平凡な自分から、特別な君へ

暇神

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俺、秋を堪能する。

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 人の行動とは、自身の知らぬ所で、大きな意味を与えられる。

 その意味が見つかるのは、地球の裏側かも知れないし、すぐ近くかも知れないし、或いはこの宇宙のどこかかも知れない。ただ一つ確かなのは、意味を持った行動に、感情が宿る訳ではないという事だ。
 例えば、何の気無しに募金する。偶々レジの横にあったから、偶々小銭を持っていたから。それらの原因が、普段ならしないような行動を引き起こす。
 それに意味は込められていないだろう。少なくとも、その人間にとっては。
 募金によって集められた金は、何者かの行動に使われ、大きな意味を得る。『恵まれない子供達にこれだけの寄付をした』、『子供達の学びの場を作った』。それらの結果によって、小さな行動は意味を与えられる。行動が意味を持つのではなく、結果によって、意味が後付けされるのだ。
 ここで言う『募金』とは、あくまでも一例に過ぎず、それは『親の手伝い』かも知れないし、『朝の挨拶』かも知れない。重要なのは、その人間が行動したという事実である。
 意味が無いと思う瞬間でさえ、何者かによって意味が与えられるのであれば、『こうなれば良いな』と考えながらやった行動には、それ相応の大きな意味が与えられる。その意味が、その人間の存在の担保になる。
 名だたる偉人達が残した功績も、始まりは意味を持たないただの好奇心だったかも知れない。もしこれが、もしあれがと言う好奇心が、彼等を『一般人』から『偉人』に押し上げた。
 意味も功績も、他人からの後付けであるという点は同じかも知れない。
 俺も彼等のような、彼等に届かなくても良い。何かを成し遂げたい。彼等の行動は、それの良い手本となるのだろう。
 ならば、少しでも胸が高鳴る方へ、俺は進もう。

