平凡な自分から、特別な君へ

暇神

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俺、自身の恋心に気が付く。

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 人に自分の思いを伝える事は、素晴らしい事だと思う。

 言葉でも文でも、或いは身振り手振りで、相手に自分の思いを伝える事。それは『相手と分かり合いたい』という気持ちの表れであり、それを表現する行動は、素晴らしい物だと考えている。
 それは決して、都合が良かったり、綺麗であったりするとは限らない。「好きだ」と伝える事もあれば、「嫌いだ」と言う事もあるだろう。しかし、俺にとって重要なのは、『誰かに思いを伝える』事である。
 自己表現の形が無数に増えたこの現代社会で、何故人と人のコミュニケーションという物は、直接的な話し合いが少なくなってしまうのだろう。
 理由は簡単。楽だからである。直接話さなくて良いから、楽になったのだ。人に判断を委ねるのも、自分で考える事を放棄する事も、その人間にとって楽だから行われる。
 しかし、欲を持たない、行動しない、考えない。この中のどれか一つが当てはまった時、その人間は、果たして人と呼べるだろうか。
 欲を持たないのでは、何かを達成した喜びを味わえない。行動しないのでは、代わり映えの無い人生で退屈してしまう。考えないのでは、行動に意味を持たせる事もできない。この内一つでも当てはまったら、その人間は、自身の人生を楽しんでいると言えるのだろうか。
 俺は人生を楽しもうと思った。だけど、自分の事が分からない。自分を知らない人間が、他者を考えられるだろうか。
 俺は、自分を知りたい。この胸に沈んだ塊が何なのか、知りたいのだ。
 だから、俺は他人を頼るのだ。

