9 / 13
俺、クリスマスを満喫する。
しおりを挟む
自分が何故生きているのか、時々分からなくなる。
他人からの承認だけを目当てに、ずっと何か行動していると、不意に思ってしまう。
別に、『生きた証を残したい』という訳でもない。だが、そういう確固たる目的が無い俺は、どうしても分からなくなってしまう。何の為に生きるのか。生き続けて、その先に何があるのか。分からないから、こう思う。
そもそも、俺は生きていると言えるのだろうか。『生きる』という事の意味を、現代人は履き違えているのではないだろうか。
生きる事は本来、未知に挑み、難題に挑戦し、その先に喜びや達成感を見出す物ではなかったのだろうか。それが本来の、生物が生きている状態ではなかったのだろうか。
それを現代人は、生命活動の維持だけを『生きる』と定義した。否、してしまったのだ。体も満足に動かせず、自信の記憶ですらも虚ろな老人を、薬と設備で無理矢理生き長らえさせる。果たして、その老人は生きているのだろうか。
老人に限らず、死んでないだけで生きてもいない人間が、この世には多く存在している。他者に従うだけの人生、他人の生き方をなぞるだけの人生。自分の行動が何と繋がるのか、まるで考えていないのではないだろうか。
他者と生きる事は素晴らしい事だ。痛みを分かち合い、共に喜び、時には泣く。他者と完全に分かり合う事は不可能でも、それは間違い無く、『生きる』事に繋がると考えている。
しかし、それは困難な道である。完全に分かり合う事ができないので、ぶつかるし、別れるし、怒る。その過程を面倒だと感じ、他者との関わりを断絶する事もあるだろう。
ただ、俺はそんな生き方は嫌だ。精一杯楽しんで、可能なら恋もして、それで満足して、潔く死にたい。
だから、俺は七海さんと居る。
十二月。世間の若いカップルはクリスマスに色気づき、町はカラフルの装飾で飾られる。外に出ると、冷たい空気が肌を刺す。
しかし、今は大学の中に居るので、そこそこ温かい。俺は陽太と話しながら、昼食を食べている。
「いや~クリスマスだぜ!亮太は何か予定あるのか?」
「特段何も。そっちは……聞くだけ野暮だな」
どうせこのバカップルの事だ。クリスマスデートとか言って、二人きりで愛を囁き合うのだろう。ロマンチックで良いねえ。
「いや~綾香から誘ってきたんだぜ?断る訳がねえってもんよ!」
「ああそうかいお幸せにな」
「まだ一週間先だろうが!どうせだし、プレゼント交換でもするか?」
「男からのプレゼントとか嬉しくねえ~」
そんな感じで笑っていると、突然、後ろから声を掛けられた。聞き慣れた声に振り返ると、七海だった。
「何のお話ですか?」
「クリスマスの予定の話さ。陽太の奴、しっかりデートだとよ」
「あら羨ましい」
「良いだろ~」
流石バカップル。酒が入ったオジサンレベルでにやにやしている。
しかし、こんな幸せそうなカップルを邪魔すんのは無粋という物。ここは適当に流し、俺はクリぼっち生活を満喫しよう。別に良いし気にしてねーし。茜さんと雑談したり読書したりして過ごすんだし、不満なんてねーし。連絡とかはできないけど、客として行くだけだから問題ねーし。
あのストーカーの一件以来、俺は茜さんと、そこそこ仲良くしていた。暇な時とかは、基本樫の木古本屋に行った。会う度に少し話したりして、時間を潰した。
クリスマスの日もどうせ暇なので、俺は樫の木古本屋に行く事にしよう。
「あ、亮太さん。クリスマスイヴ、予定あります?」
前言撤回。樫の木古本屋には、クリスマス当日に行く事にしよう。イヴの予定は埋まった。何とかクリぼっちは避けられそうだ。
「無いね。そう聞くって事は、適当に遊ぼうって話だろう?」
「ご明察。アニメの続きでも一緒に見ませんか?流石にクリスマスに一人は辛くて……」
おお同士よ。何か輝いて見えるわ。
とまあそんな感じで、俺のクリスマスと、イヴの予定が決定した。
その日、俺は暇な午後を、樫の木古本屋で過ごした。秋原祥子作品を立ち読みしたり、ちょくちょく買ったりしている。安いので買う時も気楽だ。古本屋万歳。
「へ~。七海っていう人の家に行くんですね~」
「良い人でなあ。このみせも、七海に教えてもらったんだ。会った事は無いのか?」
「覚えは無いですね」
へえ意外。オススメする位だし、顔を合わせる事もありそうな物だが。
まあそんな物、人それぞれだろう。人の名前とかを自然に覚えられる奴も、中々覚えられない奴も居る。俺は後者だ。結局の所、人の名前を覚えられる奴は、覚えようとしている奴なのだ。客程度の認識でしかないなら、仕方の無い事だろう。
「そう言えば、茜さんは何か予定あんのか?クリスマス」
「家でお母さんとお父さんとパーティーです」
「あら幸せ家族」
