あなた」
 延々と続くこれらによく似た呼び掛けは、宇宙の細部から発せられ、永遠の壺と呼ばれる最深部の領域に回収され、濡れた雑巾のようにずんずんと吸収されていく。
「あなた、遠慮なんかしなくていいのに」
 かすかに滲んでいる、何かしら何者かが背後の更なる深奥にある空洞にぼんやりとあいた隙間に。
「わたし、人の言うこと聞けないから」

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