平凡な自分から、特別な君へ

暇神

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俺、趣味の時間を満喫する。

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 趣味。仕事の他に、楽しむ為にやる事。

 趣味とは、一輪の花のような物である。『趣味』という花を、何も無い『人生』という部屋に置く。彩が皆無だった人生に、ほんの少しの彩、つまり、楽しみが生まれる。
 その事に喜びを感じた人間は、さらに花を買っては、部屋に飾る。彩は増し、人生の楽しみが、より一層豊かな物になる。
 だが、花はいつか枯れてしまう。いろんな物に飽きは来る。飽きが来ない物は稀だし、それを見つける事は、とても困難な事だろう。
 枯れた花は、腐って異臭を放つ前に取り除くべきである。だが、人はその花に込められた『物語』に、愛着を持ってしまう。だから、捨てられない。
 結果として、腐ってしまった花からは、『後悔』という名の異臭が放たれる。
 悔いの無い人生は存在しない。仕事のミス、ファミレスでの注文、無くした私物。大なり小なり、人は後悔を抱えて生きる。そこに例外は存在せず、人が抱えた後悔を拭う事は、決して簡単ではない。過去をどうこうするのが不可能ならば、過去の事である後悔をどうこうする事もできないからである。
 俺にも、後悔はある。人生をやり直せたら、いっその事死んでしまおうかと考えた事だってある。ただ、俺には死ねるだけの勇気が無かった。俺には、後悔と罪悪感と憎悪を抱えたまま生きる道が、一番輝いて見えた。
 結果、俺の人生は楽しい。今までの十九年の人生の中で、今が一番面白い。
 だが、これだけで良いのだろうか。俺はもっと、楽しくなりたい。自分の趣味を突き詰め、貫く楽しみは、未だ味わっていない。
 俺は、そういう事がしたい。

 趣味の時間とは、この世で最も尊ばれるべき時間だと考えている。趣味の時間は、その人間が、最もその人間らしく居られる時間だからである。
 そして、俺にもその時間が訪れた。七海さんは勿論、仲が良い人達の全員に予定があり、俺が完全フリーになる一日。以前一人焼肉に行った時と同じ条件が、明日揃う。
 前回は焼肉だった。あれはあれで良かったが、今の俺には金が無い。ならばどうするか。読書しかねえ。
 勿論、今持っている本を回し読みするだけでは、まるで味気が無い。それはそれで楽しめるが、二回目を読む時は、それまでのシリーズの振り返りをしたくなった時か、数か月置いてからもう一度読みたくなった時だけだ。今はそのどちらも満たしていない。
 少ない金で、存分に読書を楽しむ方法。そうなったら勿論、古本屋巡りである。
 古本屋では、立ち読みが可能な所や、一冊百円程度の物まである。文庫本を一冊五百円程度と仮定すると、書店で新しい文庫本を一冊買うのと同じ金でも、古本屋なら文庫本に限らず五冊買える。これだけで十分すぎる程魅力的である。
 そして、古い本には物語がある。人から人へ、直接渡される事もあれば、店を通じて赤の他人の手へと渡った本かも知れない。古びた本には、そういう物語を感じさせる、『何か』がある。浪漫と言う奴だ。俺はそういうのも好きなのだ。
 そんな訳で、俺はこの土日、古本屋巡りをする事にした。その上で、この二日間を楽しむ為の、いくつかのルールを設けた。
 一つ。古本屋とコンビニ以外には立ち入らない。あくまでも、古本を探す旅だ。ここは守るべき所だ。
 二つ。気に入った本は買う。気に入っておいて買わないのでは後悔してしまう。少しでも、後悔の少ない人生を。
 三つ。知り合いが居ても話しかけない。繰り返し言うが、これは一人だから意味があるのだ。そこに他人が関わったのでは、その『意味』を与える『結果』が、不確かな物になってしまう。それではダメなのだ。
 以上の三つのルールを守った上で、俺は明日と明後日の二日間、全力で楽しむのだ。予算は二千円。さあてこれでどこまで楽しめるか。試してみよう。