「えへへ」
茜さんは少し笑うと、体を丸める。これは茜さんの癖のような物らしい。笑う時に体を丸める癖は、よくここに来るようになってから、一月程で分かった。
俺は読んでいる途中の小説と、気になっている本の計三冊を買い、店を後にした。
この店によく行くようになってから、他の読者の解釈を聞く機会もできて、より深く小説を楽しめるようになったと思う。本当に、この店には感謝しか無い。
俺は買った古本三冊を持って、駅へ戻った。
そして迎えた、クリスマスイヴ。子供達はサンタからのプレゼントに胸を躍らせ、俺達は恋人や友人との時間を楽しむ。正直、クリスマス当日より盛り上がる日な気がする。
奇跡的に土曜日と重なったイヴの日は、素晴らしい盛り上がりを見せていた。クリスマスのイベントや、浮足立った恋人たちで、町は彩られている。
俺は少しの荷物を持って、七海さんのマンションに向かった。インターホンを押すと七海さんが部屋から出て来た。
「亮太さん!いらっしゃい!」
「いくら外にでる予定が無いとは言っても、部屋義はどうかと思うぞ」
「え~もしかして、ちょっとドキッとしてます?」
「してねーよ」
嘘である。実際はかなり動揺している。自分でも分かる程度には動揺している。正直、部屋義で出て来るとは思っていなかった。突然の事だったので、尚更だった。
それでも、俺は平静を装い、七海の部屋に入る。中は、以前来た時よりも物が多くなって見えた。だが、決して散らかっている訳ではなく、ちゃんと整理した上で、ポスターやフィギュアなどの、全ての物が飾られている。
七海と俺は、テーブルの近くに腰を下ろすと、早速テレビを付けた。
「じゃ、何見ます?」
「ヴァイオレット・エヴァーガーデンの続きで頼む」
「了解」
七海はDVDをテレビに差し込み、以前見ていたアニメの続きを流し始める。
アニメを見ていると、時間が早く過ぎる。お昼になると、少し腹が減った。一日中外に出ずとも、腹は減る物だ。
「七海、そろそろ昼にしねえ?俺腹減ったぜ」
「私も少しお腹空きました。コンビニでも行きましょう」
七海は上着を着て、外に出る支度を始めた。いや下は部屋着のままなんかい!
外に出ると、一気に寒さが襲い掛かって来た。暖房が効いた部屋に長い事居たからか、朝来た時よりも寒く感じた。さっさとお昼を買って、早く戻って来よう。俺達は足早にコンビニへ向かった。
コンビニの中は暖房が効いていて、温かかった。外が寒かったので、この温かさがありがたく感じる。俺は自動ドアの近くにある買い物カゴを持って、買い物を始めた。
「何にする?それぞれの分で別々に買うか?」
「面倒なんで、ここは私がお金出します。後で、亮太さんが買った分だけ返してくださいね」
「おお、ありがたやありがたや」
俺は弁当を、七海はいくつかの総菜パンとピザまんを買って、帰る事にした。やはり外は寒かった。
俺達は部屋に入るなり、買い物袋を机に置いた。
「お~さむさむ」
「ちゃんと手洗ってくださいね」
「わかってるって」
俺は七海の後に手を洗って、机に戻った。
「アニメ見ながら食べます?」
「そうしよう」
俺は蓋を開き、割り箸を割って、弁当を食べ始めた。コンビニの弁当は旨い。ここテストに出ます。
弁当を食べている間も、アニメは流れている。いや本当に作画良い。目の保養だわコレ。
そのアニメを見終わると、長編小説を読んだ時にも似た感覚が出て来た。話もキャラクターも作画も素晴らしかった。続編とかあれば見たい。
「じゃあ、次は映画の方見ましょう」
「マジかそんなんあんの見る」
もう夕方にもなってきたと言うのに、俺達はクリスマスそっちのけで、アニメに没頭した。
映画も全て見終わると、俺は泣いていた。ていうか七海も泣いていた。いやガチ物の神作だった。これは泣きますね。泣きます。
俺は涙を拭いながら、エンドロールを見続けた。たった二日で見たアニメなのに、ここまで泣かされるとは思わなかった。良い作品だった。素晴らしい。
エンドロールも終わり、DVDのメインメニューに戻っても、俺は泣いていた。七海はと言うと、涙を流しながら、次見るアニメのDVDを取り出している。俺は涙を拭って、気持ちを切り替えてから、七海に話しかけた
「次は何見るんだ?」
「ジョジョの奇妙な冒険見ましょう。面白いですよ」
「アレ取っ付きにくい作品のイメージがあるんだが。絵とか台詞とか」
「一部見終わる頃には癖になってますよ」
そんな感じで、次のアニメを見ようとした頃には、もう日が沈んでいた。
暫くアニメを見て、ふと時計を見ると、時計の針は既に七時を過ぎていた。
「あ、もうこんな時間か。名残惜しいが、俺はここいらで失礼……」
「嫌です」
「……へ?」
しまった変な声出た。いや待てその前に、今何て言った?
