怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.9 死に至る病

File:11 顔無し

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 敵を殺した後、俺は何もできず、ただ地面に座り込んでいた。両足が潰れているんだから仕方が無ぇ。毒で再生が遅れてるとは言え、この程度なら死にはしねぇ。だが問題はソフィアだ。コイツが居るって事は、以前ロンドンでソフィアを連れ去ったあのクソアマも来てやがるって事だ。間違い無くソフィアは負ける。前は命まで奪われるはしなかったが、今回は分からねぇ。
 取り敢えず毒が撒かれてる範囲から出るか。血で支えを作って体を押し出すか。どうやら毒に触れている部分は強度も弱まるらしいが……まぁ、俺一人を押し出す位はできるだろ。俺は血液を操りながら、少しずつ毒が撒かれてる範囲から出ようとする。
 しかしそれよりも早く、俺の体は何者かによって持ち上げられ、そのまま運ばれた。驚いた俺は、反射的に俺の体を持ち上げている人物の顔を見た。
「オオツカ!?」
「えぇ勿論オオツカですよ」
 生きてたか。いやアレで死ぬような奴を、イワトサクラやヤガミソウスケが寄越すかと言われたら、そんな事は無いんだろうが……いややっぱおかしいわ。思いっ切り銃撃受けてぴんぴんしてる所も、毒に思い切り触れてる筈なのに、それをものともしてねぇ所もおかしいわ。
「再会を喜びたい所ですが、少々不味い状況です」
「ソフィアだな。どうしてる?」
「そちらもそうなのですが、そっちには私が向かいます。問題は絵画です」
 絵画?な~んか嫌な感じがすんなぁ。前にも絵画が中心に据えられた超常現象は二度……ソフィアからの伝聞を含めると三度あったが、全部最近になってからだ。どうも人為的な物を感じる。我ながら、今までの事を振り返ってなかった事が不甲斐ねぇ。
「絵画らしき魔力反応を検知し、向かったのですが、様子がおかしかったのです」
「具体的にどうおかしいんだ?」
「分かりません。強力な認識阻害のせいで、絵画とその周囲の空間が歪んで見えたのです。そして何か、恐ろしい物が私の首へ手を伸ばして来るような……私はそこで逃げました。今どうなっているのかは分かりませんが、アレを放置してはいけない気がするのです」
 コイツも相当強い筈だが、それでも逃亡を選択するレベルねぇ……恐らく物理的な攻撃じゃなく、精神攻撃や、神々が使うとかいう概念的な攻撃だろう。吸血鬼の特性だけでどこまで生き残れるかは不安だが、コイツよりは俺の方が適任な事は事実。ソフィアは心配だが、適材適所だ。我慢しろ。
「オーケー絵画は任せろ。その代わりソフィアは……」
「ご安心を。あの程度の使い手であれば、制圧は容易いですので」
「頼もしい。で、俺はいつまで抱えられてりゃ良いんだ?」
「もうそろそろ投げ飛ばします。準備は良いですか?」
「再生は済んでるいつでも来い」
「では遠慮無く……っ」
 オオツカは俺の腰を両手で鷲掴みにすると、サッカーのスローイングと同じ要領で、俺の体を投げ飛ばした。どうやらアイツは俺が思っていた以上に器用だったらしく、俺が着地した場所のすぐ目の前には、オオツカが言っていた『歪んだ空間』が広がっていた。
 風景が万華鏡のように変化しながら、蜃気楼のように捻じれている。確かにこれは、見るからに異常だ。オオツカが言っていた嫌な感覚もある。全身が凍り付くような悪寒だ。
「ま、何もしねぇ事には始まんねぇよな……」
 俺は震える足を無理矢理動かし、目の前の空間へ足を踏み出した。


 狼の爪がコンクリートで造られた床や天井を削り、薄い金属の板で造られた棚を破壊する。私はそれらの攻撃を避けながら、決して広くはない地下室の中を走り回る。
「そろそろ諦めたらどうだ一人目!」
「こんな所で死ぬ気は無いんでね!」
 少しやり合って分かったが、どうやらあの毛皮はかなり頑丈なようだ。少なくとも拳銃じゃ貫けない。銀の弾丸なら話は違ったのかも知れないが、生憎と銀製の武器は持って来ていない。逃げ回って誰かの助けを待つしか無さそうだ。
 しかし不味い。棚が次々壊れて行くせいで、障害物も無くなって来る。このままでは殺されるのも時間の問題。何かこの狼の気が逸らせるような物は……
 そう考えていると、突然地下室の扉が開いた。勿論、この上に建っている家の中から繋がっている方の扉だ。何事かと視線を向けると、そこには猟銃らしき物を抱えた一人の男が立っていた。恐らく泥棒か何かと考えたのだろう。
 好都合だ。私は彼の視界から外れるように、部屋の隅へ移動する。それと同時に、男は部屋の灯りを点けた。当然、猟銃を構えた男の視界に、巨大な人狼が映り込む。
「ばっ、化物!」
 男は人狼へ向かって、二発散弾銃を放った。しかしその弾丸も、あの毛皮の前には然して意味を成さなかったようで、人狼に男の存在を『邪魔者』と認識させるだけに至ったらしい。人狼の視線は私から猟銃を握り締めた男へ移り、当然のように男へ向かってその鋭い爪を振り下ろす。
 しかし、その爪が男を傷付ける事は無かった。それどころか、人狼の腕は肩と肘の中間あたりから、見事に両断されていた。今の私の目では捉えられなかったが、今のは恐らく……
 その考えが結論に至るよりも先に、人狼が大きく雄叫びを上げながら、私へ襲い掛かって来た。腕を斬り落とされた事で自棄になっているのか、その動きは先程よりも大きく、力強い。だがその攻撃も、私へ届く事は無かった。
 人狼は、突如現れたもう一人の人間……オオツカが、自分の両腕を切り降ろしたのだと理解したらしい。再度、雷鳴と紛うような雄叫びを上げながら、オオツカへ噛み付こうとする。
 そして次の瞬間には、全てが終わっていた。静かだった。人狼の牙が肉を裂く音も、刀が人狼の首を落とす音もしなかった。だが結果として、人狼の首は、大量の血と共に、コンクリートの冷たい床に転がった。オオツカは刀を鞘に納め、私の方へ手を伸ばして来た。
「大丈夫ですか?お怪我は?」
 する前に助けてくれたのはどこの誰だったっけか。私はその手を取りながら、「大丈夫。かすり傷一つ無い」と答えた。
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