 翌日、俺が一番最初に向かったのは、ブックオフだった。古本屋の代名詞。小説に限らず、昔の本が結構多い。資料集めにはもってこいのこの場所で、俺は小説を求めた。
 一昔前に流行った良作が多いこの場所では、たったの百円で、それらの良作が買えるのだ。こんなにお得な事は無い。俺は目に留まった本をパラパラと捲り、最初の数ページとあらすじを見て、面白そうな本はキープした。
 気に入った数冊の小説と共に、俺はレジに向かった。会計は消費税込みで五百五十円。早速、予算の四分の一が溶けた。しかし、金は使う為にあるのだ。ここで使わずして何とする。
 そして、俺はそれを持って、近所の公園に向かった。俺は早速、少し古びた本を開き、読み始める。恋愛小説やライトノベル、ホラーなどの五冊を読み進める。一冊目から、キャラクターの心情や、情景の描写などが細かい、流行るだけの事はある作品で、結構楽しい。
 俺は本を読むのが早い。らしい。比較対象が居ないので分からないが、周りからは早いと言われる。文庫本であれば、一冊二時間程度で読み終わる。考察を挟むと三時間位行くが、大体そんな物だ。
 一冊目読み終えると、物語を読み終わった読了感が襲い掛かる。これは何にも代えがたいと思う。その作品が濃ければ濃い程、これは大きくなる。何と素晴らしい事だろうか。
 俺はそこで、腹が減っている事に気が付いた。何かに集中していると、それ以外には目が行かなくなる、眠いだとか、疲れただとか、今回のように、腹が減ったなどは感じない。だから、読み終わり、集中が切れたタイミングで、俺はそれらを一気に感じる。
 腹も減った事だし、コンビニで軽く飯でも買おう。こういう時のコンビニ程便利な物は無いと考えている。小腹が空いた時や、忙しいが腹が減り、作業の片手間で食べられるような物が欲しい時、基本近くにあり、弁当やおにぎりなどの食べ物が売っている店というのは、便利な物だ。
 俺はコンビニで、おにぎりを二つとスティックサラダを買い、公園でそれらを食べた。うん。これで空腹は気にならない程度には落ち着いた。二冊目を読もう。
 二冊目は推理系だった。タネ明かしのパートでは、「ここがそこに繋がるのか」と驚いた。文の書き方の綺麗で、最初は不要に思えた一文も、後から意味が明かされる。読んでいて、気持ちの良い一冊で、読了感で言うのなら、先程の一冊目よりも良かった。
 三冊目は恋愛系だった。恋する少女と素っ気無い男子の恋模様だ。ただ甘いだけの作品ではなく、他者への嫉妬や憎悪などが、実にリアルに表現されている。無機質な文とは裏腹に、そこには巨大な感情が隠れている。最終的にはハッピーエンドと言える終わり方だったが、考えさせられる内容だった。
 四冊目を手に取る頃には、そろそろ帰らないといけない時間だった。俺は本をバッグにしまい、愛車であるチャリンコに乗って、アパートの一室に戻った。
 アパートに着く頃には、すっかり辺りも暗くなっていた。俺はテーブルの上に今日の戦利品を置いて、夜やる事の準備に移る。
 風呂を沸かし、簡単な飯を作り、風呂に入った後で夕飯を食べ、歯を磨き、布団を敷いた。後顧の憂いは断てた。後は小説を読むだけだ。
 俺は布団の上に胡坐をかいて座り、四冊目を読み始めた。
 四冊目はホラーだった。幽霊と人怖の両方の話が入った短編集だ。フィクションとは思えないような話の作り込みに、短編一本一本が、まるで映画のような充実感に満ちていた。圧倒される、素晴らしい作品だった。
 五冊目は、これまた恋愛小説だった。しかし、先程の作品とは違う、所謂『両片思い』の二人の馴れ初めを描いた作品だった。甘々な内容に、思わず顔がにやけてしまう。平和で、幸せな気持ちになれる作品だった。
 締め括りの一冊が、スッキリと気持ち良く終われる話で良かった。四冊目とか三冊目を最後に回してたら、きっと眠れなかったと思う。まあ、それはそれで良かったかも知れないが。
 明日は、以前七海さんに連れて行ってもらった、『樫の木古本屋』に行ってみよう。ブックオフには無い本もあるだろうし、楽しみだ。