俺がそう聞き返す前に、七海はもう一度、同じ意味の言葉を繰り返した。
「今日は泊まって行ってください」
マジか。今日の七海はどこか様子がおかしい。変だ。目が少しぼんやりしている。気がする。まさか陽太のように酒を!?いや酒は見当たらない。ならば素か?素でこれなのか!?いやおかしいだろどう考えても!どうせ酒が入ってんだろ分かってんだこっちは!
しかし、ここで帰っては漢が廃るという物。ここは付き合おうじゃないか。
「へいへい分かりましたよ。それはそうと、夕飯どうするんです?抜きって選択肢は無いと思ってください」
「冷蔵庫にある物使って、何か作ってください」
「了解」
俺は風呂のスイッチを入れてから、冷蔵庫を開いた。中身は結構少なかったが、これなら普通に食べられる物が作れる。何とか、恥はかかずに済みそうだ。
俺はフライパンなどを出し、調理を始める。まあ、俺にできる料理なんてたかが知れている。折角肉があるのだし、野菜炒めでもしてやろう。
半分位出来上がった頃、風呂が沸いた。俺は作業中なのだし、七海に先入ってもらおう。
「七海。風呂沸いたし入っちゃってくれ」
「は~い」
七海は色々持って、風呂場の方に向かった。これで目が覚めてくれたら、俺はただ昼飯を作っただけで終わり、平和な一日で終わる。できればそれを願いたいが、どうせそう上手くは行かないのだろう。なんで七海がああなっているのかも分からないし、期待はしない。
料理が出来たので、俺は適当な大きさの皿に盛り付け、七海を待った。スマホをいじったりした。結構暇だった。
少し待つと、七海が風呂から上がったっぽい音が聞こえて来た。それから、ドライヤーを使う音なんかが聞こえた後、七海が部屋に戻って来た。
「お待たせしました~」
「じゃ、次俺入るか……」
うわっ。やべえ。創作物でよくある、風呂上りの色気という物がある。風呂で温まって火照った、淡いピンク色の肌が、何とも言えない色気を……いや何考えてんだ俺。相手は友人だぞ。気をしっかり持て。
俺は少し俯いたまま、七海の横を通り過ぎて、風呂場へ向かった。多分今、凄い顔が赤くなっている。恥ずい。
俺は風呂場で、湯舟に浸かる以外の事をやって、自分の体の汗や汚れを落とした。兎に角気を紛らわせたかった。頭を冷やそうとしたが、ずっと先程の光景が頭の中をぐるぐるしていた。
上がって、七海の許可を取って、タオルで体を拭いている時も、ドライヤーで髪を乾かしている時も、俺はずっとその事ばかり考えてしまっていた。自分の事ながら、ヤバい奴だと思う。
上がると、七海は既に飯を食べ始めていた。レンジで温めるタイプの米を半分使って、野菜炒めを食べていた。何かを頬張りながら食べている様子を見て、何だかハムスターみたいだなと思い、少し気が紛れた。
「あ、亮太さん。待ってましたよ。ささ、座ってジョジョの続き見ましょう」
「へいへい」
俺は自分の分の米を取ってから、野菜炒めを食べ始めた。
「あ、俺このアニメ好きだわ」
「ようこそジョジョラーの世界へ」
アニメを見ていると、その事だけ考えていれば良いので、気が楽だった。勇気ある主人公の姿に、励まされている気がした。
十話目を見終わった辺りで、七海は寝落ちしてしまった。この前行った仙台観光で、寝る時はしっかりベッドに行ってから寝る感じの人だと思っていたが、家では結構自堕落なのかもしれない。
しかし、これでは一つ問題が残ってしまう。アニメはここで停止させて、テレビを消してしまえば良いが、俺は一体どこで寝ろと言うのか。
ベッドは論外、ソファは無い、布団はあるかも知れないが見当たらない、家に帰ろうにも、七海にそれは止められている。ならば床か。床で寝るのか。幸いにも絨毯はある。少し寒いが、着て来た上着を毛布代わりに使えばなんとかなるかも。そうときまれば行動だ。俺は上着を自分の体に掛けて、部屋の電気を消した。
翌日、俺は朝早くに目覚めた。一応寝れはしたようだが、眠りの質が悪かったのか、あんまり寝た気がしない。それに、体のあちこちが痛い。やはり床でなんて寝るべきではなかったか。
体を起こし、ベッドの方を見ると、七海はまだ寝ているようだった。呑気な物だよ。
考えてみれば、嫁入り前の女が、男を自分の部屋に泊めるってどうなのよ。俺だったから良かったけど、他の人だたらどうなっていたか、分かった物じゃない。やはり七海には、危機感という物が無いのだ。顔も声もスタイルも良いのだから、危機感を持つべきなのだ。
俺は水道の水を飲み、少し頭をハッキリさせる。時計を見ると、まだ三時程度でしかない事が分かった。昨日が大体十時に寝たから、今日は四時間しか寝ていない事になるのか。睡眠時間短いな。