 外ではごうごうと、嵐のような音が鳴り続けている。大雪に加え、この強風だ。電車が止まるのも仕方が無い。
 俺達は、浩太さんの家に来ている。この吹雪で電車が止まった事が原因で、俺達は東京に戻れなくなったからだ。泊めてやると言ってくれた浩太さんには感謝しか無い。
「浩太さん、これどこに置いたら良い?」
「荷物はソファの上、上着は雨具かけにかけといて」
 浩太さんの家は結構広く、そのお陰か、結構部屋の一つ一つがスッキリして見える。俺は言われた場所に荷物やら上着やらを置くと、取り敢えず手を洗った。他人の家なのだから、手は洗っとこう。
 にしても、まさか電車が止まるとは思わなかった。どうやら、本当に急に降って来たらしい。風自体は朝から言われてたが、まさか雪までセットとは、誰も想像だにしなかっただろう。
 どうやら風呂が沸いたらしく、浩太さんが俺達にタオルを渡して来た。
「二人共、お風呂沸いたから入っちゃいなさい。風引いちゃうわよ」
「分かった。七海、先入ってくれ。俺は七海が上がってから入る」
「分かりました」
 そう言うと、浩太さんは驚いた顔をした。何か変な事でも言っただろうか。
 まあ、七海を先に入らせる事は間違ってはいないだろう。七海もちょくちょく転んでいたし、帰りも眠そうにしていたので、先に疲れを取ってもらおう。
 まあ、俺は浩太さんの手伝いでもして待とう。荷物の片付け位なら、手伝いできる事もあるだろう。俺は浩太さんについて行き、荷物が広げられた部屋に向かった。
「何をすれば良いですか?」
「じゃあ、ヒーターの前に新聞紙広げて、その上に道具並べて。乾かさないといけないから」
 俺は浩太さんの指示通り、荷物をヒーターの前に広げた新聞紙の上に並べた。新聞紙は、物を乾かすのに良いらしい。近所の主婦が話しているのを見た。
 並べるだけでも結構腰にクル。ずっと屈んでる訳だし、腰に負担がかかる。全部並べ終わる頃には、俺は腰を叩いていた。
「腰痛そうね~」
「これスキーに行く度やってんすか……」
「今回は三人分だし、ここまでじゃないわ」
 だとしてもだ。そこそこ広いし、膝を付いてやってたとしても、そこそこ疲れそうだ。
 作業も終わり、ソファに座って休憩していると、浩太さんが七海についての話をし始めた。いや正確には、俺と七海についてだ。
「貴方達、付き合ってないの?」
「ングッ!」
 俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。驚いたからだ。
 いきなり何を言い出すと思えば、浩太さんも頭ピンク色なのか?いやでも、俺も結構頭の中がぐちゃぐちゃだ。人の事は言えないかも知れない。
「貴方達、結構目がマジに見えるわ。アタシもそういう人達見て来たけど、貴方達はその中でも、結構マジよ」
「いやそんな訳……」
 否定できない。その為の言葉が紡げない。
 俺にとっての七海が何なのか、はっきりと言い切れない以上、俺は浩太さんに何も言い返せない。否定のしようが無い。俺が七海に向けているこの矢印は、一体何なのだろう。友情かも、愛情か、もっと別の何かなんか、俺は分からない。
 俺は何も言えず、黙ってしまった。
「ま、コレはあくまでも、アタシの勝手な感想だしね。否定も肯定もしないで良いわ。ただ、感情の整理は、人にとっては重要よ」
 そう浩太さんが言った所で、七海が風呂から上がった音がした。俺は着替えと渡されたタオルを持って、風呂に入る準備をした。
 少しすると、七海が風呂場の戸を開いた音がした。俺は、以前七海の家に行った時の反省を活かして、七海を極力見ないように心掛けた。その甲斐あって、今回の俺は、多分赤面せずに風呂場まで行けた。
 シャワーを浴び、体を洗ってから風呂に入ると、俺はスイッチが切れたように脱力した。凄い気持ちが良い。今日一日だけでなく、ここ最近の疲労が溶け出ているような心地だった。
 俺は十分に温まると、一回シャワーで汗を流してから、風呂を上がった。久々にしっかりと風呂に浸かった気がする。体の芯まで温まっている。湯冷めする前に体を拭いて、髪を乾かしてしまおう。
 俺は風呂から上がると、浩太さんと入れ替わる形で、リビングに戻った。勿論、そこには七海が居た。
「お、上がりましたか」
「ああ。良い湯だったよ。ここ最近の疲れまで、全部取れた気分だ」
 七海は「それはなにより」と笑った。何故だかこの笑顔を見ると、肩の力が抜ける。不思議と安心する。理由は分からないが、俺が彼女に抱いている感情のせいかも知れない。本当にどうしたんだ俺は。
 それから、俺は七海と少し雑談をした。
「いや~楽しかったですね~」「そうだな。成長を感じる体験という物は、何事にも代えがたいと思うね」「あ、お茶取って来てください」「へいへい仰せのままに」「夜ご飯は何でしょう」「あ~それは気になる」
