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No.4 驚愕
File:12 『さようなら』
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頭痛が収まってきた。
最悪だ。最悪の気分だ。魔力の使い方を思い出したお陰で、体の調子はすこぶる良い筈なのに、気分だけが体と反比例して重い。
いやでも、何か他の方法があるかも知れない。それを探す為にも、一旦師匠に会いに行こう。もしかしたら、良い方法が見つかるかも知れない。そう願いたい。私はやけに自分本位な妄想をしながら、部屋の扉を開けた。
師匠は変わらずリビングで本を読んでいた。こうしていると、私の理想で作られた作り物の世界だとは思えない。だが、ここは私が居るべき場所じゃない。なら、やるべき事がある。
……だけど、その前に。
「師匠」
「どうした?」
「一つ、聞きたい事があってさ」
私がするにしては嫌に自己中心的で、私一人に都合の良い妄想。そんな事は分かっている。だからこそ、私は聞かなければならない。今後、都合の良い妄想に縋って、現実から逃げる事の無いように。
「師匠は……居なくならないよね?」
私の問に、師匠は少し悩むように顎を撫でてから、余裕のある表情で答え始めた。
「俺にも寿命があるから永遠にとは行かないが、その時が来るまでは……うん」
「お前が望む限り、ずっと一緒に居てあげるよ」
その答えに、私は安堵からか胸を撫で下ろした。一度深呼吸をしてから、私は顔を上げる。
「ありがとう。もう良いよ」
突然、師匠の背中に複数のナイフと包丁が刺さる。師匠は、その勢いと突如現れた背中の痛みのせいで、床に転がるようにうずくまった。
「ソ……ソフィア……?」
「カレンダーを確認したよ。そんな訳無いとか、そういう事は思っちゃったがね」
「な……んで……」
心を平坦にする。
「師匠はもう、この家を出て行っている筈なんだよ。正確に覚えてる訳じゃないが、まぁ、流石に季節がこうも進んでいれば分かるからね」
凪いだ湖のような、揺らぐことの無い静寂を心に投影する。
「な……にを……」
「私の『理想』……ね。確かにその通りだったよ。それに一番近いのが、この時代だってのもね。でもまぁ、まだ足りないかな。エラニとドーナツを食べる休日も、ジョセフ君と過ごすティータイムも、今の私には必要だから」
「言っ……て……」
そうするだけで、どんな苦難も困難も、滑らかに喉を通って腹に沈む。
「最後の前に、昔は言えなかった事を言っておくね」
「お……前……」
「『さよなら』」
私は最後に、隠し持っていたアイスピックを目の前の人型の耳に、可能な限り力を込めて突っ込んて、少し動かした。このやり方はもう慣れている。幻想は直ぐに、偽りの心臓を動かす事を止めてくれた。
次の瞬間、そこにあった筈の幻想は崩れ落ち、残ったのは空虚な、モノクロの空間だけとなった。
『あ~あ。さめちゃった』
「誰に言ってるのかな?」
『きみがゆめからさめちゃったなって』
「余計なお世話だよ」
それに、ああも悪趣味な夢もそう無いだろう。私はあるのかも分からない地面に座り、目の前の影を見据える。どうも不思議な声だ。正面で聞いていると年老いた男性のように聞こえるが、少女の声でしか思い出せない。ふむ……やはりこの絵画のテーマこそ、『理想』なんだろうか。
「なんで私は理想の中に居たのかな?」
『ばぐだよ。ばぐ』
「随分俗っぽい言い方をするんだね」
『それくらいゆるしてよ。そとからみてわかるぶぶんだけをよせたものをたべるとかおもわないじゃん』
「外から見て分かる部分が問題無いなら、中身も問題無いと思うのが人の性だよ」
まぁ、今回は私の変な所で思い切りが良い性質が顕著に出た訳だが。
とは言え、そんな事はどうでも良い。実際、外から見た情報というのは大事だ。味が同じ料理でも外見が違うだけで、かなり印象が変わるみたいな話を、前にエラニがしていた。ついでに『人は第一印象が十割』みたいな極論も。