折角早くに起きたのだし、途中だった小説の続きでも読もう。俺は七海が寝ている部屋とは別の部屋に移動し、念の為持って来ておいた小説を読み始める。これだけで、結構時間が潰れてくれる。暇潰しとしては最適だ。
俺は六時頃まで時間を潰す事に成功したが、二冊目を持って来ている訳も無く、俺はその後、見事に暇になった。
ふと、少し明るくなってきた外を見て、綺麗そうだなと思った俺は、上着を着て、少し外に出る事にした。
外はまだ薄暗かったが、ぽつぽつと灯りが見える。人が暮らす、生活の灯りだ。その光景はとても綺麗で、俺は誰に見せようとかも考えず、その写真を撮った。
部屋に戻ると、七海は起きたばかりのようで、眠そうに目を擦っていた。
「七海、おはよう」
「亮太さん?おはようございます……」
七海は暫くぼんやりしていたが、段々意識がハッキリしてきたようで、喋り方が少しずつ明瞭になっていった。
「亮太さん、私、いつの間に寝てました?」
「十話目見終わった辺りでコテンと」
「……エッチな事してませんよね」
「しねーよ!」
やっべ思ってたよりもデカい声が出た。それだけ動揺を隠せなくなってしまっているという事だ。落ち着け落ち着け。七海もビックリしてるだろ。
俺は一回咳払いをしてから、「朝食も作ってあげるから、そこで待ってな」と言って、キッチンの方へ向かった。危ない危ない。
一体どうしたと言うんだろう俺は。前ならこんな反応しなかったのに、今は大声を上げて否定してしまう。何でこうなってしまったんだろう。
雑念を振り払うように、俺は料理した。出来上がったオムライスは、以前自宅で作った時より、歪に見えた。
しかし、それを七海は美味そうに食った。俺はまるで味がしないようだった。
「美味しいですね~。夕食も朝食も作ってもらっちゃって、なんか申し訳無いです」
「気にしなくて良い。俺が好きでやった事だし」
「えへへ。ありがとうございます」
少し食べてから、俺は七海に話しかけた。
「なあ、何で昨日、『泊まってけ』なんて言ったんだ?俺が何かすると思わなかったのか?」
「だって亮太さん、以前『俺にそんな勇気は無い』みたいな事言ってましたよね?」
そう言えばそうだった。だとしても、七海は警戒心が無さ過ぎだ。もう少し、自分が容姿に恵まれた、嫁入り前の女だという事を意識してほしい。いや信頼されるのは嬉しいが。
朝食を食べ終わると、七海は「片付け位はするから、亮太さんはもう帰ってください」と言った。『泊まれ』と言ったのは向こうなのに、自分勝手ではないか。
まあ、今日は樫の木古本屋に行くのだ。かえって好都合だし、別に良いだろう。
七海の家と樫の木古本屋はそこそこ近い。徒歩で行ける程度の距離だ。俺は歩いて樫の木古本屋に向かった。
中に入ると、茜さんと、秋原祥子先生が居た。
「メリークリスマス、亮太さん」
「メリークリスマス」
俺は秋原祥子作品の棚に行くと、そこから適当な一冊を選んで、パラパラとページを捲った。紙が擦れる音と、外から微かに聞こえる、人の話し声、車が走る音などだけが聞こえる時間が流れる。
その小説を読み終えると、俺は次の小説に手を伸ばす。そしてその小説が読み終わったらまた次へ……これを繰り返して、俺は時間を潰す。
そして、そろそろ家に帰ろうと思った俺は、気に入った小説と気になる小説の四冊を買う為に、レジへ向かった。すると、秋原祥子先生が、おもむろに口を開いた。
「お前さん、彼女とか居ないのかい?」
「へ?」
いや急に何を言っているんだ。彼女?何故急にそんな話が。
「ああいや。別に深い意味は無いんだ。ただ、世間の若者が恋人と出掛けとる中、お前さんはこんな寂れた古本屋で立ち読みだなんてねえ……気になっちゃって」
はいはいどうせ俺はクリぼっちですよーだ。まあ、昨日は友人と過ごしたのだ。ギリギリクリぼっちではない。と信じたい。
「彼女は居ませんけど、昨日は友人の部屋で過ごしましたからね。楽しかったですよ」
秋原祥子先生は、「そうかい」とだけ言って、会計を進めた。無事に本を入手した俺は、アパートに帰る電車に乗る為に、駅へ向かった。
帰り道、俺は冷える手を擦りながら、見慣れた道を歩いていた。いつも通りの光景の筈なのに、なぜか何かが足りない。そんな気がする。
多分、七海だろう。昨日は一日、七海と過ごした。ならば、この一人の状態を『足りない』と感じた所で、何も変な事は無い。
だが、それだけ俺が、七海からの影響を受けているのは、正直自分でも意外だった。七海が居ないだけで、何かが足りないと感じるようになってしまった。だからどうと言う話でもないが、正直驚いた。
アパートの一室に戻った俺は、しっかりと手を洗って、買って来た小説を読み始めた。静かな時間だった。
これが、俺のクリスマスだ。