 そんなどうでも良い事を話していると、浩太さんが風呂から上がって来た。腹が減って来た俺達は、浩太さんに今夜の夕食を聞く。
「今日の夜ご飯、何ですか?」
「こんなに人数居るんだし、鍋にしましょう。確か材料とかはまだあった筈。手伝ってくれる?」
「喜んで。鍋か~久々だなあ」
「冬は鍋よね~」
 鍋は冬に食べる時にだけ、異様に美味しく感じられる。外が寒いから、温かい物が旨いのだろう。汁物の側面もあるので、尚更だ。
 俺達はキッチンに集まり、それぞれ役割分担しながら、鍋を作った。俺が作った肉団子は、二人が作った物に比べて、少し歪な形をしていたので、皆で笑い飛ばした。
 そして、鍋が出来上がった。俺はコンロをテーブルの方まで持って行き、浩太さんが鍋本体をその上に乗せた。七海が皿やらレンゲやら、色々な道具を持って来て、食する準備は整った。
「じゃあ二人共、準備は良いかしら?せーの!」
「「おおお~!」」
 浩太さんが蓋を外すと、鍋から湯気が立ち上った。俺達はそれを見て、歓喜の声を上げた。
 鍋の中は煮えており、よく火が通った具材は、どれも美味しそうな色をしている。俺達はそれらの中から、好きな具を取ると、「いただきます!」と言って、熱い具に苦戦したが、それを口に入れた。
「旨っ!」
「これよこれ!冬は鍋が一番美味しい!」
「温かい部屋で温かい物を食べれるなんて、良い時代に生まれた物ですね~」
 俺達は口々に感想を言いながら、鍋を頬張った。俺が作った肉団子は、不格好には変わり無かったが、自分で作ったという実感もあって、旨かった。
 具も少なくなってきた頃、浩太さんは急に立ち上がって、「そろそろシメに行くわよ!」と宣言した。鍋はシメが肝心である。麺を入れたり米を入れたり、餅を入れる家庭もあるかもしれない。正直な所、ここで躓けば、この楽しい食事は台無しだ。
「何にするんですか?」
「米は無いから麺ね。味噌味だから、ちゃんと合ってくれる筈よ」
「良かった~麺と合わなそうな味じゃなくて」
 浩太さんは一旦キッチンへ引っ込み、そこそこ量がある麺を持って来た。ラーメン用の麺らしい。浩太さんはその袋を開け、豪快に麺を鍋の中にぶち込んだ。爽快。
 数分もすれば食べれるようになるだろう。それまで、事前に取って置いた具でも食べている事にするか。
 取って置いた具も無くなり、少し暇だなと思い始めた頃、浩太さんが鍋の蓋を外した。再び、湯気が天井まで立ち上る。唯一違ったのは、鍋の中に、麺が入っていた事だ。
「来たああああああ!」
「鍋のシメって、なんでこんなに心躍るんでしょう」
「世界の七不思議ね。食べましょう!」
 俺達は、しっかり汁が絡んだ麺を啜った。以前陽太と食ったラーメン程ではないが、数人で囲む鍋の麺は、一人で食べるよりも美味しく感じた。
 ぞれも全部食べ終わる頃には、もう八時半になっていた。この家に着いたのも遅い訳ではなかったが、一人ずつ風呂に入って、夕食を作って、それを食べてシメまでやるとなったら、ここまで掛かってしまう物なのか。
「歯磨きなら、歯ブラシ一個ずつあげるからそれ使いなさい。その代わり、明日の朝使ったら捨てるか持って帰るかしてね」
「分かりました」
「オッケー」
 俺達は歯磨きを始めた。浩太さんがテレビを付けると、丁度バラエティー番組がやっていた。芸人のネタが面白くて、少し吹き出しそうになったが、何とか我慢した。危ねえ。
 歯磨きも終わったので、俺達は次の問題に向き合う事にした。
「で、それぞれがどこで寝るの?アタシ、布団とか買ってないわよ」
 そう、急に泊まる事になったので、誰がどこで寝るかを決めていなかったのだ。俺達はそれについて、一度話し合うべきだと判断した。
「まあ、俺達はお邪魔してる身で、七海は女性なのだし、ここは俺がソファで寝るのは確定だろう。後は二人で決めてくれ」
「二人でって言われても……後はベッドか、もう一つのソファしか無いわよ」
「じゃあ、私はソファで寝ます。浩太は自分のベッドで寝てください」
「そうねえ……客人をソファで寝かすのには抵抗があるけど、そう言ってもらえるなら、そうするわ」
 はい、てな訳で、俺と七海はソファ、浩太さんはベッドで寝る事になった。衝突も無く決定できて良かった。
 俺達はテレビを見たりUNOなどで少し遊んだ後、それぞれの場所に行って寝る事になった。時刻は、十時半を過ぎている。
「じゃ、おやすみ。貴方達もささと寝ちゃいなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 浩太さんが寝室に向かった後、俺達もすぐに寝る事になった。俺達はそれぞれのソファに横たわり、渡されていた毛布を体に掛けた。少し薄い気もするが、部屋の中はまだ温かいし、大丈夫だろう。俺は部屋の照明を落とした。
「おやすみ、七海」
「おやすみなさい亮太さん」
 俺はその後、結構すぐに寝た。風呂でリラックスできたとは言え、まだ疲労がのこっていたらしい。