「ここにはあとどれ位居られるのかな?」
『もうすぐここもほうかいするよ。そうなったら、きみのいしきももとどおりさ』
「そうか。じゃあ待っていてくれよ?」
『なにを?』
「忘れたのかい?私はこれでも、『美術商』なんだが」
私はコートから一枚の名刺を取り出して、影の頭目掛けて投げ付ける。影のくせに実体はあってくれたようで、影は私の名刺を当たる直前を受け取った。
「私の『お迎え』をさ。必ず、君を私の物にする」
『ずいぶんじょうねつてきなぷろぽーずだね』
「情熱が無いとやってられない職業なんでね。ま、待っていてくれたまえよ幻影ちゃん」
会話が終わった辺りでモノクロの空間は崩れ始め、私の意識も少しずつ薄れ始めた。さて。影と会う手段もおおよそ見当がついた。そろそろ、この絵画の中から飛び出すとしようか。
仕事も終わり、一息つける時間。だが、俺はどうも気が気でなかった。正直、仕事の途中もソフィアの事ばかり考えていた。それが原因で失敗していないので問題は微塵も無いが。
「若。今回も掴めませんでしたね『黒猫』の尻尾」
「そうだな」
「案外、魔女の手下ってのも馬鹿にできない噂かもですね~なんてったって黒猫ですし」
「……そうか……」
何故ソフィアは一週間も連絡をしない?非常事態であれば、何かしらメッセージを残してから消える筈だ。アイツはそういう奴だ。よく知ってる。
「最近の若変じゃね?」
「愛しのガールフレンドに会えなくてナイーブよ」
「若って彼女居たん?」
「え知らんかったのお前?」
「一週間前?から音信不通って噂だぜ」
「捨てられたんじゃね?」
「若顔良いけど、ガッツリ犯罪者だもんな~」
「あり得る話で怖ぇ~」
聞こえてんだよ!聞こえてんだよ!そういう所だからなお前ら!今日の晩飯に出る予定だった一人三枚のステーキを二枚に減らしてやる!て言うか彼女じゃねーし!
取り敢えず、今回の件で向こう一か月は動くなとか言われる筈だ。その間に色々調べて……いや面倒だし、例の老人の家に行くか。一応武器を持って。それで老人が攻撃して来て、俺がそれに抵抗したとしても、俺はそこまで悪くない筈だ。うん。
最悪だ。最悪の気分だ。魔力の使い方を思い出したお陰で、体の調子はすこぶる良い筈なのに、気分だけが体と反比例して重い。
いやでも、何か他の方法があるかも知れない。それを探す為にも、一旦師匠に会いに行こう。もしかしたら、良い方法が見つかるかも知れない。そう願いたい。私はやけに自分本位な妄想をしながら、部屋の扉を開けた。
師匠は変わらずリビングで本を読んでいた。こうしていると、私の理想で作られた作り物の世界だとは思えない。だが、ここは私が居るべき場所じゃない。なら、やるべき事がある。
……だけど、その前に。
「師匠」
「どうした?」
「一つ、聞きたい事があってさ」
私がするにしては嫌に自己中心的で、私一人に都合の良い妄想。そんな事は分かっている。だからこそ、私は聞かなければならない。今後、都合の良い妄想に縋って、現実から逃げる事の無いように。
「師匠は……居なくならないよね?」
私の問に、師匠は少し悩むように顎を撫でてから、余裕のある表情で答え始めた。
「俺にも寿命があるから永遠にとは行かないが、その時が来るまでは……うん」
「お前が望む限り、ずっと一緒に居てあげるよ」
その答えに、私は安堵からか胸を撫で下ろした。一度深呼吸をしてから、私は顔を上げる。
「ありがとう。もう良いよ」
突然、師匠の背中に複数のナイフと包丁が刺さる。師匠は、その勢いと突如現れた背中の痛みのせいで、床に転がるようにうずくまった。
「ソ……ソフィア……?」
「カレンダーを確認したよ。そんな訳無いとか、そういう事は思っちゃったがね」
「な……んで……」
心を平坦にする。
「師匠はもう、この家を出て行っている筈なんだよ。正確に覚えてる訳じゃないが、まぁ、流石に季節がこうも進んでいれば分かるからね」
凪いだ湖のような、揺らぐことの無い静寂を心に投影する。
「な……にを……」