 翌日、俺は盛大に寝過ごした。昨晩、小説を二冊も読んで、寝るのが午前一時とかになったのが原因だろう。
 しかしながら、今日は休日。寝過ごした所で何も変わらない。ゆっくり、落ち着いて支度すれば良いのだ。
 俺はゆっくり起き上がり、まだ重い瞼を擦りながら、洗面台へ向かった。顔を冷たい水で洗うのは、とても気持ちが良い。さっぱりする。しっかり目を覚ました後は、朝食を作る。食パンに、サラダに、三本程のウィンナー。これだけで、朝食は足りる。と思う。
 歯磨きも着替えも済ませた俺は、バッグに、財布とアパートの鍵を入れて、外に出た。
 しかし、外は生憎の雨。店の中に、買った本を読めるスペースがある、樫の木古本屋にしといて良かった。楽だ。
 俺は最寄り駅から電車に乗り、樫の木古本屋に七海さんと言った時と、同じ駅で降りた。傘を開いて少し歩くと、樫の木古本屋が見えた。雨の中だと、古びた外見が一層良い雰囲気を纏って、合っているかは分からないが、ノスタルジックな感じだ。
 俺は傘置き場に傘を置いて、店内に入った。中には秋原祥子先生ではなく、恐らく孫世代程度の、若い女の人が座っていた。俺は軽く会釈してから、小説が置いてある棚へ向かった。今回ここに来た理由の一つが、秋原祥子先生の作品を、もっと読んでみたいと言う気持ちからだ。
 以前来た時にも言ったが、ここには秋原祥子先生の作品が多く取り揃えられている。本当に中古なのかは定かじゃないが、俺にとって重要なのは、『秋原祥子先生の作品が安く買える』という事だ。なんと素晴らしい。
 秋原祥子先生は、一つのシリーズも書き上げている。幼少期は金が無くて、全てを買う事はできなかったが、今なら買える。それだけの金はある。やったぜ。
 作者名『秋原祥子』の棚を探していると、以前と同じ所に、同じだけの小説があった。俺はシリーズ全巻、計十一冊を手に取り、レジへ持って行った。
 俺が「お願いします」と、このシリーズの作品をレジに置くと、レジに座っていた若い女性は、『またか』とでも言いたげな顔をしながら、「千三百二十円で~す」と言った。俺は金を渡して、お釣りに三十円を受け取ってから、店内の『読書スペース』で、本を開いた。
 この小説は、所謂『剣と魔法の世界』を舞台に描かれた作品である。主人公が、村で魔物を討伐している場面から、物語は始まる。
 この主人公の目的は、『魔法使い』になる事であり、主人公は、王都にあるという、魔法学校に憧れている。しかし両親は、これに反対し、家の後を継ぐよう、主人公を説得しようとする。
 しかし、主人公は家出し、王都に単身向かう。そして、そこで主人公は、様々な人に出会う。貴族や王族など、立場が上の人間から圧を掛けられながらも、必死に食らいついて行き、初めて魔法が使えたなった所で、一巻が終わる。
 この作品は、決して『魔王を倒す』だとか、そういう『分かり易い悪』を出さない。そりゃあ、障害として魔物は出て来るが、多くの場合、敵は人間である。人間同士の足の引っ張り合いや蹴落とし合いなど、そういう醜い部分を描く為だろうか。
 この黒々とした話か、或いは主人公のひたむきに努力する姿勢がウケたのか、この作品が続いていた当時、この作品は大ヒットを記録し、『秋原祥子』の名を、全国レベルまで広めた。今まで『ありがちな展開』と馬鹿にされていた作品も、『素晴らしい作品』という評価を得るようになった。若者の掌返しは怖いよ本当。
 しかし、シリーズが終われば勢いも無くなる。多くの流行りに乗りたかっただけの若者が、この作品を手放した。その結果、俺が今この作品を読めた訳だが、それでもヤバい奴等だとは思わざるを得ない。
 俺は一冊読み終えると、次の作品に手を伸ばした。しかし、そこで俺は、手をはたかれた。おいおいおい俺の知り合いはここには居ない筈だぞ。一体どこのどいつだ。
 顔を上げると、そこには先程の、レジの女性が立っていた。
「何だい?俺には読書を邪魔されるような事をした心当たりが無いんだが」
「貴方……気持ち悪いんですよ!」
 ほほう初対面の美少女から「気持ち悪い」は中々キツイな。しかし、本当に心当たりも無ければ、彼女とは初対面で間違い無かった筈。
 待てよ。少し待て。ここは、七海さんの紹介で来た店だよな。もしかしたら、その関連の話か!?そうだったら謝らねば。一応友人だ。何かあったのだろうか。
「いっつも私の事ストーキングして!気持ち悪いんですよ!次やったら訴えますからね」
「待て待て待て待て少し話をしよう意見の擦り合わせが必要だ」
 ストーキング?俺が?何の話だ。俺は今まで誰かをストーキングした事も、勿論された事も無い。この一言では、七海さんとの関連性も薄い。ならば人違いか?いずれにせよ、話を聞いた方が良さそうだ。
「何です!?ストーカーの話なんて聞きたくありません!」
「いや待て俺はストーカーじゃない」
「貴方はストーカーですよ!昨日だってついて来た癖に!」
「待て待て前心当たりがまるで無いぞ」