 しかし、俺はその後、真夜中に目を覚ます事になる。

 俺は目を覚ました。暗いので、まだ夜中なのだろうとは分かったが、ここ最近は夜中に起きる事も無かったので、珍しい事もあるのだなあと思った程度だった。
 しかし、俺は直ぐに違和感に気付いた。懐、と言うより、体の前半分の方に、何か温かい物がある。すっかり冷えてしまった部屋で、こんなに温かい物があるのはありがたいが、俺には何か使った覚えは無い。一体これは何だろう。俺は少し毛布を捲り、中を覗く。
 瞬間、顔が熱くなった。俺は毛布を元に戻し、騒がしい心臓を押さえた。

 毛布の内側には、七海が寝ていた。

 何故こっちのソファに?何で浩太さんの方に行かなかった?そして何より、なんで俺の腕にすっぽり収まるような体勢で居るんだ?疑問が無数に浮かぶが、俺はその中のどれにも、自分で納得が行く答えを見つけられなかった。
 俺はもう一度、毛布の中を覗く。うん。間違い無く七海だ。それも、少し体を丸めている。なんで起きていなかったんだ俺は。こんな良い光景になるまでの過程を見逃すなんて……いや何を考えてるんだ。
「かわいいなあ……」
 寝起きだからか、それともこんな物を見たからか、頭が上手く働かない。俺は少しぼんやりする頭のまま、七海を抱きしめた。温かい体は、良い湯たんぽ代わりになった。俺はそのまま、再び眠りについた。

 俺がしっかり目を覚ましたのは、外が少し明るくなってきた時だった。
 俺はゆっくり目を開き、そしてそのまま目を見開いた。俺の懐辺りは、まだ温かい。俺は毛布の中を覗き、そしてさらに驚いた。毛布の中には、まだ七海が居た。体を丸めたまま、気持ち良さそうに寝ている。
 七海の顔を見ると同時に、俺は昨晩の自分の行動を思い出した。そして、悶えた。懐には七海が居るので、やってしまったという思いを、動かずに噛み締めた。
 やってしまった。やっちまった。やばい。俺は何をやった。何と言った。『かわいい』?いやヤバいでしょ普通に考えて。好きな人と言う訳でも……
 俺はそこまで考えて、思考停止した。『好きな人ではない』と言えない。俺はここで初めて、自分の気持ちに気付く。そして、今までの行動に意味を与えた。