「私の『理想』……ね。確かにその通りだったよ。それに一番近いのが、この時代だってのもね。でもまぁ、まだ足りないかな。エラニとドーナツを食べる休日も、ジョセフ君と過ごすティータイムも、今の私には必要だから」
「言っ……て……」
そうするだけで、どんな苦難も困難も、滑らかに喉を通って腹に沈む。
「最後の前に、昔は言えなかった事を言っておくね」
「お……前……」
「『さよなら』」
私は最後に、隠し持っていたアイスピックを目の前の人型の耳に、可能な限り力を込めて突っ込んて、少し動かした。このやり方はもう慣れている。幻想は直ぐに、偽りの心臓を動かす事を止めてくれた。
次の瞬間、そこにあった筈の幻想は崩れ落ち、残ったのは空虚な、モノクロの空間だけとなった。
『あ~あ。さめちゃった』
「誰に言ってるのかな?」
『きみがゆめからさめちゃったなって』
「余計なお世話だよ」
それに、ああも悪趣味な夢もそう無いだろう。私はあるのかも分からない地面に座り、目の前の影を見据える。どうも不思議な声だ。正面で聞いていると年老いた男性のように聞こえるが、少女の声でしか思い出せない。ふむ……やはりこの絵画のテーマこそ、『理想』なんだろうか。
「なんで私は理想の中に居たのかな?」
『ばぐだよ。ばぐ』
「随分俗っぽい言い方をするんだね」
『それくらいゆるしてよ。そとからみてわかるぶぶんだけをよせたものをたべるとかおもわないじゃん』
「外から見て分かる部分が問題無いなら、中身も問題無いと思うのが人の性だよ」
まぁ、今回は私の変な所で思い切りが良い性質が顕著に出た訳だが。
とは言え、そんな事はどうでも良い。実際、外から見た情報というのは大事だ。味が同じ料理でも外見が違うだけで、かなり印象が変わるみたいな話を、前にエラニがしていた。ついでに『人は第一印象が十割』みたいな極論も。
「ここにはあとどれ位居られるのかな?」
『もうすぐここもほうかいするよ。そうなったら、きみのいしきももとどおりさ』
「そうか。じゃあ待っていてくれよ?」
『なにを?』
「忘れたのかい?私はこれでも、『美術商』なんだが」
私はコートから一枚の名刺を取り出して、影の頭目掛けて投げ付ける。影のくせに実体はあってくれたようで、影は私の名刺を当たる直前を受け取った。
「私の『お迎え』をさ。必ず、君を私の物にする」
『ずいぶんじょうねつてきなぷろぽーずだね』
「情熱が無いとやってられない職業なんでね。ま、待っていてくれたまえよ幻影ちゃん」
会話が終わった辺りでモノクロの空間は崩れ始め、私の意識も少しずつ薄れ始めた。さて。影と会う手段もおおよそ見当がついた。そろそろ、この絵画の中から飛び出すとしようか。
仕事も終わり、一息つける時間。だが、俺はどうも気が気でなかった。正直、仕事の途中もソフィアの事ばかり考えていた。それが原因で失敗していないので問題は微塵も無いが。
「若。今回も掴めませんでしたね『黒猫』の尻尾」
「そうだな」
「案外、魔女の手下ってのも馬鹿にできない噂かもですね~なんてったって黒猫ですし」
「……そうか……」
何故ソフィアは一週間も連絡をしない?非常事態であれば、何かしらメッセージを残してから消える筈だ。アイツはそういう奴だ。よく知ってる。
「最近の若変じゃね?」
「愛しのガールフレンドに会えなくてナイーブよ」
「若って彼女居たん?」
「え知らんかったのお前?」
「一週間前?から音信不通って噂だぜ」
「捨てられたんじゃね?」
「若顔良いけど、ガッツリ犯罪者だもんな~」
「あり得る話で怖ぇ~」
聞こえてんだよ!聞こえてんだよ!そういう所だからなお前ら!今日の晩飯に出る予定だった一人三枚のステーキを二枚に減らしてやる!て言うか彼女じゃねーし!
取り敢えず、今回の件で向こう一か月は動くなとか言われる筈だ。その間に色々調べて……いや面倒だし、例の老人の家に行くか。一応武器を持って。それで老人が攻撃して来て、俺がそれに抵抗したとしても、俺はそこまで悪くない筈だ。うん。
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