「嘘言わないでください!このまま食い下がるなら、通報しますよ」
 これだから人間の誤解、勘違いは困るのだ。面倒臭い。
「あのね?俺ね?人の話を聞くって大事な事だと考えてるんだ。だから、ね?一回話し合おう。多分、君は大きな勘違いをしている」
「そんな訳無いでしょう!私は確かにストーカー被害に遭ってます!そして、それが貴方であるという証拠もあります」
 まさか、痴漢冤罪みたいなノリのアレか?ならば、本当に通報はしないだろう。実際に警察が来た時、嘘を吐いているのは向こうなのだから、向こうが損をする。ここは逃げず、どっしり構えていよう。
 そして彼女は、つらつらと、自分の推理を話し始めた。
「まず、私がストーカー被害に遭ったのは、一週間前からです。高校の帰り道で、足音がずっとついて来たんです。後ろを向くと、怪しい男が。私は思いました。「ストーカーだ」ってね。そして今日、貴方は基本的に客が来ない、この店に入った。これはもう、何か目的が有ったとしか思えません!そう、私の体です!」
「……え?終わり」
「終わりです!観念しなさい!」
 いやあ中々にお粗末な推理だ。小説の中の探偵でも、もう少しマシな推理をするぞ。まず、証拠が無い。状況証拠と言うにもおこがましい推理だ。第一、俺がここに本を買いに来たという考え方は無いのか。実際、俺は十二冊の小説を買った。本を買いに来たと考えても良いだろうに。
 しかしまあ、この自信満々な顔を見るに、まだ何かあるのではないか。いや事実が違うから否定できるとは思うけど、もしかしたら小説のようにドラマチックに、何か決定打となる一言があるのかも知れない。ちょっと面白いし、ここは探偵ごっこに乗ってやろう。
「あのさあ……証拠は?証拠も無いのに通報とか、おかしいでしょ」
「状況証拠です!」
「はい終わり~解散解散」
 まさか本当にこれだけとは。藪医者もビックリな職務放棄をしているぞこの探偵さん。しかも自信満々な顔崩さねえし!
「はぁ……昨日の何時にストーカーされたの?」
「何です?犯罪者は物覚えも悪いんですね。夜の八時ですよ!」
 うん。否定できる。俺は昨日、その時間にはアパートに居たのだ。ストーカーとかやれる筈が無い。
「じゃ、そん時俺アパート居たから違うね。はい終わり解散」
「待ちなさい!逃げるんですか!?」
 本気で言っているのかこの小娘は。
「冤罪はゴメンだけど、俺にはアリバイみたいなのがあるからね。帰っても問題無い」
「嘘ですね!どこのアパートか教えてください!」
「唐木荘ですよ」
 探偵さんは驚いたように目を見開いた。そりゃあ、素直に言うとは思ってなかっただろうな。彼女は俺が行った名前をスマホで検索し、実在するアパートだという事に、更に驚いていた。
「え……もしかして本当に……」
「だから言っているでしょう?じゃ、俺は気分を害されたので、帰ろうと思いま~す」
 俺はドアに向かったが、彼女は俺の背中を引っ張った。前に進もうとした体が、足を滑らせて転んでしまった。
「わっ!大丈夫ですか!?」
「何だかこの強引さが懐かしいよ」
 俺は立ち上がって、彼女を見た。誤解は解けてくれたようだが、結局の所、彼女は何がしたいのだろうか。俺をストーカーだと思い込んで、急にギャーギャー騒いだかと思えば、今度は俺が店を出るのを阻止している。訳が分からない。
「で、まだ何か用?誤解は解けたし、もう帰って良いよね」
「すみませんでした。気分を害した事は謝ります。ですが、ストーカー被害に遭っているのは本当です、助けてください」
 おいおい随分都合の良い事を言うな。俺は君に冤罪をかけられ、更には折角の休日まで台無しにされたんだ。答えてやる義理は無い。
「悪いが……」
「お願いです」
 彼女は涙目になって、俺に懇願してきた。なんで俺はこうも他人の涙に弱いんだろうか。
 ああもうやるだけやってやろう。こうなりゃヤケだ。俺は彼女の願いを承諾し、一旦レジの方で話し合う事にした。
「えっと……じゃあ名前から。私の名前は赤橋茜あかはしあかねと言います」
「俺は海田亮太だ。よろしく」
 ストーカー被害に遭っているというのは、多分嘘ではないのだろう。どこかやつれているようにも見えるし、何となく、彼女はそういう嘘を吐くのが苦手そうだ。
 話し合いで最初にやるべき事。それは、現状で言い切れる、事実確認だ。
「で、今の時点での実害は?被害じゃなくても、ソイツの写真か何かでも良いんだけど」
「今は……何も」
 弱ったなあ。これでは打てる手も少ない。一応警察には言ったらしいが、現時点では何も無いらしい。
 じゃあどうする?現時点で、俺ができる事。昨日も被害に遭ったのなら、恐らく今日も来る筈。もしそうなったら、俺達がそのストーカーに接触する機会もある。
 ならば、作戦は建てられる。俺は彼女に、急ごしらえの作戦を話し、その通りに行動してくれるように頼んだ。彼女も了承してくれたので、これでどうにかなるかも知れない。少なくとも、前進はする。