実に充実した、楽しい二日間だった。
他人からの承認だけを目当てに、ずっと何か行動していると、不意に思ってしまう。
別に、『生きた証を残したい』という訳でもない。だが、そういう確固たる目的が無い俺は、どうしても分からなくなってしまう。何の為に生きるのか。生き続けて、その先に何があるのか。分からないから、こう思う。
そもそも、俺は生きていると言えるのだろうか。『生きる』という事の意味を、現代人は履き違えているのではないだろうか。
生きる事は本来、未知に挑み、難題に挑戦し、その先に喜びや達成感を見出す物ではなかったのだろうか。それが本来の、生物が生きている状態ではなかったのだろうか。
それを現代人は、生命活動の維持だけを『生きる』と定義した。否、してしまったのだ。体も満足に動かせず、自信の記憶ですらも虚ろな老人を、薬と設備で無理矢理生き長らえさせる。果たして、その老人は生きているのだろうか。
老人に限らず、死んでないだけで生きてもいない人間が、この世には多く存在している。他者に従うだけの人生、他人の生き方をなぞるだけの人生。自分の行動が何と繋がるのか、まるで考えていないのではないだろうか。
他者と生きる事は素晴らしい事だ。痛みを分かち合い、共に喜び、時には泣く。他者と完全に分かり合う事は不可能でも、それは間違い無く、『生きる』事に繋がると考えている。
しかし、それは困難な道である。完全に分かり合う事ができないので、ぶつかるし、別れるし、怒る。その過程を面倒だと感じ、他者との関わりを断絶する事もあるだろう。
ただ、俺はそんな生き方は嫌だ。精一杯楽しんで、可能なら恋もして、それで満足して、潔く死にたい。
だから、俺は七海さんと居る。
十二月。世間の若いカップルはクリスマスに色気づき、町はカラフルの装飾で飾られる。外に出ると、冷たい空気が肌を刺す。
しかし、今は大学の中に居るので、そこそこ温かい。俺は陽太と話しながら、昼食を食べている。
「いや~クリスマスだぜ!亮太は何か予定あるのか?」
「特段何も。そっちは……聞くだけ野暮だな」
どうせこのバカップルの事だ。クリスマスデートとか言って、二人きりで愛を囁き合うのだろう。ロマンチックで良いねえ。
「いや~綾香から誘ってきたんだぜ?断る訳がねえってもんよ!」
「ああそうかいお幸せにな」
「まだ一週間先だろうが!どうせだし、プレゼント交換でもするか?」
「男からのプレゼントとか嬉しくねえ~」
そんな感じで笑っていると、突然、後ろから声を掛けられた。聞き慣れた声に振り返ると、七海だった。
「何のお話ですか?」
「クリスマスの予定の話さ。陽太の奴、しっかりデートだとよ」
「あら羨ましい」
「良いだろ~」
流石バカップル。酒が入ったオジサンレベルでにやにやしている。
しかし、こんな幸せそうなカップルを邪魔すんのは無粋という物。ここは適当に流し、俺はクリぼっち生活を満喫しよう。別に良いし気にしてねーし。茜さんと雑談したり読書したりして過ごすんだし、不満なんてねーし。連絡とかはできないけど、客として行くだけだから問題ねーし。
あのストーカーの一件以来、俺は茜さんと、そこそこ仲良くしていた。暇な時とかは、基本樫の木古本屋に行った。会う度に少し話したりして、時間を潰した。
クリスマスの日もどうせ暇なので、俺は樫の木古本屋に行く事にしよう。
「あ、亮太さん。クリスマスイヴ、予定あります?」
前言撤回。樫の木古本屋には、クリスマス当日に行く事にしよう。イヴの予定は埋まった。何とかクリぼっちは避けられそうだ。
「無いね。そう聞くって事は、適当に遊ぼうって話だろう?」
「ご明察。アニメの続きでも一緒に見ませんか?流石にクリスマスに一人は辛くて……」
おお同士よ。何か輝いて見えるわ。
とまあそんな感じで、俺のクリスマスと、イヴの予定が決定した。
その日、俺は暇な午後を、樫の木古本屋で過ごした。秋原祥子作品を立ち読みしたり、ちょくちょく買ったりしている。安いので買う時も気楽だ。古本屋万歳。
「へ~。七海っていう人の家に行くんですね~」
「良い人でなあ。このみせも、七海に教えてもらったんだ。会った事は無いのか?」
「覚えは無いですね」
へえ意外。オススメする位だし、顔を合わせる事もありそうな物だが。
まあそんな物、人それぞれだろう。人の名前とかを自然に覚えられる奴も、中々覚えられない奴も居る。俺は後者だ。結局の所、人の名前を覚えられる奴は、覚えようとしている奴なのだ。客程度の認識でしかないなら、仕方の無い事だろう。
「そう言えば、茜さんは何か予定あんのか?クリスマス」
「家でお母さんとお父さんとパーティーです」
「あら幸せ家族」
「えへへ」