「俺、七海が好きなんだ」

 本来であれば、もっと早くに気付けた筈のその気持ちに、俺は驚いていた。今まで否定していた事が否定できなくなっていた時点で、気付くべきだった事に、今まで気付いていなかった事が信じられなかった。
 ヤバい。自覚してしまった。どうしよう。これから、どんな顔をして会えば良いのだろう。誰かに恋愛感情を抱いた事も無かったから、俺は全く分からない。いつも通りで良いのか?本当に?どうやれば良い?
 そうしている内に、七海が目を覚ました。ああこうしてはいられない。取り敢えず、いつも通りを演じよう。この感情に整理を付けるのは、また後だ。
「んう……ああ、亮太さん、おはようございます」
「おはよう。取り敢えず、この状況の説明を頼めるかな?」
「んん……まだ六時なんですから、もう少し寝かせてください」
 おい寝るな待てせめて退いてくれこのままでは心臓が持たない。
 結果から言うと、俺はその後三十分を、彼女が腕の中に居る状況で耐える事になったのだ。新手の拷問かと思った。目の前に好きな人が居て、しかも一緒に寝ていて、何もできないのだ。辛い。ああもう俺の頭ん中もピンク色じゃねえか。人の事言えねえ。
 そして俺は、頭の中までしっかり起きた七海に向かって、この状況の説明を頼んだ。
「えっとお……昨晩、アレ一枚じゃ寒いじゃないですか。だから、亮太さんの毛布の中に潜り込んだという訳です」
「成程納得。なんて言うとでも思ったか?おかしいだろ一応異性だぞ」
「いやまあ……亮太さんですし」
 うっ。無邪気な信頼が刺さる。正直、できるなら抱きしめて、そのままでいたかった。信頼してくれているというのはありがたいが、異性と意識していないとも言えるので、少しばかりショックだ。
「……で、何で毛布を出ないんだ?」
「……寒いじゃないですか」
 俺はその体制のまま、浩太さんが起きるのを待った。正直、この体制でいたかったし、温かかったので、浩太さんが来てほしくない気持ちもあったのだが、それでは何もできない。後数分でこの体制を解かねばならないという事実が、少し悲しかった。
 それから暫くすると、浩太さんが寝室から歩いて出て来た。そして、俺達のこの状況を確認すると、にやけたような顔になって、また引っ込んで行った。
「待て待て待てせめて暖房を付けてくれ」
「いやいやお若い二人のお邪魔をする程、アタシも野暮じゃありませんよ」
 おいアンタは二つ誤解している。一つは、俺達は付き合っている訳じゃない事。もう一つは、俺達はそういう関係を持った事も無いという事だ。
 その後、色々言い訳やら説得をした俺達は、浩太さんに暖房を付けてもらう事に成功した。部屋が温まるまでの数分間、七海は俺の毛布から出なかったが、暫くすると流石に部屋も温まり、七海は俺の毛布から出た。俺もそれに続いて、毛布を出る。若干の名残惜しさがある。
 毛布から出ると、少し腹が減っている事に気付いた。
「浩太さん。適当に朝食作っても良いか?」
「良いわよ。冷蔵庫の中は自由に使って良いから、アタシ達のもよろしくね」
「ありがとう」
 俺はキッチンに立って、冷蔵庫の中を確認する。卵やらウィンナーやらサラダやら、まあ色々ある。これなら大丈夫。俺はその中からいくつか取って、料理を始めた。
 目玉焼きを作り、ウィンナーを焼き、サラダを盛り、食パンを焼いた。これだけで立派な朝食。俺は三人分の朝食とそれぞれの箸を持って、リビングに戻った。
「あら案外ふつう」
「焼くだけなら簡単だからな。スクランブルエッグとかは上手くできない」
「亮太さん不器用ですもんね~」
 おいそれは俺のコンプレックスだぞ。触れないでくれ。
 俺達は「いただきます」と言って、朝食を食べ始めた。うん。まあ普通に食える。火が通ってないみたいな事は無いし、不味いなんて事は無いようだ。一先ず安心。
 横を見ると、七海がパンを食べている。なんかかわいい。俺の頭の中も大分ピンク色になってしまったな。まあ、正直それでも良い。恋愛経験とか、片思いで終わっても面白そうだ。だからかわいいと思っても良いのだ。俺悪くないゼッタイ。
 朝食を食べ終えた俺達は、帰る準備を始めた。外は寒いだろうが、帰らないといけない。まあ、準備するべき荷物は、ほぼ全て七海の物なのだが。
「「お世話になりました」」
「こちらこそ。楽しかったわ。駅まで送って行かなくて良いの?」
「はい。歩いていける距離ですし、道はスマホでどうにかなります」