 十月。辺りはすっかり涼しくなり、木々の葉は色付く。旬を迎える食物の多いこの季節は、『食欲の秋』なんて呼ばれる事もある。
 俺もその例に漏れず、この季節の食べ物を満足に頂く……なんて事は無かった。
 生活も元に戻り、あの千葉旅行で減った預金通帳の数字も、もう殆ど元通りになった。しかし俺は前回の反省を活かし、金はいつ何時も余裕を持って蓄えておく事にしたのだ。
 結果、俺はこの秋、旬を感じつつも、ガッツリ物を食べる事は無い。そう考えていた。そう、七海さんからのお誘いを受けるまでは。
「亮太さん。食欲の秋、満喫してますか」
「君ほどは満喫できてない。俺は貯金するんだ」
 そう答えると、七海さんは飛び上がって「勿体無い!」と叫んだ。おい一応大学なんだぞここ。もう少し節度を持て節度を。
「折角の秋なのに、たらふく物を食べないなんて勿体無いですよ!お腹一杯食べられる内に、食べとくべきなんですよ!」
「君みたいな金の使い方は、結構俺には厳しいんだよ」
 そう何とこの女、飯島心海十九歳は、何と『季節の味』の文字を見つけてはその店に突入し、必ず一品食べて行くという、暴挙をやっているのだ。何と羨ましい。金持ちは良いなやっぱり。同じサークルの女性の一部が「玉の輿ィ!」と叫ぶ理由も分かる。
 だが、よそはよそウチはウチだ。俺は今の内から貯金して、自分で稼いで、可能な限り充実したお一人様生活を送るんだ。目指せ独身貴族。
「一般的なラインは分からないが、少なくとも俺は、君よりは稼いでないんだ。一応、貯金はしておきたい」
「わかりますよ。私と出掛ける時、存分に楽しみたいですもんね」
「おい話を聞け」
 しかしまあ、間違ってはいない。以前見たアニメの続きを見たいのは確かだが、それは金が尽きた時の奥の手。金はあればあるだけ良い。友人の中によく遊びに誘って来る金持ちが居るなら尚更である。
「ですが、今は食欲の秋。ここで使わずして、一体いつ使うって言うんですか!」
「おい話を聞け人の話を」
 しかし、結構正しい事を言っている。『金がこの世で最も大事』と言う人間は居るが、金は金よりも欲しい物を手に入れる為にあるのだ。使い時はここだろう。
「で、本題は?」
「という訳で、今度の休み、二人で季節の幸を頂きましょう!」
「話の流れから察しはついてたよ」
 てな訳で、俺は今度の週末、折角貯めた金を浪費して、この秋と言う季節を満喫する事になった。
「……と言う事で、陽太は秋と言えば何だと思う?」
「紅葉」
「食が二人も居なくて安心したよ」
 大学も終わり、暇を持て余した俺は、半ば押しかけるような形で、陽太の家に遊びに来ていた。どうやら今は彼女さんも居ないので、陽太も暇していたらしく、結構快く受け入れてくれた。
 どうやら陽太もこの秋を満喫しているらしく、俺に向かって、少し前に撮ったのであろう、陽太と彼の彼女さんが、紅葉をバックに置いた写真を見せてきた。
「ほほう。よく撮れてるな」
「そうだろうそうだろう。二週間前位にな、一回登山行ったのよ。コレ、そん時の写真なんだぜ」
 やはりデートか。このカップル、二週間に一回位のペースでデートしている。この間遊びに来た時は、陽太の家でおうちデートなる物をした時の写真を見せられた。写真から見て分かるレベルで、彼等はラブラブだ。
 飽きは来ないのだろうとは思うが、よくそんなスパンでデートしてネタ切れとか起こさないなと、少し感心してしまう。尊敬するよ全く。
「俺は金貯めてたから今まで読書の秋だったけど、秋ってこうして見ると色々あるんだな」
「本当だよな。飯はウメエし、景色は綺麗だし、ハロウィンはあるし」
「そっかハロウィン!忘れてたわ」
「おいおいハロウィンを忘れるなんてどうかしてるぜ。去年綾香はなあ……」
 あーまた始まったよ彼女自慢。まあ面白いから良いのだが、偶に「それ言って良いのか?」と思うのもあるから、そこは配慮を加えてくれても良いんじゃないだろうか。因みに綾香というのは、陽太の彼女さんの名前らしい。
 彼女自慢も終わり、外が暗くなった辺りで、そろそろお暇させてもらう事にした。陽太はこの週末も彼女デートらしく、幸せそうな顔をしていた。もう一生お幸せになっとけお前らは。
 しかし、今週末にデートとは、俺と七海さんが出掛ける日と被ってるな。偶然の一致とは面白い。
 三日後の事とは言え、俺も七海さんとの外出は楽しみだ。「今陽太なにしてんのかな~」とか考えながら外出するのも、面白そうで良いな。楽しみだ。

 それがどうして……
「「どうしてこうなった」」
 週末、駅で陽太と会った俺は、ほぼ同時にこう言った。
 違和感はあった。いつもはあの喫茶店で集合だったのに、今回だけ東京駅集合だった。さして気にしてもいなかったが、違和感は感じていた。それに、どこに行くかも言われていなかった。いつもなら、具体的とは行かなくとも、多少はどっち方面に行くかみたいな連絡があったのに、今回はそれも無かった。しかしまあ、こうなるとは思わなかった。
 顔を合わせて驚いている俺達の横から、聞き慣れた声と、そうでない声が聞こえてきた。
「あはは。陽太ったらそんな驚く~?」
「サプライズは成功ですね綾香さん」
 サプライズ……ああそういう事か。
「え?サプライズ?綾香、これは一体……」
「お前は察しがわりいなあ。まあ、今回は趣向を変えてって言うやつか?」
 七海さん達は頷いたが、陽太はそうでもなかったようで、未だ頭の上にはてなマークを浮かべている陽太に、俺自身の考察を聞かせてやった。
 まずこの話は、七海さんと陽太の彼女さんが仲良しであるという、都合の良い前提の上に成り立っているという事を念頭に置いてから聞いて欲しい。
 七海さん達は話をしていた。秋についての話や、陽太についての話だろう。その中で、どちらかが『今度一緒に出掛けないか』と誘ったのだろう。そしてもう一方がそれを了承し、二人だけでは何か都合が悪かったのか、それとも男女比を一体一にしたかったのか、そこの理由は定かではないが、俺達がそれに呼ばれた。ついでにサプライズしてやろうという提案で、今のこの状況が出来上がった。
「……てな感じで合ってますか?」
「亮太さんって、話には聞いてましたけど凄い頭が良いんですね」
「そうでしょうそうでしょう」
 なんでアンタが誇らしげなんだ七海さん。まあ、この反応はアタリだろう。相変わらず陽太は「訳が分からない」と言いたげな顔をしているが、これはどうでも良い。
「……で、行先は?」
「順応がはやいですね亮太さん。今回の行先は……埼玉です!」
「いえ~いぱちぱちぱち~」
 綾香さんだったかな?合わせる必要は全くもって無いんだぞ。
 しかし、念の為を思って、いつもより多く金を持ってきておいて良かった。これなら、県境を一つ跨ぐ程度の移動であれば、何とか一日持ちそうだ。
 俺は新幹線に乗る用の切符を買う為に、窓口へ移動しようとした。その時だった。陽太が何かに気付いたような顔をして、マジトーンでこう言った。
「待て。これってまさか……」