茜さんは少し笑うと、体を丸める。これは茜さんの癖のような物らしい。笑う時に体を丸める癖は、よくここに来るようになってから、一月程で分かった。
俺は読んでいる途中の小説と、気になっている本の計三冊を買い、店を後にした。
この店によく行くようになってから、他の読者の解釈を聞く機会もできて、より深く小説を楽しめるようになったと思う。本当に、この店には感謝しか無い。
俺は買った古本三冊を持って、駅へ戻った。
そして迎えた、クリスマスイヴ。子供達はサンタからのプレゼントに胸を躍らせ、俺達は恋人や友人との時間を楽しむ。正直、クリスマス当日より盛り上がる日な気がする。
奇跡的に土曜日と重なったイヴの日は、素晴らしい盛り上がりを見せていた。クリスマスのイベントや、浮足立った恋人たちで、町は彩られている。
俺は少しの荷物を持って、七海さんのマンションに向かった。インターホンを押すと七海さんが部屋から出て来た。
「亮太さん!いらっしゃい!」
「いくら外にでる予定が無いとは言っても、部屋義はどうかと思うぞ」
「え~もしかして、ちょっとドキッとしてます?」
「してねーよ」
嘘である。実際はかなり動揺している。自分でも分かる程度には動揺している。正直、部屋義で出て来るとは思っていなかった。突然の事だったので、尚更だった。
それでも、俺は平静を装い、七海の部屋に入る。中は、以前来た時よりも物が多くなって見えた。だが、決して散らかっている訳ではなく、ちゃんと整理した上で、ポスターやフィギュアなどの、全ての物が飾られている。
七海と俺は、テーブルの近くに腰を下ろすと、早速テレビを付けた。
「じゃ、何見ます?」
「ヴァイオレット・エヴァーガーデンの続きで頼む」
「了解」
七海はDVDをテレビに差し込み、以前見ていたアニメの続きを流し始める。
アニメを見ていると、時間が早く過ぎる。お昼になると、少し腹が減った。一日中外に出ずとも、腹は減る物だ。
「七海、そろそろ昼にしねえ?俺腹減ったぜ」
「私も少しお腹空きました。コンビニでも行きましょう」
七海は上着を着て、外に出る支度を始めた。いや下は部屋着のままなんかい!
外に出ると、一気に寒さが襲い掛かって来た。暖房が効いた部屋に長い事居たからか、朝来た時よりも寒く感じた。さっさとお昼を買って、早く戻って来よう。俺達は足早にコンビニへ向かった。
コンビニの中は暖房が効いていて、温かかった。外が寒かったので、この温かさがありがたく感じる。俺は自動ドアの近くにある買い物カゴを持って、買い物を始めた。
「何にする?それぞれの分で別々に買うか?」
「面倒なんで、ここは私がお金出します。後で、亮太さんが買った分だけ返してくださいね」
「おお、ありがたやありがたや」
俺は弁当を、七海はいくつかの総菜パンとピザまんを買って、帰る事にした。やはり外は寒かった。
俺達は部屋に入るなり、買い物袋を机に置いた。
「お~さむさむ」
「ちゃんと手洗ってくださいね」
「わかってるって」
俺は七海の後に手を洗って、机に戻った。
「アニメ見ながら食べます?」
「そうしよう」
俺は蓋を開き、割り箸を割って、弁当を食べ始めた。コンビニの弁当は旨い。ここテストに出ます。
弁当を食べている間も、アニメは流れている。いや本当に作画良い。目の保養だわコレ。
そのアニメを見終わると、長編小説を読んだ時にも似た感覚が出て来た。話もキャラクターも作画も素晴らしかった。続編とかあれば見たい。
「じゃあ、次は映画の方見ましょう」
「マジかそんなんあんの見る」
もう夕方にもなってきたと言うのに、俺達はクリスマスそっちのけで、アニメに没頭した。
映画も全て見終わると、俺は泣いていた。ていうか七海も泣いていた。いやガチ物の神作だった。これは泣きますね。泣きます。
俺は涙を拭いながら、エンドロールを見続けた。たった二日で見たアニメなのに、ここまで泣かされるとは思わなかった。良い作品だった。素晴らしい。
エンドロールも終わり、DVDのメインメニューに戻っても、俺は泣いていた。七海はと言うと、涙を流しながら、次見るアニメのDVDを取り出している。俺は涙を拭って、気持ちを切り替えてから、七海に話しかけた
「次は何見るんだ?」
「ジョジョの奇妙な冒険見ましょう。面白いですよ」
「アレ取っ付きにくい作品のイメージがあるんだが。絵とか台詞とか」
「一部見終わる頃には癖になってますよ」
そんな感じで、次のアニメを見ようとした頃には、もう日が沈んでいた。
暫くアニメを見て、ふと時計を見ると、時計の針は既に七時を過ぎていた。
「あ、もうこんな時間か。名残惜しいが、俺はここいらで失礼……」
「嫌です」
「……へ?」
しまった変な声出た。いや待てその前に、今何て言った?