 そんな訳で、俺達は長野駅に向かった。道は既に除雪されており、昨晩の大雪の跡はあるが、大した物ではない。
 スマホの地図を頼りに暫く歩き、俺達は長野駅に到着した。早速切符を買った俺達は、新幹線のホームに向かった。まだ暫くは来ないが、暇潰しもあるし大丈夫だろう。
「いや~それにしても、浩太の家に行けるなんて、思いもしませんでしたよ」
「昔行った事とかねえの?」
「浩太と付き合いがあったのは、どちらかと言うと父の方だったんです。浩太は、父の仕事の部下だったらしいです」
 へえ。てっきり持ち前のコミュ力で友人になったのかと。まあ普通に考えれば、そこそこ年が離れているであろう浩太さんと付き合いがてきるなんて、親経由だろう。
 それからも、俺達は少しばかり雑談した。友人となら何も考えない話でも、好きな人と話していると思うと、少し心が踊った。
 そうしていると、いつの間にか時間が過ぎてしたらしく、ホームに新幹線が入って来た。俺達はそれに乗り、自由席に座った。
「そういえば、マスターに心配掛けましたかね」
「連絡は入れたし、多分大丈夫だ」
 席に付いてからほんの十分程で、七海は寝てしまった。昨晩はそこそこ寝れたと言っていたが、やはりソファでは無理があったようだ。寝顔かわいい。
 俺はそのまま、持ってきていた小説を開いた。道中の暇潰しはやはりこれだ。
 しかし、今回はそうも行かなかった。と言うのも、今回俺が持って着た小説は、なんと恋愛小説だったのだ。そういう事をするシーンがそこまで生々しくない作品なのに、俺はかなりドキドキしていた。かわいいと思うのは良いが、これは流石に不味いだろうよ。
 結局、俺はその小説を閉じ、七海の寝顔越しの風景を眺める事にした。狭い窓から見える景色は、かなり綺麗だった。
 東京駅も近くなって来た辺りで、俺は七海を起す事にした。寝顔を見続けられないのは残念だが、これも仕方の無い事。名残惜しいが、起こさないといけない。俺は七海の肩を揺らしながら、名前を呼び続ける。七海はすぐに目を覚ました。
「あれ?寝てました?」
「ああ。そろそろ東京駅だ。降りるぞ」
 七海は目を擦りながら、席から立ちあがった。俺も席を立ち、新幹線のドアの方へ向かう。そこには既に人が居て、そこそこ狭かった。七海と触れ合いそうになっる度、体が緊張で強張った。
 東京駅に着くと、大量の人間が新幹線から降りた。俺達は人の波に流されるように前へ進んだ。何度か七海と離れそうになったが、何とか人の波を掻き分け、離れないようにした。
 何とか普通列車のホームまで行くと、すぐに電車が来た。都会のこういう所は、本当に便利だと思う。まあ、中は人がすし詰め状態になっているのだが。
 俺達は電車に乗ると、あまり奥まで流され過ぎないように気を付けながら進んだ。俺は七海を覆うような形で位置取った。意味は無いし、これからも付与される事は無いだろうが、何となくそうした方が良い気がしたのだ。
「七海、ありがとうな」
 俺は自分が住んでるアパートの最寄り駅が近づくと、七海にお礼を言った。七海は少し驚いたような顔をした。
「正直、感謝してるんだ。俺、七海が居なけりゃこんな事しなかった。ここまで楽しい事も無かった。人生を楽しむってのは、俺の信条でもあるからさ。だから、ありがとう」
 七海は少し間を置いてから、「こちらこそ」と言ってくれた。
「私だって、亮太さんが居なければ、ここまで濃い付き合いの人も居なかったと思います。あの日、私を助けてくれたから、私は今も幸せなんです」
 そこまで言われた所で、丁度駅に着いた。俺は七海に別れの言葉を言ってから、電車を降りた。俺は電車を降りてからも、少しの間ホームに残り、七海が乗っている電車を見送った。
 電車も見えなくなり、俺は駅を出た。東京は雪が降っていない。たったそれだけの事で、俺は少し快適に感じている。
 俺は帰りながら、今回の遠出の事を考えていた。スキーは楽しかったし、三人で囲んだ鍋は美味かった。機会があれば、またスキーをやっても良いかも知れない。それに、自分の思いにも気が付いた。これからどうしたら良いのか分からないが、この気持ちに気が付いただけでも、進展があったと言える。

 楽しかった。充実していた。俺はその実感を握りしめて、アパートに帰った。
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