怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.??? 魔女の絵画

File:3 競技場

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 翌日。夢も見ない程熟睡した私とジョセフ君は、決戦へ向かって装備の最終点検をしていた。とは言えそこまで複雑な造りの物がある訳でもない。私たちは点検を済ませ、それらを装備する。それを見たサクラは、待っていたとでも言わんばかりに話し掛けて来た。
「準備はできたようだね」
「あぁバッチリだ」
「いつでも行けるとも」
「その意気や良し。しかしその前に、これを持って行くと良い」
 そう言って、サクラは私たちへ向かって、桜の意匠があしらわれた栞を差し出して来た。ジョセフ君のは黒く、私のは白い。デザインもどことなく対になっている気がする。
「……これは?」
「お守りさ。契約に引っ掛からない程度に私と八神くんの力を込めてある。まぁ、昔無くした鉛筆が見つかる程度の幸運しか呼べないが」
「いや心強い。それで?そのヤガミはどこに?」
「彼は最後の保険を掛けに行ったよ。君たちに『頑張ってくれ』と言っていた」
「彼らしいね」
「そうだろう?」
 このまま少しお喋りしていたい所ではあるが、どうやらそうも行かないらしい。サクラは真剣な顔つきになり、私たちに状況の説明を始めた。
「ギルベール・ローズベルトは、国立競技場に神隠しを展開し、君たちを待っている。確認して来た所、神隠し内の三十人、神隠しの外に六人の見張りが居る。しかしこの全員は、ギルベールが居るグラウンドではなく、外周を見張っている。邪魔に入って来る事は無いだろう。私はこれから、君たちを神隠し内の国立競技場のグラウンド、ギルベールの正面三十メートルに転送する。転移後、即戦闘に入れるよう、臨戦態勢でいてくれ」
「「分かった」」
「では、幸運を祈る」
 そう言って、サクラは一度だけ拍手をした。その音と共に桜吹雪が広がり、視界を埋め尽くした。恐らく転移したのだろう。桜吹雪が消えた直後の私の視界には、資料で見ていた国立競技場のグラウンド、そしてその中央に佇むギルベールの姿が映る。
「来たな。もう一人が居ないようだが?」
「病欠だ」
「……まぁ良い。もとより、用があるのはお前たち二人だけだ。一つ問おう。人類はいつから、神秘に触れて来た?」
 ギルベールは一歩もこちらへ進んで来ない。どうやら最初はただ、話をするだけのつもりらしい。神秘学に精通している訳でもない私ではなく、魔術師の端くれとしてしっかりと勉強しているジョセフ君が、奴の質問に答える。
「……定説とされるのは旧石器時代。死者の埋葬が始まった時代。だろ?爺さん」
「正解だ。では次に、いつから人類は、神秘の秘匿を始めた?」
「古代。人類が文明を築き始め、権力者が人々を統治するのに、神秘という当時比肩する物が無かった程の強大な力が邪魔になったからだ」
「正解だ。では最後に、その結果、何が起こった?」
 ジョセフ君は答えない。知らないからではない。恐らく、それを応える事は、目の前の男の野望を肯定する事に繋がると感じているからだ。
「……無回答か。ならば模範解答を用意しよう。『人類の進化は止まった』。実に簡単で、忌まわしい事実だ」
 ギルベールはここでようやく、私たちへ向かって歩を進めた。私はそれを確認すると同時に、懐のナイフに手を伸ばす。次の瞬間、私の腕が斬り落とされていても不思議じゃない。少しでも妙な動きをしたら、反撃ではなく防御と回避だ。判断を間違えるな。
「人類が扱う学問は、多くが発展して来た。無数の説が生まれ、否定と肯定を繰り返し、やがて正しい説が、素晴らしい英知だけが世界に残る。それは神秘学も同じ事。扱われる魔術、退魔の術は複雑化し、より神々の扱う奇跡へ近付いて行っている」
 ギルベールの声からは、少しずつではあるがおよそ理性と呼べる物が消えて行った。怒りを怒りのまま、隠そうともせず、ただ目の前にある何かにぶつけるような、暴力的な声色へ変わって行く。
「だが、頭打ちだ。人類の限界が来た。日本で三柱、正確には二柱の神の誕生によって、ここ数年で人類の扱う神秘は飛躍的に発展した。そしてそれも、鈍化しつつある」
 暴力性はやがて狂気とも言える段階へ進んで行く。ギルベールは苛立ちを隠さず、頭を掻きむしり、行き場の無い力で左手を拳に変え、魔力を垂れ流しながら近付いてくる。
「だからこそ、私が、変えなければ、ならない。神々が、まだ、人と共に、あった、美しき世界へ。この腐った、蛆虫人類の世界、から。そうして、人類は、また、一歩、神に、近付く……!」
 ギルベールは間合いの少し外で立ち止まると、「最後に、もう一度聞こう」と呟いた。荒れた髪のせいで、視線がどこに向いているのかも分からない。ただ一つ分かるとすれば、彼は恐らく、正気ではないという事だ。
「お前たち、私に従う気は無いのか?」
「「無い」」
「そうか……」
 ギルベールは突如、複数の身体強化魔術を同時に発動した。臨戦態勢という事だろう。ギルベールは肉食獣のよう眼光で私たちを射抜きながら、断末魔のようにも聞こえる叫びを上げる。
「ならブチ殺してやる」
 私とジョセフ君は、既に臨戦態勢に入っている。
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