俺がそう聞き返す前に、七海はもう一度、同じ意味の言葉を繰り返した。
「今日は泊まって行ってください」
マジか。今日の七海はどこか様子がおかしい。変だ。目が少しぼんやりしている。気がする。まさか陽太のように酒を!?いや酒は見当たらない。ならば素か?素でこれなのか!?いやおかしいだろどう考えても!どうせ酒が入ってんだろ分かってんだこっちは!
しかし、ここで帰っては漢が廃るという物。ここは付き合おうじゃないか。
「へいへい分かりましたよ。それはそうと、夕飯どうするんです?抜きって選択肢は無いと思ってください」
「冷蔵庫にある物使って、何か作ってください」
「了解」
俺は風呂のスイッチを入れてから、冷蔵庫を開いた。中身は結構少なかったが、これなら普通に食べられる物が作れる。何とか、恥はかかずに済みそうだ。
俺はフライパンなどを出し、調理を始める。まあ、俺にできる料理なんてたかが知れている。折角肉があるのだし、野菜炒めでもしてやろう。
半分位出来上がった頃、風呂が沸いた。俺は作業中なのだし、七海に先入ってもらおう。
「七海。風呂沸いたし入っちゃってくれ」
「は~い」
七海は色々持って、風呂場の方に向かった。これで目が覚めてくれたら、俺はただ昼飯を作っただけで終わり、平和な一日で終わる。できればそれを願いたいが、どうせそう上手くは行かないのだろう。なんで七海がああなっているのかも分からないし、期待はしない。
料理が出来たので、俺は適当な大きさの皿に盛り付け、七海を待った。スマホをいじったりした。結構暇だった。
少し待つと、七海が風呂から上がったっぽい音が聞こえて来た。それから、ドライヤーを使う音なんかが聞こえた後、七海が部屋に戻って来た。
「お待たせしました~」
「じゃ、次俺入るか……」
うわっ。やべえ。創作物でよくある、風呂上りの色気という物がある。風呂で温まって火照った、淡いピンク色の肌が、何とも言えない色気を……いや何考えてんだ俺。相手は友人だぞ。気をしっかり持て。
俺は少し俯いたまま、七海の横を通り過ぎて、風呂場へ向かった。多分今、凄い顔が赤くなっている。恥ずい。
俺は風呂場で、湯舟に浸かる以外の事をやって、自分の体の汗や汚れを落とした。兎に角気を紛らわせたかった。頭を冷やそうとしたが、ずっと先程の光景が頭の中をぐるぐるしていた。
上がって、七海の許可を取って、タオルで体を拭いている時も、ドライヤーで髪を乾かしている時も、俺はずっとその事ばかり考えてしまっていた。自分の事ながら、ヤバい奴だと思う。
上がると、七海は既に飯を食べ始めていた。レンジで温めるタイプの米を半分使って、野菜炒めを食べていた。何かを頬張りながら食べている様子を見て、何だかハムスターみたいだなと思い、少し気が紛れた。
「あ、亮太さん。待ってましたよ。ささ、座ってジョジョの続き見ましょう」
「へいへい」
俺は自分の分の米を取ってから、野菜炒めを食べ始めた。
「あ、俺このアニメ好きだわ」
「ようこそジョジョラーの世界へ」
アニメを見ていると、その事だけ考えていれば良いので、気が楽だった。勇気ある主人公の姿に、励まされている気がした。
十話目を見終わった辺りで、七海は寝落ちしてしまった。この前行った仙台観光で、寝る時はしっかりベッドに行ってから寝る感じの人だと思っていたが、家では結構自堕落なのかもしれない。
しかし、これでは一つ問題が残ってしまう。アニメはここで停止させて、テレビを消してしまえば良いが、俺は一体どこで寝ろと言うのか。
ベッドは論外、ソファは無い、布団はあるかも知れないが見当たらない、家に帰ろうにも、七海にそれは止められている。ならば床か。床で寝るのか。幸いにも絨毯はある。少し寒いが、着て来た上着を毛布代わりに使えばなんとかなるかも。そうときまれば行動だ。俺は上着を自分の体に掛けて、部屋の電気を消した。
翌日、俺は朝早くに目覚めた。一応寝れはしたようだが、眠りの質が悪かったのか、あんまり寝た気がしない。それに、体のあちこちが痛い。やはり床でなんて寝るべきではなかったか。
体を起こし、ベッドの方を見ると、七海はまだ寝ているようだった。呑気な物だよ。
考えてみれば、嫁入り前の女が、男を自分の部屋に泊めるってどうなのよ。俺だったから良かったけど、他の人だたらどうなっていたか、分かった物じゃない。やはり七海には、危機感という物が無いのだ。顔も声もスタイルも良いのだから、危機感を持つべきなのだ。
俺は水道の水を飲み、少し頭をハッキリさせる。時計を見ると、まだ三時程度でしかない事が分かった。昨日が大体十時に寝たから、今日は四時間しか寝ていない事になるのか。睡眠時間短いな。
折角早くに起きたのだし、途中だった小説の続きでも読もう。俺は七海が寝ている部屋とは別の部屋に移動し、念の為持って来ておいた小説を読み始める。これだけで、結構時間が潰れてくれる。暇潰しとしては最適だ。