 さあ、俺の休日を間接的に邪魔した輩に、目に物見せてやろう。

 夜中。樫の木古本屋の明かりは消えて、中から彼女が出て来た。
 暫く歩いて行くと、後ろの方に人影が見える。その人影は、付かず離れずの位置を守りながら、彼女の後を追っている。あれがストーカーだろう。俺はその更に後を尾行した。どうやら、気付かれてはいないらしい。
 彼女が一本道に入った。脇道も路地裏への道も無い、一般道だ。俺はタイミングを見計らって、目の前の男を捕まえた。
「はっ!?ちょ、何ですか貴方」
「君、彼女のストーカーさんだろう?」
 男は、あからさまにぎょっとしてから、目を逸らした。どうやら図星だったらしい。この位の嘘も吐けないとは、結構お粗末な頭してるな。
 俺は黙りこくる男に、スマホの画面を見せつけた。そこには、彼女と、彼女を尾行する男の画像があった。画面を横にスライドすると、他にも何枚かの写真が写された。
「こ……これは……」
「アンタの写真さ。俺、彼女と知り合いでさあ。知り合いがストーカー被害に遭ってるってんだから、放って置けなくてねえ。で、どう落とし前つけてくれるのかな?」
 俺は、以前読んだ作品に出て来る、マフィアのボスの口調を少し真似しながら、男に圧をかけた。どうやら、効果は覿面だったらしく、男は冷や汗をかきながら、ぶるぶると震えている。
「ま、俺も人間だからなあ。今から自首するってんなら、酷い手は使わねえよ。で、どうする?」
 男は暫く俯いたままだったが、ようやく観念したのか、「自首します」と言った。俺は彼女に向かって、親指を上に立てた。彼女も、同じハンドサインをした。

 俺達はあの後、警察にストーカーを届け、少し警察に事情を話してから、それぞれの家に帰る事になった。
「あの、ありがとうございました。助けてくれて」
「どういたしまして。他人から礼を言われるのは、気分が良いな」
 彼女を助けた事は事実だろうが、俺は自分の休日が台無しになった原因をとっちめただけだ。少しばかり、楽しかった。
 こんな夜道を、ストーカー被害に遭ったばかりの学生一人に歩かせるのは、流石に気が引ける。俺は彼女を家に送ってから、自分のアパートに帰る事にした。
 帰り道、少し小説の話で盛り上がった。彼女も秋原祥子作品がお気に入りらしく、そこの話は弾んだ。
 彼女の家に着くと、彼女を俺に向き合って、もう一度礼を言った。
「色々、ありがとうございました」
「どういたしまして。また会う事はあるのかな?」
「休日、あの店に来てくだされば」
「そうかい。またね」
「はい。さようなら」
 俺の家はこっちの方ではないので、俺は彼女を家に送り届けると、駅の方へと歩いて行った。休日が殆ど潰れたという喪失感はあったが、人助けした充実感を得られたので、まあプラマイゼロという奴だ。良かった良かった。

 まあ、読書はまた今度にしよう。
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