「ダブルデート……って奴じゃねーのか?」

 一瞬、沈黙が流れる。駅のアナウンスでさえ、この時は耳に入らなかった。
 そして間を置いてから、俺は疑問を投げかける事にした。
「何を……言ってるんだ?」
「だってよお……男女が二人ずつ、そしてそれぞれ付き合ってるって……もうコレ、ダブルデートでしょ」
「よし。お前は一回黙っとけ」
 前々から言っているが、俺と七海さんは決して、付き合っているだとか交際しているとか、そんな関係じゃない。ただ彼女の『お礼』に付き合っているだけの、友人だ。一緒に出掛けたり、一緒に買い物したりする程度の、ただの友人だ。
 だからこれは、ダブルデートとか、そんな恥ずかしい名前のイベントなんかではない。これは陽太と綾香さんとやらが付き合っているのは事実だが、俺と七海さんは友人であり、これは俺達の間の共通認識である。だから……
「これは決して、ダブルデートではない。そうでしょう?七海さ……」
 そう言って七海さんの方を振り返った俺は、絶句した。七海さんが。あの花より団子だった筈の七海さんが、なんと赤面していたのだ。
 俺は謎の気まずさから、陽太の服の襟を掴んで、むりやり窓口の方に引っ張って行った。
「おい何すんだよ!実際見た感じそうじゃん!」
「俺は何も見ていない俺は何も見ていない俺は何も見ていない」
 俺はざわつく心を無理矢理押さえつけ、足を前へ前へと進める。七海さんが赤面していたのは、きっと気のせいだろう。だって俺と七海さんはただの友人で、恥ずかしがる事は何も無い筈で……ああもう頭ん中ぐちゃぐちゃだ。
 俺は少し慣れた手つきで切符を買い、七海さん達の所に戻った。七海さんはいつもの顔で、綾香さんと談笑していた。良かった。気のせいだったようだ。
「切符買って来たんで、行きますか」
「そうしましょう!」
「楽しみだね!陽太!」
「そうだね~綾香~」
 デレデレしてんな~若いなあ~。
 俺達は新幹線のホームに行き、さいたま駅を通る新幹線に乗り込んだ。以前の遠出よりも短い、三十分程の移動時間だ。
 窓側の席ではないのも相まってか、俺はずっと考え事をしていた。七海さんのさっきの顔、なんであんな顔をしたのだろう。さっきは無理矢理にでも落ち着く為、気のせいだと考えるようにしていたが、あれは間違い無く赤面していた。
 俺達は友人同士で、『デート』という言葉を意識するような仲ではない筈だ。あんな顔をするからには、何かしらの理由があるのだろうが、俺には心当たりが無い。全く無い。何か、俺が見逃している可能性があるという事だ。
 この半年、結構一緒に居る事が多いが、俺達はお互いの事をよく知らない。お互いに、自分語りを率先してやるタイプではないので無理も無い事だが、それでも、こんな気掛かりを残したまま、ずっと一緒に居るのは、少し息苦しい。
 何かある筈だ。俺が知らない可能性、俺が知らない人間関係。何かが確実に見落とされている。
 そうか!俺とは違う、恋愛的な意味で好きな誰かを思い浮かべ、それで赤面したのだ。それなら、全部納得がいく。多少無理がある気もするが、これ以外に考えられない。
 うん。気掛かりは無くなった。これで存分に楽しめる。折角の秋なのだ。紅葉、旬の食べ物、後は適当なイベントもある。楽しまなければ損である。良い人生とは、良い一日の積み重ねでできる物だ。頑張ろう。

 そして、埼玉に到着した。

「「やってきました!埼玉~!」」
「イッテQに怒られてしまえ」
 駅に着いた女性陣は、以前俺達が仙台に行った時、七海さんがやったような事をやっていた。それを陽太が撮影し、俺は特に何もしないという、中々に混沌とした状態が繰り広げられている。なんかもう懐かしいわ。
「で、紅葉見に行くんだろ?どこに行くんだ?」
「氷川参道という、ここから十分程の場所に行こうかと考えています」
「ネットでよくでる所なんですよね~」
「ね~」
 だから一々ラブラブな光景を見せつけるなお前らは。いや見せつけてくれても良いんだけど、まさか新幹線の中でもこの夫婦漫才が出て来るとは思わないじゃないか。
 しかし、良い風景が見られるらしいし、これ位であれば普通に流せる。若い恋人同士なのだ。世の恋人たちがどうかは知らないが、これ位は普通なのだろう。
 さいたま新都心駅から歩く事、およそ十分。氷川参道に着いた。
 赤や黄色に染まったケヤキ並木がおよそ二キロの道を染めている。素晴らしい光景だ。写真を撮っている人もちょくちょく見かける。女性陣と陽太は、自撮りやらいずれか一人に二人が写ってる写真を撮ってもらったりしている。
「亮太さんも撮りませんか?」
「へいへい。後で俺のスマホに送ってくださいよ」
「どうせだし、この四人のLINEグループでも作るか?」
「いいね~」
 てな感じで、俺達は写真を撮ったり風景を楽しんだりして、秋の紅葉を楽しんだ。陽太と綾香さんは満足そうな顔をしているが、七海さんはまだまだやりたい事があるらしく、「まだ行きますよ~!」と言っている。
 氷川参道は有名な観光地なので、その分近くに飲食店ができやすい。俺達は焼き鳥屋に行き、櫛に刺さった鶏肉を食って、次の場所に行く事にした。
 埼玉県は、誰もが知るショッピングモール大国。でかいショッピングモールが多数存在しているので、俺達はそこで買い物をする事にした。
 まあ実際の所はと言うと、殆ど俺以外の人達が買い物をするばかりで、俺はあまり買い物はしなかった。正直、あんな高い服を買う余裕も無いし、帰る金があったとしても、服の良し悪しも分からないので、どれを買うべきか分からない。いつものファッションは、全部奏多に選ばれた物のローテーションでしかない位だ。良し悪しを見抜く目が育つ訳が無い。
 しかし、それでも彼等は、俺に『この服はどうか』と聞いてくる。
「なあ亮太!これどうよ!」
「ペアルックです!」
「あ~カップルって感じするわ~」
「「なら良し!」」
 お~かなり豪快な選び方するな。
「亮太さん!試着してみましたんで見てください!」
「あ~はいはい。俺は審査員なんかじゃ……」
 瞬間、俺は息を飲んだ。良し悪しが分からない俺でも理解できるレベルで、その服は素晴らしかった。いや、素直に言おう。その服を纏った七海さんが、儚げな美女に見えた。
 服と言う物は凄いらしい。いつもは溌溂とした七海さんが、こういう服を着るだけで、雰囲気がガラッと変わってしまう。本当に凄い。
 しかし、あくまでも俺達は友人。ここは平静を装おう。
「どうです?百点満点中何点?」
「似合ってるけど、なんか性格と合ってない気がするから九十点」
 七海さんは「まじかー!」と言って、再び試着室に戻った。いや~アレを前にしっかり平静を保てるとは、頑張ったな俺。いやお洒落しただけの友人に心乱されるのも可笑しな話なのだが。
「ねえねえ亮太さん」
「何です綾香さん」
「顔、赤いよ」
 俺は慌てて、自分の顔を隠した。勢いが良すぎたのか、良い音が鳴った。ちょっと顔が痛い。
 まさか、顔に出ていた?冗談じゃない。今の関係が壊れてしまったら、俺はきっと凄く悲しい。それは嫌だ。平常心平常心……
「うふふ。嘘ですよ」
「……え?」
 何だコイツ。何でこんな事をするんだ?第一、陽太はどうした。アイツと一緒に居るべきだろアンタは。
「だって亮太さん、凄い意識して抑え込んでますし。ちょっと揶揄ってみようかな~と」
「止めてくれそういうの。マジで」
 俺は「マジで」の部分を強調しながら言った。こういうのが続いたら、俺も誤魔化しきれなくなる。他人を、ではなく、自分自身をだ。
 そうなったら、いよいよ取り返しがつかない。この心地良い友人関係が壊れてしまう。それが嫌だから、無理矢理にでも抑え込んでいるのだ。
「ま、そうならそうで良いんですけどね~。あ、七海ちゃんは気付いてなかったっぽいし、そこは安心してね~」
「はあ……心臓に悪い」
 何にせよ、七海さんが気付いていないなら良かった。気付かれてたらどうなっていた事か。考えたくないな。
 それからも俺は、審査員まがいの事をして、三人の買い物に付き合った。最初は「見てるだけは退屈だ」なんて思っていたが、最後の方は少し楽しかった。
 それからまた暫く買い物をした後で、俺達は帰る事にした。帰る頃には、三人の買い物袋は増えに増え、俺はそれぞれから三分の一ずつ持たされた。結構肩に来る。
 帰り道、女性陣と別れ、二人になった俺達は、少し話をしながら、途中まで一緒に帰る事にした。
「なあ亮太、手ぶらなんだし、半分持ってくれよ」
「嫌だね。自分で持ちな」
「ケチ!」
「何とでも言え!」
 適当な話をして、笑いながら帰る。当たり前の日常とは、こういう幸せな者であるべきなのだ。
 だが、不意に陽太の顔から笑いが消え、俺と横目で、新しい話を始めた。
「なあ、七海さんとお前って、どういう関係なんだ?」
「……え?」
 一瞬、何を言われているか分からなかった。どういう関係?友人にきまっているだろう。実際そうの筈だ。しかし、俺の口からは、それだけの言葉が出て来なかった。
「お前さ、いつも『友人』って言ってるけど、向こうはそう考えてはいないんじゃねえか?朝も、俺がふざけて言った『デート』って言葉に反応してたじゃん」
「そう……だな」
 否定できなかった。確証が無い事は否定できない。いや、否定できる所が、見当たらなかった。
「『勇気を出せ』とか、『当たって砕けろ』みたいな、偉そうな事を言うつもりもねえけどよ。もう少しお前は、自分を理解した方が良いと思うぜ」
「そっか……その通りかもな」
 『自分の事は自分が一番よく分かる』なんて、案外嘘かもしれない。人間の欲は、常に外を向く。承認欲求が何よりも優先されるこの現代社会では、自分を顧みない人間が増えたとも言える。そうなった時、自分を一番理解できているのは、一体誰なのだろう。
 少なくとも、俺はその答えが分からない。だから、俺は自分を『知識』としては愚か、『情報』としても知らない。だから、こうなってしまうのだろう。
 俺のアパートが近き、俺は陽太に別れとお礼を言ってから、部屋に入る。
 俺は一体何がしたいのか。買って来た駅弁をつつきながら、俺は考える。ただ楽しければ良いと思うし、実際それで良いのだろう。ただ、そこに意味は与えてもらえるのだろうか。そこには、ただの自分勝手な、『名も無き誰か』が残るんじゃないだろうか。
 俺は何をして、その先で何を見たいのか。それだけの事が分からないまま、俺は布団に入った。

 とても重要な事に思えたその疑問は、朝起きる頃には、目覚まし時計の音にかき消されていた。
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