俺は六時頃まで時間を潰す事に成功したが、二冊目を持って来ている訳も無く、俺はその後、見事に暇になった。
ふと、少し明るくなってきた外を見て、綺麗そうだなと思った俺は、上着を着て、少し外に出る事にした。
外はまだ薄暗かったが、ぽつぽつと灯りが見える。人が暮らす、生活の灯りだ。その光景はとても綺麗で、俺は誰に見せようとかも考えず、その写真を撮った。
部屋に戻ると、七海は起きたばかりのようで、眠そうに目を擦っていた。
「七海、おはよう」
「亮太さん?おはようございます……」
七海は暫くぼんやりしていたが、段々意識がハッキリしてきたようで、喋り方が少しずつ明瞭になっていった。
「亮太さん、私、いつの間に寝てました?」
「十話目見終わった辺りでコテンと」
「……エッチな事してませんよね」
「しねーよ!」
やっべ思ってたよりもデカい声が出た。それだけ動揺を隠せなくなってしまっているという事だ。落ち着け落ち着け。七海もビックリしてるだろ。
俺は一回咳払いをしてから、「朝食も作ってあげるから、そこで待ってな」と言って、キッチンの方へ向かった。危ない危ない。
一体どうしたと言うんだろう俺は。前ならこんな反応しなかったのに、今は大声を上げて否定してしまう。何でこうなってしまったんだろう。
雑念を振り払うように、俺は料理した。出来上がったオムライスは、以前自宅で作った時より、歪に見えた。
しかし、それを七海は美味そうに食った。俺はまるで味がしないようだった。
「美味しいですね~。夕食も朝食も作ってもらっちゃって、なんか申し訳無いです」
「気にしなくて良い。俺が好きでやった事だし」
「えへへ。ありがとうございます」
少し食べてから、俺は七海に話しかけた。
「なあ、何で昨日、『泊まってけ』なんて言ったんだ?俺が何かすると思わなかったのか?」
「だって亮太さん、以前『俺にそんな勇気は無い』みたいな事言ってましたよね?」
そう言えばそうだった。だとしても、七海は警戒心が無さ過ぎだ。もう少し、自分が容姿に恵まれた、嫁入り前の女だという事を意識してほしい。いや信頼されるのは嬉しいが。
朝食を食べ終わると、七海は「片付け位はするから、亮太さんはもう帰ってください」と言った。『泊まれ』と言ったのは向こうなのに、自分勝手ではないか。
まあ、今日は樫の木古本屋に行くのだ。かえって好都合だし、別に良いだろう。
七海の家と樫の木古本屋はそこそこ近い。徒歩で行ける程度の距離だ。俺は歩いて樫の木古本屋に向かった。
中に入ると、茜さんと、秋原祥子先生が居た。
「メリークリスマス、亮太さん」
「メリークリスマス」
俺は秋原祥子作品の棚に行くと、そこから適当な一冊を選んで、パラパラとページを捲った。紙が擦れる音と、外から微かに聞こえる、人の話し声、車が走る音などだけが聞こえる時間が流れる。
その小説を読み終えると、俺は次の小説に手を伸ばす。そしてその小説が読み終わったらまた次へ……これを繰り返して、俺は時間を潰す。
そして、そろそろ家に帰ろうと思った俺は、気に入った小説と気になる小説の四冊を買う為に、レジへ向かった。すると、秋原祥子先生が、おもむろに口を開いた。
「お前さん、彼女とか居ないのかい?」
「へ?」
いや急に何を言っているんだ。彼女?何故急にそんな話が。
「ああいや。別に深い意味は無いんだ。ただ、世間の若者が恋人と出掛けとる中、お前さんはこんな寂れた古本屋で立ち読みだなんてねえ……気になっちゃって」
はいはいどうせ俺はクリぼっちですよーだ。まあ、昨日は友人と過ごしたのだ。ギリギリクリぼっちではない。と信じたい。
「彼女は居ませんけど、昨日は友人の部屋で過ごしましたからね。楽しかったですよ」
秋原祥子先生は、「そうかい」とだけ言って、会計を進めた。無事に本を入手した俺は、アパートに帰る電車に乗る為に、駅へ向かった。
帰り道、俺は冷える手を擦りながら、見慣れた道を歩いていた。いつも通りの光景の筈なのに、なぜか何かが足りない。そんな気がする。
多分、七海だろう。昨日は一日、七海と過ごした。ならば、この一人の状態を『足りない』と感じた所で、何も変な事は無い。
だが、それだけ俺が、七海からの影響を受けているのは、正直自分でも意外だった。七海が居ないだけで、何かが足りないと感じるようになってしまった。だからどうと言う話でもないが、正直驚いた。
アパートの一室に戻った俺は、しっかりと手を洗って、買って来た小説を読み始めた。静かな時間だった。
これが、俺のクリスマスだ。
実に充実した、楽しい二日間だった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる